2008年03月27日

原爆症認定に関する「新しい審査方針」決定に対して

厚生労働省の諮問機関「原子爆弾被爆者医療分科会」は、原爆症認定基準見直しに関して、厚生労働省が3月17日に示した「新しい審査方針」を了承しました。これまでの認定基準の柱であった放射線量と疾病の因果関係を表す「原因確率」が廃止され、認定者も増えると言われていますが、これまでの裁判で認定された被爆者が、新基準によっても切り捨てられる可能性があります。司法の判断にはまだ行政が追いついておらず、被爆者の願いからもかけ離れています。

原水禁・連合・核禁会議の3団体は、厚生労働省や政党、国会議員などへの働きかけを行ってきました。この4月から「新しい審査方針」で運用されますが、その問題点を指摘し、被爆者行政の改善に向けて働きかけていくことを3団体で確認して、アピールを出しました。



2008年3月26日

日本労働組総連合会
原水爆禁止日本国民会議
核兵器禁止平和建設国民会議

原爆症認定に関する「新しい審査方針」決定に対する連合・原水禁・核禁会議3団体アピール

  1. 原爆症認定基準の見直しに関して、厚生労働省の原爆被爆者医療分科会(分科会長・佐々木康人国際医療福祉大放射線医学センター長)は、3月17日、原爆の放射線の影響と病気との因果関係を数値で表す「原因確率」を実質的に廃止した「新しい審査方針」を決定した。4月から適用し新基準に沿って認定の可否を判断することになった。
  2. 新しい基準では、(1) 爆心地から約3.5㎞以内で被爆した、(2) 原爆投下後100時間以内に爆心地から約2㎞以内に立ち入った、(3) 原爆投下後約2週間以内に爆心地から約2㎞以内に約1週間以上滞在したことを前提に、(1) がん、(2) 白血病、(3) 副甲状腺機能亢進症、(4) 放射線白内障、(5) 放射線起因性が認められる心筋梗塞を積極的に認定するとしている。さらに、これらに該当しない場合でも、被爆線量、既往歴、環境因子、生活歴等を総合的に判断し幅広く認定するとしている。
  3. しかし、この「新しい審査方針」は、その前文で「審査に当たっては、被爆者援護法の精神に則り、より被爆者救済の立場に立ち、原因確率を改め、被爆の実態に一層即したものとする」ことを明記したものの、裁判で原爆症と認められた疾病(甲状腺機能低下症や肝機能障害など)が積極的認定の対象とされないなど、6度に亘る司法判断による認定範囲が狭められる結果となりかねず、不十分と言わざるを得ない。
  4. とくに、裁判所が原爆症と認定した被爆者をも排除する可能性がある新基準は、司法の軽視に他ならず、今後、年間認定者数が増加するとしても「切り捨て行政」との批判は避けられず、新基準でも却下されるケースが係争中の訴訟で認定されれば、「二重基準」による混乱が起きることは必至である。
  5. 今後、新しい基準の適用に厳しく注目していくとともに、真に「被爆者救済の立場に立つ」措置を強く求めるものである。

連合・原水禁・核禁会議の平和3団体は、被爆者の実情に併せた認定制度の実現を求めてきたところであり、在外被爆者の援護法の完全適用、被爆二世、被爆体験者に対する課題も含め被爆者援護施策の抜本強化を引き続き求めていく。

以上

Posted by kano at 15:05

2008年03月03日

被災54周年ビキニデー集会

被災54周年ビキニデー

被災54周年ビキニデー

全国から静岡市勤労者総合会館に300人が集まり、原水禁、東海ブロック、静岡県民会議共同で、被災54周年3・1ビキニ・デー全国集会を開催しました。鈴井孝雄 静岡県平和・国民運動センター会長、福山真劫 原水禁事務局長のあいさつにつづき、海渡雄一弁護士が「原発列島を襲う大規模地震−中越沖地震、浜岡、六ヶ所」と題する講演と提起。新潟原水禁の中村進事務局長、青森県反核実行委員会の逢坂重良事務局長、原子力空母横須賀母港化問題で三浦半島地区労の小原慎一事務局長からの報告が行われ、集会参加者で、被災54周年ビキニデー アピール緊急特別決議を採択しました。

特別決議を読み上げる川野副議長

特別決議を読み上げる
川野副議長

3月1日の焼津弘徳院で行われた久保山愛吉さん墓前祭は、静岡市からのバスで向かった集会参加者と地元からの参加含めて50人ほどで行われました。


焼津弘徳院

焼津弘徳院

久保山さん墓前

久保山さん墓前で




被災54周年ビキニデー アピール

2008年02月29日 被災54周年ビキニデー集会参加者一同

 ビキニ被災から54年。私たちは被災した第五福竜丸の母港のあった静岡に集い、あらためて核の被害について認識を新たにし、核廃絶・脱原発について確認しました。

 ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下やビキニでの核実験以降にも核兵器は増え続け、いまでも2万7000発に及ぶ核兵器が米ロをはじめ核大国を中心に存在し、いまだ人類は核の脅威から解放されていません。さらに世界は、米印原子力協力によって核不拡散体制そのものが核保有国の横暴によって崩壊されようとしています。あらためて、2000年のNPT再検討会議で核兵器国が約束した「核兵器廃絶にむけた明確な約束」を具体的に履行させることが必要です。核不拡散と具体的な核軍縮を迫る運動が私たちにも求められています。2010年に開催されるNPT再検討会議に向かって、停滞している核軍縮の動きに拍車をかけることが求められており、国内外でのあらたなる核兵器廃絶にむけた運動を強化していかなければなりません。

 また、核被害の問題にも目を向けなければなりません。ヒロシマ・ナガサキ、ビキニでは多くのヒバクシャが生み出されましたが、さらに世界は核実験や原発事故など様々な核開発の過程によって多くのヒバクシャが生み出されました。チェルノブイリ原発事故、JCO臨界事故など忘れてはなりません。核被害者を二度と再びつくってはならないことは、ビキニで被災し・亡くなった久保山愛吉さんの想いではなかったでしょうか。

 昨年7月に発生した中越沖地震は、柏崎刈羽原発を直撃し、幸い大事故にはいたりませんでしたが、震災と原発災害がかさなる「原発震災」の可能性が現実的なものであることがわかりました。この静岡の浜岡原発は、巨大地震が予想される東海地震の想定震源域の真ん中に建ち、原発震災が心配されています。原子炉の事故や破壊から多くの核被害が生み出されることは、なんとしても避けなければなりません。地震の直撃を受ける可能性の高い原発の運転停止は、命を守るために喫緊の課題です。

 核被害者をつくらないことともに、核被害者への援護も重要な課題です。ヒロシマ・ナガサキの原爆被爆者の原爆症認定問題や在外被爆者問題、被爆二世・三世問題など残された課題の解決は、年々高齢化する被爆者であるからこそ、緊急の課題です。さらに核実験、原発事故などさまざまな核開発過程で生み出された核被害者への援護と連帯は、被爆国の私たちにとっての責務でもあります。核兵器廃絶ともに再びヒバクシャをつくらない決意をあらためて確認しましょう。

 戦後63年が過ぎ、自衛隊の海外派兵、有事法制の制定、教育基本法の改悪、憲法9条の改憲への動きなど、平和と民主主義が危機に瀕していますが、昨年の参議院での与野党逆転など、あらたな動きがでてきました。好戦的な姿勢を転換させていくべきときでもあります。ビキニ被災54周年にあたり、反戦平和をあらためて確認し、具体的な行動をそれぞれの地域・職場からつくりあげていきましょう。




沖縄少女暴行事件、イージス艦による漁船衝突事件に抗議し、住民の生命と安全を守るための特別決議

2008年02月29日 被災54周年ビキニデー集会参加者一同

 2月11日、沖縄本島において、またも米兵による少女暴行事件が発生した。米兵による凶悪事件は、米軍基地のある全ての地域で絶えることがない。特に、全国の米軍基地の75%を抱える沖縄では、米兵の犯罪は日常と育っても過言ではない。いまや米軍基地は、爆音などの騒音被害や米兵による日常的な交通事故や凶悪犯罪と、周辺住民の安全をそして生命と人権を脅かす存在以外の何者でもないといえる。犯罪が起きるたびに繰り返される「綱紀粛正」「再発防止」の声を、私たちは聞き飽きている。繰り返される事件は、米軍組織の体質的な問題ではないのか。沖縄県民の、そして日本国民の多くが「問題の解決は、基地の撤去しかない」と考えている。平和フォーラム・原水禁は、日米地位協定の改正は当然のこととして、米軍基地の「縮小・撤去」を求めてきた。口先だけの「再発防止」では、決して許されない。

 2月19日早朝、イージス艦「あたご」が千葉県新勝浦市漁協所属の漁船「清徳丸」と衝突する事件が発生した。船体を二分された「清徳丸」の乗組員2人は、未だ発見されていない。イージス艦「あたご」の回避義務は明らかであり、船舶がひしめく海域にあって自動操舵であったことは常識では考えられず、「避けるべきは漁船側」との倣慢な姿勢が見て取れる。防衛省は守屋事務次官の汚職事件で国民の信頼を大きく裏切った。信頼の回復が直近の課題ではなかったか。しかし、事件後も、捜査当局である海上保安庁に何ら了解を得ず、「あたご」の航海士をヘリコプターで防衛省に呼び寄せて事情聴取を行うなど、証拠隠滅、捜査妨害ともいえる行為を、防衛大臣の同席のもとで行っていた。言語道断である。また、発表される情報も二転三転し、都合の悪い情報は隠蔽しようとする防衛省・自衛隊の組織的体質が現れている。またも国民の信頼を大きく裏切るこのような行為は決して許されない。

 連続して起きた米軍そして自衛隊による事件は、偶然ではない。日本を守る責務を担うとされる両組織が、実は日本に住む私たちの生命を脅かす存在であるいうことを明確に証明した。少女暴行事件が起きた沖縄は、63年前住民を巻き込んだ戦争を経験した。「軍隊は沖縄県民の命を守らない!」このことは、沖縄の戦火から学んだ事実である。

