10月25日、「原子力の日」(26日)を前に、上関原発反対を訴え、県庁正面玄関前で地元上関町民の会や原水禁山口県民会議、原発いらん!山口ネットワークの主催による座り込み集会が開かれました。
集会と並行して、代表団が県への申し入れ行い、先の台風13号によるボーリング台船が流され座礁した件で、海中の環境が傷ついているのではないかと、地元の漁師が指摘したにもかかわらず、中国電力側の発表のみを鵜呑みに、「問題はない」とした県の対応の杜撰さを指摘しました。また漁業権の問題での県の考え方や中国電力の高圧的な対応についても問いただされたが、明確な答えがなく、かえって漁業を振興する立場にあるとは思われない発言が端々に出ていました。
当日は秋のすがすがしい天気の中、上関町民や予定地対岸の祝島からも多くの参加者があり、全国からも新潟や福井、東京、高知、大分、鹿児島などをはじめ中国地方の各県からの参加者を加え、総勢350人が集まりました。


集会は最後に代表団の報告を受け、県知事に向け「上関原発阻止」のシュプレヒコールをあげ終了しました。
午後は、上関原発をめぐる闘争の現状と自然環境についての報告と全国各地の闘いの報告・交流集会が行われました。全国からは、新潟のプルサーマル問題、もんじゅをめぐる改造工事や再稼働の問題、高知県の高レベル放射性廃棄部処分場の問題など各地の報告がなされました。
中国電力は、電力需要が低迷するなか、さらに島根原発3号機に着手しました。隣の九州電力は、電力自由化の中で、管内を超えた売電を今の10倍にすると発表しています。すでに中国電力管内でも九州電力から電気を買っている企業もあります。ますます上関原発をつくる理由がますます不透明になっています。中国電力は、はやく上関に見切りをつけることが必要です。
21日から3日間にわたって各国からのNGOや市民の参加で開催された、「第3回 核兵器廃絶−地球市民集会ナガサキ」は昨日閉幕し「長崎アピール2006」を採択しました。
北朝鮮による核実験の暴挙を強く非難すると同時に、「核拡散が進む中で、兵器に使用可能な核分裂物質の管理が世界的な関心事となっている。日本政府はこの懸念を踏まえ、プルトニウム生産を含む核燃料サイクルのあり方を再考すべき」とし、また「米国の核の傘に依存する政策から一日も早く脱却」し、さらに「日本政府にたいして非核三原則の厳守を再確認し、それを法制化するよう求め」るという内容も含まれます。
「長崎アピール2006」
被爆60年の2005年、5月にニューヨークで開かれたNPT再検討会議は、実りなく終わった。節目の年への期待が強かっただけに、被爆地における失望は大きかった。また2006年10月9日の北朝鮮による核実験は、これまで核廃絶を訴えてきた世界の人々の心を踏みにじった。
しかし、私たち地球市民は決してあきらめはしない。
会議の直後から提起された具体的事項が、今後への力強い展望を示している。「核兵器の非合法化を目指せ」としたハンス・ブリックス委員長による「大量破壊兵器委員会」の60項目勧告、アジア大陸の中央部に21世紀初めて実現した新しい創意あふれる中央アジア非核兵器地帯、増え続けるモンゴルの非核地帯地位への支持、そして、平和市長会議や核軍縮議員ネットワークなどを通じて強まっている市長や議員たちの活動、中堅国家構想(MPI)による同志国家とNGO が、核軍縮義務を履行させるために開催した「第6条」フォーラム、英国で始まったトライデント核兵器システム更新阻止の力強い市民運動—これらは心ある政府や国連、NGOが連帯し、挫折を糧にして敢然と立ち上がっている何よりの証左である。
一方、被爆者は今なお放射線による後障害に苦しめられながらも、核兵器廃絶運動の先頭に立っている。昨年度のノーベル平和賞受賞は惜しくも逸したが、選考委員会は彼らの行動に対して最大級の讃辞を贈った。被爆の実相を普及させるために、世界の各地で原爆展や被爆者の証言活動が、年を追うごとに活発化してきている。中でも、米国の核爆発実験場があるネバダの博物館において、今年、原爆展が開催された意義は大きい。核兵器の開発を科学の勝利としてのみ捉えがちな人々に対して、きのこ雲の下で繰り広げられた地獄の惨状を知るのに、多くの言葉は要らない。
