世界のヒバクシャはいま

核兵器と原子力による被爆者・被曝者の権利回復運動についての情報サイト

 

フロス大統領から公開書簡に返書:「取り壊し」ではなく、あくまで「移転」——闘いはまだまだ終わっていない

ガストン・フロス仏領ポリネシア大統領による首都パペエテ市の海浜公園にある「フランス核実験被害者記念碑」取り壊し決定に対して、日本から決定の撤回と現在地での永久保存を要請する公開書簡を6月30日に提出しましたが、これに対してフロス大統領から7月2日、モルロア・エ・タトゥ経由で返書が送られて来ました。その内容とは「今回の決定は『取り壊し』ではなく、あくまで『移転』であり、移転計画は今後も続ける」(!)というもの。 闘いは「第2ラウンド」に入ったようです。

日本からフロス大統領への公開書簡:ポリネシアの公共テレビが紹介

ポリネシアの公共テレビ「ポリネシア・プルミエール Plynésie 1ère」(日本のNHKにあたる)のサイトが、今回の日本からガストン・フロス仏領ポリネシア大統領への公開書簡を紹介する記事を掲載しています。

ガストン・フロス仏領ポリネシア大統領に対するフランス核実験被害者記念碑の取り壊し撤回と永久保存を求める公開書簡への共同署名のお願い

(この公開書簡は6月26日に最終版が作成され、フランス核実験記念日の7月2日に仏領ポリネシアの首都パペエテ(タヒチ島)の大統領府にて、川上直哉牧師からガストン・フロス大統領に直接手渡されることになりました。:2014.06.30追記) タヒチのパペエテにある核実験被害者の記念碑が、右派のガストン・フロス仏領ポリネシア大統領によって取り壊されようとしています。ネット署名と平行して、直接フロス大統領に取り壊し中止を求める公開書簡を送るための連署者要請にご協力下さい。

ドイツ:業界団体が2020年の完全脱原発に賛同

ドイツの天然ガス、電力、地域熱供給、上下水道関連企業1800社が加盟する業界団体「エネルギー水道事業連合会(BDEW)」が、2020年まで完全な脱原発に賛成することを決めました。

福島原発事故:ヨーロッパ政治に大きな波

福島第一原発の事故が、EUの政治に大きな影響を与えています。 ドイツの有力市場・世論調査会社のForsaが行った支持政党に関する連邦レベルの世論調査で、緑の党(Die Grünen)支持が28%を占め、社民党(SPD)の23%を大きく引き離して野党最大の支持率を得ていることが分かりました。

チェルノブイリ原発事故から25年後のいまも続くイノシシの放射能汚染(ドイツ)

チェルノブイリ原発事故から25年を経た今日でも、ドイツの森で捕れるイノシシには高濃度の放射能が検出されるとのニュースを、カナダの「メトロ」誌(2011年4月1日付)が伝えています。

ラコスト仏原子力安全庁(ASN)長官による福島第一原発の今後の見通し

仏原子力安全庁(ASN)のアンドレ=クロード・ラコスト長官は、3月30日の科学技術評価局(OPECST。国民議会・上院の機関で、行政から独立)の聴聞会で、福島第一原発の状況について、次のように発言しています(抜粋。[ ]内は真下)。

仏IRSN:福島原発への海水注入による塩の結晶を懸念

フランスの放射線防護原子力安全研究所(IRSN)は、その「情報メモ:2011年3月11日に発生した地震後の原子力施設の状況」(2011年3月21日15時発表, p. 2)のなかで、次の点を指摘しています。 原子炉内への海水注入により、炉内に塩の結晶が蓄積し、腐食や炉心冷却機能の障害、各種弁の固着が起きる可能性がある。 サイト内への淡水供給を復旧することが望まれる。 原文はこちら(pdf): note d’information de l´IRSN du 21 mars 2011 à 15h

福島第一原発:2歳未満の子供は約5,500 Bqで許容線量超える──仏CRIIRADが日本の汚染農産物評価

フランスの独立の放射能測定団体CRIIRAD*が、日本で公表された茨城県産農産物の放射能測定結果にもとづく評価を発表しています。以下その仮訳です。 * チェルノブイリ原発事故をめぐるフランス政府の情報操作に対抗して、独立の立場から放射能に関する情報を市民に提供することを目的に設立されたNPO。環境保護NPOとして国の認定を受けており、ローヌ-アルプ地域圏、ドローム県、イゼール県、アヴィニヨン市など多数の自治体と環境放射能測定や放射能に関する啓発活動、放射線防護などの委託契約を結んでいる。2006-07年には仏領ポリネシア政府の要請で、モルロアでのフランス核実験の影響調査を行っている。