 平和フォーラム、原水禁は、「武力で平和はつくれない」を基本に、恒久平和の実現を掲げる日本国憲法の理念を追求し、全国の仲間と取り組みを進めてきた。平和を求める真摯な思いを踏みにじり、憲法の理念をないがしろにするこのような事件を、私たちは決して許さない。武力を行使して自らの安全を求めようとする「軍隊」の本質が、このような事件を引き起こしている。このことの本質的な解決は、憲法理念を基本に、シビリアン・コントロールの強化、自衛隊の縮小、米軍基地の縮小・撤去、日米安保条約の平和条約化を実現することにしかない。

 私たちは、平和を希求する世界の仲間とともに、このような事件の再発を許さず、平和で心豊かな社会の実現に向けてさらに取り組みを強化することを確認する。

Posted by kano at 14:10

2008年02月27日

被爆者援護施策の充実・強化を三団体で民主党・社民党に要請

直嶋正行議員に要請

直嶋正行議員に要請

2月26日、民主党政策調査会長の直嶋正行参議院議員と社会民主党平和市民委員会の近藤正道・参議院議員に、原水禁・連合・核禁会議の三団体として「原爆症認定」、「在外被爆者」、「被爆体験者」、「被爆二世」の各課題の施策の充実・強化を求める要請を行いました。

近藤正道参議院議員に要請

近藤正道参議院議員に要請

被爆者援護法の改正や制度の改正などの議論が高まっていることを踏まえ、さらなる施策充実・強化を求めました。要請文は以下の通りです。


2007年2月26日

民主党
 代表 小沢 一郎 様
 政調会長 直嶋 正行 様

日本労働組総連合会
 会長 高木 剛
原水爆禁止日本国民会議
 議長 市川 定夫
核兵器禁止平和建設国民会議
 議長 丸尾 直美

被爆者援護施策の充実・強化に関する要請について

 謹啓 日夜、生活第一の取り組みに邁進されていることに敬意を表します。

 さて、被爆者援護施策につきまして、すでに、国・厚生労働省は6度に亘る認定訴訟敗訴により設置した「原爆症認定制度のあり方に関する検討会」において、昨年12月に最終報告をとりまとめました。しかし、審査の在り方や認定基準の見直しが再度医療分科会に付されることなどから実質的に従前の基準が踏襲される懸念があります。

 また、前臨時国会で廃案となった在外被爆者支援に関する課題が残されており、早急な対応が必要です。

 さらに、長崎でのいわゆる「被爆体験者」の課題や、被爆二世に対する健康実態調査や対策など強化が求められいるところです。

 つきましては、民主党におかれては、ぜひとも今次国会で被爆者援護施策の充実・強化に向けて法案改正も含め、一層の取り組みを促進されたく、下記内容について要請させて頂きます。

  1. 新しい認定基準の創設
     被爆者救済を旨とする被爆者援護法の趣旨の則り、認定訴訟の各地裁判決を十分に踏まえ、被爆実態に応じた新しい認定基準による制度を創設すべきである。
    • (1)一般に放射線起因性が肯定されるがんや白血病等の負傷または疾病で、現に医療を要する状態にある場合は、審査を経ることなく原爆症と認定すること。
    • (2)前項の対象となる負傷または疾病は政令で定めるものとし、医学的知見の進展に伴い随時付加すること。
    • (3)被爆者が政令指定の有無にかかわらず、放射線に起因することを否定できない疾病に罹患し、現に医療を要する状態にある場合には、審査を経て厚生労働省が原爆症と認定すること。
  2. 在外被爆者への援護法完全適用
     在外被爆者については、「被爆者はどこにいても被爆者」との視点から、国内と同様に被爆者援護法の完全適用をはかり、とくに国内に居住地及び現在地を有しない在外被爆者が、被爆者健康手帳の申請手続きを日本国内で行わなければならない「渡日要件」を廃止し、国外の居住地で申請できるようにすること。
  3. 被爆体験者対策の充実
     いわゆる「被爆体験者」については、被爆者と選別されることなく、被爆者同様の援護対策が受けられるよう対策を講じること。
  4. 被爆二世対策の充実
     被爆二世については、その実態調査とともに、がん検診等を加えるなど健康診断の充実など、十分な対策を講じること。

以上




2008年2月26日

社民党
 党首 福島 みずほ 様
 政審会長 阿部 知子 様

日本労働組総連合会
 会長 高木 剛
原水爆禁止日本国民会議
 議長 市川 定夫
核兵器禁止平和建設国民会議
 議長 丸尾 直美

被爆者援護施策の充実・強化に関する要請について

 謹啓 日夜、生活第一の取り組みに邁進されていることに敬意を表します。

 さて、被爆者援護施策につきまして、すでに、国・厚生労働省は6度に亘る認定訴訟敗訴により設置した「原爆症認定制度のあり方に関する検討会」において、昨年12月に最終報告をとりまとめました。しかし、審査の在り方や認定基準の見直しが再度医療分科会に付されることなどから実質的に従前の基準が踏襲される懸念があります。

 また、前臨時国会で廃案となった在外被爆者支援に関する課題が残されており、早急な対応が必要です。

 さらに、長崎でのいわゆる「被爆体験者」の課題や、被爆二世に対する健康実態調査や対策など強化が求められいるところです。

 つきましては、民主党におかれては、ぜひとも今次国会で被爆者援護施策の充実・強化に向けて法案改正も含め、一層の取り組みを促進されたく、下記内容について要請させて頂きます。

  1. 新しい認定基準の創設
     被爆者救済を旨とする被爆者援護法の趣旨の則り、認定訴訟の各地裁判決を十分に踏まえ、被爆実態に応じた新しい認定基準による制度を創設すべきである。
    • (1)一般に放射線起因性が肯定されるがんや白血病等の負傷または疾病で、現に医療を要する状態にある場合は、審査を経ることなく原爆症と認定すること。
    • (2)前項の対象となる負傷または疾病は政令で定めるものとし、医学的知見の進展に伴い随時付加すること。
    • (3)被爆者が政令指定の有無にかかわらず、放射線に起因することを否定できない疾病に罹患し、現に医療を要する状態にある場合には、審査を経て厚生労働省が原爆症と認定すること。
  2. 在外被爆者への援護法完全適用
     在外被爆者については、「被爆者はどこにいても被爆者」との視点から、国内と同様に被爆者援護法の完全適用をはかり、とくに国内に居住地及び現在地を有しない在外被爆者が、被爆者健康手帳の申請手続きを日本国内で行わなければならない「渡日要件」を廃止し、国外の居住地で申請できるようにすること。
  3. 被爆体験者対策の充実
     いわゆる「被爆体験者」については、被爆者と選別されることなく、被爆者同様の援護対策が受けられるよう対策を講じること。
  4. 被爆二世対策の充実
     被爆二世については、その実態調査とともに、がん検診等を加えるなど健康診断の充実など、十分な対策を講じること。

以上

Posted by kano at 13:36

2007年12月18日

厚労省の原爆症認定のあり方検討に対して

厚生労働省の「原爆症認定のあり方に関する検討会」が12月17日に原爆症認定基準の見直しについての報告をまとめ、厚生労働省に提出しました。

内容は、これまでの原因確率論に固執し、被爆者の切り捨てを追認するものとなっており、これに対して、連合・核禁会議とともに原水禁としてアピールを発しました。

2007年12月18日
日本労働組総連合会
原水爆禁止日本国民会議
核兵器禁止平和建設国民会議

厚生労働省「原爆症認定の在り方に関する検討会」報告に対する
連合・原水禁・核禁会議3団体アピール

1.昨17日、原爆症認定基準を議論してきた厚生労働省「原爆症認定のあり方に関する検討会」は、最終的な「報告」をとりまとめた。しかし、その内容は、科学的知見に偏重した現行審査方針を一部手直ししたもので、抜本的な見直しとはならず、真に被爆者救済策としてはほど遠いもので遺憾である。

2.今回の検討会は、そもそも国が集団認定訴訟で審査方法が否定され続けた状況を打開するために設置されたが、現行認定制度での運用を見直しただけの報告ではこれまでの司法判断を軽視するものと言わざるをえない。

3.とくに原爆症認定に「原因確率」を従来通り採用したが、「機械的な判定方法」として被爆者から廃止が求められているものである。今回、原因確率が50%を超えたら原則無審査としたが、これまでも50%超の場合はほぼ認定されてきたものであり、代わり映えはしないとの指摘が強い。また、10%未満も急性症状などを考慮して認定の道を開くとしているが、第三者の証言など厳格な提示を求めるなど、実際には困難な条件をつけることで、被爆者救済に繋がるものではない。

4.これまで、被爆者は「被爆者の疾病から判断」することを求めてきた。今回の報告は、その願いを無視するものであり、被爆者「切り捨て」行政を追認するものである。

5.今後、厚生労働省は、与党プロジェクトの結論を踏まえ新たな認定基準を策定するとしているが、連合・原水禁・核禁会議の平和3団体は、被爆者への国家補償を求めて、民主党など野党と連携し被爆者援護法の抜本的見直しに取り組んでいく。

以上

Posted by kano at 12:02

2007年12月13日

在朝被爆者支援連絡会結成

12月12日、東京において戦後報償の枠からも、被爆者援護法のわくからも放置されている在朝被爆者を支援するための組織が立ち上がりました。この組織は、原水禁国民会議をはじめ、広島原水禁、長崎原水禁、在日朝鮮人被爆者連絡協議会、ピースボートなどが集まり結成されました。

役員体制は以下の通りです。

代表
向井高志(原水禁広島)
副代表
川野浩一(原水禁長崎)
    
李実根(在日朝鮮人被爆者連絡協議会)
事務局長
福山真劫(原水禁国民会議)