今年は、核兵器の使用と威嚇は一般的に国際法に違反するとし、すべての国に核兵器の完全軍縮のための交渉を誠実に遂行し完結させる義務があるとした、歴史的な国際司法裁判所(ICJ)勧告から10周年である。
被爆61年目のこの年を、私たちは新たな出発点と位置づけ、第3回地球市民集会ナガサキに集い、3日間の熱のこもった討議を終えた。開会集会の日、ニュージーランド国民から長崎市民への友情の証として平和の彫刻「平和のマント」が贈られた。集会では、高校生、及び大学生など次世代への持続的で広がりのある平和活動を知って強く励まされた。
この活動と議論の成果を踏まえ、私たちは地球市民の名において、次のことを全世界の人々に呼びかける。
- 核兵器はもっとも野蛮で非人道的、かつ卑劣な兵器である。すべての国の政府に対して、私たちはこのことをあらためて強く訴える。いかなる国も、核兵器によって安全保障を求めるという考えを捨てるべきである。
- 私たちは、北朝鮮による核実験の暴挙を強く非難する。これに対するいかなる力の行使にも反対し、6カ国協議、及び2カ国協議への復帰を基礎とした平和的かつ外交的解決を求める。
- 核兵器廃絶のために、被爆国日本が果たすべき役割と責任は極めて大きい。私たちは、日本政府にたいして非核三原則の厳守を再確認し、それを法制化するよう求める。私たちは、米国の核の傘に依存する政策から一日も早く脱却し、核兵器廃絶のための国際条約への支持を要求している日本の市民を支援する。
- 北朝鮮の核実験が行われた今だからこそ、北東アジア非核兵器地帯の設立を求める。日本においては、非核宣言自治体を支援し、この目的に向かって市民と自治体が協力するよう訴える。
- 核拡散が進む中で、兵器に使用可能な核分裂物質の管理が世界的な関心事となっている。日本政府はこの懸念を踏まえ、プルトニウム生産を含む核燃料サイクルのあり方を再考すべきである。
- 「保有核兵器を完全廃棄する明確な約束」をはじめとする2000年NPT再検討会議における合意の大部分は現在も有効である。合意の中には安全保障政策における核兵器の役割の低下、核兵器の高度警戒態勢の解除、核実験禁止条約(CTBT)の批准、核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の交渉、そして核軍縮の不可逆性の原則などがある。私たちは、すべての政府に対してこれらの誓約の履行を要求する。これらの約束を再確認することが、2010年NPT再検討会議の出発点となるべきである。
- ある国の核計画は受け入れられるが、他の国の核計画は受け入れられないという二重基準は許されない。私たちは、米国とインドの間の新しい核取り引きに反対する。米印両政府のみならず、原子力供給国グループ(NSG)参加国政府すべてに、私たちはこのことを訴える。
- 私たちは、宇宙の兵器化(weaponization of space)につながるものを含むミサイル防衛計画に反対する。ミサイル防衛の推進は、地域のみならず世界における核を含む軍備競争を助長している。
- 私たちは「大量破壊兵器委員会」の勧告の実施を要求する。各国政府に、議会に、自治体に、そして市民社会に勧告の内容を広めることを訴える。米ロがさらに大幅な核兵器削減を加速しなければならないのはもちろんだが、すべての核保有国が核兵器への依存を大幅に削減するべきである。すべての核兵器国は、新しい核兵器、あるいは代替核兵器を開発しないことを誓約すべきである。
- 私たちは、議会や自治体への働きかけの強化を呼びかけるとともに、世界中で幅広い民衆運動を組織することを呼びかける。平和市長会議の緊急行動(2020ビジョン)、核兵器廃絶のための地球ネットワーク「アボリッション2000」、核戦争防止国際医師会議の核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)など、世界規模で核兵器廃絶を促進する運動が起こっている。
