2010年05月12日

国会で被爆体験者訴訟原告35人の訴え

被爆体験者訴訟原告団・国会要請行動

flickrサイト被爆体験者訴訟原告団・国会要請行動

被爆体験者訴訟原告団・国会要請行動の一環として、民主党の国会議員多数が参加した学習会が5月12日、参議院議員会館で開かれました。「被爆体験者」とは、被爆者でありながら行政が差別的あつかいをするために作られた言葉です。

要請に応える犬塚議員

flickrサイト要請に応える犬塚議員

犬塚直史、大河原雅子、岡崎トミ子 参議院議員、郡和子 衆議員議員をはじめ、8名の議員の他、多くの議員秘書の参加を得て、長崎からの35名の被爆体験者訴訟原告団からの要請や、被爆体験者裁判を支援する会の代表でもある川野 原水禁議長からも一刻も早い政令是正を求める訴え、龍田弁護士からは、政令を是正しなければならない現状など現在の法システムの説明がありました。

長崎の被爆者は、爆心地からの距離が同じ12kmでも、行政区分によって差別されています。ほぼ旧長崎市内と同じ指定区域以外の居住者は、原爆投下から65年目の今も被爆者援護法による援護も無いままです。誰が見ても明らかな理不尽を放置しておく事は許されません。「被爆体験者」を被爆者として認めるよう提訴してから2年半、「被爆体験者」の平均年齢75歳をこえる現状に一刻も早く政治決断をし、政令是正による救済を実現するべきです。

原水禁としても、政令を是正し「被爆体験者」に被爆者手帳発付を求める全国署名(下記参照)に、全国被爆体験者協議会などと共に取り組んでいます。

Posted by kano at 18:29

2010年03月02日

被災56周年3・1ビキニ・デー全国集会

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flickrサイト300人集まったビキニ・デー集会

全国から300人が集まり、静岡市の労政会館ホールで「被災56周年3・1ビキニ・デー全国集会」を開催しました。川野浩一 原水禁議長と鈴木修 静岡県平和・国民運動センター会長のあいさつの後に、浅井基文 広島平和研究所長の「核兵器廃絶のために何が求められているのか─NPT再検討会議と日本の情勢─」と題する講演がありました(参考資料1)。

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flickrサイト挨拶する川野 原水禁議長

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flickrサイト浅井基文 広島平和研究所長

マーシャル諸島共和国駐日大使ジベ・カプアさんの特別アピールは「マーシャル諸島の核被害について:NPTへの支持は我が家からはじまる─戦争と大量破壊兵器反対の声明」(予稿、同日本語仮訳)と題する物で、核被害の状況にとどまらず、ミサイル実験場として社会・文化的に大変な犠牲を払っているクワジェリン環礁の状況を含めて、戦争をする政策・大量破壊兵器依存への強い反対を表明する物でした。

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flickrサイトジベ・カブア マーシャル諸島共和国大使

水上賢市福井県平和環境人権センター事務局長の「もんじゅ再稼動を前にして」、豊村雄二山口県平和運動フォーラム事務局長の「上関原発建設阻止に向けて」の報告が行われ、被災56周年ビキニデー アピールを採択しました。

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flickrサイトもんじゅ再稼働を前にして、福井県から水上さんのアピール

また、同日程にあわせて行われた、平和フォーラムの全国活動者会議では、福山真劫代表の主催者あいさつ、西谷修東京外語大学教授の講演「日米安保条約50年-自立的政治に向けて」、「2009年度総括と2010年度運動方針について」の藤本泰成事務局長の提起、新潟、長野、青森、沖縄、富山、鹿児島、福島、神奈川などからの報告や発言がありました。翌2日は、「エネルギー、環境問題」と「平和、人権問題」の分科会に分かれ、飯田哲也エネルギー政策研究所所長の「日本版グリーン革命は可能か?ー地域が主導する分散型・自然エネルギー革命」、徐勝立命館大学コリア研究センター所長の「韓国併合100年と日本の課題」のそれぞれ講演の後、焼津市弘徳院(地図)に向かい、久保山愛吉さん墓前祭を行いました。

被災56周年3・1ビキニ・デー全国集会 アピール

 1954年3月1日、アメリカは太平洋中西部のマーシャル諸島・ビキニ環礁で、広島型原爆の約1000倍に当たる15メガトンの水爆実験を行い、大量の死の灰をまき散らしました。日本のマグロ漁船・第五福竜丸をはじめ多くの漁船が被災し、マーシャル諸島の島々にも死の灰が降り注ぎ、多くのヒバクシャが生み出されました。ビキニにおいても、ヒロシマ・ナガサキにおいても、いまなお多くの人々が核兵器の被害に苦しみつづけていることを忘れてはなりません。

 核兵器は、いまも世界に2万発以上も存在しています。核兵器保有国は、米・ロ・英・仏・中の5ヵ国からインド、パキスタン、イスラエルへと拡がりました。昨年5月に2度目の核実験を強行した朝鮮民主主義人民共和国や核開発疑惑を持たれるイランなど核の拡散の動きは続いています。また、核兵器に転用できる核物質も、原子力の「商業利用」の中で増え続けています。核兵器使用と核拡散の脅威からいまだ私たちは解放されていません。

核大国アメリカにオバマ政権が誕生しました。核使用国としてのアメリカの道義的責任に触れたプラハ演説以降、核軍縮の機運が大きく盛り上がってきました。就任後、オバマ大統領はNPT(核兵器不拡散条約)再検討会議での大幅な核軍縮推進やCTBT(包括的核実験禁止条約)の批准、カットオフ条約の容認などを打ち出しています。今後、アメリカが核軍縮のイニシアティブをとることを強く期待します。

 また、日本の鳩山新政権も、国連の場で「核兵器のない世界」実現に向けた決意を示し、核軍縮への具体的な動きが期待されています。被爆国日本が、「核の傘」や「核密約」の問題、さらに米軍再編成への対応などアメリカの核・軍事の戦略体制に組み込まれている状況をどう脱して行くのかが問われています。日本国内では、六ヶ所再処理工場やもんじゅの事故による停止はプルトニウム利用政策の破綻を示していますが、新政権は、これまでの政権の政策を踏襲しています。大量の余剰プルトニウムをかかえる日本の政策は、東北アジアに新たな緊張をつくりだすものでしかありません。政策の転換が強く求められています。

平和や命に対する脅威が進行する中で、あらためてビキニ水爆被災の意味と今後の反核・平和を求める私たちの運動のあり方が問われています。

 核兵器を頂点とする武力で平和は作れないことを私たちは再度確認し、対話と連帯の中で平和と安全が生みだされることを確信します。これまで原水爆禁止運動が取り組んできた核兵器廃絶、ヒバクシャ援護、脱原発などの課題を新たな決意で前進させなければなりません。これはヒロシマ・ナガサキ、ビキニ、JCO臨界事故でのヒバクの苦い体験を持つ国の市民としての責務です。ビキニのヒバクシャをはじめ世界中のあらゆるヒバクシャや平和を求める人々と連帯し、あらゆる国の、あらゆる核実験・核兵器に反対し、そしてヒバクシャを生み出す全ての核開発を止めていきましょう。

2010年3月1日
被災56周年3・1ビキニ・デー全国集会




NPTへの支持は我が家からはじまる
戦争と大量破壊兵器反対の声明(仮訳)

マーシャル諸島共和国駐日大使 ジベ・カプア

この私の声明の機会の最初に、この集会のオーガナイザー、特に井上さんに、今日このプログラムに加わるよう誘っていただいたことに感謝申し上げます。 私は、ここに参加できて、非常にうれしく思います。 私たちの一人一人の中に生きている、特別な精神とその存在を私はもう一度感じ、経験しています。 それは、人間の意志を支え、個々の人々を集めます、そして、すべての個々の善き男女は、平和に価値を置いていますが、命のため、地球のすべての人、すべての母親、すべての家族があらゆる村、島、都市で大切にするのと同様の安全を望んでおり、この人々から世界がますますそれを必要としているものなのです。

原水禁議長の川野さん、事務局長の藤本さん、静岡平和・国民運動センター会長の鈴木さん、広島平和研究所長の浅井先生、会場にお集りの皆さん、

創造されたもので最も高い種である、人間に与えられている中でも最も高貴な命令について心配を感じています。 ここで私がの言う命令とは、各国、各世代の人の人生という旅の中で、心から平和と人間の命に対する敬意を育て、教えることによって、命の種子を植えるということの責任です。 私は、これが人類の使命であると信じています。 これが教育ある、啓発された人として私たちの使命であると確信しています。

平和のメッセージと人間の安全保障に主要であることは、人間の命に対する敬意です。このメッセージを支持し、浅井先生の観点と、平和の哲学と国際協力との調和の中で、世界平和のための普遍的な約束にたいして私の連帯を表明したいと思います。 どうか数分間ほど私の話を我慢して聞いて下さい。

戦争と、軍備と兵器、荒廃と生命または命をささえるあらゆる物の破壊に関する人間の経験は、戦争で起こされ、人生を支持するすべてが、非常に恐ろしくてものすごい結末です。 戦争は暗い瞬間、ひどい狂気です、逃走は本能的に可能な1つの選択です。 次には、この狂気に突っ込んで、それと全く同じになる、私が「軍人になる選択」と呼ぶものです。他の唯一の選択は、戦争とその根本的原因に理性によって立ち向かうことです。

結局、私たち・自分達がまだいて、私たちの周りの良いものの一部であるという事実と、私たちには未来の夢とプランがあるという事実は理性が働いたからなのです。 しかし、理性はまた、勇気をともないます。 現在の平和と安心感は、これを可能にした世界中の多くの善き男女による私たちへの恩恵であることを再び自分達に思い出してください。

戦争をする、戦争を「産業化する」、または「自衛のための先制攻撃」を始める、というような選択は、合理化するのが非常に難しいと思います。イラクやアフガニスタンでの戦争について考え、それらの国で社会の破壊を想像するたびに、絶滅・駆除させる者の顔が、戦争の狂気のさらなる別の犠牲者を消そうと、別の人間の命に迫っているのを見ます。 しかし、狂気と憎しみに巻き込まれた状況の最も映像的で意気消沈させる表現は、簡単な人間の命の取り合いの数分以内の肉弾戦の状況と、専門化した現代兵器のシステムによる数秒以内に実行されること、全滅兵器である核爆弾を含むものです。

戦争の問題は戦争に関する政策の問題です。 今日、ここで再びそれを調べて見ましょう。 私は戦争が好きではありませんし、皆さんもそうでないのを知っています。 そこで、私たちはなぜ人種、民族、部族、家族、および地上の自然の賜物を、戦争に関する政策の原因とするのを許すべきなのでしょうか?

