世界のヒバクシャはいま

核兵器と原子力による被爆者・被曝者の権利回復運動についての情報サイト

 

フランス核実験被害者補償法(モラン法)の欠陥とは何か?

2008年11月末にエルヴェ・モラン・フランス国防相が立法の意向を表明した「フランス核実験被害者補償法」は、ほぼ1年後の09年12月22日にフランス上院で可決され、2010年に施行の見通しとなりました。

日本も含め、フランス内外のマスメディアでは「長い間放置されてきたフランス核実験被害者にようやく救済への道を開いた歴史的な法律」といった報道が行われ、あたかもこの法律によって被害者の補償問題が解決したかのような印象が広がっているように見受けられます。

しかし、当の被害者団体はこの法律を「遅すぎた不十分な法律」と非難しています。それは何故でしょうか?

今回成立した「フランス核実験被害者補償法」では、当初の国防相原案にさまざまな修正が加えられています。それは、被害者側から国防省への直接の要求や、その趣旨を汲んだ与野党議員(おもにポリネシア選出国会議員、社会党などの左翼政党、緑の党)による修正動議の提出によって法案に反映されてきました。しかし、法案に反映されなかった重要な要素もあります。

以下では、今回成立した「フランス核実験被害者補償法」はどこまで被害者の権利を認めたのか? また、被害者側の要求のどのような項目が拒絶されたのか?を、これまでの経緯にもとづいて検討します。

—————————————————-

被害者が要求してきた補償制度とは

被害者側が求めてきた補償制度には3つの柱があります。

1. 包括的な補償制度

フランス核実験被害者は、アメリカの「放射線被曝補償法(RECA: Radiation Exposure Compensation Act)」をモデルにした補償制度を求めてきました。これは、ちょうど職業病の認定制度のように、一定の被曝し得る条件の下に居たという事実と、補償の対象となる疾病の事実が証明されれば、その間の因果関係を推定的に認めて(presumption of causality)自動的に補償を認めるという制度です。被害者を個別に審査するのではなく、一定の条件を満たす被害者を包括的に救済する制度と言えます。

2. 特別基金の設立

もうひとつは、補償の財源となる特別基金の設立です。国防省から独立した国の行政機関とし、管理運営も国だけでなく、核実験被害者団体や有識者の代表で構成する理事会(司法官が理事長)が行うというものです。これは、核実験被害者への補償は、国から被害者への「慈悲」によるものではなく、過去の間違った国の行為に対する被害者の当然の権利でなければならないという考え方に基づいています。

3. 追跡調査委員会の設立

核実験の被害は、現時点での損害を評価して保証金を払えば済むというものではありません。いまはまだ知られていない問題が後になって明らかになることは、過去の例が示している通りです。また、サハラ砂漠の核実験場には、汚染された機材が放置され、地下核実験の事故で噴出した溶岩がそのまま残されています。モルロア環礁の地盤は137回にわたる 地下核実験でボロボロの状態で、地面の亀裂や大規模な崩落が確認されています。いまも続いているこれらの核汚染は、現在だけでなく将来世代に至るまで核実験の被害を長引かせるものです。

このため、今後とも被害者の健康と、残された大量の放射能の人や環境への影響を追跡調査する必要があります。こうした調査は、当然、独立の立場から行わなければならないため、委員は、国会議員、独立の立場の専門家、政府および元核実験従事者・元労働者団体の各代表で構成すべきだとしています。

原案発表から上院での可決までにいくつかの改善

モラン国防相は、2008年11月末に初めてこの法案の骨子を発表しました。しかし、それには補償制度の中で最も重要な認定方法の原則である「因果関係の推定的認定の原則」が明文化されおらず、被害者団体が求めてきた「特別基金」も「追跡調査委員会」の記述もない、不十分な内容でした。

被害者団体はその直後にモラン国防相との面会を要請し、同年12月に法案の内容を説明を受け、その席上、被害者側の要求を提出しました。しかし、その後の国防省の対応がほとんどなかったため、被害者団体は、公定仲裁人(行政に対する異議申し立てを仲介するフランスの制度)を使って再三交渉を要請しましたが、ほとんど進展はありませんでした。

モラン法案は09年5月に国民議会に提出されました。被害者側は、ポリネシア選出の国会議員や、社会党、緑の党、共産党の国会議員を通して、国民議会(下院)と上院の審議の中で法案の修正を試みました。大部分の修正動議は拒否されましたが、以下のような点は条文に盛り込まれました。

1. 因果関係の推定的認定の原則

因果関係の推定的認定の原則は、国民議会の審議では拒否されましたが、上院での審議でようやく明文化され、「疾病の性質および当該者の暴露条件に照らして、核実験に帰せられるべきリスクが無視しうると考えられる場合を除いて、推定的因果関係の恩典を受けることができる」という文言が記載されました(第4条II)。これは、申請者が罹患している疾病が放射線被曝によるものでないことを国側が証明しない限り、因果関係の推定的認定の原則が適用され、補償が受けられるということで、挙証責任の逆転を明記したものといえます。