- 私たちは、トライデント核兵器システムの更新を阻止し、ヨーロッパの非核化を促進するために立ち上がった英国市民を中心とする運動と抵抗に賛同し支援する。また、私たちは、信頼性代替弾頭(RRW)開発などの核兵器の無期限保有やグローバル・ストライク(地球規模の攻撃)能力の開発をもくろむ米政策に反対する米国市民の運動を激励し支援する。さらに、私たちは、新しい核弾頭やミサイルの開発阻止に取り組むフランスの市民運動を激励し支援する。
- 非核兵器地帯条約に加盟している国の数は、すべての国の数の3分の2にも達している。私たちは、これらの加盟国を激励し支援するとともに、核軍縮と不拡散を推進するためにさらに積極的な役割を果たすよう訴える。私たちは、一国非核兵器地帯や他の地域的非核兵器地帯の設立を奨励するとともに、とりわけ中東諸国政府が非核兵器・非大量破壊兵器地帯の早期・無条件の設立について交渉を開始するよう求める。
- 平和教育および平和学習を推進するため、私たちは「軍縮・不拡散教育に関する国連研究」の勧告を取り入れた公教育システムの確立を訴える。その場合、青少年、大学生、一般市民、及び政策決定者など社会のさまざまな対象層に適合した多様な教育方法や内容を用いる必要がある。
- 私たちは、核兵器がもたらす危険を分かりやすく劇的に描き出し、市民啓発に役立てるよう、世界中のメディアや芸術家、また娯楽産業の代表たちに訴える。
- 核兵器が町を、国を、そして文明を破壊する前に、私たちは被爆者と声を合わせ世界中の市民とともに核兵器廃絶を求めていこう。
2006年10月23日
第3回 核兵器廃絶—地球市民集会ナガサキ
10月17日、原水禁と原子力資料情報室は共同で、原子力発電環境整備機構(理事長・伏見健司)に対して、高レベル放射性廃棄物の最終処分場の誘致が、この間、高知県津野町や東洋町、滋賀県の余呉町で動きがでてきていることを受けて、以下の申し入れを行いました。
原子力発電環境整備機構からは総務や広報が対応し、本当に短い時間ではありましたが幾つかの点で質疑応答をしました。
その中で、(1) 誘致に向けて進めている地域については、一切公表できない。(2) 文献調査など何をもって受けつけるのか、「その基準は何か」、「周辺自治体の反対はどうなのか」などを質すと、周辺自治体の「意見は尊重」するし、県知事が反対の場合は「進めない」(止めるではない)という。しかし概要調査は県知事の同意が必要ですが、文献調査には、県知事の同意は必要ないが、それでも知事が反対でも文献調査を受け付けるのかは、明確にはしませんでした。(3) 安全性や技術問題などについては、公開の討論会に出ることはできる、とのことでした。しかし、政策的議論や他の選択肢(他の技術的な処分方法)などのことについては、答える範囲を超えるのでできないとのこと。根本的な議論は無理のようです。短く不十分な議論でしたが、国民的な議論や透明性を持った推進など、まだまだ不十分な点が見えました。
さらに、担当で出てきた人たちは、皆、電力会社からの出向で、何年かしたならば今の仕事離れる人々であろう。責任をどれほど持って進めているのだろうか。ここでも誰も責任を負わないシステムで原子力が進められているような気がしました。
2006年10月17日
原子力発電環境整備機構
理事長 伏見 健司 様高レベル放射性廃棄物処分場誘致に関する申し入れ
高レベル放射性廃棄物処分場の誘致に関して現在、高知県津野町や東洋町、滋賀県の余呉町などから誘致の声があがっています。しかし、地元住民をはじめ、周辺自治体や県が反対の声や難色を示しています。このことは水面下で一部の人間としか進めてこなかったことの現れで、地域住民への合意形成はまったくなされていません。地域住民にとっては突然降って湧いたような動きであり、地域の人々に混乱と不安をもたらしています。さらにこのような国民的課題に対する国民的合意形成も全くなされていないのが現実です。地域的議論や国民的議論もなされないまま、まさに見切り発車で、地域住民の理解もないまま強引に進められています。