仏IRSN:福島原発からの放射能拡散、幼児の被曝をシミュレート

フランスの放射線防護原子力安全研究所(IRSN)は、2011年3月19日、福島第一原発事故によって放出される放射能の拡散状況と、それによる幼児の被曝について独自にシミュレーションを行い、その結果を公表しました。

モルロア・エ・タトゥ協会から東北関東大震災被災者への連帯の言葉

仏領ポリネシアのフランス核実験被害者団体、モルロア・エ・タトゥ協会から、今回の東北関東大震災とその後の津波、そして福島原発事故の被災者に対するお見舞いのメッセージをいただきました。原文のもつ真摯さ・荘厳さには比ぶべくもありませんが、仮訳を掲載させていただきます。

COMMUNIQUÉ – Les droits des victimes des essais nucléaires français, sont-ils inférieurs à ceux des survivants des bombes atomiques de Hiroshima et de Nagasaki ?

Nous, les survivants des bombes de Hiroshima et de Nagasaki et leurs soutiens, nous félicitons que les luttes menées depuis des années par les associations de victimes des essais nucléaires aient abouti à contraindre le gouvernement français à enfin reconnaître sa responsabilité dans les effets nocifs de ses essais nucléaires. Mais, malgré l’annonce prometteuse du Ministre de la défense et une couverture médiatique importante, on constate plusieurs lacunes à combler dans la loi Morin, quand on la compare avec l’actuel système japonais de reconnaissance des victimes des bombes atomiques —bien que celui-ci soit encore insuffisant.

日本の被爆者「モラン法」を批判 共通の目標をアピール

すでにお伝えしましたように、フランスで2009年末に成立した「核実験被害者補償法(モラン法)」にはいくつもの欠陥があります。その欠陥を、日本の被爆者の立場から指摘し、批判した声明を、原水禁と広島・長崎の被爆者・被爆二世が発表しました。また、当日開催中の「第2回フランス核実験被害者アルジェ国際会議」に合わせて、この声明のフランス語版が会議参加者、フランス核実験被害者団体、フランス、アルジェリア両国政府に対して送られました。

国防機密文書「フランス核実験報告(1960-1996)」をめぐる日本での報道

フランス国防省が1998年に作成したと見られる国防機密文書「フランス核実験報告(1960-1996)第1巻 組織の生成過程とサハラ砂漠での実験 (C.S.E.M.および C.E.M.O.)」[1]が暴露され、フランス国内はもとより、日本でも報道されています。以下は日本での報道です。

COMMUNIQUÉ – Pourquoi nous n’irons pas au Deuxième colloque international sur les conséquences des essais nucléaires français au Sahara algérien

Jusqu’à la dernière minute (le 17 à 20:00, heure japonaise), nous avons espéré recevoir une réponse à notre courriel du 15 février demandant pour la énième et dernière fois un billet en classe affaires pour Mme Bun (Fumiko) Hashizume, irradiée à Hiroshima, poète et auteure du livre Le jour où le soleil est tombé… J’avais quatorze ans à Hiroshima (Editions du Cénacle de France, Lille, 2007), et invitée par le gouvernement algérien pour le Deuxième colloque international sur les conséquences des essais nucléaires français au Sahara algérien. Nous attendions une réponse ―favorable ou défavorable―, mais une réponse. Rien ne nous était parvenu à 20:00, ni le billet en classe affaires […]

「第2回フランス核実験被害者アルジェ国際会議」への参加を日本代表団が中止した理由

フランスがサハラ砂漠で行った核実験についての機密文書の暴露により「人体実験」作戦がフランス核実験でも行われていたことが明らかになり、大きく報道されています。これと時を同じくして、当のアルジェリアでは「第2回アルジェリア領サハラ砂漠におけるフランス核実験の影響に関する国際会議」が開かれます。 この会議には、日本からの代表も招請され、その旨を伝えるマスコミ報道も国内で行われましたが、残念ながら参加を取りやめざるを得ない結果となりました。以下は、2010年2月19日にその経緯と理由を説明した代表団3名の連名によるコミュニケです。

フランス核実験被害者補償法(モラン法)の欠陥とは何か?

