11月2日、テロ特措法の期限が切れました。対テロ戦争支援のためにインド洋に派遣されていた、海上自衛隊の補給艦1隻と護衛艦1隻が、日本に帰ってくることになったのです。
1951年の日米安保条約(旧条約)締結と1954年の自衛隊法制定以来、日本政府は、米国政府との間で様々な軍事条約や協定を結び、国内法を成立させ、米国の言うがまま、軍事的な支援を続けてきました。しかし今回、テロ特措法は期限切れになり、新テロ特措法案は成立のめどがたっていません。日米政府が進める軍事政策を、世論の力で止めたのです。これは日本の民主主義にとって、大きな前進ではないでしょうか。
2001年に「9.11同時多発テロ」が発生し、米国はアフガニスタン侵攻を開始しました。日本政府は米国を支援するため11月2日にテロ特措法を成立、12月2日から米同盟軍への燃料補給活動を開始しました。以来6年間で、海上自衛隊が行った活動は以下の通りです。
| 出動した艦船数(延べ) | |
|---|---|
| 補給艦19隻 | 護衛艦40隻 |
| 艦船燃料の補給回数 | 794回(約49.3万kl) |
| ヘリ燃料の補給回数 | 67回(約990kl) |
| 給水回数 | 128回(約690t) |
| 給油・給水の経費 | 約221億円 |
| 人件費含めた負担総額 | 約600億円 |
海上自衛隊による米同盟軍支援は、様々な問題を残しました。その中でも、特に重大な問題をあげます。
テロ特措法による支援は、アフガン戦争に限定されています。しかし、海上自衛隊の補給艦「ときわ」から、米補給艦「ペコス」を経由して補給を受けた空母「キティーホーク」が、補給直後にイラク攻撃の前段作戦「サザン・ウオッチ」に参加していました。この問題が発覚した03年当初、政府は「ときわが補給した燃料はキティーホークの1日の燃料消費量に当たる20万ガロンであり、ペルシャ湾に行ってイラクでの活動に使われる量ではない」と転用を否定しました。しかし、NPO法人「ピース・デポ」(横浜市・梅林宏道代表)の調査により、「ときわ」から提供された燃料が20万ガロンではなく80万ガロンであること、また翌日にはその燃料を使用してペルシャ湾に入ったことが明らかにされたのです。
この問題について政府は事務入力上のミスと説明しました。ところが防衛省は、03年時点で数字に間違いがあることを認識しながら、政府に報告していなかったのです。また野党の調査過程で、4年間の保存が義務付けられている「ときわ」の航海日誌が、不正に処分されたことも判明しました。この2つの事件は、シビリアン・コントロールの面からも重大な問題です。
アフガン侵攻は、タリバン政権に対する自衛権の発動として始まりました。ところが米軍は、タリバン政権が崩壊し、親米派のカルザイ政権が成立した後も、逃亡したタリバン派を攻撃しています。これは自衛権の発動を越えた内戦介入です。カルザイ政権成立後も海上自衛隊から補給を受けた米軍艦船が、ミサイル攻撃や空爆を行っていたことが、国会審議で明らかになりました。これは、テロ特措法の成立趣旨から大きく外れるものです。
衆議院では、給油のための新テロ特措法案の採決が強行されました。米国も日本に、活動再開を求めています。では本当に、海上自衛隊の補給活動は必要なのでしょうか。以下の表は、海上自衛隊による燃料補給の年度毎の内訳です。
| 01年度 | 119,000kl |
| 02年度 | 175,000kl |
| 03年度 | 53,000kl |
| 04年度 | 51,000kl |
| 05年度 | 27,000kl |
| 06年度 | 48,000kl |
| 07年度 | 11,000kl |
補給量は年々減少しています。対象艦船も、現在は5ヵ国15隻です。日本以外に3隻の補給艦が活動しており、現地司令官は、日本が撤退しても任務に支障はないと語っています。戦争が泥沼化し、撤退を検討している国が増えています。
米国は海上自衛隊が必要なのではなく、アフガン攻撃を正当化するために、1つでも多くの国に、同盟軍に留まってもらいたいのです。こうした米国の思惑に付き従がって新テロ特措法を成立させるのでなく、日本独自のアフガン支援策が必要ではないでしょうか。