東海村真崎コミュニティセンターで24日行なわれたJCO臨界事故7周年集会「老巧化した東海第二原発にプルサーマルはいらない!」は、全国から300人が参加して開催された。
多くの住民を被曝させ、犠牲者を出した大事故から7年が経ち、事故を起こした沈殿槽は解体・撤去され、また一方、ガスを抜く安全装置の流量をごまかすなど長年にわたる不正を続けながら30年近く動かした地元の老巧原子炉──東海第二原発にあえて危険で矛盾だらけのプルサーマルを押しつけるなど、辻褄合わせの日本の「原子力立国」政策は末期的症状を示している。
このような原子力利用の是非を根本から問い直す意味からもたれた集会では、「東海原発とプルサーマル」と題して元京都大学原子炉研究所の小林圭二さんが、日本のプルトニウム利用政策の欺瞞と危険性を分かりやすく解説しながら基調講演を行なった。
また、7年目の地元の状況報告を脱原発とうかい塾の相沢一正さんが、JCO臨界事故の被曝による健康被害賠償裁判の現状を当事者の大泉昭一さんが話された。
また当日朝に日本原電に対して行われた、東海原発プルサーマル計画に反対する申し入れの報告、六ヶ所村でアクティブ「試験」の名で始まった核燃料再処理と引き続いて起こった被曝事故や放射能漏れトラブルなどの青森県からの参加者による報告と、集会アピール採択など盛りだくさんの内容。
会場にあふれた約300人の参加者は、集会終了後、東海市内を2.6kmほど歩き、「東海原発にプルサーマルはいらない」、「臨界事故を忘れない」、「被曝による健康被害を認めよ」などとアピールしながらデモンストレーションを行なった。
中央アジアの5か国:カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、トルクメニスタンとウズベキスタンは8日、非核地帯条約に調印した。地政学的に重要な、イラン、アフガン、パキスタン、中国、ロシアなどに囲まれた地域。世界の非核地帯拡大への重要な一歩となる。
条約は9月8日にカザフスタンのセミパラチンスクで調印された。1996年に閉鎖された旧ソ連の核実験場があった場所だ。5カ国が中央アジアの非核地帯創設をうたったアルマトイ宣言を支持した1997年以来、ほぼ10年間の会談を経て、調印に至った。
旧ソ連からの独立国を含むものとして、また全域が北半球にある非核地帯条約としては、最初のものだ。
ラテンアメリカ、南太平洋、東南アジア、アフリカにつづき世界では5番目の非核地帯となる。核爆発装置の開発、製造、備蓄、所有が禁止され、一方、補強されたIAEA保障措置の下では、核の平和利用が許されている。
また、南極は、核爆発、放射性廃棄物の処分が1959年の南極条約で禁止されており、モンゴルも、1992年の国連総会で非核地帯化宣言、1998年、国連総会での歓迎決議によって国際的に認められている。
参考
また、同日発表されたウズベキスタン大使館プレスリリースをうけて、原水禁事務局長は以下の手紙をウズベキスタン大使館に送りました。
2006年9月14日 (邦訳・原文英語)
ウズベキスタン共和国大使館
私たちは、1965年に設立された、議員・被爆者・労働組合・研究者・他の市民団体と協力する、日本の主要平和団体である原水禁です。
原水禁は、2006年9月8日の中央アジア非核兵器地帯の設立を大いに歓迎します。これは、世界的、地域的な、核不拡散と軍縮、平和と安全保障に多いに寄与します。
さらに、中央アジア非核兵器地帯の批准と発効が一刻も早く達成されることを願っています。
私たちは、日本政府に対して、中央アジア諸国がなされたご努力と同じくらい日本政府が、東北アジア非核兵器地帯を設立し、この地域の政治的・軍事的緊張を減少させるよう、努力を払うことを要請し続けます。
再度、私たちは中央アジア5ケ国(ウズベキスタン、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、トルクメニスタン)の長期に及ぶ骨の折れるご努力に深く感謝致します。
敬具
2006年9月13日 ウズベキスタン大使館プレスリリース
中央アジア非核地帯の署名
