出版物原水禁ニュース
2008.2  

【本の紹介】プレカリアート
デジタル日雇い世代の不安な生き方
雨宮処凛 著

プレカリアート─デジタル日雇い世代の不安な生き方 (新書y 181)

(洋泉社刊 780円)

プレカリアート(Precariato)とは、Precario(不安定な)とProletariato(プロレタリアート)を合わせた造語で“不安定な労働者”を意味します。

最近、若年層が中心のワーキングプアやネットカフェ難民を扱った本や記事は多く出ています。周知されるのはよいのですが、中には一定の理解を示しているように見えて、「だから若者はダメだ」といったような“上からの目線”で書かれているものも少なくない印象を受けます。

本書は、そんな目線とは一線を画し、若者を安い使い捨て労働力とし、結果的にプレカリアートであることを強いる企業や社会、実態を知らない人々、特に若年層とその親以上の世代とのギャップに着目しています。1975年生まれ、“就職氷河期世代”である著者による若年貧困層を取り巻く現状報告から、超世代座談会、出色は若年層の親以上の世代としては、一つのモデルケースともいえる存在である石原慎太郎東京都知事と著者の対談などで構成されています。

「私の世代は、就職氷河期世代とかロストジェネレーションとか言われる、特に就業でワリを食った世代だ。この世代は、戦後初めて『ホームレス化するかもしれない自分』を若くしてリアルに感じた世代ではないだろうか」という著者の言葉は、著者と同年代でフリーター経験のある私にとっても、実感を伴ってよく理解できるものです。

現在、20代後半から30代前半のプレカリアートの多くは、就職氷河期に社会へ投げ出され、フリーターにならざるを得なかった人たちです。一度フリーターになれば、フリーター経験者を敬遠する多くの企業への就職は困難です。不安定な生活では、些細な病気やケガでもすぐに死活問題です。家賃が払えず住む場所を失い、食べてないから体力も思考も低下します。そんな、憲法が保障する生存権すら奪われた若者に、「自己責任。若いくせに。生活保護よりハローワークへ行け」と本気で言える「真っ当な」人にこそ、一読をお勧めしたい1冊です。(阿部浩一)



【映画評】それでもボクはやってない
07年日本/周防正行監督

それでもボクはやってない

(販売元: 東宝)

20代でフリーターの青年が、満員電車で痴漢に間違われるところから、物語は始まります。素直な青年は、話せばわかってもらえると思って警察に行くけれども、横柄な刑事は「お前は被害者に現行犯逮捕されたのだ」と、取り調べもしないうちに手錠をかけてしまいます。検事も最初から犯人扱い、当番弁護士すら「認めちゃえばすぐ出られるよ」という態度です。

でも、青年の友人や母親が人権派の弁護士を探したり、痴漢えん罪で闘っている人に出会って一緒に対策を考えたりと、突然犯罪者にされた普通の人が法律を勉強しながら闘う姿が続きます。「疑わしきは被告人の利益に」という裁判官が、なぜか途中で交代してしまいますが、無実を証言してくれる乗客も現れて、話はハッピーエンドに向かっていきます。ところが判決は有罪。え〜!? というラストです。

「おもた〜い」映画なのですが、その割には興行成績も良く、レンタルビデオも好調のようです。どんな人が見ているのだろうと思って、インターネットで鑑賞評を探してみました。すると「司法制度を何とかしたい」とか、「正直者がばかを見る事実が実際にある」という感想、また「えん罪で訴えられる男性より、泣き寝入りしている女性の方が多い」という意見が並んでいます。

この映画がヒットした理由を考えると、社会が強権的でいやな方向に進んでいることを、普通の人々が感じているからかもしれません。また、この映画を通して、社会の危うさに気付いた人もいるでしょう。私たちもこうした空気を、敏感に感じ取らなければいけないと考えた一作でした。

ところで、逮捕から刑事調べ・検事調べ・裁判官調べと続く流れや、食事・清掃・就寝などの留置所での生活はかなりリアルです。まだ逮捕経験がない人にもお勧めです。 (八木隆次)



【短信】
原水禁顧問・元事務局長
関口和さん逝く

 70年代後半から90年代初頭にかけて長らく原水禁国民会議事務局で運動をけん引して来られました元事務局長の関口和(せきぐち・かのぶ)さんが、1月13日に蘇生脳症による心肺停止によりご逝去されました。享年79才でした。

 関口さんは、国労本部中央執行委員、原水爆禁止日本国民会議事務局長を歴任し、原水爆禁止日本国民会議・平和フォーラム顧問、第五福竜丸平和協会理事、鉄道退職者の会会長などで活躍されていました。

 ご冥福をお祈りします。なお、関口さんの追悼記事については次号で掲載予定です。