今後、反核平和のための朝鮮被爆者協会が進めている在朝被爆者の実態調査の結果を見て、政府・各省庁、政党への働きかけを強化することが確認されました。さらに実態調査の結果を見て、訪朝すること。また、支援団体の拡大が確認されました。

Posted by kano at 16:31

2007年11月15日

イランで核兵器反対を訴える

Letter from Nagasaki

テヘラン市長に長崎市長からの
親書を手渡す

原水禁の川野浩一副議長は、5日からイランを訪問、エブテカール前副大統領が代表のNGOが主催するセミナーで講演、反戦・反核を訴えました。テヘラン市内の高校で話しをしたり、テヘラン市長に長崎市長からの親書を手渡すなどの交流を通じて、核開発計画で揺れるイランで核兵器反対をアピールしました。(報告)

「戦争及び武力紛争の環境にもたらす結果セミナー」は国連総会決議(56/4)で定められた11月6日の「戦争と武力紛争における環境破壊防止のための国際デー」を期して開催されたもので、昨年に続き2回目。環境庁長官でもあるエブテカールさんは、UNEPの地球大賞を受賞しています(2006)。

川野さんは5歳の時に爆心地から約3.1キロの地点で被爆した体験や、放射線ヒバクによる後遺症の実態を説明。セミナー会場での写真展、エブテカールさんや近く開館予定の平和ミュージアムへの資料寄贈の際や、テレビ局のインタビューでもヒバクシャへの関心が高く、写真に注目が集まりました。



イラン訪問の報告
原水禁国民会議 副議長 川野 浩一

2007年11月14日(水)記者会見

11月5日(ドバイ経由でテヘランに少し遅れて午前9時50分着)

「戦争及び武力紛争の環境にもたらす結果第2回セミナー」

主催…平和と環境のためのセンター(代表・エブテカール前副大統領兼環境庁長官)に出席、スピーチ及びレセプション、会場でミニ写真展。他国の出席者(イラン、シリア、スーダン、ベトナム、クロアチア、イラク、オーストラリア、オーストリア、パレスチナ、クエート他)。

  1. 内容…各国から現況及び考え方が提起され、意見交換がなされた。日本からは、川野が被爆体験及び長崎原爆の概要と被害の状況について説明した。ただ、当初の時間(発言)設定が30分の予定(通訳込み)であったが、変更になっていたのか? 20分で司会から時間オーバーを告げられ、イランの核兵器製造反対について十分に訴えることができなかったことは残念であった。
  2. 写真展…テヘラン到着後直ちに、写真展の準備をするため、日本大使館に連絡を取ったが、NGOとの連絡がとれず、また、その後の会場での準備体制も不十分で、当初の計画通りには運ばなかった。しかし、マスコミ対策としては十分な効果はあった。
  3. マスコミ…会場での取材の他、現地のアフターブ報道通信のインタビューは事前に別途小会議室が準備されており、1時間程度に及んだ。

11月6日

日本大使館への表敬訪問、城田安紀夫特命全権大使及び八幡登美雄公使参事官と1時間ほど意見交換。

11月7日

  1. ソブハーン高等学校(私立、生徒数約150人程度)を訪問。プストチー教頭先生(元兵士、イラン・イラク戦争での化学兵器の犠牲者)と意見交換の後、校長先生、15人ほどの生徒を交え懇談。
    最初に川野より被爆体験、長崎原爆の概要及び被害状況を説明。校長先生や生徒からの質問あり。「アフガニスタン、イラクへの攻撃が終了するとアメリカは必ずイランを攻撃してくることは間違いない。そのためには対抗上核兵器の開発は必要だと思うが?」等。
  2. 特別疾病センター(イランの大富豪篤志家の娘さんが運営、他に建設中及び予定の病院が3ヵ所あり、エブテカールさんの支持者)で講演。対象は病院の職員であったが、マスコミの取材多数あり。(入れ替わりもあったが常時30~40人の医療従事者)。後、質問あり。
  3. テヘラン市長表敬訪問(ムハンマド・バクル・カリバフ、有力な次期大統領候補)
     田上市長の親書を手渡し、意見交換。「原子力発電所はつくるが核兵器の製造はしない」との田上市長の発言に対し、私は「市長を信頼しています」と答えた。
  4. 昼食会…市長の出席はなかったが、代理として環境対策の責任者の方が主催され、昼食会が行われた。我々が多人数と思われていたみたいで、このような広い場所で申し訳ないと言われたが、大人数の料理を用意されていたようである。
  5. 平和の記念碑…市庁舎の裏にあるテヘラン市でもっとも古い公園を案内していただいた。当地区の区長さんに次ぐ方が同道された。公園の中央のところに記念碑があったが、日本語のメッセージもあった。そこで若い親子連れにあった。母親はイラン・イラク戦争時の化学兵器の犠牲者で、目に障害があると区の人が話された。わが国で言えば被爆者だ。
  6. 市立平和ミュージアム…公園の裏手に建設中で2~3ヵ月後に完成予定とのこと。館長も両大腿部を切断された車いすの戦争犠牲者である。ここで原爆資料の展示をお願いしたら気持ちよく賛同いただいた。早速、NGOに連絡し、持ち込みの資料の半分を館に提供することの了解をもらった。思わぬところに原爆展示場ができた。退館しようとしたときテーブルの上の写真が目にとまった。母親とおぼしき女性と幼き姉妹3人の写真である。この写真の妹が先ほど記念碑のところであった女性で、母親と姉はまもなく亡くなったという。化学兵器の犠牲者の写真であった。被爆者の悲劇と重なり合う。

11月8日

イラン国営テレビジョンの取材…在イラン日本大使館の金田氏の仲介で私たちのホテルで行われた。国営テレビの話によると国営テレビの役割は2つある。1つは国民に情報を配信すること、もう1つは大統領及び側近に直接政策提言を含め情報を配信することだそうです。「川野さんはIAEAの査察と濃縮ウランの製造について話をされているが(そんな話はした記憶はないが)改めて詳しく伺いたい」から始まり、最後は「大統領、及び側近に提言を」となり、1時間に及ぶ取材を受ける。

IAEA査察…「イランが核兵器はつくらない、平和利用に徹するというなら査察を拒むべきではない。洗いざらい情報を提供し、世界各国の信頼を得るべきである。」

濃縮ウラン…「この問題に関しては必ずしも各国の理解を得られているとは思わない。今どうして濃縮ウランが必要なのか? 将来の問題だとするなら、今急ぐ必要はない。」

国連決議…「確かに国連がアメリカ寄りであることは否定しないが、アメリカと闘うとするなら、日本を含め国際世論を勝ち取らなければ闘えない。制裁を課せられないよう誠意を持って対応すべきだ。」

21時20分テヘラン発ドバイ経由で関西空港へ

振り返って

ビザの発給が遅れ最後までドタバタしましたが、出発したものの、テヘランに着くまでホテルが決まっておらず、また、写真展の準備も同様、セミナーで話し始めると、途中で時間を切られる。初日はどうなることかと思いましたが、大使館の金田さんの「ここはイランです…」で焦らないことにしました。写真(ポスター)は特にマスコミには効果的でした。各国みんな写真の前でインタビューしていました。マスコミの皆さんは日本の被爆者に関心が強く、到るところにテレビカメラが来ていました。テヘラン市長は次期大統領候補と目される人です。彼と談笑できたことに大使館の金田さんは驚いていました。市長の対応は後の昼食会の準備を見ても、いかに我々の訪問を重視していたかがわかります。国営テレビの取材が極めつけでした。大統領に政策の進言とは驚きました。ウラン濃縮とか国連決議などそんなことには、どこでも触れていないつもりでしたが…。情報が一人歩きしたようです。NGO代表のエブテカールさんは前副大統領です。日本からわざわざ来たこともあり、ずいぶん気を遣われ、ご配慮いただきました。

在イラン日本大使館、特に金田さんには本当にお世話になりました。今回のイラン訪問が成功に終わったのは大使館をはじめ、エブテカールさんなど大勢の方々によるご協力の賜物と感謝致します。

Posted by kano at 16:22

2007年10月15日

北朝鮮の被爆者支援で現地調査

被爆者協会との話合い

被爆者協会との話合い・調査
(10月8日・平壌)

10月6日〜10日、原水爆禁止日本国民会議は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)在住の被爆者の実態把握と今後の対応についての協議をするため、向井高志原水禁副議長を団長に9名が訪朝しました。被爆62年を過ぎてもなお日朝関係が不正常な状態の中で、在朝被爆者に対していまだ援護の手が差し伸べられていない現状を少しでも打開しようとするための訪朝でした。

詳しくは...

