出版物原水禁ニュース
2007.12  

【本の紹介】コミック編「食卓の向こう側」
魚戸 おさむ 作画

食卓の向こう側 コミック編 1 (1)

(西日本新聞社 税込1,000円)

福岡市に本社を置くブロック紙「西日本新聞」が、長期連載キャンペーン「食卓の向こう側」を開始したのは2003年の12月。それ以来、今日まで続くシリーズとなっています。「いま『食』が揺らいでいる。家庭の食(食卓)、学校の食(給食)、地域の食(食文化)、国の食(食料)。『食』というモノサシを通して、家庭や地域、環境や農業、医療、教育、福祉のありようを考える」(キャンペーン取材班)として、その範囲は、日常の食卓の風景から始まり、食の安全、食と脳・心の関係、輸入・加工食品の世界、お産と食生活、食育、そして、「生ゴミのリサイクル」や「子どもがつくる“弁当の日”を」という提案まで拡がっています。

 連載をもとにしたブックレットも10集を数え、累計50万部を突破し、福岡市内ではちょっとしたベストセラーとなっているそうです。そのキャンペーンに共鳴した漫画家の魚戸おさむさん(社会派漫画「家裁の人」作者)が、コミック編「食卓の向こう側」を描かれました。体のことを無視した食事をする若者の呆食、食生活が崩れて心を病んだ若者などの報告を読み、「大変なことが起きている。きっと、一番訴えなければならないのは、新聞も本も読まない層。漫画なら、彼らも読んでくれる」と、筆を執りました。

 食事はハンバーガーや菓子パンだけの大学生、食卓が楽しくないとうつ病に陥る若者、母親が食べたものが母乳になる現実、食べ物をかめない子どもたち、出生率の低下も食生活と関係していることなど、深刻な問題が明らかにされます。しかし、漫画の主人公として、乱れた食事を続けてきた西日本新聞の若い女性記者が取材班に入り、食卓の向こう側で奮闘する人々と出会うことで成長していく様がコミカルに描き出されています。手軽に読めても、読後には重いものが残る1冊です。

(市村忠文)



ALWAYS 三丁目の夕日

バップ (2006/06/09)

【映画紹介】
ALWAYS 三丁目の夕日

今年11月13日に亡くなった元西鉄ライオンズの投手稲尾和久さんは、1958年10月14日、日本シリーズで福岡平和台球場のマウンドに立っていた。その後、彼は巨人を相手に、4連投4連勝で、「神様、仏様、稲尾様」と呼ばれる奇跡の大逆転を生む。そして、東京では同じ10月14日、世界一高い電波塔「東京タワー」が完成した。

 映画「ALWAYS 三丁目の夕日」はちょうどこの年の東京を描いている。1956年「もはや戦後ではない」と言わしめた神武景気から始まった高度経済成長は、1960年の所得倍増計画とあいまって、敗戦から日本を一躍世界の工業国へと成長させた。この時代を生き抜いたのが、1947年から始まる戦後ベビーブームの中で生まれた「団塊の世代」である。

 鈴木オートに、当時三種の神器と呼ばれたテレビがくるシーンは、ほとんどの「団塊の世代」には懐かしいものに違いない。真空管の白黒テレビのスイッチを入れる。まず音が出る。ブラウン管の真ん中にぽちっと光が見えたときの感動は、生涯忘れないだろう。映画は、集団就職に始まり、これでもかと懐かしいものが出てくる。力道山、長島などヒーローも目白押しだ。「みんな貧しかったのかもしれない。でも夢があった」と映画は述懐する。鈴木オートの社長、息子の一平、青森から出てきた六ちゃん、茶川竜之介、みんな輝いて描かれる。これからリタイヤしていく「団塊の世代」の心を熱くする映画となっている。

 冒頭に書いた稲尾和久は、シーズン42勝の記録とともに生涯276勝しているが、活躍した期間はほぼ8年間、13年目には引退した。日本シリーズの連投でもわかるように、今では考えられないほどの酷使をした結果である。当時の日本は、映画が描くように明るかったのだろうか。ぼろ切れのように働く日本人は、経済成長の駒として使い捨てにされていったのではなかったか。経済成長は公害を生み、美しい自然を奪った。経済成長を支えた炭坑では毎年のように大きな死亡事故が繰り返された。

 この秋には、続編も公開されている。三丁目の夕日を眺めながら、もう一度考えるべき「時代」ではないか。

(藤本泰成)