特に今回の動きは、自治体の財政難につけ込み、来年度には文献調査実施に伴う交付金が2.1億円から10億円に増額されることで誘発された動きともいえます。交付金を目当ての誘致に手をあげさせています。国策とはいいながら誘致する地域は交付金などの見返りがなければ絶対に誘致などに動くことはありません。まさに「金」によって成り立つ高レベル放射性廃棄物処分政策で、大きな問題です。
今回、声をあげている津野町は、四万十川の源流であり、余呉町は琵琶湖に隣接するなど、地域の住民の水源地にあたるところです。東洋町も海に隣接するなど、ひとたび汚染が進めば、周辺環境に大きな影響を与えるものです。
さらに、高レベル放射性廃棄物処分技術に関しても、地震国日本の地質の中で、強い放射能を超長期に渡って安全かつ完全に管理する技術が開発されたとは決していえず、まだまだ調査・
研究の段階でしかないと私たちは考えます。さらに、現在の地下利用の観点で、将来に渡る地下開発を規定してしまうこと、さらに技術や情報を長い年月に渡り伝える手段の問題などまだまだ超えなければならないハードルは沢山あります。それらを含め国民的合意もない中で進められる高レベル放射性廃棄物処分場の誘致を進めることは、後の世代に膨大な放射能というツケをもたらす動きでしかありません。
私たちは、これ以上の水面下で進められる誘致に対して、地域住民に混乱と不安をもたらすものとして、さらに国民的な合意もないままに進められる貴機構の動きに対して断固抗議するものです。現在進めている動きを国民の前にまず明らかにし、透明で公正な議論をまず提起することを強く求めます。
原子力資料情報室
共同代表 西尾 漠
原水爆禁止日本国民会議
議長 岩松 繁俊
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は、10月9日、「安全性が保障された地下核実験をおこなった」と発表。原水禁は、核実験に対して強く抗議する以下の声明文を金 正日 国防委員会 委員長あてに送付しました。
朝鮮民主主義人民共和国
国防委員会 委員長
金 正日 様朝鮮民主主義人民共和国の核実験実施に強く抗議する
朝鮮民主主義人民共和国政府は(以下北朝鮮)は、10月9日、「安全性が保障された地下核実験をおこなった」と発表しました。
私たちは、この間10月3日の「核実験実施予告」に対して抗議の声明(10月4日付け)を出し、さらに10月4日から予定されていました在朝被爆者の実態調査も急遽延期をするなど抗議の意志を示し、北朝鮮政府に対して被爆国の平和団体として強く抗議と要請を行ってきました。またその後も、国内外の多くの平和団体から、抗議の声明が北朝鮮政府へ届けられています。
私たち、「人類と核は共存できない」とする立場から「すべての国の核実験・核兵器」に反対し、平和と核軍縮をめざしてきました。また北朝鮮のこの間の一連の核兵器にかかわる動きに対しては、NPT体制の強化・確立を基本に取り組んできました。
こうした立場から、今回の北朝鮮の「実験」は、東北アジアの非核と安全保障を揺るがすものであり非常に残念であり、断じて許す事はできません。あらためて強く抗議します。
また今後一切の核実験を中止し、実験に関する施設を直ちに放棄するよう求めます。いかなる理由があれ、いかなる国であれ、核実験の準備、核実験、核兵器保有は許されるものではありません。その上で国際的な核軍縮の枠組みであるNPTへ早期復帰し国際的な信頼を回復するよう要請します。
私たちは、今ほど対話と協議が求められているときはないと認識します。2002年のピョンヤン宣言、2005年の六カ国共同声明に基づき、関係各国は直ちに対話と協議を開始することを強く求めます。
そして東北アジアに非核・平和の確立、日朝国交正常化への道を確かなものにする必要があります。私たちは、そのため取り組みを引き続き強化する決意です。
2006年10月10日
原水爆禁止国民会議