Posted by kano at 18:00

2007年10月03日

JCO臨界事故8周年集会が開催される

9月30日、茨城県東海村の石神コミュニティーセンターで、原水禁民会議、原子力資料情報室、茨城平和擁護県民会議、反原発茨城共同行動の4団体主催の「JCO臨界事故8周年集会」が開かれ、全国から約400人が集まりました。

1999年9月30日に起こったJCO臨界事故では、作業中に大量の放射線を浴びた3人の労働者のうち2人が壮絶な死を迎え、さらに600人を超す人々が被曝し、30万人もの屋内退避を招いた事故から8年が過ぎて、事故の風化をさせてはいけないと開催したものです。

集会では、元九州大学理学部教授の白鳥紀一さから、「科学にだまされない方法─原子力の現場におけるモラルの崩壊」と題して講演されました。この間電力業界の1万件を超えるデータ改ざん、事故隠しが相次いで発覚し、志賀原発、福島原発ではJCO事故以前に臨界事故が起きていたことも明らかになっています。このような重大な事故が起き、長いあいだ隠されていたことは、JCO事故の教訓がまったく活かされていないことを物語るもので、今の大きな問題であり、原子力の安全について推進側の科学にだまされないことが重要であると訴えられました。

さらに東海村の大泉昭一さんからは、現在、JCOに対して健康被害賠償訴訟を起こしている裁判への決意と、事故を風化させてはいけないことを訴えられました。

今年7月に起きた中越沖地震で、柏崎刈羽原発が重大な被害を受けたことについて、地元・柏崎地区労の斉藤昭浩さんから、映像を交えて原発や周辺の被害の状況を紹介されました。

最後に集会アピールを採択し、雨の降りしきる中を、東海駅まで、「JCO臨界事故を風化させないぞ」、「東海第2のプルサーマル計画を中止しろ」と、村内をデモ行進しました。

Posted by kano at 11:14

2007年09月20日

JCO臨界事故8周年集会

 8年前のJCO臨界事故では、3名の労働者が大量の放射線を浴び、2名が壮絶な死を迎えました。さらに600名を超す人々のヒバク、30万人もの屋内退避を招きました。この臨界事故の記憶を風化させてはなりません。

 9月30日の集会では、現場のモラルハザードに焦点を当てながら、事故の現実と教訓を考えていきます。ぜひ、この8周年の集会に参加をお願いします。

 JCO臨界事故の後も、東電に端を発した02年の事故隠しや関電のMOXデータ改ざん、六ヶ所再処理工場の一連の手抜き工事、美浜原発事故そして昨年10月以降に発覚したデータ改ざん、事故隠しなど原子力をめぐる問題が頻発しています。この事がなんらの教訓となっていないことは、原子力業界の構造的・本質的な問題です。さらに今年7月の中越沖地震では、想定を超える揺れや事故・異常の頻発など、あらためて原子力施設と地震の問題もクローズアップされています。原発震災の危険性を訴え、プルトニウム利用路線の破綻を明らかにし、脱原発の流れをより強固にしていきます。

JCO臨界事故8周年集会

日時: 9月30日(日)13:30~16:15
13:00開場/13:30開会/15:30村内デモ

会場: 東海村・石神コミュニティセンター
茨城県那珂郡東海村石神内宿1609 / TEL. 029-283-2868(地図) * JR東海駅から徒歩25分。車では5分。

主催:  原水爆禁止日本国民会議、茨城平和擁護県民会議、原子力資料情報室、反原子力茨城共同行動

内容:

  1. 講演「科学にだまされない方法~原子力の現場におけるモラルの崩壊」
    講師/白鳥紀一さん(元九州大学理学部教授、「科学・社会・人間」編集者)
  2. JCO事故健康被害裁判の勝利にむけての訴え
    相沢一正さん・支援の会
  3. 柏崎刈羽現地からの報告~原発と中越沖地震について
  4. 集会アピール
  5. 村内デモ(2.4キロ)
    石神コミュニティセンター~村内~東海駅前西口(解散・予定)

資料代: 500円

Posted by kano at 03:34

2007年07月30日

熊本地裁の原爆症認定訴訟判決

熊本地裁で、国の原爆症認定申請の却下処分を取り消す判決が出ました。「国の審査方法には問題の余地がある」とし、原告の病状と被爆の因果関係を認め、19人の却下処分を取り消しました。大阪、広島の判決にはじまり、この熊本地裁判決で6度目、原爆症認定を巡る集団訴訟で国の認定基準が批判されたことになります。

この判決を受け、原水禁・連合・核禁会議の三団体では、共同アピールを出しました。

現在、被爆者健康管理手帳取得者は約26万人。原爆症に認定されれば医療費特別手当が支給されますが、被爆者のうち原爆症と認定されるのは、全体の被爆者の1%にも満たないわずか約2000人となっています。多くの被爆者が、被爆者個々の実態をみない機械的な現行の認定制度の壁に阻まれてきました。

これまでの判決で原告勝訴が続き、国の違法性が明らかであるにもかかわらず、国は先の5つの判決全てに対して控訴し、争う姿勢を示しています。高齢化する被爆者をますます苦しめ、裁判の途中で亡くなる原告が何人もいます。生きているうちに自分の病気が原爆によるものであることを認めて欲しいという願いは、切実なものです。国に控訴をさせず、被爆者援護行政の抜本的見直しを行い、原爆症認定制度の改善を求めていくことが必要となっています。

2007年7月30日

日本労働組総連合会
原水爆禁止日本国民会議
核兵器禁止平和建設国民会議

原爆症認定訴訟、熊本地裁判決についての3団体アピール

 本30日、熊本地方裁判所は、原爆症認定訴訟において、原告21人のうち、ほぼ全員の19人の請求を認め、原爆症不認定処分を取り消す判決を言い渡した。

 熊本地裁判決は、昨年5月の大阪、8月の広島、本年1月の名古屋、3月の仙台・東京の各地裁判決に続く6度目の被爆者勝利の判決であり、いずれも認定基準を機械的に適用する現行認定制度の過ちを厳しく批判したものである。

国・厚生労働省は、原爆症認定を認めた熊本地裁判決をはじめ、これまでの度重なる国側敗訴の判決を厳粛に受け止めなければならない。その上で、被爆者との協議を行い現行の認定制度を抜本的に改め、本訴訟原告をはじめ原爆症認定申請者に対して、原爆症認定を早急に行うことを求める。

 あわせて、国・厚生労働省はこれまでの各地裁判決における控訴を取り下げるとともに、熊本地裁判決に対しても控訴しないことを強く要請します。

 私たち連合・原水禁・核禁会議の3団体は、原告、関係者のご努力に敬意を表し、被爆者援護施策の充実・強化とともに世界の核兵器廃絶と恒久平和の実現をめざし、力を合わせて取り組むことをあらためて決意し、アピールとする。

以上

Posted by kano at 16:59

2007年07月29日

豊崎博光写真展 : 核時代の光景

─世界各地に生みだされるヒバクシャ─

原水禁の活動にも長らく協力いただいているフォト・ジャーナリスト豊崎博光さんの写真展が、下記のように京都で開催されます。4日には講演会もあります。

豊﨑博光写真展

放射能は目に見えず、味も臭いもしません。放射能はあびていることを感じることはできません。同じように、放射能、放射線にむしばまれる大地の汚染もヒバクシャが心の中に負った傷も目には見えません。放射能、放射線による大地の破壊、ヒバクシャの心の被害は深刻です。

主な著書

  • 『アメリカ・インディアン』(自費出版)
  • 『核よ驕るなかれ』(講談社)
  • 『核に蝕まれる星・地球』(平和のアトリエ)
  • 『グッバイ・ロンゲラップ』(築地書館)
  • 『アトミック・エイジ』(築地書館)1995年「第一回平和・協同ジャーナリスト基金賞」受賞
  • 『マーシャル諸島 核の世紀(上下巻)』(日本図書センター)2005年「日本ジャーナリスト会議賞」を受賞

豊崎博光さんと語ろう 〜“しょうがない”じゃ、済まされない〜

  • 8月4日(土)2時〜 日本キリスト教洛陽教会 地階ホール(先着70人)
  • 申し込み・問い合わせ:アジアボランティアセンター 06-6376-3545
Posted by kano at 12:29

2007年06月28日

被爆者援護施策の強化を要請

6月27日、連合・原水禁・核禁会議3団体は、被爆者援護施策の充実強化を求めて厚労省に要請。要請文書を外口健康局長に手渡し、趣旨を説明、岡部総務課長から主要項目について回答を受けた後、健康管理手当などの給付や健診も在外公館を通して受けられることになったのだから、手帳申請交付も在外公館で実施することができないか、などの意見交換を行った。

2007年6月27日

厚生労働大臣
 柳 沢 伯 夫 様

日本労働組総連合会
 会長 高木 剛
原水爆禁止日本国民会議
 議長 市川 定夫
核兵器禁止平和建設国民会議
議長 大谷 恵教

被爆者援護施策の充実・強化に関する要請について

 謹啓 日夜厚生労働行政に邁進されていることに敬意を表します。

 さて、被爆者援護施策につきまして、とりわけ、原爆症認定における集団認定訴訟判決が、昨年5月の大阪地裁をかわぎりに8月の広島地裁、今年に入り、名古屋、東京、仙台で相次ぎ概ね原告側の請求を認める判決が出され、国の認定制度が大きく揺らぐ結果となっております。

そうした中、民主党はじめ各党で議員連盟が立ち上がり、自民党も広く原爆症を認める解決案を打ち出している状況です。

私ども連合・原水禁・核禁会議の3団体は共同で、被爆者援護の強化充実を求めているところですが、各党、各団体からの要望はもとより新聞各紙社説を含め国民世論は、大きく被爆者救済を求める情勢にあると思われます。

 厚生労働行政が国民からの要望に応えられるよう更なる努力をお願いしたく、この度あらためて原爆症認定制度の改革をはじめとする下記内容について要請させて頂きたく存じます。

  1. 保健医療福祉の充実をはかること
    • (1)被爆者の置かれている実情にあわせ、原爆症認定基準及び認定作業の見直しをすること。同時に集団認定訴訟における昨年5月の大阪地裁判決以降、広島地裁(8月)、名古屋地裁(07年1月)、仙台地裁(3月)、東京地裁(3月)と5回連続して敗訴した国はその結果を重く受け止め、控訴を取り下げ、すみやかに原爆症と認めること。
    • (2)被爆者が社会的・医学的・精神的に特別な状態に置かれている実状にあわせて、介護手当等諸手当の充実と、広島・長崎の各自治体が推進している独自の援護事業の助成措置を講じること。
    • (3)高齢化、病弱化にともなう在宅被爆者等援護対策を拡充すること。
    • (4)高齢化とともに、被爆の影響によりがんなどの疾病の発症率が高くなっているため、被爆者健康診断内容をさらに充実させること。
    • (5)被爆者関係施設の整備充実を図るとともに、国際的な被爆医療等への協力・支援や受け入れ機能等の拡充を図ること。
    • (6)被爆者援護法に国家補償を明記すること。
    • (7)長崎県・長崎市などが要望している「被爆体験者医療受給者証の居住条件の撤廃」をただちに行うこと。
  2. 被爆二世・三世への援護の推進をはかること
    • (1)被爆二世以降および在外被爆者とその後代への適用を明記した「被爆者援護法」に改正し、「被爆二世健康手帳」を発行するなど被爆二世に対する援護を実施すること。
    • (2)「被爆二世健康診断」にはガン検診も加えるとともに、健診結果に応じ、医療措置を行うこと。
    • (3)今回実施された放射線影響研究所「被爆二世健康影響調査」の結果と解析に対して、国としての責任ある対応を行い、被爆二世の援護策に生かすこと。
    •  さらに同研究所での被爆者・被爆二世の健康調査の継続ならびに内容の充実を図り、その施設環境を整えるとともに同研究所を存続すること。また被爆三世についての健康調査とともに援護施策を検討すること。
    • (4)在外被爆二世に対する「被爆二世健診」については、居住国の医療機関で受診できるような措置を講じる。
  3. 在外被爆者の援護の充実をはかること
    • (1)全ての在外被爆者に居住国、居住地域に関わりなく被爆者援護法を適用し、被爆者の平等な援護を行うこと。
    • (2)被爆者手帳交付申請については、渡日条件を無くし、在外公館での申請・交付も認めること。併せて、在外被爆者の実態把握に努めること。

