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2007.10  

米国のテロ支援国家指定解除は時間の問題
安倍右翼路線の破綻と北朝鮮

米の北朝鮮政策変更が日本の政局を作った?

国民に一度も向き合うことなく安倍首相は辞任しました。辞任直前の9月8日、豪州・シドニーでの日米首脳会談で、安倍首相はインド洋での給油活動の継続を約束し、翌9日、米軍への給油継続は国際公約であり、継続に「職を賭す」と記者団に語りました。

しかし、9月7日の米韓首脳会談で、ブッシュ大統領は「北朝鮮が核計画を放棄すれば休戦協定に代わる平和協定の締結に応じる」と言明していますから、8日の安倍首相との会談でも、対北朝鮮強硬政策の変更を明言したと推測されます。もしそうだとすれば、この時点で安倍首相の政権継続の気持は完全に萎えたのかもしれません。

北朝鮮の非核化だけがブッシュ政権に残された道

任期が少しずつ少なくなっていくブッシュ政権に、唯一成果として残せるものは、北朝鮮の非核化だけです。そしてブッシュ大統領はライス国務長官とタッグを組んで、北朝鮮の非核化実現に向かって大きく進もうとしています。

ライス国務長官も北朝鮮の非核化を最重要課題と考えていて、昨年のクリスマス休暇に「2000年末期のクリントン政権の北朝鮮との関係正常化についての記録文書を読みあさった」ことが、9月発売のグレン・ケスラー著、「ザ・コンフィダント―コンドリーザ・ライスとブッシュ遺勲創造」に書かれていると、共同通信は伝えています。

一方、94年〜97年にクリントン政権で国防長官を務めたウイリアム・J・ペリーは、「94年に北朝鮮との交渉を担当したロバート・ガルーチは当時の状況下で現実的な手を打った。(北朝鮮が)核開発を凍結する代わりに米国が重油を提供し、韓国と日本(朝鮮半島エネルギー機構=KEDO)が軽水炉を建設する。軽水炉を建設すれば北朝鮮は核施設を解体するという取引だ。また北朝鮮との政治・経済関係を正常化させることも合意されていた。だが予期せぬ事態が、合意が締結されてから合意内容を実施するまでの間に起きた。それは共和党が議会の多数派になったことだ」「共和党は北朝鮮との枠組み合意を徹底的に毛嫌いしていたし、クリントン政権に大きな圧力をかけてきた……政治的にきちんと合意をフォローアップできていれば状況はいまとは全く違ったものだったかもしれない」(フォーリン・アフェアーズ AUGUST 2007日本語版)と語っています。

結局、共和党、ブッシュ大統領と大統領を支えたネオコンの人たちが米朝枠組み合意を潰していったのですが、この政策的失敗が北朝鮮をして核実験にまで至らしめたのです。

そして、ネオコンのほとんどと、テキサス州時代から大統領を支えてきた側近が政権を去ったいまこそが、北朝鮮の非核化を実現する最大の機会なのです。

米軍は北朝鮮を軍事攻撃できない

 ブッシュ政権が北朝鮮にとってきた戦略は、軍事的圧力をかけ続け、北朝鮮を疲弊させ、国家そのものを崩壊させるというものでした。この戦略に日本の右派も期待を寄せました。そして最大限に利用されたのが拉致問題です。しかし、中国がそのような事態を望まないことは明らかで、結局、北朝鮮は核実験を行い、ブッシュ政権の思惑ははずれたのです。

米国は軍事的に北朝鮮を攻撃し、短期間で崩壊させることは不可能です。長年米国の軍事的脅威に直面してきた北朝鮮は、全土で軍事化を進め、1万5千近くも地下軍事施設があるといわれています。仮に米国が先制攻撃したとしても、標的を絞りきれません。

1994年、北朝鮮の核問題で、米国は攻撃寸前まで行きました。このとき米国防総省は「死亡する米兵のために8万〜10万個程度の遺体収容袋が戦場で必要となり、韓国兵は犠牲者が数十万に達する恐れがある。北朝鮮がソウルを攻撃したとしたら、民間人の犠牲は計り知れない数になるだろう」とクリントン大統領に説明しましたが、そのなかには北朝鮮のミサイルによる在日米軍基地攻撃は含まれていません。

この北朝鮮攻撃の作戦会議が開かれているその場に、訪朝していたカーター元大統領から電話が入り、クリントン大統領は攻撃命令を、まさに直前に取り止めたのです。カーター元大統領の電話が1日遅れていたら、朝鮮半島や日本はどうなっていたか分かりません。

ブッシュ政権が北朝鮮に対する軍事的圧力路線から、平和的共存路線に切りかえたいま、日本政府もまた、北朝鮮の非核化に合わせて、東北アジアの共存的な平和環境のために動くべきです。

安倍政権の自壊を、日本で進んできた右傾化路線の終わりにしなければなりません。ミサイル防衛は役に立たないばかりでなく、集団的自衛権によって、米国向けに迎撃ミサイルを使う必要もなくなりつつあります。