出版物原水禁ニュース
2008.2  

インタビュー:新潟県平和運動センター 高野秀男さん
水俣病・憲法・日朝・原発…多彩な課題に挑戦

高野秀男さん
新潟県平和運動センター 高野秀男さん

【プロフィール】

1951年神戸市生まれ。76年に勤務先の中小企業で労働組合を結成、リーダー役を果たす。83年から新潟水俣病共闘会議の専従事務局。99年12月、県平和運動センター発足時から事務局長を務める。


──高野さんが運動と関わるきっかけ何ですか。

 新潟水俣病は1965年に明らかになりましたが、私が関わったのは第2次訴訟提訴の翌年の83年からです。それまでは小さな鉄工所で労働組合運動をしていましたが、工場閉鎖で全員退職になり、そのときに当時の新潟県評から専従の話があったのがきっかけです。

──水俣病は患者の救済が改めて問題になっています。

 原爆症と同様、水俣病でも国の認定基準が問題になっています。2004年10月の最高裁判決で国の基準は厳しすぎて、患者をもっと広く救済することが求められたのですが、政府・環境省は判決に従わず、自公与党もこれに加担して安上がりの幕引きを図ろうとしています。11年前の村山政権時に政治決着した人たちと行政認定された人は新潟・熊本あわせて約1万5千人でした。しかし、最高裁判決後に新たに認定申請したり、医療費の自己負担を補助する保健手帳の申請をした人は、これまでに2万人に上っており、さらに増え続けています。与党の安上がり解決に対して、被害者も訴訟を起こしたり、直接交渉をしたりしています。半世紀過ぎたいまも水俣病は終わっていません。

──憲法問題では「ナインにいがた」と銘打った取り組みを進めていますね。

ナインにいがた

ナインにいがた

 構成団体とともに、市民との協力・協同をどうしていくのかが重要です。憲法9条を守ろうという人たちは過半数いますが、その勢力を増やし、9条を守るか変えるか結論を出していない人達も視野に入れて取り組んでいます。メンバーには、主婦、商店主、芸術家など、様々な個人が参加しています。最近では、アフガニスタンで活動する「ペシャワール会」の中村哲さんの講演会や、シール、マグカップ、Tシャツなどのナイングッズを催しごとに売っています。シールのデザイン(右)も「ナインにいがた」の呼びかけ人の一人で前衛作家の前山忠さんに無料でお願いしたものです。今秋には平和まつりを企画し、元米海兵隊員で反戦運動家のアレン・ネルソンさんを講師に呼びます。そのほか、県内の東北アジアの運動、在日コリアン、反原発、女性・ジェンダーとかさまざまな団体や個人が交流する場にしようと模索中です。

──新潟は拉致問題もありますが、日朝運動は。

 新潟は横田めぐみさんの拉致の現場でもあり、県議会・市議会に拉致議連があって、先日も県議会で、アメリカが北朝鮮をテロ指定国家から解除しないよう求める決議をしています。地元紙「新潟日報」は、横田めぐみさんの誕生日に全ページにわたって彼女の写真を掲載しました。また、朝鮮学校への県・市の助成金に対する異論が公の場で出たり、在日コリアンにとっては厳しい状況があります。

ミレフェスティバル
盛り上がる日朝交流「ミレフェスティバル」(2007年・新潟)

しかし、経済制裁が有効でないことは明らかですし、拉致問題も日朝国交正常化交渉のなかで解決すべきです。万景峰号の航行を認めるなど制裁解除の雰囲気を醸成するため、新潟から発信する取り組みとして、11月と1月に経済制裁や拉致問題についての学習集会を開き、3月にはシンポジウムも行います。