そうするべきではありません。 それを決して許してはいけません。

この問題を見て行くのに、まず最初に、大量破壊兵器に関する本当の話の特別な章をここで共有することで、始めたいと思います。これらの兵器がどう私の国を破壊し、私の国の多くの人々の人生を破滅させたか、です。

太平洋大戦争のすぐ後に、マーシャル諸島共和国の北部の3つの環礁が、合衆国により原子爆弾と水爆の開発と実験に使用されてきました。 その環礁とはクワジャリン、エニウェトク、ビキニです。クワジャリンは、67個の核爆弾の爆発・実験場とされた、エニウェトク、ビキニ環礁への足場として使用されました。 これらの爆弾はマーシャルの人々に測り知れない苦しみを引き起こしましたが、人々は勇敢にも我慢していました。 1つは、皆さんの多くが知っている、「ブラボー」と呼ばれるものです。 この爆弾は、この国ではこの県、静岡に特に明確な関わりがあります。

有名な日本のマグロ漁船、第5福龍丸が爆弾が起爆されたビキニ環礁の近くへ、漁に行くのに出港したのが焼津で、残念ながら、乗組員と「第5福龍丸」は放射性降下物を受けたのです。

ビキニとエニウェトク環礁の両方のサンゴ礁の生態系を含む破壊と、大規模な陸と海域の放射能汚染、67個の核爆弾の結果を引き起こしたのは、戦争に関する政策なのです。 これらの核兵器の爆発は、ビキニとエニウェトク環礁の人々のためのすべてを永遠に変えました。 かつての健全で実り多い環境は農業に役に立たなくなり、人間の居住地として危険なものになりました。 核汚染は、早期の死亡と多数の医学上の例外事態を引き起こしました、最も特有なのは多くの流産です。 これらの爆弾の規模と破壊力を示すには、島の全体が蒸発したことを想像してみてください。

ある区域では、すべてが吹きとばされて、灰になりました、深さ約73メーター、半径9,656メーターにおよぶ「青い穴」と呼ばれるものを残して。

荒廃と環境破壊、放射性降下物にさらされた人々の健康状態、陸地と地下水の汚染による人々の経済的損失は、測かりえない犠牲でした。 貧しく情報の無いない人々には、核爆弾が何であったかについての考えが全くありませんでした。 彼らの犠牲が「世界の平和のため」のもので、この爆弾がすべての将来の戦争に対する「抑止力」であると言われただけです。 今日、皆さんと話しているときでも、ビキニ環礁の人々は、まだ彼らの故郷の島に戻っていません、エニウェトク環礁では彼らの共同体が40年以上前に移動したの影響で、100人以下しか戻れていません。

もし、爆弾によって、マーシャルの人々は安心を感じたか? と尋ねられるなら、私の答えはNo.です。 マーシャルの人々は爆弾を恐れています。 彼らの多くが病気になり、癌の患者や犠牲者として、また放射能汚染で起こされた、高度な症状で死んでいるのです。 また、この同じ質問をここで私たちそれぞれにすることもできます:

爆弾は、あなたを安全にしましたか? この質問への私の誠実な答えはこれです:

戦争に関する政策が完全に論駁され、気が狂った人や貪欲な組織がこの悪の爆弾を作る事が無いと、心から確かに知っているときだけ、安全と感じることができるでしょう。

自然な暮らしが、戦争に関する政策に対して妥協した、マーシャルの2番目のグループはクワジャリン環礁の人々です。 ビキニとエニウェトク環礁の同国人からの唯一異なったケースです。 彼らの状況は沖縄の人々のものと似ています、米国との2つの協定、地位協定、一般的にSOFAと呼ばれるもので、彼らが米軍のホストであるということ、 そして、2番目の協定、MUORAと呼ばれる軍事作戦使用協定があるという意味で似ています。 しかしながら、沖縄とクワジャリンとの状況の比較は非常に異なっています、人間の生活のための標準/容認できる条件に関して悲劇的に違います。

沖縄では、コミュニティが陸と海から豊富な自然の食物を手に入れる手段を持っています。 彼らの農地から自然の食物を手にして、また釣りをすることもできます、ところが、クワジャリンでマーシャルの人々のコミュニティには自然由来の食べ物をてにすることが制限されています。 ICBM(ミサイル)のクワジャリンへの、またそこからの発射テストのためその領域が閉鎖されているからです。

マーシャルのこのグループへの米軍からの影響はおよそ明確に否定的なものです。 新しい場所へのクワジャリンの人々の適合状態、「都市のような」彼らの住居は「ゲットーのよう」に混みあっている生活水準で、国の他のマーシャルの人々の共同体と比較してうまく行っていません。 輸入食品に全面的に依存するこの状況は、直接、貧しい食生活からの病気につながり、病弱と、寿命を短くすることにに貢献しています。 クワジャリンの人々の生活の質に関して顕われているもので最も驚くべきは、新しい挑戦に対する気力の著しい低下と、自分たちで改良しょうとする意志の明らかな弱体化です。

これが私の国での戦争政策の影響です。 私は、現在、この世界で間違っていると思うことについて私の考えと、どうするべきであるかを皆さんと共有したいのです。

(1) まず最初に、偽善と公式の嘘があります。 戦争と平和の選択とは、片手で戦争に関する政策を書いて、宣伝するか、平和に関して良い言葉を広げ、世界の平和の原因を支持するか、との同じ選択です。

隠れるような、どんな灰色の中間領域もありません。 偽善と公式の偽りは、高い地位の人々の間で、戦争を「公正」であるとか「正当化できる」という概念を正当化しても、支持することはできません。

心でこの考えとそのプロパガンダを信じ、受け入れる状態は狂気と貪欲に基づいています。 しかしながら、これは人間の状態です、つまり、それを修復することができます。他の人間を殺し、また殺害を受け身で許容しない、平和につての政策の新しい対応策でそれを回復することができます。

しかしながら、この対応策は、市民が知識を持ち、新手の平和への脅威に敏感であることを必要とします。 分別がある応答を市民が要求するべき質問は:  母親がその息子か娘を送って、だれか別の女性の息子か娘の兵士を殺して、罪深く感じずに、後悔しないことは、どのように可能でしょうか?

戦争がの次世代に続くのであれば、自分達に尋ねましょう、母親の第一の目的とは:兵士の息子か娘を産み、戦争政策を永続させるということなのでしょうか?

同じ流れでは、今日、教会から教育される、道徳的存在に尋ねましょう: 殺人者である軍人に祈り、個人的/国家的な「人間の敵」に対する勝利のために創造者に懇願するのは、戦争政策での伝統なのですか?

川を挟んで対面する2つの軍隊間で、だれが、救われて、保護されて、神の仲裁による勝利が支持されるべきなのでしょうか?

戦争を「認可する」ための上院の法案が議会で承認され、「自衛のための先制攻撃」を始める司令官の指示が出されるとき、分別ある男性か女性は、政府から戦争政策が正統の政策であれば上院議員の選挙で票決したのを要求するべきではありませんか? 各市民は平和に関する政策の根本的な問いを思い出すべきです: 他の人間を殺すのは、人間の本当の目的ですか?  対話と理性にではなく、殺す選択をする人間の良心はどこにありますか?

