12月15日から19日にかけて、原水禁は、川野浩一原水禁副議長ら10名で、在韓被爆者との交流と80・5・18光州民主化闘争の歴史を当事者から学ぶことを中心に訪韓しました。被爆者援護法の改正に伴い、12月15日から施行された在外公館での被爆者健康手帳の申請の第1号として在外被爆者の鄭南壽(チョンナムスン)さんの代理申請も支援しました。その概略を報告します。
釜山国際市場の金文成さんを訪ね、原爆被害の実態を聞きました。彼は、広島の川内町生まれで、小学1年(7才)の時、兄の自転車の後ろに乗っているところで被爆。身体の半分が時に火傷などで被害を受け、特に足が成長しなくなった。釜山に帰国後、皮膚ガンにかかり長崎医大で大腿部の肉を移植した。その後さらに甲状腺ガンにもかかり、2005年に原爆症に認定されました。
その後、韓国原爆被害者協会釜山支部を訪問し、釜山周辺の被爆者、被爆二世と交流と意見交換をおこないました。釜山支部では、現在約630人以上の会員を抱え、平均75才と高齢化しているとのこと。それに伴い生活の中で医療費の占める割合が年々増え、現在の援護法における医療費負担の上限を外して欲しいとのことでした。
現在、陜川(ハプチョン)高麗病院に入院し、寝たきりの鄭南壽さんの被爆者健康手帳の代理申請を支援するために、釜山の日本領事館へ。この手帳申請は、12月17日に予定されていた改正援護法の施行が前倒しになり、前日(15日)に施行され、その制度の申請の第1号となりました。また、鄭南壽さんのほかにも1人、日本領事館への申請が行われていることも判明しました。
申請後、入院中の鄭南壽さんに、手帳申請について報告とお見舞い。手帳申請に立ち会った平野伸人さん(被爆者支援ネット)から、「今日、領事館へ手帳申請をして、手帳が受け取れるから」と彼女に直接報告されました。
また、同じ病院で、鄭南壽さんの隣のベッドで下光珠(ビョン・カンジョ)さん(76才)が入院していました。彼女も広島で被爆し、現在膝下が悪く動けず、手帳取得に現在妹2人が広島に行き、代理申請を行っているところであるという。ここにも来日できない被爆者がいることがわかりました。
陜川原爆被爆者福祉会館を訪問。現在大韓赤十字社が運営の主体なって、被爆者が約80人在所。いまも入所希望者が多く、現在建物を増築中。来春完成とのこと。会館では、朴貞姫館長の案内で被爆者との交流を図りました。
この日は、1980年5月18日に起こった光州民主化闘争を闘った人々を訪問。現在、民主化闘争で最後に戒厳軍と闘った旧道庁舎(日本の県庁にあたる)が、再開発で取り壊されようとしていることに対して、当時を闘った市民が保存要求を掲げて座り込みを続けています。そのゆかりの地で、当時の様子を語っていただき、道庁舎の中を見学させていただきました。当時この道庁舎には157名が立てこもり、内高校生が10名、大学生が13名だったとのこと。主体は市民が圧倒的多かったとのことです。女性は、高校生2名、女学生(大学生?)4名がいた層です。この民衆闘争で公式には165名が亡くなったことになっていますが、現在でも行方不明のかたもおり、実態はもっと多いようです。旧道庁舎の保存を進める理由は、この建物は、「血と魂が入っている建物」、「後世に闘いの歴史と意味を残す」とのことで、一度、広島や長崎の平和公園や原爆資料館などの歴史を残す地を訪れ、歴史の保存の参考にしたいと語っていました。(09年2月28日~3月6日にかけて代表団4名、来日予定)
その後、その闘争でなくなった方々を慰霊する国立墓地で献花と黙祷を捧げました。墓地に眠る市民の当時の話を聴きました。敷地内にある記念館へ回り韓国における民主化運動の流れを学びました。さらにその後、当時の軍事裁判所や収容所が残されて、国として管理・公開している場所に行き、当時の様子を伺いました。案内していただいた方々からは、戒厳軍の拷問について話され、尋問された人は、帰りは担がれて帰ってきたと、当時の厳しい取り調べの様子が話されました。
