出版物原水禁ニュース
2007.11  

《北朝鮮の被爆者支援で原水禁が現地調査》
明らかになった在朝被爆者の実態 いますぐ政府は救済を

被爆者協会との話合い

被爆者協会との話合い・調査
(10月8日・平壌)

10月6日〜10日、原水爆禁止日本国民会議は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)在住の被爆者の実態把握と今後の対応についての協議をするため、向井高志原水禁副議長を団長に9名が訪朝しました。被爆62年を過ぎてもなお日朝関係が不正常な状態の中で、在朝被爆者に対していまだ援護の手が差し伸べられていない現状を少しでも打開しようとするための訪朝でした。

 2002年末現在で確認された在朝被爆者数は1953名、うち生存者は928名となっていましたが、その後、被爆者の高齢化にともない、実態の再調査が現在進められていることが北朝鮮側から報告されました。早急な被爆者援護の対応とともに日本の戦争責任・戦後補償の問題としても十分な対応が必要となっています。

日本の戦争責任を厳しく追及

 10月8日、反核・平和のための朝鮮被爆者協会の李哲(リ・チョル)会長や、現在唯一、被爆者手帳を持っている朴文淑(パク・ムンスク)副会長(64歳・長崎被爆)らと面談しました。李会長からは、「62年間、なんの謝罪もなく、国交がないという理由で人道的援護措置すら取られていない。そのことは、先の戦争に対して心から反省していないことを示している。被爆者はどこにいても被爆者であり、謝罪・補償を受ける権利があり、早急に措置を取ることを求めたい」と、これまでの日本政府の無為無策に対して厳しい意見が出されました。

 日本政府はこれまで、02年に訪朝し調査を行い、「被爆者援護の精神に則り、人道的観点を踏まえつつ、今後の日朝関係全般の中で検討する」としました。しかし、その後なんらの対応もしておらず、被爆者は日本政府に激しい不信を抱いています。

国交がないことがハードルに

李桂先さん

被爆者手帳の発行条件を
満たしている李桂先さん

 3人の在朝被爆者への聞き取りを行う中で、李桂先(リ・ケソン)さん(66歳)は、3歳で広島で被爆し、被爆当時の記憶はほとんどありませんでしたが、今回の調査で広島県が保管する父親の手帳申請関係記録の内容と一致することが確認されました。被爆者健康手帳の発行条件を満たしていることがわかり、今後、取得にむけた対応を検討することになりました。李さんは、若い頃から消化器、貧血、関節炎などで苦しみ、現在も無力症で疲れやすいと言います。

 慎培根(シン・ペグン)さん(71歳)は、9歳の時、長崎市内の波止場の倉庫前で被爆し、その後、父親が死体運搬等の作業に従事していたため、それに1〜2回ついていって入市被爆した可能性があると証言しました。また、金明愛(キム・ミョンエ)さん(63歳)は、1歳の時、おばさんに背負われて入市し被爆したため、現在、内臓や泌尿器系、循環器系などの具合が悪いと訴えました。

 しかし、二人については、被爆したことを証明する証拠や証言を十分に見つけることはできませんでした。被爆後62年が過ぎ、日本との具体的な交流がない中にいる在朝被爆者にとっては、「証明や証言」などを探し出すことは難しいハードルがあります。むしろ人道的な立場からも被爆者認定や被爆者援護を考慮する必要があります。

現在、在外被爆者に対しても居住国で被爆者手当と葬祭料が支給されるようになっていますが、援護法によれば、その前提となる被爆者健康手帳の交付は、来日して申請しなければならないとされています。国交のない在朝被爆者にとっては、個人としての力量を超える問題です。人道的な立場からの救済が求められています。



原水爆禁止日本国民会議朝鮮民主主義人民共和国訪問団報告(概略)

1.団名 被爆者支援原水爆禁止日本国民会議訪朝団

2.訪問期間 10月6日(土)〜10日(火)

3.目的

 被爆62周年を経過し、在外被爆者に対する援護については、在外被爆者当事者の努力、支援の皆さんの努力の結果、不十分ではありますが、日本国内在住被爆者と同様の援護が日本政府によって実施されつつあります。しかし朝鮮民主主義人民共和国在住の被爆者については、日朝関係が不正常な中で、日本政府による援護が実施されていません。被爆者は、私たちの持つ情報によっても1,000人近くいるといわれています。被爆後62年を経過し、平均年齢も70才を超えていると考えられ、早急な対応が求められます。

 また8月の水害の深刻さも伝えられており、国際的な支援活動も開始されています。

 そうした状況を踏まえて、原水爆禁止日本国民会議は、今回共和国に訪問団を派遣し、関係団体・者と交流することとなりました。

 今回の訪問の目的は以下の4項目です。

  1. 共和国の被害者の実情を把握すること。
  2. 関係団体・者と協議し、その実情・考え方を日本政府・関係者に伝えると同時に援護の実施を要求すること。
  3. 水害被害の実情を把握し、支援活動を呼びかけること。
  4. 六カ国協議の推進、日朝ピョンヤン宣言に基づく日朝国交正常化実現、拉致問題等の解決のための一翼を担う。

4.日程及び協議内容等

10月 5日

10月 6日
 関西空港発 平壌空港着

10月 7日 

(1) 板門店および信川博物館訪問

 ※38度線を境にしたと南北分断の歴史及び実態の学習および信川におけるアメリカ軍の朝鮮国民虐殺の実態の検証

(2) 朝鮮関係者との実務的協議

 朝鮮側参加者

 日本側参加者 訪問団全員

 ※協議内容(日朝間の課題についての意見交換および在朝鮮被爆者援護に関する実務的意見交換)

10月 8日 

(3) 反核・平和のための朝鮮被爆者協会表敬訪問

 1995年2月2日結成

(4) 在朝被爆者の証言および聞き取り調査

 李桂先(1942年10月14日生まれ、平壌市万景台区域タンサン洞在住、日本名松本桂子)

 金明愛(1944年1月5日生まれ、平壌市モランボン区域ソフン洞在住、日本名松本明子)

 慎培根(1936年1月27日生まれ、平壌市ドンデウォン区域シンリ洞在住)

10月 9日

(5) 朝鮮革命博物館見学

(6) 朝鮮職業総同盟中央委員会表敬訪問

(7) 朝鮮赤十字委員会訪問

 朝鮮赤十字中央委員会保健医療奉仕部部長 李虎林

 ※8月の水害被害について状況について(以下赤十字の報告)

 ※この間気候が悪く収穫が悪化していることに、経済制裁が加わり国民の生活は困窮している

 ※日本からの水害へのカンパ金を贈呈

10月10日
 平壌空港発 関西空港着