2008年11月末にエルヴェ・モラン・フランス国防相が立法の意向を表明した「フランス核実験被害者補償法」は、ほぼ1年後の09年12月22日にフランス上院で可決され、2010年に施行の見通しとなりました。 日本も含め、フランス内外のマスメディアでは「長い間放置されてきたフランス核実験被害者にようやく救済への道を開いた歴史的な法律」といった報道が行われ、あたかもこの法律によって被害者の補償問題が解決したかのような印象が広がっているように見受けられます。 しかし、当の被害者団体はこの法律を「遅すぎた不十分な法律」と非難しています。それは何故でしょうか?

フランス核実験被害者補償法:上院における修正カ所と最終的な条文

2009年12月22日、フランス核実験被害者補償法が上院で可決され、フランスで初めて同国の核実験が人体に被害を与えたことを認め、被害者に補償を行う歴史的とも言える法律が成立しました。 09年6月30日の国民議会(下院)決議でもいくつかの修正が行われましたが、上院でも修正が加えられました。おもな修正点は、「因果関係の推定的認定」(被曝の事実と特定の疾病を罹患している事実が証明されれば、その間の因果関係の証明を免除し、両者の因果関係を推定的に認めること)をより明確にする修正と、被害者本人が死亡している場合の遺族の権利の明確化の2点です。 以下は、同法の上院での修正箇所を記した最終的な条文の邦訳です。文中、取り消し線部分は削除された文言、下線部分は新たに挿入された文言であることを示します(いずれも訳者による追加)。また、主要な修正箇所について、その修正案を提出した上院議員による修正提案主旨の要約を、脚注の形で付記しました。

フランス核実験被害者はどう闘ってきたか?

2009年の原水禁大会に、フランス核実験被害者運動の立役者のひとりであるブリュノ・バリオさん(フランス核兵器監視協会代表)がフランスから参加され、被害者運動のこれまでの経緯を、貴重な写真や資料とともに紹介しました。 フランス政府の「国防機密」の鉄壁に阻まれて、長い間苦しい闘いを強いられてきたフランス核実験被害者の運動。しかし、このサイトでもお伝えしてきたように、ここ数年、劇的な変化が生まれています。フランス国防省が、これまでの頑なな態度を一変させて、核実験による健康被害を認め、「核実験被害者補償法案」を提出したのです。また、ポリネシアでも元核実験労働者による初の補償請求訴訟が行われ、国側の責任を認める判決が出ています。 「官僚主義の権化のようなあのフランス国防省を、どうやってここまで追い詰められたのか?」という驚きと疑問は、フランス国内はもとより、国際的にも注目の的になっています。以下は、スライドも含めたバリオさんの講演内容です。 —————————————————————————-

フランス核実験被害者法(モラン法)案, 国民議会で可決:数カ所で被害者側の要求盛り込む

09年5月27日に閣議決定された「フランス核実験被害者法(モラン法)」案は、6月22日に国民議会に提出され、6月30日に可決されました。結果は不十分とはいえ、この審議中に、被害者側が要求した項目のいくつかが条文として反映されました。 主な修正点のひとつは、補償対象地域として、後方基地が置かれていたハオ環礁の一部とタヒチ本島の一部が追加されたこと。 もうひとつは、補償法の適用状況を追跡し、必要な提言を行う「追跡委員会」の設置が盛り込まれたこと。これにより、不十分な現状のまま可決・施行された場合でも、将来同法を回生し、被害者の声を反映させ、補償対象を拡大するための糸口がともかくも用意されたと言えます。 文中、下線部は、09年6月22日に国防相が国民議会に提出した法案に対して、国民議会での審議によって修正された部分を示しています(下線は訳者による追記)。

パペエテ労働裁判所の判決をどう見るか?