午前中に、韓国・民主労総の統一局長のキム・ヨンジョンさんと懇談。現在の韓国内の労働組合の現状と課題が話されました。イ・ミョンバク政権による、民主労総への弾圧(現在委員長が逮捕・拘留)など、反民主的な動きを強めていることに対して闘いを進めていることが報告されました。また対北朝鮮問題については、特に核問題のについての意見を交換しました。民主労総の基本的立場は、「核に反対」、「核なき世界に向けた取り組みを強化する」ことだそうです。
午後は、韓国原爆被害者協会本部を訪問。会長の金龍吉(キム・ヨンギル)をはじめ、郭貴勲元会長など20名ほどの方々の歓迎を受けました。会長からは「核兵器廃絶まで頑張ります。原水禁と兄弟にとなって頑張っていきます」との熱いメッセージを受けました。また、韓国の被爆二世のイ・スンドクさんからは、「韓国の被爆二世は、何の利益もない。名乗りを上げる人がいなく。組織化で苦労している」と、二世の置かれている現状が話されました。
夕方、環境運動連合(KFENM)に行き、原発問題を担当しているイ・ミギョンさんから韓国の原発の現状の説明を受けました。現在韓国では、20基の原発が稼働しているが、それを2020年にはさらに13基も増やそうとしている。韓国の推進側は、日本の動きに注目し、再処理にも手を出したいとの意向も見え隠れしているという。だから韓日の連携の重要性を強調されました。
その後、ハンギョレ新聞社へ移動。ハンギョレ新聞のキム・ボングンさんから、現在の韓国社会を取り巻く状況の講演を受けました。その中で、イ・ミョンバク政権の登場は、新しいイメージを持った保守政権の登場で、国民は期待をしたが、南北関係、経済危機、BSE問題を通じて、選択は正しかったのか、国民が悩んでいるのが現状ではないかと提起されました。現政権は、南北関係でも、これまでの和解・協力の太陽政策から南が北を吸収する「吸収型」の政策に移行しつつあるのではないか。共に豊に生きていこうとういう姿勢がないと指摘されました。BSE問題をきっかけに盛り上がったキャンドルデモでは、韓国の市民運動は、新しい地平を切り開いたと云われ、インターネットの活用や全く新しい市民層(例えば料理グループや整形した女性グループなど)の登場など。これまでの「悲壮感、厳粛」といったパターンから「楽しい祭りの文化」になったとのこと。その結果全国で約100万人もの参加が実現しました。しかし9月から10月にかけて運動の疲労感もありだんだん力が弱くなっていったが、一時期、大統領の支持率も7%にまでに落ち込ませたとのこと。また、経済政策も、過去に戻ろうとしており、金持ちに対する減税政策や労働市場の規制強化をはかり非正規職の増加を生みだしていると、現政権を批判しました。
午前、DMZ(非武装地帯)を見学。統一展望台から、朝鮮民主主義人民共和国を眺める。
午後、ソウルの日本大使館を訪問し、改正された被爆者援護法の運用の実態を聴取。その中で、在外公館での被爆者手帳取得のための問い合わせがすでに数本入っていることが報告されました。日本に来日できない被爆者がまだまだいることが伺われる報告でした。あらためて、高齢化する被爆者の援護が早急に求められていることがわかりました。
12月24日、原水禁は厚生労働省に対し、「在外被爆者への援護に係わる要望書」を提出し、とりわけ、在朝被爆者について関して努力するよう要請しました。
厚生労働省の回答は概ね、以下の通りでした。
2008年12月24日
厚生労働大臣 舛添 要一 様
フォーラム平和・人権・環境
原水爆禁止日本国民会議
議長 市川 定夫
事務局長 福山 真劫
日々の厚生労働行政に対する真摯な取り組みに心から敬意を表します。