(2) 臆病か度胸のなさは人間の状態として平和運動を促進する仕事の別の挑戦です。 平和の命令は一見、表面的には威嚇的です。 しかしそれは私たちがそのように、単に安易な解決法を選ぶからです。

平和を守るため警戒の義務でつまずくとき、私たちは、あらゆる口実を使います、奇妙な習慣やマナーのため、宗教の違いを(これは神の違いではないのですが)便利につかい「変わった人」へ責任をかぶせます!  記録では、戦争するかまたは殺人兵器を準備する単一の、最も信じられない繰り返し─同じ間違いに同じ対価が払われています、私たちの最近の人間発達、私たちの精神的発達を主張する生活状態、私たちが「神を見つけた」とし、人生の本当の意味と目的にたどり着いたとすることに直面して、兵器の使用に同意することで見られる臆病と全く同じ誤りを示しているのです;─まるで、それがただの予防的な安全対策であるとして、実際は、自信喪失の本能的な反応であって、まさにその瞬間に戦争商人に屈するのです。

これ以上、戦争への挑発が人々をひどく怖がらせることを容認するのをやめましょう。 3つの戦争挑発の力への私たちの対抗策は、臆病と自信喪失が私たちのオプションではないという親切な助言をともなう叱責にあります。生存のための選択は爆弾によっては保証されないからです。 むしろ生存は、多様性と複数性に生きることを選択することで保証されます。

(3) 戦争政策。 これは問題の核心です。 戦争はある意味で産業化されていて、戦争自体「科学」、殺害のための科学なのです。 常備軍がある先進国の国家予算は、現在、軍事予算の増加を示しています。

戦争政策のために取っておかれるこれらの多量なお金こそ、市民によって質問されるべきです。

平和に賛成するのなら、あなたの上院議員、首相、他の国会議員に会い、この質問を彼らにする義務と責任があります: 「どうやってこのニヒリズムと、死と、浪費の政策を止めますか?」 この政策は、1914年から1918年の数年と、再び1939から1945の数年間に、とても多くの人間の命を奪い、とても多くのすばらしいものを破壊し、さらに続く冷戦の時代には、最近起きた数回の大量殺戮の戦争、東ヨーロッパと東アジアで宗教宗派戦争、さらに進行中のイラクとアフガニスタンの狂気の戦争と、核実験によって、ロシアでの広大な領域、オーストラリア、合衆国、フランス・ポリネシアと私の国であるマーシャル諸島共和国の北部の放射能汚染を生んだものと同じ政策です;

友人の皆さん、戦争は非常に徹底的に分析されたので、しろうとさえ、それを理解し、全くどんな人でも利益にならないと信じています。 それに関して多くのことが、書かれ、言われています。 どうそれを防ぐかの無限のアカデミックなセミナー、政治会談、多数の条約が現存しています-─-戦争の本当の費用に関して徹底的に示される強い不安。 これらの記録された熟考のすべてが、あらゆる戦争と、戦争を支持するあらゆる行為からの人間の苦悩の分析に基づく1つの非常に重要な結論を明確に示します。 結論は、非常に明確で、直接的です:

戦争は、悪を引き起こし、永続させます。 戦争政策が問題であるということには疑問が全くありません。 平和の政策に置き替えなければなりません。

平和に関する政策には、核拡散防止条約が反映されます、そして、逆もまた同様です。 この重要な文書についての意見を皆さんと共有したいと思います。 私はNPTを支持します。

しかしながら、これがなければ、私たち自身の選択で、自信喪失の中に他の条件がつけられる、制限された条約ですが、NPTは今までのところ、大規模な量の核兵器を備蓄した保有国を、それらを使用する事から抑制する協力のための不可欠の枠組みです。

特に大量破壊兵器を保有する政府が条約を尊重しなければなりません。 私たちは皆、これらの政府がだれであるかを知っています。 祈り、希望しましょう、それにもかかわらず、現在、それほど遠くは無い過去に、規範であった主要な議論の古い概念に欠陥があるにもかかわらず、情報と知覚、危険な主張と、東西、そして、北と南のイデオロギーの時代遅れのプロパガンダで、眼を開いた人々を分裂させることは許されません。 人類はこの古いスタイルの政治ステージのを通過しました、「許容が権利を作る」政治です。 私たちはそこにいましたが、幸い神の恵みで、そこから生きて脱出できました。 私たちは、今、前へ動き、進歩して、再び戦争を支持する詐欺的な同盟の協力者に捕らえられてはいけません。

しかし、祈りと望みは、私たちの挑戦に十分ではありません。 私たちの一人一人が活動する事が求められます。 私たちの一人一人が現在、核拡散防止条約への支持が、私たちの足下で始まるのが確実になるよう求められます。 私たちは食卓で、居間で、家族の車の中で、家族が集まるあらゆる機会に、子供たちを教育しなければなりません。

平和と人間の安全保障の問題の現在の討論は、最近の世界的な紛争につながっています、イラクとアフガニスタンの現在の戦争に、貪欲と思いやりの欠如によって引き起こされた憎しみと他のすべての紛争地域につながっています。 皮肉なことに、この根と背景から、出発して国際的理解と世界の平和を促進していかざるを得ないのです。 私たちは誓って、決して失敗してはいけません。 これは私たち自身の討論です、そして、私たちは世界のあらゆる地域にそれを持って来なければいけないのです。

すべての核兵器を廃絶することは道徳的な大義です。 これは平和と人間の安全保障のための究極の目標です。 これは私がNPTを支持する理由です。 NPTを支持するための定義をさせてください。 戦争に関する政策に対する対抗政策として、私たちが戦争ではなく、平和を「行う」よう提案します、私たちの教育、経済学、科学に道徳的に強くあることによって。 強いというのは、私たちの子供と私たちの共同体がまず第一にあること、地域的、地方的、国際的なレベルでの本物の相互作用、交換、協力の岩盤と基礎である教育の新しい優れた基準をともなうことを意味します。

この提案は、世界平和と人間の安全保障の樹立と全く同じ岩盤と基礎です。 この基礎の上では、将来の経済学が、科学研究と開発もそうであるように、道義によって動かされると信じています。 また、私は、新しい「世界秩序」を促進するのが同時に日本によっても擁護されるべきであると信じています。 しかし、この新しい「世界秩序」は、軍事目的と議題を持ってはいけません。 日本が、新しい時代の到来を告げる人間の安全保障の本当の意味が実現される最も良い状態を提供できると信じていて、女性の権利と威厳は尊重され、求人市場やありとあらゆる職業で、促進されるものとします、男性の権利と、異なりません。

個人的に、私が達した結論では、狂気が戦争政策を生み出すのですが、今まで国民の詮索から長い間うまく隠されていて、残念ながら多くの国際平和組織がこの精神的な状態の「兆候」を捕らえるための統一した協力した努力をすることができなかった、結果、戦争が勃発して、多くの罪もない人々と世界中の国が苦しんだのです。

人間の苦悩を終わらせるのを助けましょう。 戦争政策、無限の人間の無知である政策を止めましょう。 根本的原因に焦点を合わせましょう。 しばしば軍事同盟に加わることになる隣国に兵器を販売したり、軍備することの代わりに、「軍備しよう」という国に殺人の兵器を供給するのではなく、理性と常識とをその使い方のノウハウと「パッケージした」ものを供給しましょう。

しかしながら、この国で平和に関して開かれた自由な議論で、口先だけの平和の偽善に立ち向かい、止めることによって、この課題にとりくみ始めましょう。 人々の正しい精神教育システムで「軍備」だという人々の概念を進歩させましょう。 内政を調べて、悪い政策によって不利益を被っている、または取り残された人のためには、人生の「ジャンプ・スタート」であるという考えを示しましょう。 国の中の余剰な富を、行動を妨げるものではなく機会であるとみなす裕福な家庭と組織にオープンに尋ねませんか? 彼らに課された悪い政策を疑わない犠牲者である家族に「セカンドチャンス」の機会を作成する目的のために、国中の知恵を招待して、とりくむことによって、内政を再評価しませんか? ホームレス状況を禁止する法律を制定しませんか? 失業状態を禁止する法律を制定しませんか?

質問を通して人間の苦悩状態からの解決策を提案するために質問をするのです。 これらの質問は解決できず、平和と人間の安全保障の意味とも切り離すことができません。 私は、人間の安全保障のための要件を満たすものと結びついた状態で、国自体によって作成された平和が必要であり、それは歴史や特権や民族性でなく必ず同情によって誘導される内政の結果であると信じています。

友人のみなさん、私が提示したこれらの提案が貧困、不平等、さらに、いわゆる「好意としての」他の人や国からの支払いへの依存、を根絶すると確信しています。 より重要なことは、私はこれらの提案が無知と貧困の状態を排除して、捕らえ、平和のための本当の確かな政策の、そして、具体的な利益を明らかにすると信じています。

ご拝聴、どうもありがとうございました。

Posted by kano at 12:36

2010年01月28日

全国被爆二世団体連絡協議会が厚労省交渉行う

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flickrサイト厚生労働省と交渉

全国被爆二世団体連絡協議会は1月26日、厚生労働省と、原爆被爆二世への援護対策についての交渉を行いました。

冒頭、崎山昇副会長が原爆被爆二世の援護を求める要請書と「原爆被爆二世の援護を求める署名」の追加集約分約8000筆を、厚生労働省原子爆弾被爆者援護対策室の和田室長に手渡した後、要請事項について交渉しました。

参加者からは、被爆二世が平均年齢63歳とすでに「がん年齢」に達しており被爆二世健康診断でのがん検診実施実現が喫緊の課題であること、「被爆には遺伝的影響はない」とする科学的知見がない以上国として責任ある援護対策を行うべきであることなどが次々と訴えられました。

しかし厚労省側は、がん検診などについて問題意識は共有しているとしながらも、遺伝的影響を示す科学的知見がないなかでは予算獲得は難しいという従来の回答を繰り返すに留まりました。

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flickrサイト署名を手渡す

こうした対応に、「原爆被爆二世の援護を求める署名」が約37万筆に達し、被爆二世への援護実施は国民的な要望であって、厚労省は単に予算の必要性を示すことが難しいと言うだけではなく、被爆二世と協力しながら予算獲得に向けて努力をしていくべきではないかとの声も上がりました。

最後に、今後も被爆二世の課題について協議を深めていくことを確認しました。




2010年1月26日

厚生労働大臣 長 妻  昭 様

全国被爆二世団体連絡協議会

会 長   山 崎 幸 治

「原爆被爆二世の援護を求める」要請書

1945年8月6日、9日広島と長崎に投下された原子爆弾は20万人以上の人々を殺傷したばかりか、生き残った被爆者にも放射線による後遺症という苦しみを背負わすことになりました。しかも、原爆の恐怖は、被爆者のみにとどまらず、それらの被爆者を父や母・祖父母として生まれた「被爆二世・三世」の問題として引き継がれてきました。