また、10月13日には、連合、核禁会議とともに以下の抗議文を送付しました。
朝鮮民主主義人民共和国
国防委員長 金 正日 殿2006年10月13日
日本労働組合総連合会
原水爆禁止日本国民会議
核兵器禁止平和建設国民会議核実験に対する抗議文
- 10月9日午前、貴国は「地下核実験」を実施したと発表されました。核実験は、朝鮮半島はじめ中国、日本を含めた北東アジア地域の平和にとって重大な脅威であり、被爆国民として断固抗議いたします。そればかりか、7月のミサイル発射行為と合わせれば、北東アジア地域および世界の平和と安全にとって、貴国の行為は断じて許されるものではありません。
- すでに2003年1月に核不拡散防止条約(NPT)脱退表明、2005年2月には核保有宣言に加え、今回の核実験の強行という一連の行動は、平和を願う国際世論に対する明らかな挑戦であります。さらに2002年の「日朝平壌宣言」、および「六カ国共同声明」をも無にするものであり、国際間の合意事項を踏みにじる貴国の責任は重大です。
- 私どもは、貴国の核実験に厳重に抗議し、直ちにすべての核兵器、核計画の放棄を要求するとともに、日朝平壌宣言の誠実な実行と早期で無条件に6カ国協議への復帰を要請いたします。
以上
北朝鮮外務省が3日、核実験実施を明言した事態(声明文)に対して原水禁国民会議は以下の声明を発表しました。本日予定していた「在朝被爆者支援の訪朝団」の出発は延期いたします。
2006・10・04
「核実験実施」との北朝鮮外務省発表に対する声明
朝鮮民主主義人民共和国(以下北朝鮮)外務省は、10月3日、米国の北朝鮮への「反共和国孤立政策・圧殺策動が極限点を超えている」として、「北朝鮮科学研究部門では、今後、安全性が保障された核実験を行うことになる。核兵器保有宣言は核実験を前提にしたものである。」とする声明を発表しました。
私たち、原水爆禁止日本国民会議は、結成以来、「人類と核は共存できない」とする立場から「すべての国の核実験・核兵器」に反対し、平和と核軍縮をめざしてきました。また北朝鮮のこの間の一連の核兵器にかかわる動きに対しては、NPT体制の強化・確立を基本に取り組んできました。
こうした立場から、今回の北朝鮮の「声明」について、強く抗議します。また核実験の準備を直ちに中止することを求めます。いかなる理由があれ、いかなる国であれ、核実験の準備、核兵器保有は許されるものではありません。
また10月4日から派遣予定していた「在朝被爆者支援の訪朝団」については、事態が改善されるまで延期するものとします。
今回北朝鮮がこうした「声明」を発表するにいたった背景は、米・ブッシュ政権の核兵器も含む先制攻撃戦略とそれに追従し、軍事大国化をめざす小泉・安倍政権の軍事的・政治的・経済的圧力の強化の結果であることも明らかです。それゆえ米・ブッシュ政権、小泉・安倍政権のこの間の一連の政策にも強く抗議し、政策転換を求めます。
私たちは、今ほど対話と協議が求められているときはないと認識します。
私たちは、2002年のピョンヤン宣言、2005年の六カ国共同声明に基づき、直ちに対話と協議を開始することを関係国政府に強く求めます。そして東北アジアに非核・平和の確立、日朝国交正常化への道を確かなものにする必要があります。そのため取り組みを引き続き強化する決意です。
また在外被爆者の権利確立については、被爆者本人、支援団体の取り組みによって、前進しつつあります。在朝の被爆者は、北朝鮮の「反核平和のための朝鮮原子爆弾被害者協会」の調査によってわかっているだけでも、「1000人前後」と報告されています。しかし、日本政府の支援はなく、放置されたままであり、被爆61年という時の経過を考慮するならば、直ちに援護が実施されるべきものと考えます。今回の訪朝は、「被害者協会」の招待を受け、在朝の被爆者、被害者協会等と協議をし、原水禁として、在朝被爆者の権利確立を前進させるものであっただけに、「延期」は大変残念なことです。私たちは、こうした経過も踏まえながら、在朝被爆者の権利確立、東北アジアにおける非核・平和の確立、日朝国交正常化をめざして、全力で取り組む決意です。以上