すでにお伝えしていますように、パペエテ労働裁判所は09年6月25日、元核実験労働者8人の労災不認定取り消しの求めを、「申請期限を過ぎている」として却下しました。しかし、その一方で、すでに死亡してる原告1人の子供3人に対して1人あたり100万CFPの損害賠償を命じたほか、原告4人について疾病と核実験による被曝との関連を調査するよう命じました。 被害者団体のモルロアと私たち協会は「人種差別の判決」と批判している一方、原告側のテッソニエール弁護士は「ポリネシア法の制約のなかでかなり踏み込んだ判決」と、一定の評価をする声明を行っています。 この判決をどう解釈すべきなのか? 国民議会で6月25日から審議中のフランス国防省が提出した「核実験被害者補償法案」に被害者側の要求を踏まえた修正をできる限り加えるべくパリで奔走中のブリュノ・バリオ氏に、メールで率直な疑問をぶつけてみました。 以下はバリオ氏とのやり取りをまとめたものです。

パペエテ労働裁判所判決:原告側テッソニエール弁護士の声明

ポリネシアでのフランス核実験がもたらした健康被害の補償を求めたポリネシア初の元核実験労働者による訴訟の判決が09年6月25日に下されました。この判決の内容と解釈について、原告の元労働者側の弁護士を務めたJ.-P. テッソニエール弁護士が、判決翌日の6月26日に声明を発表しました。ポリネシアの労災法で定められている医師の診断後2年以内という申請期限が、裁判官や弁護士にとって、私たち法律の素人が考えるよりもはるかに大きな壁だったことが伺えます。以下はその邦訳です。

ポリネシア人元核実験労働者補償訴訟判決:日本での報道

09年6月25日のパペエテ労働裁判所によるポリネシア人元核実験労働者補償訴訟判決について、日本でも下記のような報道が行われています。併せてご覧下さい。

ポリネシア人元核実験労働者補償訴訟で初の判決:原告8人中1人に300万FCFP(約336万円)の賠償のみ

ポリネシアでのフランス核実験で被曝して受けた健康障害への労働災害申請不認定の取り消しを求めてポリネシア人元核実験労働者8人(うち5人はすでに死亡)が起こした初めての裁判で、パペエテ地方労働裁判所は、原告のなかのすでに死亡している1人について、その3人の成人の子供に1人当たり100万CFP(太平洋フラン。約112万円)の賠償を支払うよう、雇用主であったフランス原子力庁(CEA)に命じる判決を下しました。その他の原告については、4人について医学的鑑定を行うことを命じましたが、他の3人については請求を棄却しました。

フランス国防省の「核実験被害者補償法案」:日本での報道

フランス国防省の「核実験被害者補償法案」について、日本でも下記のような報道が行われています。合わせてご覧下さい。

モルロアと私たち協会、仏国防省「核実験被害者補償法案」を批判

ポリネシアのフランス核実験被害者がつくるモルロアと私たち協会は、09年5月27日にフランス政府が閣議了承した「核実験補償法(モラン法)案」について、「国民の目を欺くための政治宣伝」と厳しく批判しています。以下は、09年5月30日にモルロアと私たち協会が発表した声明の訳です。

フランス国防省「核実験被害者補償法案」の邦訳

09年5月27日、フランス国防省は「核実験被害者補償法案」を閣議に提出し、了承されました。以下はその法案の邦訳です。この法案は、6月16日に国民議会の国防委員会で審議され、6月22日に国民議会の本会議で審議される予定です。 法案をめぐるテレビ番組への出演や、国防委員会で参考人として意見を述べるためにフランスに帰国している「フランス核兵器監視協会」のブリュノ・バリオさんは、私信で、フランス国防省の法案可決に向けた動きについて「まさにやっつけ仕事というべきやり方であり、被害者団体が動き出す前に、核実験の問題をできるだけ早く片付けてしまいたがっているようだ」と語っています。

ポリネシア人元核実験労働者補償請求訴訟:フランス政府を裁く最終弁論、現地レポート

予告ページでもお伝えしましたが、2009年4月27日に、ポリネシアで初めてのフランス核実験元労働者による損害賠償請求訴訟の最終弁論が、パペエテ労働地方裁判所で行われました。この最終弁論は、裁判長と4名の陪審員の前で、初めて8人の原告が発言し、原告側・被告側双方の主張を闘わせるもので、裁判で最も重要な審議です。 裁判所前には、早朝から約400名の元核実験労働者やその支援者、地元報道陣らが詰めかけ、この問題への関心の高さを示しました。なかでも、日本の原水禁を代表して長崎原爆被爆者の奥村英二さん(長崎県平和運動センター被爆者連絡協議会事務局長)が参加し、NHKが2組の報道班(NHKヨーロッパ総局とNHK広島)を送り込んだことは、今回の裁判が国際的にも注目を集めていることを内外に示し、被害者運動の意義に一段と重みを加えました。 以下は、奥村さんに通訳として同行した真下によるレポートです。