2. 対象となる地域を若干拡大

国民議会での審議で、対象となる地域として、次の地域が追加されました(第2条)。

  • ハオ環礁の特定区域:ハオ環礁はモルロア・ファンガタウファ核実験場の後方基地になっていた島ですが、核弾頭の組み立てや大気圏核実験で放射能の観測をした飛行機の洗浄、臨海前実験(プルトニウムを用いた化学爆発実験で核物質の挙動を調べる実験)などが行われ、放射能汚染が指摘されています。
  • タヒチ島の特定の区域:2005年にオスカー・テマル大統領の下で初めて行われたポリネシア政府独自のフランス核実験影響調査で、大気圏核実験の放射性降下物がタヒチ島にも降っていた事実が明らかになり、2006年にフランス国防相もそれを追認しました。

3. 行政資料の開示の明記

従来から、軍人恩給や職業病認定の形で被害者が補償を申請するさいに、国防省が本人の被曝記録を国防機密として開示しなかったり、記録がないと回答したりするなど、情報を秘匿するために、申請ができないことが多々ありました。そうしたことが原則的にできないようにするため、国民議会での審議で「必要な場合には国防省および関連省庁との協力により」との規定が盛り込まれました(第3条)。

4. 核実験被害追跡諮問委員会の設置

当初のモラン法案には、被害者が要求してきた「追跡調査委員会」の規定がありませんでしたが、国民議会で野党議員多数の要請があり、「核実験被害追跡諮問委員会」が設置されることになりました(第7条)。委員の構成は被害者側の要求に近いものです。

モラン法の欠陥

被害者団体や野党議員の修正要求を渋々受け容れる形で実現したこうした成果を挙げて、「画期的な被害者補償法」という、モラン国防相の宣伝を真に受けた報道が行われています。しかし、現実にはモラン法は極めて大きな問題を含んでいて、被害者の新の権利回復からはほど遠い法律といわざるを得ません。

1. 実際に補償を受けられる人は多くて数百人

フランス政府は、フランス核実験に参加した要員は約15万人と発表しています(下の表を参照)。この数字と「被害者補償法」という法律の名前を見て、あたかも補償の対象が15万人であるかのような誤解が広まっています。

フランス核実験参加要員と周辺住民の数(出典:フランス国防省)

しかし、モラン法が08年11月に発表された直後のB.バリオ氏のコミュニケが明らかにしているように、この15万人のうち、国防省が「被曝の事実」を認めているのはほんの一部にすぎません。下の図は、サハラ砂漠のイネケールで起きた地下核実験の噴出事故のさいの被爆線量の公表値で、フランス政府が全核実験の中で最も被曝が多かったとしているものですが、5 mSv以上被曝した人の数は300人あまりとされています。モラン国防相自身、当初から「この補償法の対象となりうるのは数十~数百人」と明言しています。

地下核実験「ベリル」での過大出力事故による被爆線量と被曝人数(縦軸が被曝人数、横軸が被曝線量(単位:ミリシーベルト)。出典:フランス国民議会報告書)
■ 地下核実験「ベリル」での過大出力事故による被爆線量と被曝人数(縦軸が被曝人数、横軸が被曝線量(単位:ミリシーベルト)。(出典:フランス国民議会報告書)

2. 補償認定の可否は補償委員会による検討と国防大臣の最終判断にゆだねられている

もうひとつの問題は、補償委員会が個別のケースごとに「補償の条件が満たされているか否かを検討する」という形になっていることです(第4条II)。つまり、認定の可否が、政府が指名した補償委員会の「検討」に大きく依存するということです。しかも、この検討結果でそのまま決まるのではなく、補償委員会は「国防大臣に対して、申請をどのように扱うべきかの提言を行」うだけで、国防大臣が「その提言に鑑み、2ヶ月以内に当事者に補償の提供、または申請の却下(その理由を伴う)を通知する」とされています。つまり、最終的な補償の可否は国防大臣の手に握られているのです。これは被害者側が要求してきた「自動的な認定」からかけ離れています。

国会審議中に、せめて補償委員会に被害者団体代表と独立の科学者を委員として入れるべきだという修正案が、野党議員から再三提出されましたが、モラン国防相はすべて拒否しました。

3. 国防省予算で補償

被害者団体は、補償の財源となる独立した特別基金の設立を要求してきましたが、モラン法ではその財源も運営も国防省の予算として行うことになっています。補償の原資をしっかりしたものにすることは、充分な補償を行うための最も基本的な条件ですが、それがすべて被害者の手の届かない国防省の管轄の下で行われることになっています。これはでは補償金は「被害者の当然の権利」ではなく、国防省の「慈悲」的性格を本来的にもってしまいます。

4. 追跡委員会の対象から環境が外されている

「核実験被害追跡諮問委員会」は設置されましたが、その対象は核実験の健康被害に限定されていて、放射能の環境への影響や、現存する放射能汚染の除去、将来汚染が拡大した場合の対策がまったく入っていません(第7条)。上記のように、現在までに目に見える形で起きている健康被害は、核実験がもたらす被害の一部にすぎませんから、核実験被害の補償を行う法律である以上、この長い将来の問題に眼をつぶっているモラン法には大きな欠陥があります。

(クリックで拡大表示)

■ 被害者側の要求とモラン法の内容の推移(クリックで拡大表示。pdf版をダウンロード

以上、モラン法の欠陥を見てきましたが、実際の補償の可否を決めるのに最も大きな影響を与える基準の細目は、別途政令(デクレ)で定めることになっています。政令の内容はまだ確定していませんが、その行方によっては補償の道がさらに狭められる可能性もあります。フランス核実験被害者の権利回復への道はまだまだ遠いと言わざるを得ません。

Comments are closed.

このページ内容は世界のヒバクシャはいま提供 → 元記事