さて、この度12月15日に改正被爆者援護法が施行され、在外被爆者が在外公館を通して被爆者健康手帳の交付申請が可能となりました。これまで、海外にいる被爆者は、来日しない限りは手帳の取得ができず、病弱や寝たきりなどの理由で渡日できない被爆者は、援護の外に置かれていました。今回の法改正で、在外被爆者の援護も一つ前進しましたが、まだまだ国内の被爆者と比べ、在外被爆者の援護の枠に大きな制限が残されています。
高齢化が進む韓国の被爆者にも残された時間は限られています。そのことを踏まえて私たち原水爆禁止日本国民会議は、12月15日〜19日にかけて韓国の被爆者の置かれている現状と課題を見てきました。その中で、あらためて、今回の法改正の情報に接する機会が少ない高齢化した被爆者に対して法の周知が大きな課題となっています。どのように周知されるのかは、被爆者にとっても大きな問題です。さらに、申請から交付に至る過程を円滑に進めることは、「高齢化」する被爆者にとっては切実な願いでもあります。
さらに、国交のない朝鮮民主主義人民共和国の被爆者に対しては、存在を確認している厚生労働省として、今回の法改正がどのように伝えられているのかが心配です。人道的立場からも、また国籍条項が設けられていない法の主旨からも、他の在外被爆者同様に平等に扱われるべきものと考えます。
ついては、原水爆禁止日本国民会議として、改正在外被爆者援護法にかかわり以下に要望いたします。厚生労働省の真摯な対応をお願いいたします。
記
以上
高速増殖炉「もんじゅ」がナトリウム漏れ事故を起こし、運転を停止して13年。12月6日敦賀市で、原水禁、原子力発電に反対する福井県民会議、原子力資料情報室、ストップ・ザ・もんじゅ、反原発運動全国連絡会、5団体呼びかけの「もんじゅの廃炉を求める全国集会」を全国から約850人が参加して開催しました。前日の5日には、集会呼びかけ団体の15名で、福井県と敦賀市に申し入れを行いました。
6日午前には、もんじゅの機器の安全性確認も不十分、組織体質も改善されない中、来年2月に運転再開させようとする日本原子力研究開発機構(以下、原子力機構)に抗議して、白木海岸で抗議集会を開催、その後「もんじゅ」のゲート前までデモを行い、担当者へ抗議文を手渡しました。
午後には、屋内集会を敦賀市文化センターで開催しました。もんじゅ監視委員会の小林圭二さんが、「なぜ動かす? 原型炉の役割失ったもんじゅ」と題して講演し、欧米は高速増殖炉の開発から撤退していることなどを指摘、動かしても必ず事故が起きると訴えました。同委員会の山内知也さんからは、原子炉直下の活断層の危険性が説明され、原子力発電に反対する福井県民会議の小木曽美和子さんが原子力機構の旧動燃時代から変わらない安全軽視の体質を厳しく指摘しました。続いて、原子力資料情報室共同代表の伴英幸さんから、プルトニウム輸送の危険と現状、青森核燃阻止1万人訴訟の山田清彦さんから、トラブル続きの六ヶ所再処理工場についての報告がありました。
集会後は、敦賀駅前を目指してデモを行い、雪も散らつく中「もんじゅ運転再開反対」「住民の命を危険にさらすな」と街中を訴えました。
もんじゅが動き出せば年間4〜5回、核兵器物質を満載してのプルトニウム輸送が行われることになります。「もんじゅプルトニウム輸送ルート沿線会議」を同夜、敦賀商栄会館で行い、東海村からもんじゅまでにわたる大都市圏を横断する輸送ルートでの対応した取り組みが話し合われました。
翌日、「反原発運動全国活動者会議」を開催しました。原発立地県の現状報告と質疑が行われ、来年へ向けた計画が話し合われました。
2008年12月5日
福井県知事
西川 一誠 様
敦賀市長
河瀬 一治 様
‘08もんじゅを廃炉へ!全国集会実行委員会
呼びかけ団体: 原子力発電に反対する福井県民会議
原水爆禁止日本国民会議