2006年10月4日
原水爆禁止国民会議 事務局長 福山真劫
朝鮮民主主義人民共和国外務省声明(全文)
今日、朝鮮半島では日増しに増大する米国の核戦争脅威と極悪な制裁圧力策動によって、われわれの国家の最高利益と安全が重大に侵害され、朝鮮民族の生死存亡をかけた厳しい情勢がつくりだされている。
米国は最近、強盗まがいの国連安全保障理事会「決議」を採択して、事実上の「宣戦布告」をわれわれに突き付けたばかりか、朝鮮半島とその周辺で第2の朝鮮戦争を挑発する軍事演習と兵力増強策動をよりいっそう狂乱的に繰りひろげている。
これと同時に米国は、われわれを経済的に孤立・窒息させ、朝鮮人民が選択した社会主義制度を崩壊させようとの妄想のもと、あらゆる卑劣な手段と方法を総動員して、われわれにたいする制裁・封鎖を国際化しようとあがいている。
現在、ブッシュ行政府は自分たちが定めた時間内にわれわれが屈服しなければ懲罰すると最後通牒を突き付ける状況にまで至っている。
米国の反共和国孤立・圧殺策動が極限点を越えた最悪の状況へと突き進んでいる諸般の情勢にかんがみ、われわれはこれ以上、手をこまねいて事態を傍観することはできなくなった。
すでにわれわれは、ブッシュ行政府の悪辣な敵対行為に対処して国家の自主権と民族の尊厳を守るために必要なすべての対応措置を講じるであろうと宣布している。
朝鮮民主主義人民共和国外務省は委任にしたがい、自衛的戦争抑止力を強化する新たな措置を講じることと関連して、つぎのように厳粛にせん明する。
第1に、朝鮮民主主義人民共和国科学研究部門では今後、安全性が徹底して保障された核実験を行うことになる。
われわれは、現米行政府が朝米基本合意文を覆してわれわれの自主権と生存権を重大に脅かしていることに対応して、やむなく核不拡散条約から脱退した。
米国の核戦争脅威と制裁圧力策動がエスカレートするにしたがい、われわれは透明な対応過程をへて合法的に現代的な核兵器を製造したことを公式に宣布した。
核兵器保有宣言は核実験を前提にしたものである。
米国の極端な核戦争脅威と制裁圧力策動は、われわれをして相応の防御的対応措置として核抑制力確保のための必須の工程上の要求である核実験を行わざるをえなくした。
第2に、朝鮮民主主義人民共和国は絶対に核兵器を先に使用せず、核兵器による威嚇と核移転を徹底して許さないだろう。
自己の頼もしい戦争抑制力がなければ、人民が惨めに犠牲になり、国家の自主権がことごとく籠絡されるということは、今日、世界各地で繰りひろげられている弱肉強食の流血の惨劇が示している血の教訓である。
われわれの兵器は徹頭徹尾、米国の侵略脅威に対峙してわれわれの国家の最高利益と朝鮮民族の安全を守り、朝鮮半島で新たな戦争を防ぎ、平和と安定を守るための頼もしい戦争抑制力となるだろう。
われわれは、つねに責任ある核保有国として核不拡散分野で国際社会の前に担った自らの義務を誠実に履行するだろう。
第3に、朝鮮民主主義人民共和国は朝鮮半島の非核化を実現し、世界的な核軍縮と終局的な核兵器撤廃を進めるためにすべての努力を傾けるだろう。
われわれは、半世紀もの間、米国の核脅威と恐喝に直接さらされ、それゆえに朝鮮半島の非核化を最初に提起し、その実現のために最大限の努力を傾けてきた。
しかし、米国はわれわれのすべての雅量と誠意を体系的に蹂躙し、われわれが掲げた非核化理念を朝鮮人民が選択した思想と制度を孤立・圧殺させるために悪用した。
われわれの最終目標は、朝鮮半島においてわれわれの武装解除につながる「非核化」ではなく、朝米敵対関係を清算して朝鮮半島とその周辺ですべての核脅威を根源的に除去する非核化である。
対話と協商をつうじて朝鮮半島の非核化を実現しようとする、われわれの原則的立場に変わりはない。
われわれは、あらゆる挑戦と難関を果敢に乗り越え、われわれ式で朝鮮半島非核化を必ずや実現するために積極的に努力するだろう。
チュチェ95(2006)年10月3日
平壌