(要約)9月8日、カザフスタンのセミパラチンスクで中央アジア5カ国が中央アジア非核兵器地帯条約への署名を行った。ウズベキスタン、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、トルクメニスタン5ヶ国外相などのほか、石栗勉・国連アジア太平洋平和軍縮センター所長、ユーリ・ソコロフ・IAEA事務総長第一代理、外交官、NGO、マスメディアなどが署名式に参加した。
中央アジア非核地帯は1993年9月28日に第48回国連総会でイスラム・ カリモフ大統領によって最初に提案された。1997年に開催された国際会議「中央アジア 非核兵器地帯」がその最初の重要なステップとなり、関連する条約を作成するための地域専門グループ(REG)が設立された。
「私達は約9年間の集中的な作業に関わった」とカスィムジョマルト・トカエフ・カザフスタン外相は語る。
1997〜2002年、国連軍縮局とIAEA専門家の活発な支援により、ジュネーブ、アシガバット、タシケント、札幌、サマルカンドなどの都市で数多くの作業会合が開催された。2002年9月27日、サマルカンドにおける最終会合でセミパラチンスクにて署名式を行うことが合意された。
2005年2月7〜9日、第7回専門グループがタシケントで開催され、参加者間で、「核兵器5ヶ国」ならびにIAEA、国連法務局側の提案やコメントを考慮しつつ、中央アジアの条約に関する共通のスタンスについて合意した。
条約の署名については世界中で広く呼びかけがなされた。コフィ・アナン国連事務総長は、非核兵器地帯の設立は核不拡散体制の強化に資するものであり、また核兵器のない世界を実現するための措置を補強し、地域の平和と安定を強化するものであるとの特別なメッセージを呼びかけた。
条約署名式では、初めて直接的に国連機関が非核兵器地帯の設立に関わったことが参加者の注目を集めた。中央アジア諸国の専門家とともに、国連軍縮局とIAEAが共に条約の条文を作成したのである。
中央アジア非核兵器地帯を設立するイニシアティブは、国連決議やNPT再検討会議の枠組みの中で支持を得てきた。
「専門家による公式会合の一方で、公式交渉の土台作りのため約60もの非公式会合を開催した」と石栗勉・国連アジア太平洋平和軍縮センター所長は述べる。
石栗所長は、中央アジア諸国が幾つかの困難に遭ったにもかかわらず設立に成功したのは、この5ヶ国間の相互信頼が鍵となっていることを強調した。
「ロシアはこの地域における非核兵器地帯の設立を歓迎する。セミパラチンスクでの文書の署名は、安全保障における不拡散グローバルシステムを強化するための中央アジア諸国による真の貢献であり、地域安全保障の効率的なシステムを形成し、地域の国々の立場を補強する重要なステップとなるだろう」と、ムハメトシン・ロシア連邦ウズベキスタン特別全権大使は述べる。
米国モントレー国際研究所核不拡散研究所長であるウィリアム・ポッター教授は中央アジア諸国が「この地域における非核兵器地帯を生み出す歴史的な新たな条約に署名した」ことを歓迎した。
中央アジア諸国の党首たち、特にカリモフ・ウズベキスタン大統領とナザルバイェフ・カザフスタン大統領は署名の呼びかけにこの10年間を費やしてきた。
イギリスBBC放送は、国連の支援とともに、9年間の努力によって今回の成功がもたらされたことを強調した。AP通信は、中央アジア非核兵器地帯がエネルギー資源の豊富な戦略的に重要な地域において設立されたことを強調した。「条約に署名することによって、中央アジア諸国は、領域内における核兵器の製造、購買、配備を行わないという責任を担った。これにより国々は核の脅威から保証される」と米国の通信社も記した。
署名式にて条約関係国は、核兵器保有国と関連する議定書の準備作業を続ける準備ができていることを表明した。
以上
被爆61周年原水禁世界大会・国際会議「東北アジアの平和・非核化と安全保障」(8月3日、福岡)で採択された決議文を、9月6日、外務省総合外交政策局軍備管理軍縮課の芹沢課長に提出し、宣言文の内容を要請し意見交換を行いました。
外務省からは六者協議の開催が、いわば東北アジア非核地帯形成のための初期段階にあると理解しているとのコメントがありました。原水禁からは、北朝鮮のミサイル問題などについて、地域の緊張を高めないための日本政府による冷静な対応を求めました。
この他、8月31日に行なわれた米国の未臨界実験がCTBTなど条約上禁止されていないことから、日本政府として米国に抗議をしていないことが明らかにされました。