日豪両政府のイニシャチブによる「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」(ICNND)の広島会合が10月18日から開催されるのに会わせ、17日に「ICNNDと市民社会の対話」を実施し、原爆ドーム前では"NUCLEAR FREE NOW"キャンドル・ナイトを繰り広げました。18日には300人が参加して「核兵器のない世界へ─今こそ飛躍を!」と題する国際市民シンポジウムを広島の世界平和記念聖堂で開催、ICNND、日本政府などに対する決議を採択しました。
10月25日、中国電力による海面埋め立て用のブイの積み出しを監視・阻止の行動を続けている山口県平生町の田名埠頭において、「原発いらん!in上関集会」が、原水禁山口県民会議をはじめ、原発に反対する上関町民の会、上関原発を建てさせない祝島島民の会などの県内5団体の呼びかけで開催され、北海道から鹿児島まで全国各地から1200名が結集し、「上関原発の建設中止」を訴えました。
集会では、主催団体あいさつが行われ、冒頭、原水禁山口県民会議の岡本博之議長から、これまでの混乱の原因は、「最も合意が必要な祝島島民の合意が28年間も得られてないからで、それを抜きに進めることなど許されない」と、中国電力の対応を批判しました。また、祝島島民の会の山戸貞夫代表からは「埋め立てが始まると海がつぶされ、海で生活するなということだ。生活を守るため妥協することなく、計画がつぶれるまで闘いたい」と島民の決意を述べました。その他、原発いらん山口ネッワークや2市4町議員連盟、長島の自然を守会などからも訴えはつづきました。
講演として、広河隆一さん(フォトジャーナリスト)から「チェルノブイリと祝島」をテーマに、「チェルノブイリ事故で周辺の多くの村が廃墟となった。遠くは280キロも離れたとこともあった。これが日本で起きたら日本は壊滅する」「新しい政権になって、これまで隠蔽されている情報を出させることが大事だ」と話されました。
支援団体あいさつでは、原水禁国民会議の藤本事務局長からは、「命を大切にする立場から、原発建設に反対し、上関原発建設中止に向けて原水禁としても最後まで連帯していく」決意が述べられました。さらに現地で、シーカヤックで阻止行動を続けている若者からも「美しい瀬戸内の海を守りたい」と次々に訴えました。最後に集会宣言を採択し、建設阻止に向けてシュプレヒコールをあげました。
なお、前日、原水禁事務局として、事前準備が進む現地を視察しました。豊かな自然がどんどん壊されていく姿を見ると心が痛みました。(写真参照)
また、9月10日の着工の動きが始まった際に、原水禁として申し入れを中国電力東京支社に行っています。
集会宣言
1981年、上関原発建設計画が浮上して以来28年、海を隔てて4kmの対岸に位置する祝島を中心に「命と生活を守りたい」という純粋な思いを貫いてきた。9月10日からの阻止行動についても、生活の糧としての海を埋め立てるという、生存権を脅かされる事態に直面する中、純粋に生活を守りたいとたたかい続けている。そのことに共鳴して、原発に反対する多くの仲間が結集し、共に反原発・脱原発を訴え、「海は売らない」とたたかってきた。
中国電力の今回の工事開始は、地元の理解を得ることを一切無視した上での強行作業であり、船上での発言には、個人への誹謗中傷も含まれ、およそ有り得ないこの対応は、絶対に許す事は出来ない。
更には10月7日、いつもの台船がここ田名ふ頭に姿を見せる隙をついて、埋め立て予定海域へ別ルートからのブイを設置するという、だまし討ち着手を行った。これが、地元の理解を得て作業を進めるという態度とは到底言えず、大きな不信と怒りを覚える。
また、カンムリウミスズメに代表される希少生物の保護に対しても、埋め立てありきの都合のよい一方的な調査の結論付けをし、全く影響がないかのようなデタラメな態度である。
私たちは、今月2日に全国から集められた61万筆を超える「上関町の原発建設計画中止を求める」署名を経済産業省に対し提出した。この数字の重みを国はしっかりと受け止めるべきであるし、埋め立て免許を交付した山口県知事も重みを感じるべきである。
政府は、使用済み核燃料の処分方法も確立されていない原発政策から、未来に向かい持続可能なエネルギーへの政策転換を図るべきである。中国電力は、未だ「地元合意」がなされていない上関原発建設を中止すべきである。
本日、ここに結集した私たちは、原発によって暮らしや命が脅かされることのない世の中を、核も放射能もない未来を残していくため、決してあきらめることなく、最後までたたかい抜くことを全員で確認する。
以上、宣言する。
2009年10月25日
10.25原発いらん!in上関集会
2009年9月10日
中国電力株式会社
取締役社長 山下 隆 様上関原発建設に係わる海面埋め立ての中止を求める申し入れ
貴社が進める上関原発建設予定地周辺は、瀬戸内の自然の宝庫となっています。すでに多くの市民や団体がその自然の破壊の反対や懸念を示しています。