 原爆被爆二世は、今、全国に30万人とも、50万人とも存在するといわれています。被爆者と同じような苦しみ、悩みはそのまま次世代へと引き継がれてきています。

 これまで、政府・厚生労働省は被爆二世・三世の「健康実態調査」を拒み、対策をおろそかにしてきました。被爆二世に対する国の施策も、わずかに年1度の健康診断が実施されているにすぎません。

 わたしたちは、原爆被爆二世の援護をすすめるために、以下のことを求めます。

  1. 「被爆者援護法」を国家補償と被爆二世への適用を明記した「被爆者援護法」に改正すること。
    1. 被爆二世健康診断に、がん検診を加え充実させること。
    2. 検診の結果に応じた医療措置を行うこと。
    3. 被爆二世の実態調査を行い、被爆二世へ「被爆二世健康手帳」を発行すること。
  2. 放射線影響研究所の「被爆二世健康影響調査」について国として責任ある対応を行い、被爆二世の援護対策に生かすこと。
  3. 外国人被爆二世等の在外被爆二世に対する「被爆二世検診」については、居住国の医療機関で受診できるような措置を講じること。
  4. 在外被爆者に被爆者援護法を適用し、被爆者の平等な援護を行うこと。
Posted by kano at 11:17

2009年09月24日

臨界事故10周年集会開かれる

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flickrサイト臨界事故10周年集会

9月19日、茨城県東海村・文化センターで「問い続けよう!JCO臨界事故」・東海村臨界事故10周年集会が開かれ、茨城県内をはじめ全国から約400人が集まりました。

集会は、当時事故の報道に関わった七沢潔さん、健康被害訴訟原告の大泉昭一さん、東海村村議で脱原発とうかい塾の相沢一正さん、原子力資料情報室の伴英幸さんによるシンポジウムを中心に行われました。

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flickrサイトJCO臨界事故模型

七沢さんから、映像を交えながら、東海村JCO臨界事故とは何だったのか、その本質についてお話がありました。事故以降相次いだ、雪印や不二家、三菱自動車、JR福知山線事故など企業の「安全」崩壊現象の走りであったこと、グローバルな競争時代の経済効率第一主義が「安全」を切り崩してきたことを指摘されました。

大泉さんは、事故の影響でご夫妻ともに体調を崩していることを切々と訴えられました。

相沢さんは、臨界事故以降の村民の意識や風評被害、JCO健康被害裁判などこの10年間の変化について、報告されました。

伴さんは、臨界事故の原因に安全余裕の切り詰めがあったと指摘されました。その後も「維持基準の導入」「定期検査間隔を24ヶ月へ延長」を行うなど、推進側が事故の教訓を活かしていないことを訴えました。

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flickrサイト村内をデモ行進

2名の労働者の犠牲と多数の住民の被曝を引き起こした臨界事故の実態を明らかにし、その重大性を改めて認識させるものとなりました。

その後、JCO事故の教訓を活かし、危険な原子力から放射能の出ないエネルギーへの転換を推進することを求めるアピールを採択し、村内をデモ行進しました。

Posted by kano at 11:32

2009年07月07日

被爆者援護法の充実・強化に関する要請

7.3厚労省要請

flickrサイト被爆者援護法の充実・強化に関する要請

7月3日、原水禁、連合、核禁会議の3団体は、厚生労働省を訪ね、集団認定訴訟が本年5月28日の東京高裁判決まで、地裁・高裁合わせて国側の18連敗となっている現状を踏まえ、被爆者の高齢化もあり、早期の集団訴訟の全面解決と、被爆二世の検診問題の解決など、未だ被爆者が救済されていない現状を訴え、国としての援護施策のさらなる充実を要請しました。(要請書pdfファイル)

さらに、原爆症認定制度の抜本見直しや被爆二世健診へのガン検診、被爆体験者対策などを要請しました。要請に対する厚生労働省側の回答は、下記の通りです。

  1. 原爆症認定については、集団訴訟とされているが、個々の判定内容には違いがあり、個別の取り扱いとなる。6月22日開催された、「原爆被爆者医療分科会」の議論の結果、一定の条件で認められる「積極認定」の対象疾病に、これまでの5疾病(がん、白血病、白内障、副甲状腺機能亢進症、心筋梗塞)に加え新たに、慢性肝炎と肝硬変、甲状腺機能低下症が追加された。原爆症審査体制の拡充については、事務局が主査を配置する他、都道府県窓口での書類整備を要請している。
  2. 在外被爆者については、改正被爆者援護法が昨年12月施行され、在外公館での申請・交付がスタートし順調に進められている。医療費支給の上限額については、必要に応じて見直していく。また、被爆者手帳が交付されることで、実態把握が進むことと思う。
  3. 被爆二世健診にガン検診を加えることは、被爆二世健康影響調査からもガン発生への知見がなく、特定の疾病に着目して行うことは難しい。また「放射能影響研究所」については、存続することが決まった。
  4. 「長崎被爆体験者支援事業」における医療受給者の長崎県内での居住条件については、変わっていない。郡部などの地域については、放射線の影響がなく、援護法と同様の扱いをすることは難しい。

私たちの要請に対して、厚生労働省側の態度は、上記の通り頑ななものです。引き続き要求実現をめざして、今後も3団体は連携し、厚生労働省に対して取り組みを強化していきます。

Posted by kano at 18:19

2009年05月29日

原爆症認定訴訟、東京高裁でも勝訴

厚生労働省に向かってシュプレヒコール

flickrサイト厚生労働省に向かってシュプレヒコール(6月2日)

 5月28日、原爆症認定集団訴訟東京第一次訴訟の控訴審判決がありました。東京高裁第4民事部・稲田龍樹裁判長は、原告団30人のうち未認定だった原告10名、および認定原告1名の未認定疾病について、1名を除いて却下処分を取り消す判決を言い渡しました。判決では、認定制度は単なる社会保障ではなく、戦争遂行主体であった国としての国家補償的措置であるとし、また放射線起因性の判断基準は全証拠を総合的して判断するものとして、現行の審査方針に欠陥があることを判示しました。この勝訴判決に、原告団、そして雨の中判決を待ち受けていた多くの支援者は喜びに沸きました。

その後記者会見、院内集会、さらに全面解決をめざす全国集会が行われました。原告、そしてこの判決を聴くことなく亡くなられた原告14人の御遺族の方々は口々に喜びを語られました。原告団長である山本英典さんからは、被爆者の証言を信用した「予想外のいい判決」としながらも、いまだに残された未認定・敗訴の原告を含めた全員救済を目指し、全力で闘う決意が明らかにされました。

国側の「18連敗」にあたる本判決を受けて、原爆症対策に関する与党プロジェクトチームからも一括救済の政治決断をするよう勧告が出されています。また、民主党からも厚生労働省に対し、被爆者全員救済の理念に基づき原爆症認定制度の全面的改正を求める申し入れが行われています。政府・厚生労働省は判決を受け止め、一刻も早く全面救済の決断をするべきです。




2009年5月29日

原爆症認定訴訟、東京高裁判決についての3団体アピール

日本労働組合総連合会
原水爆禁止日本国民会議
核兵器禁止平和建設国民会議

  1. 5月28日、東京高等裁判所は、原爆症認定訴訟東京第1次訴訟に関し、未認定原告10名及び認定原告1名の未認定疾病について、1名を除いて却下処分を取り消す勝訴判決をくだしました。集団訴訟では2006年5月の大阪地裁判決以降、地裁、高裁合わせて国側の18連続敗訴となりました。
  2. 今回の判決の中で、被爆者援護法の前文を踏まえて、「単なる社会保障的観点にもとづくものではなく、戦争遂行主体であった国の国家補償的処置として行われるものである。」と判示しました。起因生の判断基準についても、対立する科学的知見がある場合には、学問的な厳密さより、当事者の総合的な状況をもとに判断することを求め、さらに、肝機能障害及び甲状腺機能低下症の放射性起因生を明らかにしました。
  3. これまで政府は、近畿第二次訴訟の大阪高裁判決(同日、国は上告断念を発表)と今回の東京高裁判決の司法判断を踏まえ、政府としての「最終的な判断をする」と明言してきました。
  4. 国は、今回の判決を真摯に受け止め、今次裁判の上告を断念するとともに、他の控訴審での控訴も取り下げ、認定方針の抜本的見直しを直ちに行うべきです。その上で、原爆症認定訴訟の全面解決を早急にはかることを強く求めます。
     連合・原水禁・核禁会議は、原告、関係者のご努力に敬意を表し、被爆者援護施策の強化とともに、世界の核兵器廃絶をめざし、力を合わせて取り組むことを決意しアピールとします。

以上

Posted by kano at 10:21

2009年03月19日

原爆症認定広島第2次集団訴訟判決で初の国家賠償認定

 広島地裁で3月18日、原爆症認定集団訴訟の広島第2次訴訟の判決が言い渡されました。国に対して、注意義務を怠り、3人の原告に対し誤った認定審査の却下を行ったとして、計99万円の支払いを命じるものでした。「厚生労働大臣の行為は違法である」という判断がなされたのです。