ストップ・ザ・もんじゅ
原子力資料情報室
反原発運動全国連絡会
全国集会賛同人・賛同団体
私たちは、「もんじゅ」再開を心から案じています。再開は来年2月に延期されましたが、ナトリウム検知器をはじめとするこの間の日本原子力研究開発機構の対応を見るにつけ、予想もしない事故が起こりうるとの思いを強くします。
次の理由により、周辺住民を危険にさらす恐れがあり、地元自治体として再開に同意しないでください。
その一つは、検知器の誤警報発報の際、消防署、自治体等への通報連絡が大幅に遅れ、福井県から厳重注意を受けた後も繰り返されたことです。13年前の事故の教訓はまったく生かされていません。長年の組織体質の改善を期待できるのかと。
第二は、原子力機構は膨大な数のナトリウム検知器の点検に追い込まれました。95年事故後に行なわれた安全性総点検の中身はなんだったのか、何を点検したのか、それ自体が問われます。また、検知器以外にも見過ごされた機器があるのではないかとの疑念をいだかざるをえません。
第三は、組織の独善的体質です。原子力安全保安院の指示があっても、肉厚が基準を下回っていた原子炉補機冷却系配管の取換えを再開して100%出力試験前までに行なえばよいと勝手に判断していました。
屋外排気ダクトの腐食も昨年12月の補修の指示を無視し、ついに穴が開いて放射能漏れを起こしています。板を当てる応急措置で再開するのは、安全より予定優先の姿勢です。
また、「もんじゅ」直下には二本の活断層が走っていることが明らかになりました。国はこれまでの説明をご都合主義で変えましたが、到底住民が納得できる内容ではありません。
以上
2008年12月6日
日本原子力研究開発機構
理事長 岡﨑 俊雄 様
敦賀本部長 早瀨 佑一 様
‘08もんじゅを廃炉へ!全国集会実行委員会
呼びかけ団体: 原子力発電に反対する福井県民会議
原水爆禁止日本国民会議
ストップ・ザ・もんじゅ
原子力資料情報室
反原発運動全国連絡会
全国集会賛同人・賛同団体・集会参加者
私たちは13年間も停止し、安全性の確認が不十分な「もんじゅ」の再開による事故の再発を案じ、強く反対してきました。
貴機構は,運転再開予定を来年2月に延期されました。その理由は、念には念を押す慎重さを期すためではなく、予想もしなかったナトリウム検知器の誤警報続発や貴機構自体の組織体質が十分改善されていないことに対する単なる作業の遅れに過ぎません。こうした背景をひきずったままの再開は、遅れた予定を優先させた結果起きた13年前のナトリウム漏洩火災事故を思い起こさせます。
私たちは次の理由により住民を危険にさらす運転再開に強く抗議します。
以上
11月30日(日)、上野水上音楽堂で「NO NUKES MORE HEARTS STOP再処理工場LOVE六ヶ所村 集まろう!伝えよう!放射能を海に大地に捨てないで!“秋の大収穫祭”」が開催されました。原子力資料情報室などの市民団体で構成される「11.30六ヶ所再処理工場に首都圏からNO! 実行委員会」が主催しました。
晴天の下、約800人が参加した会場では、7組のミュージシャンによるライブ演奏やゲストのトークが行われ、観客席からは惜しみない拍手や声援が送られました。「未来バンク事業組合」理事長の田中優さんから、「我々は電気代が使うほど高くなる。企業は使うほど安くなる。その仕組みを変えて企業に省エネを促せばいい。企業は全体の使用量の3/4を使っている。原発は必要悪ではない。必要悪だというには、現在の使用量を減らせないという前提が必要。だから原発はやめることができる。」との提起がありました。食べ物や物販のブースも出店されて、多くの人々で賑わっていました。
デモ・パレードでは、参加者が手作りのプラカードや旗竿などを持ち寄り、思い思いに「再処理止めよう!」「放射能で空や海を汚さないで」と訴えました。