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2008.5  

急速に軍事の近代化進むロシア
米ロは新たな緊張関係へ

新型核ミサイル開発を進めるロシア

 4月2〜4日にブカレスト(ルーマニア)で開催されたNATO(北大西洋条約機構)の首脳会議は、クロアチアとアルバニアの加盟を決定し、28ヵ国体制を実現したものの、ウクライナとグルジアの加盟は見送らざるを得ませんでした。その後、4月5〜6日にロシア・ソチで開催された米・ロ首脳会談も、米国が東欧に計画するミサイル防衛(MD)施設についての合意は成立しませんでした。

 これは、冷戦崩壊以降続いてきた米国の一極主義がもはや通用しなくなったこと、ロシアがめざした多極化の世界が現実のものとなったことを示しています。しかし、それは同時に世界、特に米ロに新たな軍事緊張をもたらしていくことでもあるといえます。

ソ連崩壊後のロシアは、厳しい経済的困難に直面しました。そのため、ロシアは経済立て直しのために、軍縮政策によって軍事費の削減を図ろうとしました。大幅な軍隊の削減、通常兵器だけでなく、戦略核兵器の削減も進めていきました。

 しかし、ソ連時代、米国との軍事的均衡を追い求めてきたため、大幅な軍事力削減はロシア軍部の強い反発を招くとともに、ロシア指導層にも不安感をもたらしました。とくに米国で強まってきたMD構想に強い危機感を抱きました。それによりロシアは軍縮と同時に、米国との軍事的均衡を図るための新型核ミサイルの開発に取り組みました。それはまた93年に調印された第2次戦略核兵器削減条約(STARTII)によって、陸上発射の多弾頭核ミサイルの全面廃棄に対応するための措置でもありました。

曲折が続く米ロ間の核軍縮の流れ

 アメリカとロシアの核軍縮の交渉は次のように行われてきました。

核兵器廃絶の道を放棄する米ロ

 97年12月に、ロシアのエリツィン大統領は「トーポリM」(単弾頭・射程10,000km)の実戦配備を発表しました。トーポリMはレーダーで捕捉されにくく、米国のMD網を突破するミサイルといわれています。

 2000年、ロシアでプーチンが大統領に選ばれ、同年4月のロシア議会はSTART II の批准承認を可決しますが、批准書交換に、米国に弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約合意書の批准を要求しました。

 一方、01年に米大統領に就任したブッシュは12月、ABM制限条約から一方的な脱退をロシアに通告。このためロシアはSTART II の批准書交換を取りやめます。

 その後02年5月、モスクワで米ロ首脳会談が開催され、2012年までに戦略核を1,700〜2,200個に削減する「戦略攻撃兵器削減条約」(モスクワ条約)が調印されますが、この条約には、核弾頭の廃棄も義務づけず、条約からの脱退も3ヵ月前に通告すればできるという内容でした。米ロは誠実な核兵器廃絶の道を破棄したのです。

米国の東欧へのMD推進とロシアとの対立

陸上発射の多弾頭核ミサイルの保有が可能となったロシアは、トーポリMの多弾頭化に成功し、移動可能な形で実戦配備を進めていきます。さらに米国のミサイル防衛に、より対応する新型多弾頭核ミサイルを開発し、07年5月末に実験を成功させます。同じ日にロシアは、新型巡航核ミサイル・イスカンデルMの実験も成功させました。イスカンデルMは射程300kmで、あらゆるMDシステムの突破が可能と伝えられています。

ロシアの軍事費は米国に比較すればまだ少なく、多くの核ミサイルは老朽化しています。しかし、ロシアは次々と最新のミサイルを開発し、その核ミサイルは原子力潜水艦にも配備されつつあります。あくまで東欧にミサイル防衛施設を建設したい米国と、反対するロシアは一層厳しく対立すると考えられ、世界は新たな緊張と軍拡の時代を迎えることになります。