さらに上関原発建設自体にも、地元上関や山口県民も反対や懸念を多く示しています。特に予定地の沖合に浮かぶ祝島では、自分たちの生活に直結する上関原発の建設に対して島民の9割以上が反対を示し、この間貴社の建設強行に強く反対してきました。そのような反対があるなか、国政での政治的空白を狙った海の埋め立て工事の強行は、明らかに民意に逆らうものです。既成事実を作り上げ、反対運動の志気を挫こうとする狙いは、明らかに民主主義の道に反するもので、地域社会に深い分断と傷跡を残すことになります。本来、地域社会に根付き、地域を豊にするべき電力会社が、地域を崩壊させる行為は絶対に許せないし、その権限は貴社にはありません。速やかに埋め立て計画を中止し、真摯に地元の声を聴くべきです。
電力需要の低迷の中、現在島根3号機を増設中の貴社にあって、上関原発の建設にどれほどの意義があるのでしょうか。さらに、原子力政策の中で特にプルトニウム利用政策が崩壊しています。そのような中で、原子力の将来展望があるのでしょうか。再処理やプルサーマル、高速増殖炉、高レベル放射性廃棄物の処理・処分など、何一つうまくいっていません。これまで描いてきた核燃料サイクルの破綻は、上関原発建設を進めるのであれば、当事者として責任を持って説明するべきです。前提が不明確のまま強行される原発建設は、無責任としかいえません。即刻、建設計画の停止を求めます。
原水爆禁止日本国民会議は、このような民意を無視する今回の埋め立て計画に強く反対し、今後も地元の方々と共に上関原発計画の撤回に向けて運動をさらに強めるものです。
原水爆禁止日本国民会議
議長 川野浩一
10月13日、長崎を訪れた「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会(ICNND)」の共同議長川口順子元外相に対し、長崎の被爆者5団体が、核の先制不使用策に反対する立場を改めるよう強く求める要請書を手渡しました。川口元外相は、記者会見で直ちに先制不使用と言える状況にはないと主張しました。5団体は、この発言を受け、鳩山首相と岡田外相に対し、政権が変わった今、委員会の人選を見直すと共に、旧政権の発言を取り消し、日本が核廃絶の先頭に立つとの発信をするよう求める書簡を郵送しました。
原子力発電所や、核燃料再処理工場などの核関連施設をかかえる住民をはじめ、全国各地から7000人が参加して「NO NUKES FESTA 2009」が東京・明治公園で開催されました。ときどき雨の降る中、多くのブースの出店や、音楽やトークのステージで盛り上がり、2時からの第2部の本集会が始まる頃には会場が参加者で埋め尽くされるほどになりました。
3時半からは「原子力政策の転換を!」などのプラカードを掲げ、青山通り・表参道を通るパレードに出発、多くの人々の注目を集めて代々木公園まで歩きました。
10月2日、参議院議員会館第1会議室において、「原子力政策の転換」を求める署名と「上関原発建設中止」を求める署名を経済産業省に提出しました。短い期間での取り組みでしたが、「政策転換」署名は、575,515筆、「上関原発」署名は、612,613筆が集まりました。各地でのご協力ありがとうございました。「上関原発署名」は来年3月まで、引き続きご協力をお願いいたします。
提出後の交渉では、青森の山田清彦さんから、六ヶ所再処理工場のかかえる問題、福井の水上賢市さんからは「もんじゅ」の問題を、さらに韓国の青年環境センターのイ・ホンソクさんからは、日本の原子力政策の動向がいかに韓国に再処理政策を刺激しているかが訴えられました。
その後、上関原発計画に反対する同町祝島の住民や原水禁山口などのメンバーが中心に、「計画浮上から28年、地元住民の理解を得ておらず、原発への安全や信頼は大きく揺らいでいる」と中止を強く求めました。また、中国電力の埋め立て強行について、経済産業省側は、「不測の事態が起きないよう中電に電話で指導した」というのみで、現地も見ずに霞ヶ関で推移を見ているだけというまったく無責任な対応が明らかになりました。会場から、その無責任ぶりに対して大きな怒りがわき起こりました。
また、同じ会場で、原水禁をはじめ原子力発電に反対する福井県民会議や原子力資料情報室など5団体で、部科学省に対して「もんじゅ」の運転再開の再考を求める要望書を手渡し、交渉をおこないました。もんじゅの意義や費用の問題など様々な問題点を追及しましたが、運転再開の規定方針をただ繰り返すのみで、十分疑問に答えれれませんでした。最後に公開討論会の要望をだしました。政府は公の場でもんじゅの必要性をはっきりと説明してほしいものです。
2日の夜は、総評会館でNO NUKES FESTA2009全国実行委員会主催の3つの分科会(「核燃サイクル-現地の抱える問題」、「原発現地から」、「原発茶会-私たちにできること」)と2つの自主企画(ともに再処理問題)が開催され、昼から夜まで熱気ある交渉や集会となりました。