以上

Posted by kano at 13:10

2007年06月04日

日韓被爆二世交流会

日韓被爆二世シンポジウムが韓国・釜山で6月2日〜3日、市川定夫原水禁新議長も参加して開催されました。

日本の被爆二世が韓国各地を訪れ、在韓被爆者や被爆二世と交流したことがきっかけで1987年にはじまった韓国の被爆二世との交流は今年で20年になります。

日韓被爆二世交流会

活動の交流は広がり、年1度開催されはじめてから今年で7回目、日本側13人韓国側40人が集まりました。李承徳韓国被爆二世の会会長、丸尾育朗長崎県被爆二世の会会長、朴榮杓韓国原爆被害者協会会長と許万貞釜山支部長の在韓被爆者の現状についての訴えではじまり、平野伸人前全国二世協会長(写真右端)の報告「日本における在韓被爆者支援活動の到達点」、崎山昇全国二世協副会長の放射線影響研究所の被爆二世健康影響調査の問題点の報告「日本における被爆二世の運動の現状と課題」、李太宰韓国被爆二世の会釜山支部長の「韓国の被爆二世の活動の報告」などが行われました。

市川議長(写真右から2人目)からは「被爆二世問題とわたしの研究」の講演。最後に寺中正樹全国二世協副会長が今後の運動の前進を誓って閉会しました。日韓の被爆二世同士が信頼関係を築きながら、被爆二世問題や在韓被爆者問題に取り組んでいることを確認することができました。

Posted by kano at 11:12

2007年04月05日

被爆者認定制度の抜本改善を迫る連続座り込み

厚生労働省前座り込みテント4月2日から4日、霞ヶ関の厚生労働省前で「原爆症認定訴訟」勝利へ向けて、19年ぶりの座り込み行動がありました。生憎の曇り空で冷える2日には、原告団の皆さん、被爆者の皆さん、そして訴訟の支援者や弁護団の皆さんなど、全国から約100人が座り込みテント前に集まりました。広島から来られた、被団協の坪井理事の、最後まで頑張り続けるという力強いメッセージでセレモニーは始まりました。

その後、広島や長崎、熊本、静岡、愛知、北海道など全国各地の原告の皆さんがそれぞれ、厚生労働省はこれまでの司法判断を受け止め、控訴することなく原爆症認定制度を改善せよ、という強い思いを込めて厚労省へ向かってメッセージを述べられました。

3月30日、仙台地裁、東京地裁と続いた原爆症認定申請却下処分の取り消し命令に対し、日本政府は控訴を決定。被爆者の高齢化が進む中、一日も早い認定制度の改善が求められています。3日にも、ピースボートなどの若い人々がキャンドル集会に参加、悪天候にめげず、座り込み行動が続けられました。

「原爆症認定集団訴訟・勝利を呼ぶすわりこみ」

写真スライドショウ

Posted by kano at 17:37

2007年03月28日

今明かされる40年目の真実

映像が語るサハラ核実験被害の現実
アルジェリア核実験被害者国際会議 参加報告会

  • 日時:3月29日(木)18:30〜20:30
  • 場所:総評会館501会議室

今年2 月、1960 年代にフランスが核実験を行なったアルジェリアで、初めての核実験被害者の国際会議が開かれました。会議に参加された振津さん、真下さんのお二人をお招きし、現地で撮影したビデオを観ながら、会議の模様やアルジェリアの現状などを報告して頂きます。

詳しい内容はこのチラシ(pdf, 21KB)を参照ください。

Posted by kano at 20:42

2007年01月31日

原爆症認定を求めるアピール

昨2006年5月の大阪地裁、8月の広島地裁に続いて、原爆症認定訴訟で1月31日、名古屋地方裁判所が政府の認定制度の問題を認める判決を下しました。原水禁は連合、核禁会議とともにヒバクシャに対し原爆症認定を早急に行うことを求めるアピール文を発表しました。

参考記事

2007年1月31日

日本労働組総連合会
原水爆禁止日本国民会議
核兵器禁止平和建設国民会議

原爆症認定訴訟・名古屋地裁判決についての3団体アピール

 1月31日、名古屋地方裁判所は、原爆症認定訴訟において、原告4人のうち、2人の請求を認め2人を却下する判決を言い渡しました。

 本判決は、昨年5月の大阪地裁、8月の広島地裁に次いで、機械的に進められている現行の認定制度の問題をあらためて認めたものです。

私たち連合・原水禁・核禁会議の3団体は、国・厚生労働省が原爆症認定を認めた2人に対する判決を厳粛に受け止め、現行の認定制度を抜本的に改め、本訴訟原告をはじめ原爆症認定申請者に対して、原爆症認定を早急に行うことを求めます。

 あわせて、国・厚生労働省は大阪・広島両地裁判決の控訴を取り下げることも、ここにあらためて要請します。

 我々3団体は、原告、関係者のご努力に敬意を表し、今後も被爆者援護施策の強化とともに核兵器廃絶と世界平和の実現をめざし、力を合わせて取り組むことを決意し、アピールとします。

以上

Posted by kano at 17:59

2007年01月12日

原爆症集団認定訴訟支援全国集会

原爆症認定を求め、被爆者が各地で裁判を起こしています。昨年、大阪・広島の裁判所で完全勝利の判決を得ました。しかし国・厚生労働省は不当にも控訴をおこなっています。

1月31日、名古屋地裁において集団訴訟で3回目となる判決が言い渡されます。私たちは、国の無策によりこれ以上、事態を放置させておくわけにはいきません。被爆者や支援する市民の方々と力を合わせて、原水禁としても、あらゆるヒバクシャとの連帯と集団訴訟勝利にむけて協力していきます。是非 1月31日の原爆症集団認定訴訟支援全国集会への参加をお願いいたします。

いまこそ解決を! 原爆被爆者の切実な願いを実現しよう

  1. 日 時 : 1月31日(水)18:30〜20:30(開場18:00)
  2. 会 場 : 日比谷公会堂(地下鉄日比谷・内幸町・霞ヶ関駅下車─地図
  3. 主 催 : 日本原水爆被害者団体協議会、原爆症認定集団訴訟弁護団全国連絡会、原爆症認定集団訴訟を支援する全国ネットワーク
  4. 連絡先 : 原爆症認定集団訴訟を支援する全国ネットワーク
    東京都港区芝大門1-3-5-902 日本被団協気付
    TEL03-3438-1897
  5. 内 容 :
    • 18:30〜オープニング
    • 千葉の支援から生れた歌を紹介&この間の裁判の歩み
    • 開会のことば 日本被団協代表委員
    • 名古屋地裁判決報告 愛知(原告・弁護団)
    • 私たちの求めていること (各地の原告・全国弁連)
    • ミニライブ ARIGATO
    • 愛知の支援の中から生れた歌の紹介
    • 政党・会派からのご挨拶(1会派5分)
    • 自民党・民主党・公明党・共産党・社民党・国民新党(予定)
    • 著名人からのメッセージ
    • 斉藤ともこさん(女優)、その他著名人からのビデオメッセージ
    • 各界からのメッセージ紹介
    • 集会アピール採択
    • クロージングライブ 横井久美子さん、他
Posted by kano at 15:19

2006年09月25日

JCO臨界事故7周年集会

東海村真崎コミュニティセンターで24日行なわれたJCO臨界事故7周年集会「老巧化した東海第二原発にプルサーマルはいらない!」は、全国から300人が参加して開催された。

JCO臨界事故7周年集会 集会後デモ出発 原研道路を行くデモ隊 東海駅前までデモ

多くの住民を被曝させ、犠牲者を出した大事故から7年が経ち、事故を起こした沈殿槽は解体・撤去され、また一方、ガスを抜く安全装置の流量をごまかすなど長年にわたる不正を続けながら30年近く動かした地元の老巧原子炉──東海第二原発にあえて危険で矛盾だらけのプルサーマルを押しつけるなど、辻褄合わせの日本の「原子力立国」政策は末期的症状を示している。

このような原子力利用の是非を根本から問い直す意味からもたれた集会では、「東海原発とプルサーマル」と題して元京都大学原子炉研究所の小林圭二さんが、日本のプルトニウム利用政策の欺瞞と危険性を分かりやすく解説しながら基調講演を行なった。

また、7年目の地元の状況報告を脱原発とうかい塾の相沢一正さんが、JCO臨界事故の被曝による健康被害賠償裁判の現状を当事者の大泉昭一さんが話された。

また当日朝に日本原電に対して行われた、東海原発プルサーマル計画に反対する申し入れの報告、六ヶ所村でアクティブ「試験」の名で始まった核燃料再処理と引き続いて起こった被曝事故や放射能漏れトラブルなどの青森県からの参加者による報告と、集会アピール採択など盛りだくさんの内容。