国交正常化と拉致問題の解決を一日も早く実現したいと思います。

──昨年7月の中越沖地震による柏崎刈羽原発の被害に対して、地元ではどんな状況ですか。

 反原発を進める地元団体は、1号機建設の33年前から「豆腐の上に原発を建てるようなものだ」と指摘してきました。この間、原発のトラブルや近海にある活断層の問題もわかっていたのに隠ぺいされていました。県の危機管理監の「東電が安全だと言えば言うほど不安になる」という言葉は、多くの県民の感情を表しています。ただ、現地の人たちは、自分の場所の被害が大き過ぎて、原発問題まで目を向けていません。僕らはあの日、テレビで変圧器の火災を見ていますが、地元の人は停電で見ていません。もちろん原発に不安を抱いている人が世論調査でも多いので、それを声にしていく取り組みが必要だと思います。

東電は2月26日、27日に海外の研究者も入れて説明会を開き再稼働に向けた動きをつくろうとしています。私たちはそれに対抗する集会を同月24日に行います。もちろん廃炉を求めていますが、地元で悩んでいる人にも声をかけ、市民を励ます集会にしたいと思います。新聞意見広告も予定しています。また、全国的に100万筆を目標に「運転再開断念と原子炉設置許可取り消しを求める署名」に取り組みます。さらに、震災1周年には全国集会を行う予定です。泉田裕彦県知事も「廃炉もありうる」と言うなど、今までにない対応をしていますので、きちんとした議論を積み上げたいです。

──格差が問題になる中で、地方のあり方が問われています。

 日本の場合はお金の使い方が大きな問題です。太陽光発電の助成金をゼロにしてしまうとか、環境税など経済的に誘導する政策がなく、逆に米軍再編にみられるように金で頬を叩くやり方が続いています。先日もC型肝炎の被害者が政府批判をしていましたが、市民の意識も変わりつつあります。金の使われ方についてのチェック機能が必要です。

 水俣問題でキーワードの一つは「内発的発展」ですが、地域の資源、ヒト、モノをいかに活用して経済を自立するかです。外部から導入した経済は結局出て行って、地域には負しか残りません。昭和電工のあった鹿瀬町は、3,000人いた工場が撤退・縮小し、過疎率県内2位の町になりました。私は最近、「新潟県独立論」を唱えています。新潟はエネルギーも食べ物も自給できるのです。柏崎刈羽原発なんて1キロワットも新潟で使わずに東京に送っています。石原都知事なんかに大きな顔をされる必要はありません。

 米海軍のイージス艦の入港でも、日米安保や地位協定を理由にするけれども、港湾管理権は知事の権限です。先日、青森県知事がNOと言ったので米軍機は青森空港に来なかったということがありました。私も「非核・平和条例を考える全国集会」に出た時、横須賀で活動している新倉裕史さん(非核市民宣言ヨコスカ)から港湾管理権の問題を指摘されるまでほとんど知りませんでした。「自治体の平和力」をぜひ生かしたいものです。外交・安全保障などで、権力と対決するために、地方自治体をこちら側にひきつけていく構図は、今後いろんな場面で起きると思います。

──新潟は全国の平和センターで一番若い(28歳)専従職員を採用しましたね。

 思い切って新人を採用しました。平和センターの青年部も結成して、事務局長をやってもらっています。青年部結成のきっかけは、労組青年部などの日朝青年ネットの取り組みからです。毎年10月に朝鮮学校で開かれる日朝文化交流・ミレフェスティバルに大きな役割を果たしており、そこから青年部結成に至りました。新潟の朝鮮学校は開校40年ですが、生徒は20人と少なくなっています。年間経費4,500万円に対し、補助金は県・市あわせて250万円しかありません。40年の節目でもあり、支援の運動を盛り上げたいと思います。

──最後に平和フォーラムに対する要望を。

 一つは、地方が全国交流できる場を作ってほしいことです。また、東アジアや欧米の市民団体や平和団体との連携、交流を作ってほしいです。海外交流も定期的に行うなどの旗振り役になってもらいたいですね。

〈インタビュ─を終えて〉

泉のように湧く言葉は、時間がなくて聞ききれないとの印象を持ちました。きっとまだまだ聞くべきことは多かったに違いありませんし、聞いたことも紙面では書き切れていないと思います。実直で骨太の印象、新潟の平和運動の確かさが伝わってきました。終わってからの名物の「栃尾の油揚げ」も、地酒もすばらしかった。(藤本泰成)