 原爆症認定集団訴訟において、国家賠償が認められたのは初めてという画期的な判決となりました。厚生労働大臣は、認定審査会の審査をただ追従して判断するのではなく、問題点をみつけて是正を促すべきであるとして、行政の不作為をはっきりと認定するものになっています。賠償を受ける側は、法的にはすぐにでも仮執行を求めることが可能な立場にあり、今回の司法判断は大変に重いものです。12日の東京高裁判決に続いて、国は15連敗となりました。認定行政の見直しはもう避けられません。

 東京では、衆議院第二議員会館で15時から、広島地裁判決報告集会が開催され、各地の原告団や超党派の国会議員、支援者らが参加、弁護団による判決の報告に耳を傾けました。

2009年3月19日

原爆症認定広島第2次集団訴訟 広島地裁判決に関するアピール

原水爆禁止日本国民会議

  1. 3月18日、広島地方裁判所は、広島・山口在住の被爆者が、原爆症認定を求めた広島第2次訴訟で、原告5人の認定申請却下を取り消す判断を下し、国は「職務上の注意義務を尽くすことなく漫然と認定申請を却下した」として、うち3人に対し、計99万円を支払うよう命じる判決を言い渡しました。これによって国は、一連の集団訴訟において、15連敗を重ねる結果となりました。
  2. 今回の判決が、これまでの判決と流れを異にするのは、初めて国家賠償が認められた点にあります。これまでの司法判断は、原告の訴えを認めながら、国家賠償請求は棄却することによって、国に対し自発的な対応を促すものだったとも解釈できました。しかし、判決の重みを無視し、不当にも控訴、上告を繰り返す国の姿勢に、司法もついに怒りの判断を下したといえるものです。
  3. 厚生労働大臣は、認定審査会の基準をただ追従して判断するのではなく、国が審査にあたる分科会に再検討を促し、自ら資料収集して適正な判断をするべきであったと指摘しています。その指摘に基づき、原告5人への認定申請却下は注意義務違反にあたるとして、厚生労働大臣の行為は違法であるとはっきり認定する判決となっています。
  4. 国は、今回の判決を重く受け止め、控訴は行わないこととともに、一連の訴訟の全面解決と、不十分な「新しい審査基準」を始めとする認定行政の見直しを行うべきです。
    原水爆禁止日本国民会議は、原告や多くの関係者のご努力に敬意を表するとともに、被爆者援護の充実と、核廃絶とともに、再びヒバクシャをつくり出さない世界の実現に取り組むことを決意し、アピールとします。

以上

Posted by kano at 17:17

2009年03月17日

原爆症認定千葉訴訟高裁判決─厚労省前座り込み

勝訴を喜ぶ被爆者と支援者ら

flickrサイト勝訴を喜ぶ被爆者と支援者ら

東京高裁で12日、原爆症認定申請の却下は不当として処分の取消しと損害賠償を求めた千葉県在住4人の「原爆症認定集団千葉訴訟」控訴審判決で、一審判決を支持し国側の控訴を棄却する判決が下されました。

また、これを受けて16日から、国と厚生労働省に上告しないよう求めて、座り込み行動を始めました。厚労省前には、原告団を中心に支援者らが集まり、上告断念と集団訴訟の全面解決を訴え、チラシ配布なども行いました。

集会で判決の報告をする弁護団

flickrサイト集会で判決の報告をする弁護団

今回の控訴審判決は、放射線の影響による肝機能障害について、その影響があるとする一審判決を支持しました。国が昨年4月から適用している「新しい審査基準」についても、認定されていない心臓疾患などの病名も挙げて準じて考えられるとし、基準に不備があることを指摘、高く評価できます。

国側は、原爆症認定集団訴訟で14連敗、この結果を国は真摯に受け止めるべきです。

判決後、衆議院第2議員会館で、報告集会が開催、支援者らが会場の定員を上回って訪れ、国の上告断念と全ての被爆者救済、全面解決を求めました。

座り込み行動は、国に対し、今回の判決を尊重し、解決するよう求めるもので、最後は厚労省へ向かってシュプレヒコールを行いました。11時45分から13時を利用して、土日と祝日を除き27日まで続けられます。

Posted by kano at 13:50

2009年02月20日

労規則35条専門検討会に向けた申し入れ

20日、参議院議員会館で、原水禁や原子力資料情報室などが参加する、「喜友名正さんの労災認定を支援する会」が、多発性骨髄腫と悪性リンパ腫を、放射線被曝労働者の労災対象疾病リストへ明記するよう厚生労働省に求めました。検討事項に加えてほしいとの申し入れに対し、厚生労働省の担当者は、「今後議題に上がり、検討して判断することになる」と述べました。喜友名さん、長尾さんの労災認定を生かした、より良い判断が求められます。

申し入れ書 (pdf)添付資料 (pdf)質問書 (pdf)

11月18日の申し入れ

Posted by kano at 14:10

2009年02月19日

台湾で初の被爆者健康手帳在外申請

王文其さん

flickrサイト王文其さん

2月10日、在外被爆者支援連絡会の平野伸人さんとともに、台湾で初めて日本に被爆者健康手帳の在外申請をされた嘉義市在住の王文其(おうぶんき)さん(90歳)を訪ねました。王さんは、当時、長崎大学医学部に留学し、爆心地から0.7キロの大学病院の産婦人科新患室で被爆されました。

その際右脇腹と手首、右唇に傷を受け、4ヶ月も生死の境をさまよったといいます。受けた傷の治りも遅く、全身、原爆症で苦しめられました。手首の傷が元で、台湾に帰国後、本来の専門の産婦人科の仕事ができず、内科と小児科で開業することになりました。王さんは、18歳から28歳の間、日本に留学し帰国しましたが、帰国後、これまで日本政府から一切の被爆者援護を受けたことがなく、04年12月に日本政府から「被爆確認証」を受け、昨年12月に改正された被爆者援護法の中で、来日しなくても在外公館から被爆者健康手帳の申請が可能になったことを受け、今回の申請となりました。台湾には、現在判っているだけでも、十数人の被爆者の存在が確認されています。しかし、現在いきているかどうかも判っておらず、日本政府もその実態把握に務めようとしていないのが現状です。

台湾と日本の間には現在正式な国交がなく、在外公館が設置されていませんが、代わりに台湾の財団法人交流協会が、台湾の被爆者の申請の窓口となることが改正援護法には明記されました。国交がなくても国の意向で、それに代わる機関が法律で指定されるということは、現在放置されている朝鮮民主主義人民共和国の被爆者に対する援護の可能性を示唆するものです。国交がなくても国の被爆者対策の姿勢如何にかかっているといえます。 

さらに、王さんのように高齢で来日できない被爆者が、「原爆症認定」を受けるのには未だ来日用件が残っていることや手当そのものの上限の問題など、国内と国外で被爆者援護に差別が生じていることは、今後、解決が求められる問題です。「被爆者はどこにいても被爆者」です。国内外で差別なき被爆者援護の実現がいま求められています。

Posted by kano at 17:53

2009年02月18日

在外被爆者議員懇談会

17日、斉藤鉄夫衆議院議員を中心に、超党派で議員懇談会が開催され、韓国、ブラジル、米国から在外被爆者や支援者が参加。出席した厚生労働省の担当者に対し、在外公館でできるようになった被爆者健康手帳の申請と同様に、原爆症認定申請も自国でできるようにすること、認定が遅れたことへの損害賠償訴訟の早期の和解などが求められました。厚労省側は、訴訟は被爆者援護法改正前のものであるとして、早期の和解に難色を示しましたが、不備があるから改正されたのではないのか、との質問には回答できていません。

Posted by kano at 13:56

2009年02月02日

2009全国被爆二世交流会

被爆二世交流会

flickrサイト被爆二世交流会

1月31日から2月1日にかけて長崎市内で、全国被爆二世団体連絡協議会の「2009全国被爆二世交流会」が開催されました。広島、長崎をはじめ九州や山口、神奈川、東京など全国から約70名の被爆二世が参加しました。

交流会初日は、黙祷、「原爆許すまじ」斉唱、全国二世協会長あいさつ、来賓(民主党、長崎手帳友の会、原水禁)の後、兵庫医科大学で遺伝学を教えている振津かつみさんによる「放射線の次世代への影響と被爆二世・三世への援護の必要性」と題しての講演が行われました。

講演の中で振津さんは、「これまでマウスの実験ではガンや先天性異常などの多因子疾患、劣性特定遺伝子の突然変異などについて、放射線起因性(線量効果)が証明されているが、ヒトでは疫学的にも、DNAレベルでも、いまだに「コンセンサス」の得られるデータがない」としながらも「ヒトで証明されていないかいら何ら対策を講じない」という現在の政府の態度は、「被害」の後追いであり、非人道的、非科学的態度であると述べました。さらにそのことは戦争責任を認めず、核利用のために放射線被害を過小評価しようとする政治的立場からくるものであると批判しました。この間、環境問題で提唱されている「リオ宣言」や「ウィングスブレッド生命」などの予防原則の観点から被爆二世問題を考えることの重要性が指摘されました。

続いて長崎県被爆二世の会会長の丸尾郁朗さんから「私たち被爆二世の運動の取り組みと課題」と題して講演。ここでも被爆二世に対して、「疑わしきは救済を」と訴えられ、さらに親からの聴き取り難しさはあるにしても、「被爆の継承」として聴き取りの重要性が話され、その先頭に被爆二世が立つことが訴えられました。

2日目は、被爆二世協の課題についての議論が行われ、まず放影研の「被爆二世健康影響調査」に対する対応について協議しました。被爆二世協としては、「科学的解明を求めつつ、援護の対策を求める」、「二世協として調査に対するチェック機能の役を果たす」などの意見が出されました。