会場にあふれた約300人の参加者は、集会終了後、東海市内を2.6kmほど歩き、「東海原発にプルサーマルはいらない」、「臨界事故を忘れない」、「被曝による健康被害を認めよ」などとアピールしながらデモンストレーションを行なった。

参考

Posted by kano at 18:12

2006年05月13日

大阪地裁「原爆症不認定取り消し、原告全員勝訴」判決について

12日、大阪地裁において、「原爆症認定集団訴訟」の画期的な判決が下されました。

被爆者の被害認定は、これまで爆心から2キロ以内で直接被爆した人にしか認めず、原爆の放射線の影響を評価した基準には、死の灰や黒い雨などの放射性降下物は対象となっていませんでした。判決では「全員の疾病について原爆の放射線によって引き起こされた可能性がある」とし、入市被曝者にも原爆による健康被害はあると認定、画期的と言えます。

原水禁国民会議として、判決に対して以下のコメントを発表しました。今後もヒバクシャの権利の確立・拡大に向けて、引き続き努力していきます。

原爆症認定集団訴訟・大阪地裁判決についてのコメント

本日(5月12日)、大阪地裁で原爆症認定訴訟の原告全員が勝訴したことを心から喜びたい。この中で2人の入市被爆者が含まれていたことを高く評価したい。この勝訴は、現在進められている各地の訴訟だけでなく、多くの被爆者を勇気づけるものである。しかし多くの被爆者の原爆症認定が、裁判によらなければ得られないということは、老齢化した被爆者には極めて残酷である。国は控訴せず、これまでの認定のありかたを根本的にあらためることを強く求める。

2006年5月12日 
原水爆禁止日本国民会議 
議長 岩松 繁俊 

Posted by kano at 12:41 | TrackBack

2006年03月02日

ビキニデー全国集会

多くの犠牲者を出したビキニ環礁の水爆実験「ブラボー」から52周年の3月1日、静岡市で被災52周年ビキニデー全国集会を開催しました。

ビキニデー集会
静岡市あざれあで
500人近くが参加
ビキニデー集会
講演する
広瀬隆さん
ビキニデー集会
第5福竜丸展示館長の
川崎昭一郎さん
ビキニデー集会
浜岡原発プルサーマルの危険を
訴える塚本千代子さん


被災52周年ビキニデー アピール

 1954年3月1日、アメリカは太平洋中西部のマーシャル諸島・ビキニ環礁で、広島原爆の約1000倍に当たる15メガトンの水爆実験(ブラボー実験)を行い、大量の死の灰をまき散らしました。第五福竜丸をはじめ多くの漁船が被災し、第五福竜丸無線長・久保山愛吉さんが放射能症で亡くなりました。さらに死の灰が降り注がれたマーシャルの島々でも多くのヒバクシャを生み出し、52年経った現在も、多くの人々が放射能の被害で苦しみつづけています。ビキニの悲劇は現在も終わることなく続いているのです。

 私たちはビキニ事件を契機に、改めて広島・長崎の被害をみつめ直し、新たなヒバクシャをつくりださず、原水爆の禁止を訴えて運動を進めてきました。しかしいま世界には約3万発もの核兵器が存在し、核兵器の使用と核拡散の危険も増大しています。とくに超核大国・アメリカのブッシュ政権は、新型核兵器の研究・開発に取り組み、ミサイル防衛(MD)を推進するなど新たな核軍拡の流れをつくりだしつつあります。さらにブッシュ政権は、国際法を無視してイラクへ侵攻・占拠した結果、イラクを収束の見通しのない暴力と破壊の混乱のなかに投げ込んでしまいました。

 日本の小泉政権は、積極的にアメリカの戦争政策を支え、イラク派兵を強行するとともに、ミサイル防衛に参加することによって、アメリカの核戦略体制に一層強く組み込まれました。靖国参拝を強行するなかで排外主義を助長し、日米軍事同盟体制の強化をめざす米軍再編成の推進や有事体制強化、憲法9条改憲、六ヶ所再処理工場の稼働などの反動的な政策をすすめようとしています。その口実の一つに朝鮮民主主義人民共和国の核問題を利用しています。日本はいまや東アジアで緊張をつくりだす存在になりつつあるのです。

このような平和に対する脅威が進行する中で、あらためてビキニ水爆被災の意味と今後の反核・平和の運動のあり方が問われています。

 私たちは、あらためて核を頂点とする武力で平和は作れないことを確認しなければなりません。武力ではなく対話と連帯の中で平和と安全が生みだされることを確認しましょう。その上で、これまで原水爆禁止運動が取り組み、成果を上げてきた核兵器廃絶、ヒバクシャ援護、脱原発などの課題を新たな決意で前進させなければなりません。

 今年はチェルノブイリ原発事故から20年目にあたります。私たちはこれまで営々と原水禁運動を続けてきましたが、「核と人類は共存できない」ことを、反戦・反核・平和の課題とともに、内外に発信していくことがますます重要になっています。これは広島・長崎、ビキニ、JCO臨界事故でのヒバク体験を持つヒバク国市民の責務です。

 ビキニのヒバクシャをはじめ世界中のあらゆるヒバクシャや平和を求める人々と連帯し、あらゆる国の、あらゆる核実験・核兵器に反対し、そしてヒバクシャを生み出す全ての核開発を止めていきましょう。

2006年3月1日
被災52周年3・1ビキニ・デー全国集会


マーシャル諸島共和国
3.1.核の記憶メモリアル・デーに際し

 マーシャル諸島共和国議会では、1940〜1950年代にビキニ環礁ならびに少ないながらもエニウェトク環礁で行なわれた米国による水爆「ブラボー」爆発とその他66の核実験による被害者および生存者への敬意を込めて、3月1日を「核の記憶メモリアル・デー」とする公法1995-134が採決・通過しました。3月1日は、人々が核実験による被害者と生存者を記憶し祈祷を捧げ、またいかなる地域においても人類の破滅となる核兵器の使用を否定し非難する、マーシャル諸島共和国中の厳粛な国の祭日です。

 1954年3月1日に米国は(TNT爆薬にして)15メガトンにあたる威力の初の水爆実験を行い、マーシャル諸島のこの小さな環礁や他の地域の多くの人々の生活を永久に変容させました。またこの事故は国際的な非難を受けました。

 第5福竜丸の事故は、核に付随する無制限かつ極度に破壊的な力による、もうひとつの厳しい記憶としてよく知られています。日本の漁船である第5福竜丸は水爆が爆発した時、実験地域の付近で漁業をしていました。約1時間半後、放射性降下物が第5福竜丸と23人の乗組員に何の警告もなしに降り落ちました。母港に戻った時組員は重病であり、彼らの話は日本の主要新聞紙と国際タブロイド紙のトップ記事となりました。

 1946年に米国は「オペレーション・クロスロード」を開始し、ビキニ環礁と、のちにエニウェトク環礁で連続的な核実験を開始しました。「オペレーション・クロスロード」のすぐ後には、原爆および水爆の両方を含めた連続的な核実験を行なう「オペレーション・キャッスル」が行なわれました。現在公式記録では67回の核実験爆発が1940〜1950年代にほとんどマーシャル諸島のビキニ環礁とエニウェトク環礁において行なわれたとされています。

 当時、米国による最初のもっとも強力な水爆爆発のコードネームであった「ブラボー」の実験は、1954年3月1日にビキニ環礁で行なわれました。風向きのために他の環礁も「ブラボー」実験により被害を受けました。風向きの方向にあった他の近くの環礁も何の警告もないまま、放射性降下物によって汚染されました。その結果、ロンゲラップ環礁とウトリック環礁も被害を受け、当時放射性降下物によって汚染された「4大環礁」としてビキニ環礁とエネウィック環礁とともにその名が挙げられるようになりました。最近独立研究者が行なった科学調査では「ブラボー」を含む67回の実験による汚染の程度は、これまで考えられていたよりもさらに甚大であり、マーシャル諸島の他の環礁や小島にも影響を及ぼしていることが指摘されています。

 核実験プログラムは不必要な遺産です。ビキニ環礁とロンゲラップ環礁は、一度は人々の生活や活動に満ちていましたが、今や人が住める状態ではないほど放射能で汚染されています。この島の住民はマーシャル諸島や他の別の場所に移住しました。エニウェトク環礁とウトリック環礁ではいまだ頑張って住んでいる人々がいます。こうした環礁の中で、ビキニ自体は「ブラボー」実験や他の多くの実験を生き抜いてきた部類にあります。ビキニの人々は実験や長年のあてどない放浪によって困難や苦難を生き抜いてきました。ビキニの人々は2006年3月7日に出郷土60周年を記念します。

 生存者によって核被害者の不幸な話は何度も何度も語り継がれ、悲しいエピソードは生き続けています。核実験の時代という亡霊が二度と起きあがってはならないことを確実にし、人々が核の使用をよりよい建設的なものへと適用させ、さらにいかなる人々および国家も核兵器の苦悩を体験し生き延びることがないようにするため、マーシャル諸島共和国は核兵器の継続使用と拡散に反対する地域および国際条約、協定、議定書を批准する国々に参加します。

2月27日
マーシャル諸島大使館からのメッセージ

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2006年01月27日

全国被爆二世団体全国連絡協議会総会広島で開催

2006全国被爆二世団体連絡協議会 1月21〜22日にかけて、広島市内の自治労会館で、全国被爆二世団体連絡協議会の2006年度の全国総会が開催されました。広島や長崎をはじめ全国各地から約70名の被爆二世が集まり、04年〜05年の活動報告や06年〜07年の活動方針の討論を行い、新役員体制を決め、総会宣言を採択しました。