フランス「核実験被害者補償法案」:エルヴェ・モラン仏国防相の発言内容(フィガロ紙)

エルヴェ・モラン仏国防相は、フィガロ紙のインタビューで「核実験被害者補償法案」の内容を発表し、核実験の被害を一切否定してきた従来のフランス政府の姿勢を一転し、被害があったことを認めた上で、国が補償する制度をつくる意向を表明しました。以下は2009年3月24日付フィガロ紙のインタビュー記事の訳です。 ———————————————————————————

フランス核実験被害者訴訟:ポリネシアで4月27日に最終弁論

フランス核実験で地元採用労働者として働いていたポリネシア人元労働者が、被曝により健康被害を受けたとしてフランス政府に損害賠償を求めて2008年5月に起こした初の裁判の最終弁論*が、2009年4月27日にパペエテ地方裁判所で行なわれます。日本と違って、フランスの裁判では、最終弁論はこれまでの審議全体を総括し、原告・被告双方の主張を最終的に提出する裁判のクライマックスとして非常に重視されています。判決にも少なからぬ影響を与えると言われています。判決は、最終弁論の1、2ヶ月後に言い渡される予定です。

ポリネシアでのフランス核実験:「バーチャル記念館」が完成

ポリネシアで、1966〜96年の30年間に、193回にわたって行われたフランス核実験の実像を示す多数の画像や文献を集めた「フランス核実験バーチャル記念館」が、ポリネシア自治政府の手でこのほど完成し、09年3月10日「開館式」が行われました。

サハラ砂漠でのフランス核実験被害:新たな証言映画がフランスで封切り

フランスの原爆実験が残した傷跡を扱った新しい映画が、2009年2月11日にフランスで封切りされました。

フランス国防省の「核実験被害者補償法案」について被害者団体がコミュニケを発表

08年11月末にフランス国防省が「核実験被害者補償法」案を提出する意向を発表した後、フランス政府と被害者団体との間で「共和国仲裁人(Médiateur de la République)」を仲介者とした折衝が行われてきました。 「共和国仲裁人」とは、市民と行政当局との間で紛争が起きたさいに、両者の間に立って調停を行い、行政裁判にまで至る前に紛争の解決を試みる国の独立機関です。この「共和国仲裁人」を仲立ちとして、被害者側は「核実験被害者補償法」案への要望を提出しました。 この要求項目のいくつかは、政府原案に取り入れられたもようです(原案段階の条文が未公表のため不明)。ただ、共和国仲裁人による提言を国防省がどこまで取り入れるかは不透明で、実際の法案の内容と被害者の望む補償制度との間には、まだかなりの距離があるようです。以下は、これまでにこの折衝について被害者団体側が連名で発表したコミュニケの訳です。

ポリネシア核実験放射能汚染除去工事でフランス政府と地元自治体が合意

フランス政府は、2009年1月8日、1966〜96年にフランスが仏領ポリネシアで核実験を行ったさいの後方基地となっていたハオ(Hao)環礁の放射能汚染除去工事を、2009年4月から7年間にわたり、6000万ユーロ(約72億円)を掛けて行うことで、地元自治体と合意ました。

B. バリオ:フランス国防省の核実験被害者補償法案は世論を欺く詐欺

先にお伝えした、フランス国防省による核実験被害者補償法案について、被害者運動の立役者のひとりであるブリュノ・バリオさんがコメントを寄せています。以下はその訳文です。

被害者の運動潰し:フランス国防省の「核実験被害者補償法案」

エルヴェ・モラン仏国防相は、08年11月27日にコミュニケを発表し、フランス核実験被害者補償法案を来09年第1四半期に提出する意向を発表しました。 1960年にサハラ砂漠で最初の核実験を行って以来、フランス政府は一貫して「フランス核実験による放射能で被害を受けた者はいない」とする主張を貫いてきました。今回、モラン国防相は、「われわれは核実験被害者を認めなければならない」と述べ、フランス政府が2009年第1四半期に核実験被害者補償法案を提出する準備を進めていることを明らかにしました。この発表は、フランス政府がこれまでの立場を初めて覆し、被害者が存在することを認め、その補償を行う意向を示したという意味で、画期的な一歩といえます。フランスのメディアは、こぞって「フランス政府、核実験被害者に補償」「元核実験従事者に希望」といった見出しで大きく報道しています。 しかし、発表された政府法案の骨子を見ると、これまで被害者団体が要求してきた内容とはほど遠いもので、基本姿勢は従来とまったく変わっていないことが分かります。