また、今後の運動方針として、被爆者援護法の改正やガン検診追加などが確認されました。特にガン検診では、そこでガンが発見された場合には何らかの援護施策が必要との意見が出されました。

各地報告では、山口県の被爆二世の会からは全国の各都道府県の被爆二世対策のアンケート調査の報告があり、各都道府県でのまちまち対応が明らかになりました。また、広島からは、12月12日の中国新聞の書籍広告での「差別広告」の問題が報告。現在、中国新聞と協議を進めているとのこと。その他長崎や鹿児島からも取り組みが紹介がされました。

最後に、援護法改正にむけて政府や政党などへの働きかけの強化が確認され、2日間に渡る交流会を閉じました。

Posted by kano at 11:27

2009年01月21日

JCO臨界事故「健康被害」控訴審第4回公判

1月20日、東京高等裁判所822号法廷で、JCO臨界事故「健康被害裁判」控訴審第4回公判が行われました。準備書面についての確認が事務的に行われ、裁判長から一方的に口頭弁論の終結と判決の日時は追って知らせるというだけの「幕切れ」に、満員の傍聴席からは呆然とした空気が流れました。

その後、別室で報告会が行われ、控訴人の大泉さんご夫妻から、集まった支援者へ感謝の言葉がありました。弁護士の海渡雄一さんからは「(口頭弁論の終結が言い渡されたが)新しい証拠が出れば、弁論再開申し立てもありえる」との説明でした。

次の公判で、判決が言い渡されます。原告の勝訴を願って、一人でも多くの方々の傍聴をお願いします。

参考

Posted by kano at 18:24

2008年12月26日

韓国の被爆者交流と光州民主化闘争を学ぶ訪韓団

韓国原爆被害者協会本部で支援カンパの贈呈

flickrサイト韓国原爆被害者協会本部で支援カンパの贈呈

12月15日から19日にかけて、原水禁は、川野浩一原水禁副議長ら10名で、在韓被爆者との交流と80・5・18光州民主化闘争の歴史を当事者から学ぶことを中心に訪韓しました。被爆者援護法の改正に伴い、12月15日から施行された在外公館での被爆者健康手帳の申請の第1号として在外被爆者の鄭南壽(チョンナムスン)さんの代理申請も支援しました。その概略を報告します。

1.訪韓団の目的

  1. 韓国の被爆者の実態を知り、今後、日韓での被爆者運動の連携強化をはかる。
  2. 韓国の歴史を知り、日本との関係を考える。
  3. 韓国のNGO・市民団体との連携強化をはかる。

2.訪韓団の行動

12月15日(月)

釜山・金文成さんからの聴き取り

flickrサイト釜山・金文成さんからの聴き取り

釜山国際市場の金文成さんを訪ね、原爆被害の実態を聞きました。彼は、広島の川内町生まれで、小学1年(7才)の時、兄の自転車の後ろに乗っているところで被爆。身体の半分が時に火傷などで被害を受け、特に足が成長しなくなった。釜山に帰国後、皮膚ガンにかかり長崎医大で大腿部の肉を移植した。その後さらに甲状腺ガンにもかかり、2005年に原爆症に認定されました。

その後、韓国原爆被害者協会釜山支部を訪問し、釜山周辺の被爆者、被爆二世と交流と意見交換をおこないました。釜山支部では、現在約630人以上の会員を抱え、平均75才と高齢化しているとのこと。それに伴い生活の中で医療費の占める割合が年々増え、現在の援護法における医療費負担の上限を外して欲しいとのことでした。

12月16日(火)

陜川のチョン・ナムスンさんへの手帳申請を報告

flickrサイト陜川のチョン・ナムスンさんへの手帳申請を報告

現在、陜川(ハプチョン)高麗病院に入院し、寝たきりの鄭南壽さんの被爆者健康手帳の代理申請を支援するために、釜山の日本領事館へ。この手帳申請は、12月17日に予定されていた改正援護法の施行が前倒しになり、前日(15日)に施行され、その制度の申請の第1号となりました。また、鄭南壽さんのほかにも1人、日本領事館への申請が行われていることも判明しました。

申請後、入院中の鄭南壽さんに、手帳申請について報告とお見舞い。手帳申請に立ち会った平野伸人さん(被爆者支援ネット)から、「今日、領事館へ手帳申請をして、手帳が受け取れるから」と彼女に直接報告されました。

また、同じ病院で、鄭南壽さんの隣のベッドで下光珠(ビョン・カンジョ)さん(76才)が入院していました。彼女も広島で被爆し、現在膝下が悪く動けず、手帳取得に現在妹2人が広島に行き、代理申請を行っているところであるという。ここにも来日できない被爆者がいることがわかりました。

陜川原爆被爆者福祉会館を訪問。現在大韓赤十字社が運営の主体なって、被爆者が約80人在所。いまも入所希望者が多く、現在建物を増築中。来春完成とのこと。会館では、朴貞姫館長の案内で被爆者との交流を図りました。

12月17日(水)

旧道庁舎前の民主化闘争参加者

flickrサイト旧道庁舎前の民主化闘争参加者

この日は、1980年5月18日に起こった光州民主化闘争を闘った人々を訪問。現在、民主化闘争で最後に戒厳軍と闘った旧道庁舎(日本の県庁にあたる)が、再開発で取り壊されようとしていることに対して、当時を闘った市民が保存要求を掲げて座り込みを続けています。そのゆかりの地で、当時の様子を語っていただき、道庁舎の中を見学させていただきました。当時この道庁舎には157名が立てこもり、内高校生が10名、大学生が13名だったとのこと。主体は市民が圧倒的多かったとのことです。女性は、高校生2名、女学生(大学生?)4名がいた層です。この民衆闘争で公式には165名が亡くなったことになっていますが、現在でも行方不明のかたもおり、実態はもっと多いようです。旧道庁舎の保存を進める理由は、この建物は、「血と魂が入っている建物」、「後世に闘いの歴史と意味を残す」とのことで、一度、広島や長崎の平和公園や原爆資料館などの歴史を残す地を訪れ、歴史の保存の参考にしたいと語っていました。(09年2月28日~3月6日にかけて代表団4名、来日予定)

その後、その闘争でなくなった方々を慰霊する国立墓地で献花と黙祷を捧げました。墓地に眠る市民の当時の話を聴きました。敷地内にある記念館へ回り韓国における民主化運動の流れを学びました。さらにその後、当時の軍事裁判所や収容所が残されて、国として管理・公開している場所に行き、当時の様子を伺いました。案内していただいた方々からは、戒厳軍の拷問について話され、尋問された人は、帰りは担がれて帰ってきたと、当時の厳しい取り調べの様子が話されました。

12月18日(木)

午前中に、韓国・民主労総の統一局長のキム・ヨンジョンさんと懇談。現在の韓国内の労働組合の現状と課題が話されました。イ・ミョンバク政権による、民主労総への弾圧(現在委員長が逮捕・拘留)など、反民主的な動きを強めていることに対して闘いを進めていることが報告されました。また対北朝鮮問題については、特に核問題のについての意見を交換しました。民主労総の基本的立場は、「核に反対」、「核なき世界に向けた取り組みを強化する」ことだそうです。

午後は、韓国原爆被害者協会本部を訪問。会長の金龍吉(キム・ヨンギル)をはじめ、郭貴勲元会長など20名ほどの方々の歓迎を受けました。会長からは「核兵器廃絶まで頑張ります。原水禁と兄弟にとなって頑張っていきます」との熱いメッセージを受けました。また、韓国の被爆二世のイ・スンドクさんからは、「韓国の被爆二世は、何の利益もない。名乗りを上げる人がいなく。組織化で苦労している」と、二世の置かれている現状が話されました。

夕方、環境運動連合(KFENM)に行き、原発問題を担当しているイ・ミギョンさんから韓国の原発の現状の説明を受けました。現在韓国では、20基の原発が稼働しているが、それを2020年にはさらに13基も増やそうとしている。韓国の推進側は、日本の動きに注目し、再処理にも手を出したいとの意向も見え隠れしているという。だから韓日の連携の重要性を強調されました。

その後、ハンギョレ新聞社へ移動。ハンギョレ新聞のキム・ボングンさんから、現在の韓国社会を取り巻く状況の講演を受けました。その中で、イ・ミョンバク政権の登場は、新しいイメージを持った保守政権の登場で、国民は期待をしたが、南北関係、経済危機、BSE問題を通じて、選択は正しかったのか、国民が悩んでいるのが現状ではないかと提起されました。現政権は、南北関係でも、これまでの和解・協力の太陽政策から南が北を吸収する「吸収型」の政策に移行しつつあるのではないか。共に豊に生きていこうとういう姿勢がないと指摘されました。BSE問題をきっかけに盛り上がったキャンドルデモでは、韓国の市民運動は、新しい地平を切り開いたと云われ、インターネットの活用や全く新しい市民層(例えば料理グループや整形した女性グループなど)の登場など。これまでの「悲壮感、厳粛」といったパターンから「楽しい祭りの文化」になったとのこと。その結果全国で約100万人もの参加が実現しました。しかし9月から10月にかけて運動の疲労感もありだんだん力が弱くなっていったが、一時期、大統領の支持率も7%にまでに落ち込ませたとのこと。また、経済政策も、過去に戻ろうとしており、金持ちに対する減税政策や労働市場の規制強化をはかり非正規職の増加を生みだしていると、現政権を批判しました。

12月19日(金)