活動方針では、8つの組織方針が出され、その中でも被爆二世への被爆者援護法の適用を求める厚生労働省交渉の取り組みを強化するとして、現在単年度で実施されている被爆二世健康診断の法制化や「被爆二世問題議員懇談会」の結成などを目指すことが上がられました。また、放影研が実施している「被爆二世健康影響調査」は、放影研や厚生労働省との交渉を通して被爆二世の人権と利益を守る立場で対応していくことが確認されました。さらに在外被爆者支援と在外被爆者との交流を継続して強化することととして、06年6月に「日韓被爆二世シンポジウム」を韓国・ソウルで行うことなども確認されました。

 総会では、新役員体制が確立され、会長に平野伸人さん(長崎)から山崎幸治さん(広島)へバトンタッチされました。

 翌22日には、野村大成・大阪大学名誉教授から「放射線の次世代への影響」と題して記念講演が行われ、その後、各地の二世協の活動報告がなされ、総会宣言を採択しました。

総会宣言

イラク戦争の根拠となったイラクの大量破壊兵器の保有が嘘だったことがアメリカ議会でも明白になりました。しかし、ブッシュ大統領も小泉首相もイラク戦争が侵略戦争だったことを認めることもイラクの民衆に謝罪することもなく、今も軍隊を駐留し続けています。それどころが、日米両政府は日米軍事同盟の再編を行い、東アジアから中東にかけた地域を「不安定の弧」と位置つけ、恒常的に軍隊を派兵する体制を作ろうとしています。

 また、日本政府は危険な原子力政策を改めることなく、核燃料サイクルのための再処理施設「もんじゅ」の再稼働を認め、プルサーマル計画を推進し、新規原発立地を行おうとしています。私たちは被爆労働者をはじめとする新たなヒバクシャを生み出す社会を許しません。

 このような中で、全国被爆二世団体連絡協議会は、全国総会を開催し、「もうこれ以上侵略戦争を起こさせない」、「再びヒバクシャを作らせない」という決意を確認しました。

 そして同時に、核の被害者としての被爆二世の命と健康を守るために、「国家補償と被爆二世への適用を明記した『被爆者援護法』の改正」を求める全国署名を開始します。

 これまで、日本政府は政府の責任で一度も被爆二世・三世の実態調査を行うこともなく、30万人とも50万人とも言われる被爆二世を「援護なき差別」の状況の中に放置してきました。今や被爆61年目に入り、多くの被爆二世が健康不安を抱え、中には原爆症と同じ症状で亡くなっていく者もいます。また被爆三世も成人世代を迎え健康不安を抱えています。私たちは、すべての被爆二世・三世が安心して「私は被爆二世(被爆三世)だ」と言える社会を作り出していかなければなりません。

 2007年3月、現在放射線影響研究所が行っている「被爆二世健康影響調査」の解析結果が出されますが、その結果の如何によらず、被爆二世の立場にたった被爆者援護法の適用を含めた援護対策の充実を強く求めます。

 また、私たちは、これまでの在外被爆者・被爆二世との連帯の歴史、とりわけ韓国被爆二世の会との連帯を通じ、アジア規模の歴史認識の共有を痛感しました。私たちは、日本政府がアジア・太平洋戦争を侵略戦争として認め、二度と侵略戦争も原爆の使用も許さない歴史認識を確立し、在外被爆者・被爆二世へ被爆者援護法を完全適用することを求めます。

 最後に多くの被爆二世(三世)が孤立し、不安を抱えて生きている状況が全国に散在しています。私たちは、各地の被爆二世の会と共闘し、全国被爆二世団体連絡協議会を被爆二世(三世)の生きる希望を与える組織として確立させます。

 以上宣言します。

2006年1月21日

全国被爆二世団体連絡協議会2006年全国総会参加者一同

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2005年12月08日

被爆二世問題院内学習会開かれる

被爆二世問題院内学習会 被爆二世の現状と課題について理解を深めていただくため、12月6日(火)、参議院議員会館第5会議室で、全国被爆二世団体連絡協議会の主催で「被爆二世問題院内学習会」を開催しました。民主・社民両党、広島・長崎の選出議員や秘書の方々が参加。

特に被爆二世は、健康不安や社会的な差別、遺伝的影響への心配など、被爆者と同じような課題があるにもかかわらず、これまで具体的な施策がほとんどなされていないのが現状です。さらにいまだ国による実態把握もなされていません。被爆二世協議会としては、国が現在単年度措置で実施している健康診断の法制化やガン検診を検査項目への追加、被爆二世の健康管理手帳の発行、健康影響調査の継続調査などの要望を訴えました。

学習会に先立ち、午前中に厚生労働省に、以下の要請書を渡しました。

なお、今後06年1月21日〜22日に広島で全国総会を開催する予定です。

要請書

厚生労働大臣
川崎 二郎 様

2005年12月6日
全国被爆二世団体連絡協議会
会長 平野 伸人(印省略)

 1945年8月6日、9日の原爆は20万人以上の人々を殺傷したばかりか、生き残った被爆者にも放射能による後遺症という苦しみを背負わすことになりました。しかも、原爆の恐怖は被爆者のみに止まらず、それらの被爆者を父や母・祖父母として生まれた「被爆者の子ども・孫」すなわち「被爆二世・三世」の問題として引き継がれていきました。

 原爆被爆の放射能の影響という観点からは「第5の被爆者」であるといえるわたしたち原爆被爆二世は、今、全国に30万人とも50万人ともいわれています。被爆者と同じような苦しみ、悩みはそのまま未来世代へと引き継がれていきます。

 被爆者が放射線障害に苦しんだように、被爆二世・三世も同様の苦しみを持ち、あるいは健康に対する不安を持ち続けています。特に、親・祖父母と同様の疾病に冒されたときの不安は図り知れません。

 また、原爆被害者の受けた放射線は、原爆投下後に生を受けた被爆者の子どもすなわち被爆二世、さらにはその被爆二世の子どもの被爆三世の未来世代に何らかの遺伝的影響を与えるのではないかと考えられます。さらに、被爆二世は、親の被爆者の健康状態や社会的な厳しい状況に置かれている中で差別と貧困の中で生きてきました。社会生活上、十分な環境を与えられなかったといえるのです。

 これまで、政府・厚生労働省は被爆二世・三世の健康実態調査を実施することは「不安を増大させ、差別を助長する」としその実施を拒み、対策をおろそかにしてきました。しかし、差別はこのような調査の結果生じるものではありません。調査の非科学性やあいまいさによって誤解と偏見が生まれ、さらに、問題を闇の中に放置することによって不安の増大や差別の助長を招くのです。現状の根本的な改善こそ差別を克服する道なのです。

 このような深刻な事態があるにもかかわらず、政府・厚生労働省はほとんど何の被爆二世に対する政策を行ってきませんでした。さらに、被爆後半世紀を過ぎた今日では、被爆二世のみならず被爆三世が成人に達するようになり、被爆四世の誕生も迎えるに至っています。被爆二世・三世、そして、それ以後の世代の遺伝的影響の問題と健康不安も存在しています。また、そうした「不安」を背景にした社会的差別や偏見も根強いものがあります。

 全国被爆二世団体連絡協議会は、このような被爆二世問題の解決のために、全国、広島・長崎・大阪・福岡・神奈川・山口の6府県にある被爆二世団体の連合体として、1988年に結成されました。

 全国二世協は、全国の被爆二世の代表として被爆二世に被爆者援護法の適用を求める運動や1979年度から実施されている唯一の被爆二世に対する施策として行われている被爆二世検診の法制化や検診の充実を中心とした働きかけを行ってきました。また、各地の二世組織により健康管理表の発行や被爆二世相談窓口の開設などがなされてきました。

 そういった中、1997年8月に放射能影響研究所による被爆二世健康影響調査の計画が明らかにされました。わたしたちは、この調査によって原爆放射能の遺伝的な影響や被爆二世の健康実体が科学的に解明され、それが国の被爆二世・三世の援護政策の実現につながる大きな契機となり被爆二世問題の解決につながることを期待しています。

 今、被爆二世問題は『援護なき差別の状況』といわれています。国の施策もわずかに年1度の健康診断がなされているにすぎず、この予算は被爆者援護法の1000分の1にすぎません。私たちは原爆放射能の影響を受けた第5の被爆者です。国はわたしたち被爆二世に対する援護を進め、被爆者援護法を適用すべきではないでしょうか。『援護なき差別の状況』を『差別なき援護の状況』に変えていかなければなりません。

 以上の見解をふまえて、全国被爆二世団体連絡協議会は以下の要請を行うものです。ご検討いただきますようお願い申し上げます。

原爆被爆二世の実態調査を実施し、被爆二世の現状について把握すること。

現在の「被爆者援護法」を被爆二世および在外被爆者への適用を明記した「被爆者援護法」に改正すること。

単年度処置でおこなわれている被爆二世健康診断を法制化し、制度の充実を図ること。

被爆二世健康診断に基づき、医療措置をおこなうこと。また、在外被爆二世についても同様の措置を講じること。

被爆二世に対して「被爆二世健康手帳」を発行すること。

放射能影響研究所「被爆二世健康影響調査」について国としての責任ある対応をおこない、被爆二世の援護施策に生かすこと。

外国人被爆二世等の在外被爆二世に対する「被爆二世健診」については、居住国の医療機関で受診できるような措置を講じること。

在外被爆者に被爆者援護法を適用し、被爆者の平等な援護を行うこと。

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2005年06月21日

「被爆二世の問いかけ〜再びヒバクシャをつくらないために」

6月26日広島で「被爆二世の問いかけ〜再びヒバクシャをつくらないために」と題し、被爆二世のシンポジウムを開催します。

全国被爆二世団体連絡協議会(略称二世協)は、1988年の結成以来、被爆二世問題の解決のために活動を続けてきています。これまで主な活動として被爆者援護法の被爆二世への適用を求め厚生労働省交渉を毎年行い、1989年以来、韓国との被爆二世との交流も続けてきました。その中で、日韓被爆二世シンポジウムが広島や長崎そして韓国でも開催し、昨年は東京で開催しました。
 今回は、広島・長崎の原爆投下から60年が経過しようとする中で、被爆二世課題解決にむけて重要な時期を迎えています。ヒロシマ・ナガサキの運動を被爆二世として、またそれに連帯・連携していく私たちの運動として、どう継承・展開していくべきかを探るシンポジウムです。

