出版物原水禁ニュース
2007.6 号 

許すな!沸騰水型炉の臨界・暴走事故隠し
対策を怠ってきた政府、電力会社、原発メーカー

原子力資料情報室 澤井 正子 

最近、原子力発電所をめぐり、海水の温度記録プログラムの改ざん、定期検査中の緊急炉心冷却装置の検査逃れ、原子炉緊急自動停止事故隠しなど、ありとあらゆる脱法的な方法を使って少しでも儲けようとしてきた電力会社の悪事がつぎつぎと明らかになり、最後の最後に出てきたのが臨界事故(暴走事故)でした。

志賀原発
事故が起きた志賀原発(北陸電力)

隠されていた2つの重大事故──あわや大惨事に

北陸電力・志賀原発1号炉(石川県)で1999年6月18日に起きていた臨界事故が明らかになったのは、2007年3月15日のことです。3本の制御棒が落下し、原子炉がパニック状態になったうえに、原子炉の緊急停止装置が働かなかったのです。

制御棒を固定してから行う制御棒駆動装置の試験の途中で、3本の制御棒がするすると原子炉の中で燃料集合体の間から落下し始めるにつれて、核分裂が起こりはじめました。一時的には、核分裂の回数がネズミ算的に増えつづけて暴走状態になりました。そのうえ、原子炉の緊急停止装置が作動しなかったため、その後の15分間にわたり、核分裂の数が一定になる臨界状態が続いていました。

たんなる臨界事故というより暴走事故です。チェルノブイリ原発事故(1986年)と同様のことが、日本の原発でも起きたのです。規模がたまたま小さかったのは、制御棒が落下するスピードが比較的ゆっくりで、抜けたのが部分的だったのと、核分裂を起こした燃料集合体の数がずっと少なかったからにすぎません。炉心全体では368体ある燃料集合体のうち、落下した3本の制御棒の周りのそれぞれ4体、あわせて12体の燃料集合体だけが臨界・暴走にかかわったと考えられています。制御棒がもっと勢いよく抜け落ちるとか、条件がちょっと違えば、たくさんの燃料が一瞬にして破裂し、大量の放射能が原発の周りに飛び出す、ということになったかもしれません。

3月22日には東京電力・福島第一原発3号炉でも1978年11月2日に臨界事故が起きていたことが公表されました。5本の制御棒の落下によるおよそ8時間も続いた臨界事故です。元の運転記録がまったく残されていないため詳しいことがわかりませんが、志賀原発1号炉と同じような暴走事故だったと考えられます。

相次ぐ制御棒の脱落──原発認可審査に不備

隠され続けた制御棒落下事故は、前述の2件をあわせて全国で10基の原子炉でそれぞれ1回ずつ起きており、落下した制御棒は合計57本にのぼります。制御棒が間違って挿入されていた事故も隠ぺいされていました。7基の原子炉であわせて9回おきていたものが隠されており、合計の誤挿入本数が41本にもなります。

制御棒落下事故は最近も、06年3月に東北電力・女川原発1号炉(宮城県)で1本、同年5月に東京電力・柏崎刈羽3号炉(新潟県)の1本が起きています。

日本では、原子炉設置認可の安全審査で、制御棒が落下したり、運転員の誤操作で炉心から引き抜くということを一応想定することになっています。しかし、落下する制御棒を1本(多くても改良型沸騰水型炉での2本)で良いとしているのは、実際に明らかになった事故からみてもどうにも解せません。原子力安全・保安院はいまのところ見直そうともしていません。

欧米でもよく似た事故が起きており、米原子力規制委員会は自国で起きた2つの事故(1973年と76年)の直後と、スウェーデンで起きた事故(87年)の10ヵ月後に、注意喚起のための情報として事故の原因と経過を公表していました。日本では、国の原子力規制行政機関も、原子力安全委員会も、電力会社も、原発メーカーも、欧米の事故などの情報を知り得たにもかかわらず、制御棒の脱落防止対策を怠ってきました。

4月20日に、原子力安全・保安院が電力会社と原発メーカーに出した行政処分は、本質的には過ちを不問するような大変甘いものでした。いったい誰に原発の運転を続ける資格があるというのでしょうか。