午前、DMZ(非武装地帯)を見学。統一展望台から、朝鮮民主主義人民共和国を眺める。

午後、ソウルの日本大使館を訪問し、改正された被爆者援護法の運用の実態を聴取。その中で、在外公館での被爆者手帳取得のための問い合わせがすでに数本入っていることが報告されました。日本に来日できない被爆者がまだまだいることが伺われる報告でした。あらためて、高齢化する被爆者の援護が早急に求められていることがわかりました。

Posted by kano at 12:48

2008年12月25日

長尾さんの原発労災控訴審の判決は3月26日

12月25日、東京高裁812号法廷で、故・長尾光明さんの原発労災裁判控訴審の第2回口頭弁論が開かれました。被控訴人側から、本日(25日)付けで「長尾さんの病名は多発性骨髄腫ではない」という従前の主張を繰り返す内容の準備書面が提出され、口頭で長尾労災訴訟弁護団の鈴木篤弁護団長から反論が行われました。

その後、裁判長より裁判の終結が告げられ結審、判決の言い渡しは、3月26日の14時に決まりました。

参考

Posted by kano at 18:22

2008年12月24日

在外被爆者への援護に係わる要望書を厚生労働省へ提出

12月24日、原水禁は厚生労働省に対し、「在外被爆者への援護に係わる要望書」を提出し、とりわけ、在朝被爆者について関して努力するよう要請しました。

厚生労働省の回答は概ね、以下の通りでした。

  1. すべての在外公館に協力を要請、窓口での書類設置、ホームページへの掲載、関係団体に対し、周知を求めている。
  2. 在外公館から外務省を経由して、当該の各自治体へという手順になっており、厚生労働省としても、法の趣旨に則り、対応するようにしている。
  3. 在朝被爆者についても対象であるが、法の趣旨を踏まえながら引き続き日朝関係に係わる動きについて見守っていきたい。



2008年12月24日

厚生労働大臣 舛添 要一 様

フォーラム平和・人権・環境
原水爆禁止日本国民会議
議長 市川 定夫
事務局長 福山 真劫

在外被爆者への援護に係わる要望書

日々の厚生労働行政に対する真摯な取り組みに心から敬意を表します。

さて、この度12月15日に改正被爆者援護法が施行され、在外被爆者が在外公館を通して被爆者健康手帳の交付申請が可能となりました。これまで、海外にいる被爆者は、来日しない限りは手帳の取得ができず、病弱や寝たきりなどの理由で渡日できない被爆者は、援護の外に置かれていました。今回の法改正で、在外被爆者の援護も一つ前進しましたが、まだまだ国内の被爆者と比べ、在外被爆者の援護の枠に大きな制限が残されています。

高齢化が進む韓国の被爆者にも残された時間は限られています。そのことを踏まえて私たち原水爆禁止日本国民会議は、12月15日〜19日にかけて韓国の被爆者の置かれている現状と課題を見てきました。その中で、あらためて、今回の法改正の情報に接する機会が少ない高齢化した被爆者に対して法の周知が大きな課題となっています。どのように周知されるのかは、被爆者にとっても大きな問題です。さらに、申請から交付に至る過程を円滑に進めることは、「高齢化」する被爆者にとっては切実な願いでもあります。

さらに、国交のない朝鮮民主主義人民共和国の被爆者に対しては、存在を確認している厚生労働省として、今回の法改正がどのように伝えられているのかが心配です。人道的立場からも、また国籍条項が設けられていない法の主旨からも、他の在外被爆者同様に平等に扱われるべきものと考えます。

ついては、原水爆禁止日本国民会議として、改正在外被爆者援護法にかかわり以下に要望いたします。厚生労働省の真摯な対応をお願いいたします。

  1. 在外被爆者へ具体的に、改正被爆者援護法の周知・徹底をはかってください。
  2. 在外公館を通じて申請された被爆者健康手帳の交付をできるだけ速やかに受理し、交付の手続きをはかってください。
  3. 在朝被爆者への周知の徹底と援護施策の具体的展開をはかってください。

以上

Posted by kano at 12:43

2008年11月21日

原爆被爆者対策を厚生労働省へ要請

厚生労働省へ要請.JPG

flickrサイト厚生労働省へ要請

11月19日、原水禁、連合、核禁会議の3団体は、来年度予算編成を前に、厚生労働省に対し、原爆症認定の審査方針の再見直しなど、原爆被爆者に対する施策の充実・強化を求める要請をおこないました。

 3団体を代表して連合の大塚総合組織局長から、国が12連敗している原爆症集団訴訟を受けて、早急に現行の原爆症認定制度を見直しすること、改正被爆者援護法を着実に施行し、在外公館での被爆者手帳の交付を速やかに実現すること、さらに被爆2世に対するガン検診の予算措置や被爆体験者の制度化などを要請しました。

これに対する厚生労働省の回答では、新しい審査方針のもと積極認定作業では、7000件以上の審査待ちの「滞留」があることがあきらかになりました。であるならば、早急にそれに対応する審査体制の確立が求められているはずですが、そのような努力が感じられませんでした。これでは、いま苦しんでいる被爆者をますます苦しめるだけです。

改正被爆者援護法による在外公館での在外被爆者の手帳交付については、施行期限の12月17日に向けて外務省など関係方面との調整段階であるとしながら、11月10日長崎地裁が下した「鄭南壽さんが海外から行った被爆者手帳交付申請の却下処分を取り消すことを命じる」との判決を不服として、長崎県が18日控訴したことに対しては、原告の感情は理解するがあくまでも法理論上控訴したものであると回答しました。すでに「来日要件」は6月の法改正で撤廃され、来月17日より「改正被爆者援護法」が施行されることが明らかなのにもかかわらず、被爆者に対する人道上の配慮もない対応です。被爆から63年、被爆者は高齢化し、在外被爆者の中には健康上来日できない人も多数います。このことを配慮しての今回の法改正であったはずで、特別の配慮があってしかるべきものです。冷たい行政の対応は、在外被爆者をさらにムチ打つ結果となっています。

また、医療費上限額は増額要求したことが明らかになりました。しかし、被爆二世や被爆体験者対策に関しては、ほとんど従来からの施策のままで前進がありませんでした。

厚生労働省の回答は概ね次の通り。

  1. 原爆症認定については、爆心地から概ね3.5km内で被爆した方で認定基準の5疾病(がん、白血病など)については、迅速に審査を行うべく原子爆弾被爆者医療分科会に4つの部会を設け、積極的に認定を行っている。さらに、判決で確定した5疾病以外に関する事例については元裁判官など法律家も分科会に入り、総合的個別審査による認定を行っている。認定数は、これまでに昨年度の約12倍となる1615件を認定したが、審査待ちの申請者が7,000件以上あるので、引き続き審査に鋭意努力していきたいとし、審査体制強化として人員等の増強については考えていない。5疾病以外の疾病を新たに認定基準に加えることについては、医療分科会で事例のヒヤリングを行い議論しているが、結論の期限を決めているわけではない。
    なお、長崎地裁が11月10日、手帳交付に関する在外被爆者の来日要件を国が厳格に適用してきたのは違法として、却下処分の取り消しを命じ、被告の長崎県が昨日控訴したが、原告の感情は理解するがあくまでも法理論上控訴したものである。12月の施行の際にも、控訴の取り下げも考えていない。
  2. 被爆者援護法の改正による在外公館での被爆者手帳の交付に関する施行日期限は12月17日となり、現在、外務省をはじめ医療機関などと細部につき調整中であり、改正法にもとづく政令案についてパブリックコメントを募集しているところでもある。また、改正法の附則にある在外被爆者の医療費の上限については、来年予算要求で現行145,000円を153,000円、入院は現行157,000円を165,000円に、それぞれ8,000円増額要求した。
  3. 被爆二世については、被爆二世健康調査結果から原爆が影響している知見が出ていないため、ガン検診は診査項目には取り入れられていない。ただし、血糖値検査を平成20年度から措置できたので、来年度も予算要求している。
  4. 長崎における「被爆体験者」については、被爆者同様の扱いは難しいが、被爆者精神医療事業として引き続き行っていく。



2008年11月19日

厚生労働大臣
 舛添要一 様

日本労働組総連合会
 会長 髙木 剛
原水爆禁止日本国民会議
 議長 市川定夫
核兵器禁止平和建設国民会議
議長 丸尾直美

被爆者援護施策の充実・強化に関する要請について

 謹啓 貴職におかれては厚生労働行政に邁進されていることと存じます。

 さて、被爆者援護施策に関する原爆症認定に関して、新たな基準に基づき、悪性腫瘍をはじめ甲状腺機能障害など5疾病については、積極認定されていますが、認定基準から外された5疾病以外(肝臓機能障害や脳梗塞の後遺障害など)については、未だに集団認定訴訟で争われており、9月の札幌地裁、10月の千葉地裁では原爆症と判断し、国に対し却下処分の取り消しを命じました。しかし、国は通算して12連敗にも関わらず、高裁での判決が下るまで争う方針としており、追加提訴を考慮すると裁判の長期化は免れず、高齢化する被爆者に対しては厳しいものといえます。