日韓被爆二世シンポジウム 2005 in 広島

メインテーマ
『日韓被爆二世の連帯で平和な明日を創ろう』
〜再びヒバクシャをつくらないために〜

日時; 2005年6月26日(日)10:00〜16:00
場所; 広島平和記念資料館
広島市中区中島町1ー2(東館地下1階・メモリアルホール)
内容: (シンポジウム)
コーデイネーター 福山真劫(日本・原水禁)
パネリスト
日本側/寺中正樹(山口) 中谷悦子(広島) 崎山昇(長崎)
韓国側/カン・ソンホ(テグ)イ・テジェ(プサン)

(講演)
講演1  『日韓被爆二世運動に期待する』(仮題)
豊永恵三郎さん
(韓国の原爆被害者を救援する市民の会広島支部長)
講演2  『被爆二世健康影響調査の現状と課題』
山田美智子さん
(広島放射線影響研究所・臨床研究部副部長)
陶山昭彦さん
(長崎放射線影響研究所・疫学部部長)

(特別報告)
特別報告1 『三菱徴用工裁判・控訴審判決の意味と意義』
三菱徴用工裁判を支援する会
特別報告2 『韓国における被爆二世の実態調査について』
韓国被爆二世の会
主催;全国被爆二世団体連絡協議会 韓国被爆二世の会 原水爆禁止国民会議
共催;広島県被爆二世団体連絡協議会 長崎県被爆二世の会
協賛:韓国原爆被害者協会

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2004年12月16日

原水禁、核禁会議、連合三者で、厚生労働省に要請行動

2005年は、被曝60周年であり、NPT再検討会議の年です。現状は、被爆者の権利課題では、多くの課題が残されたままであり、核軍縮めざすNPTの枠組みもアメリカの「核政策」や核拡散の中で大きく揺らいでいます。そうした中、原水禁、核禁会議、連合の3者は、従来の取り組み経過を踏まえて、核軍縮と被爆者の権利拡大運動をさらに前進させるため、(1)核軍縮をめざして1000万人署名運動を行うこと、(2)厚生労働省に対して、要請書を提出し、被爆者の権利拡大に取り組むこと等を確認し、取り組みを開始しました。

12月16日、原水禁福山真劫事務局長、核禁会議佐分利一昭常任理事、連合草野忠義事務局長の3者で、厚生労働省に対して、「被爆者援護施策充実についての要請」を提出し、被爆者権利課題の前進のため、さらなる努力を要請し、交渉の継続を求めた。
厚生労働省側は、辻哲夫厚生労働審議官、田中慶司健康局長が出席し、要請された課題の前進めざして努力表明を行うと同時に協議の継続を確認した。
 原水禁、核禁会議、連合は運動の輪を拡大しながら要請事項について、具体の前進をめざす決意です。

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2004年10月04日

国・長崎市に崔季澈裁判への控訴断念を求める

9月28日、長崎で入市被爆した在韓被爆者の崔季澈(チェ・ゲチョル)さんが、長崎市に対して、被爆者援護法に基づく健康管理手当支給の申請却下処分取り消しを求めた訴訟の判決が長崎地裁で出されました。
判決では崔さんの訴えが全面的に認められ、「来日の困難な在外被爆者に国内での申請手続きを求めることは、援護法の立法目的に反する」としてこれまでの「来日要件」という条件を否定し、申請却下処分の取り消しを命じました。

病弱なことや高齢で来日が難しい在外被爆者にも、手当支給の申請を可能にできる司法判断で、国外に住む被爆者の援護に一歩進んだ判決です。
崔さんは被爆治療で来日し、80年5月旧原爆医療法に基づく被爆者健康手帳交付。今年一月、韓国から健康管理手当の支給を申請し、却下されていました。残念なことに、ご自身は判決を聞くことなく7月25日に他界されました。
この判決と崔さんの死を無駄にしてはなりません。同じように苦しんでいる国外に住む被爆者の救済のために、これ以上遅らせることなく判決を生かすことが重要です。被告の国と長崎市に控訴を断念させるよう、下記の宛先に意見を送って下さい。

  • 内閣総理大臣小泉純一郎 東京都千代田区永田町2-3-1首相官邸 FAX03-3581-3883
  • 厚生労働大臣尾辻秀久 東京都千代田区霞ヶ関1-2-2厚生労働省 FAX03-3595-9392
  • 法務大臣南野知恵子 東京都千代田区霞ヶ関1-1-1法務省 FAX03-3592-7393
  • 長崎市長伊藤一長 長崎市桜町2-22 長崎市原爆対策部 FAX095-829-1148

国や長崎市は、長崎地裁判決を真摯に受け止め、被爆者の現状を理解し控訴をしないこと、直ちに在外被爆者の救済に向けた法整備をはかることなどを明記してください。控訴期限は2週間で10月12日(火)まで。それまでにお願いいたします。


内閣総理大臣小泉純一郎様
厚生労働大臣尾辻秀久様
法務大臣南野知恵子様
長崎市長伊藤一長様

在外被爆者・崔季澈裁判の控訴断念を求めます

9月28日、長崎地裁(田川直之裁判長)において、長崎で入市被爆した在韓被爆者の崔季澈(チェ・ゲチョル)さんが、長崎市に対して「被爆者援護法に基づく健康管理手当支給の申請却下処分取消」を求めた訴訟の判決が出されました。判決では崔さんの訴えが全面的に認められ、「来日の困難な在外被爆者に国内での申請手続きを求めることは、援護法の立法目的に反する」としてこれまでの「来日要件」という条件を求めている援護法施行規則を否定し、申請却下処分の取り消しを命じました。
この司法判断は、高齢化や病弱化で来日そのものが難しい在外被爆者にも、手当申請を来日しなくてもできるという新たな司法判断で、在外被爆者の援護の格差是正がまた一歩進んだ判決です。
しかし、残念なことに健康管理手当を受給する権利を得たにもかかわらず、崔さん自身は、今年7月25日に他界してしまいました。この判決と崔さんの死を無駄にしないためにも、崔さんと同じように苦しんでいる多くの在外被爆者の完全救済のために、政府や長崎市は、今回の判決を真摯に受け止め、控訴を断念すること。そして、直ちに在外被爆者の完全救済のために法整備を早急にはかることを強く要請します。
2004年10月1日

フォーラム平和・人権・環境
原水爆禁止日本国民会議
議長岩松繁俊

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2004年07月27日

水爆ブラボー爆発の証人、ジョン・アンジャインさん亡くなる

1954年3月1日、アメリカがビキニ環礁で行った水爆ブラボー爆発実験の死の灰をあびたマーシャル諸島・ロンゲラップ環礁の元村長ジョン・アンジャインさんが、7月20日、入院先のホノルルの病院で亡くなりました。ジョン・アンジャインさんを追悼する文章を、フォト・ジャーナリストの豊崎博光さんにお書きいただきました。日本の原水禁運動にとっても、1971年12月、原水禁調査団がロンゲラップ環礁住民などマーシャル諸島の被曝者調査に訪れた時以来、ヒバク問題の目を世界にむけて開くことに永らく尽力いただきました。ご冥福を祈ります。追悼文へ

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2004年06月17日

祝:オスカー・テマルが仏領ポリネシアの新大統領に

タヒチ島を中心とするフランス領ポリネシアの新大統領にオスカー・テマルさんが選ばれました。
ガストン・フロス前大統領は、フランスのシラク大統領とも親しく、モルロアやファンガタウファ環礁でおこなわれた核実験を推進し、20年にわたってポリネシアを支配してきました。95年にフランスが核実験を再開した際には、モルロア環礁で泳ぐパフォーマンスをして見せ、フランスの核実験はクリーンだ、などというプロパガンダをしてきた人物です。

新大統領のオスカー・テマルさんは、長年、核実験反対運動を続け、原水禁大会にも参加し、フランスの核実験被害を訴えて日本の反核運動がポリネシアの核実験被害問題に関わるきっかけの一つをつくりました。非核・独立・太平洋運動の立て役者の一人でもあり、ポリネシア──マオヒの人々のフランスからの独立を求めてきた政党、タビニ・フイラーティラ(ポリネシア解放戦線)の党首、タヒチ第2の都市ファアアの市長でもあります。95年には、核実験再開反対の大運動を組織し、世界の注目する中でミスター・反核実験と呼ばれていました。

ポリネシア議会の議席57の内30票の支持をえて大統領になったわけですが、先月の議会選挙でガストン・フロスの与党が過半数を割った28議席となってから、テマルをリーダーにまとまった「民主主義のための連合」への切り崩し工作があったようです。結果は逆にフロス派がへって、投票をボイコットするという結末になりました。

この間のいきさつは、ABC・オーストラリア・ラジオのニュースに、非核独立太平洋運動の事務局、PCRCで活躍していたニック・マクレランさんがジャーナリストに転身してインタビュー記事(など)を載せています。同サイトでは音声も聞けます。

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2004年03月02日

ビキニ・デー集会速報

3月1日静岡市の会場には500名があつまり、水爆実験から50年目の日、反核のおもいを新たにしました。フォト・ジャーナリストの豊崎博光さん(写真3番目・左)からは、貴重な映像をスライドで上映しながら、ヒバク後も放射能の影響を調査するための人体実験に使われ、環礁での生活自体を奪われた島民の被害状況、まだこれからも残されている問題を示した報告。昨年「ビキニ事件の真実 (amazonリンク)をみすず書房から出された、「第五福竜丸」の元乗組員、大石又七さん(同じ写真・右)からは、ご自身のヒバク証言と、ビキニ・ヒバクシャが日・米間の政治決着で切り捨てられた歴史を聞くことができました。
マーシャル現地での同じく50周年の催しには約400人が集まったということです。