被曝労働で亡くなった喜友名 正さんの悪性リンパ腫労災認定、フランス核実験ヒバクシャ運動も注目

全国各地の原子力発電所や核燃料施設で検査員として働き、悪性リンパ腫で2005年に亡くなった喜友名正さんの労災申請が、今年10月、日本で初めて認められました。これは、日本で40万人ともいわれる原子力施設の被曝労働者への補償を前進させる大きな一歩となりました。 しかし、喜友名さんの悪性リンパ腫労災認定の影響は、日本国内にとどまらず、国外でも注目を集めています。このニュースを英文にまとめて各国のヒバクシャ運動関係者に送ったところ、とくにフランス核実験ヒバクシャの運動を続けている人たちから連絡や問い合わせが相次いでいます。

08年夏の広島・長崎 アルジェリア・ヒバクシャ各紙で報道

08年夏の広島・長崎原水禁大会で発表されたアルジェリア・ヒバクシャについての報告のもようが各紙で報道されました。

フランス、アルジェリアの著名人・活動家が「真実と正義支援委員会」を設立

アルジェリアを代表するフランス語新聞「エル・ワタン」紙によると、フランスとアルジェリアの著名人や運動家が、フランス核実験被害者の支援を行う「真実と正義支援委員会(le Comité de soutien vérité et justice)」を設立した。

2008.08.05/08.08 原水禁大会「ひろば」:サハラ砂漠でのフランス核実験のツメ痕—— アルジェリアのヒバクシャの権利回復運動はいま ——のご案内

前回のお知らせに続いて、より詳細なご案内を掲載させていただきます。 ■ アルジェリア政府関係者が現状を報告  今年、広島と長崎で行われる原水禁国民会議主催の「ひろば」で、1960年代にフランスがサハラ砂漠で行った核実験の被害と現状について、長年アルジェリア政府機関でこの問題を調査してきた研究者が報告を行います。アルジェリアのヒバクシャ問題については国際的にもあまり情報がなく、詳しい現場の話を聞くまたとない機会と言えます。

モルロア・エ・タトゥ協会、仏政府特使の交替を要求

タヒチの有力紙「タヒチ・プレス」によると、仏領ポリネシアのフランス核実験被害者団体「モルロア・エ・タトゥ協会」は、先頃ポリネシアに到着したモーリス・ジュリアン・ド・ラ・グラヴィエール仏政府核安全特使を、「いま表れている健康障害は核実験のせいではない」というウソの発言を繰り替えしており、交渉相手として信用できないとして、交替を要求した。

ポリネシア議会、フランス政府に対する核実験機密の開示請求を全会一致で可決

反核・独立派のリーダー、オスカー・テマル前大統領が議長となったポリネシア議会は、フランス政府に対して核実験に関する公文書館史料の開示を求める決議を全会一致で可決した。

2008年8月の原水禁大会にアルジェリアから代表

今年8月の原水禁大会に、アルジェリアのフランス核実験被害問題と長年取り組んできたアンマール・マンスーリさんが参加し、広島と長崎の「ひろば」で講演を行います。

報告:アルジェリアで初の「核実験に関する国際会議」開催

アルジェリア・ヒバクシャ国際会議の意義

フランス核実験被害者の元軍人の補償請求を認める判決

5年前から多発性筋炎を患い、アルジェリアでの核実験に参加したことが原因と主張する元軍人アンドレ・メジエール(65)さんに対して、フランスで初めて生涯傷病年金の支給が認められた。

フランス軍撤退後のサハラ核実験場後処理に従事した元アルジェリア軍兵士の証言

以下は、フランス軍が1967年にサハラ砂漠の核実験場から撤退したさいに実験場の管理権を引き継ぎ、汚染機材で被曝した元アルジェリア軍人M.A.ベンジェッバール氏の証言です。ベンジェッバール氏は、原水禁国民会議主催で2002年8月5日に広島で行われた「フランス核実験被害広島会議」にアルジェリア代表として出席し、アルジェリアのヒバクシャがフランス核実験被害者運動に、またひいては国際的なヒバクシャの運動の環に入るきっかけをつくりました。

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