 被爆者救済の援護法の精神に照らして、認定基準については、早急に見直しが必要と考えます。

 さらに、被爆二世に対する健康対策、長崎でのいわゆる「被爆体験者」の援護施策の課題が残されており手厚い対応が求められています。

つきましては、厚生労働省におかれては、被爆者援護施策の充実・強化に向けて、一層の取り組みを促進されたく、下記内容について要請させて頂きます。

  1. 原爆症認定の審査方針の再見直し
      被爆者救済を旨とする被爆者援護法の趣旨の則り、認定訴訟の各高裁 判決、地裁判決を十分に踏まえ、被爆実態に応じた更なる原爆症認定方針の見直しを行い、被爆者を救済すべきである。
    (1)放射線起因性については、それが推認される5疾病以外の疾病についても、これまでの裁判で判断された「被爆の状況から発症の経過、現在の健康状態までを全体的、総合的に把握し、被爆の事実が疾病の発生や進行に影響を与えたことが合理的に認められれば、放射線起因性が立証されたと評価すべきである」ことを積極的に取り入れるべきであること。
    (2)要医療性については、「後遺症」や「転移や再発の可能性」などからも要医療性の概念を広げること。
  2. 在外被爆者への援護法完全適用
      改正被爆者援護法に基づき、(1) 在外公館での被爆者手帳の交付、をはじめ、(2) 在外被爆者が適切に医療の給付を受けられるよう、原爆症の認定申請の在り方について検討を行うとともに、(3) 医療・介護に要する費用の支給のあり方(上限額等)についても検討を行い、それらを来年度予算措置に反映すること。
  3. 被爆二世対策の充実
      被爆二世については、その実態調査とともに、がん検診等を加えるなど健康診断の充実など、十分な対策を講じ、来年度予算措置に反映すること。
  4. 被爆体験者対策の充実
     いわゆる「被爆体験者」については、被爆者と選別されることなく、被爆者同様の援護対策が受けられるよう対策を講じること。

以上

Posted by kano at 18:11

2008年11月01日

長尾さんの原発労災裁判控訴審

鈴木篤さん.JPG

flickrサイト集会で報告をする鈴木篤弁護団長

10月30日11時、東京高裁812号法廷で、故・長尾光明さんの原発労災裁判控訴審の第1回口頭弁論が開かれました。また、夕方18時30分からは、JR水道橋駅近くの全水道会館で、「原発被曝切り捨てを許すな、長尾原発労災裁判控訴! 報告と講演の集い」が開催されました。


長尾裁判

flickrサイト閉廷後、弁護団からの説明を受ける

口頭弁論の中では、争点は病名についてではなく、病気と原発労働との因果関係にあるといったやり取りがありました。被控訴人側からは結審が求められましたが、12月25日の14時に第2回口頭弁論を開くことを申し合わせて閉廷となりました。閉廷後、別室で支援者らに対して弁護団から、今後の見通しについてなどの説明が行われました。


片岡明彦さん.JPG

flickrサイト疫学について講演する片岡明彦さん

集会の会場には48人の支援者らが集まり、長尾労災訴訟弁護団の鈴木篤弁護団長より、同日開かれた控訴審の報告があり、続いて関西労働者安全センターの片岡明彦さんが、「水俣・アスベスト・長尾原発、疫学は市民の科学」と題した講演を行いました。

Posted by kano at 11:00

2008年10月31日

ウラン兵器禁止を求める申し入れ

外務省申し入れ

flickrサイト外務省へ申し入れ

10月30日14時、外務省にウラン兵器禁止を求める国際連合(ICBUW)の申し入れを行いました。軍縮課の森野課長は、第一委員会に提出されている決議案(NAM提案、仮訳は以下を参照)へ、日本政府が賛成票を投じることについて、現在の案であれば支持できるとの見解を示しました。

〈国連第一委員会[軍縮および安全保障関係]への決議案(日本語仮訳)〉

2008年10月17日

原文:英語

第63回セッション

第一委員会

議題項目89(p)

一般的・完全な軍縮:劣化ウランを含む武器・砲弾の使用による影響

インドネシア:決議案

劣化ウランを含む武器・砲弾の使用による影響

国連総会は、

国連憲章に明記された諸目的と諸原則および国際人道法に従い

2007年12月5日の決議62/30を想起し、

武器規制と軍縮に関する交渉を前進させるのに不可欠な手段としての多国間強調主義を促進すべく決意し、

決議62/30に従って事務総長が提出した報告書に反映されている、劣化ウランを含む武器・砲弾の使用による影響に関して、加盟国及び関連国際機関が表明した意見を考慮し、

人類は、環境を保護するため直接的手段をとる必要をより強く認識しているが故に、そうした努力を脅かす事柄に対しては、いかなるものであっても、必要な措置を速やかに講じる必要があると確信し、

劣化ウランを含む武器・砲弾の使用が人体や環境に及ぼす、潜在的に有害な影響を考慮に入れつつ、

  1. 決議62/30に従って事務総長に見解を提出した加盟国、及び国際機関に対する感謝を表明し、
  2. 加盟国と国際機関に対し、とりわけまだ未提出の国には、劣化ウランを含む武器・砲弾の使用による影響に関する見解を事務総長に伝えるよう求め、
  3. 事務総長が、関連国際機関に対し、劣化ウランを含む武器・砲弾の使用が人体や環境に及ぼす影響に関する研究と調査を、適切な形で、更新し完成することを求めるよう要請し、
  4. 加盟国、とりわけ影響を受けた国々に、必要に応じて、上記第3パラグラフで言及されている研究と調査を促進するよう奨励し、
  5. 事務総長に対し、加盟国と関連国際機関が提供する情報を反映し、上記第2、3パラグラフに従って提出されたものも含めて、本件に関する新たな報告書を、第65回総会において提出することを要請し、
  6. 第65回国連総会の暫定的議題に、「劣化ウランを含む武器・砲弾の使用の影響」と題された項目を含めることを決議する。

*「非同盟運動諸国」のメンバーである国連加盟国を代表して。

(但し、下線は、昨年の決議と比較して、追加、変更の合った部分。訳者による。)

[仮訳:振津かつみ/嘉指信雄]

Posted by kano at 10:50

2008年10月16日

原爆症認定訴訟で厚生労働省前座り込み

厚生労働省前座り込み

flickrサイト厚労省へ向けてシュプレヒコール

10月15日、原爆症認定集団訴訟で敗訴を重ねながら、不当な控訴を続ける国に対して、その姿勢を見直すよう求める座り込み行動が行われました。厚生労働省前には、集団訴訟原告団を中心に支援者らも集まり、早期の全面解決を強く訴えました。
また、原水禁は連合、核禁会議と原爆症認定訴訟、千葉・札幌地裁判決に対する3団体アピールを出しました。

14日の千葉地裁では、原告4人に対する却下処分取消しを命じる判決が下され、国は12連敗となったばかりです。この判決では、新基準で積極認定の対象にされていない肝機能障害についても、放射線の影響であると認められました。このことからも、認定基準を大きく見直すべきことは明らかであるし、高齢化する被爆者を苦しめ続ける控訴は断念すべきです。

国は、司法判断を真摯に受け止め、時間との闘いでもある被爆者の思いに応えるよう訴え、最後に厚労省へ向けてシュプレヒコールを行いました。




2008年10月15日

原爆症認定訴訟、千葉・札幌地裁判決に対する3団体アピール

日本労働組総連合会
原水爆禁止日本国民会議
核兵器禁止平和建設国民会議

  1. 10月14日、千葉地方裁判所は原爆症認定訴訟において、千葉県在住の2人に対し、原爆症と認め国の却下処分の取り消しを命じた。なお、新基準で既に認定されている2人に対しては「訴えの利益がない」として、原告の訴えを退けた。これは、9月22日に札幌地裁で出された集団認定訴訟判決に続く勝訴で、全国17地裁で起こされた集団訴訟は高裁敗訴も含め国の12連敗となった。
  2. 今回の千葉地裁で原爆症と判断されたのは、長崎への原爆投下翌日に入市し被爆しC型肝炎をウイルスによる肝硬変のケースと、広島原爆で爆心地から1.7キロ地点で被爆し心筋梗塞や脳梗塞を発症したケース。判決は「具体的な被爆状況や急性症状の有無、態様、程度及び経過、被爆後の行動及び生活状況などを総合的、全体的に考慮した上で経験則に照らして検討すべきである」とし、新基準(5疾病)に加え、肝機能障害や脳梗塞の後遺症も原爆症と判断した。
  3. 厚生労働省は、これまで地裁判決で敗訴しても「高裁判断を仰ぐ必要がある」として一貫して控訴する姿勢を崩しておらず、高裁判決が出された段階で新基準以外の疾病については、総合的判断の参考として原爆症認定を受け入れてきている。しかし、控訴審判決での判断を待てば、裁判の長期化は避けられず、被爆者救済の援護法の精神に反し、高齢化する被爆者を救済することができない。国・厚労省は、今次判決を含め他の控訴審での控訴を取り下げ、認定基準の再改定を直ちに行うべきである。
  4. 連合・原水禁・核禁会議は、原爆症認定訴訟原告、関係者のご努力に敬意を表するとともに、被爆二世、被爆体験者、在外被爆者を含め、被爆者援護施策の強化をめざし、力を合わせて取り組むことを決意しアピールとする。

以上

Posted by kano at 15:24

2008年10月03日

原爆症認定訴訟原告の厚生労働省前座り込み・集会

厚生労働省前座り込み

flickrサイト厚生労働省前座り込み

9月22日の原爆症認定訴訟・札幌地裁判決は原告勝訴となり、国・厚生労働省はこれで原爆症認定裁判で11連敗という結果になりました。司法の流れは、はっきりしています。今年4月に導入された新しい審査基準も不十分で、抜本的改正が求められます。

司法と行政の乖離を埋めることが必要ですが、国・厚生労働省は、地裁で破れても常に控訴し、高齢になる被爆者に対し裁判の長期化させることでますます苦しめています。すでにこの間59人の被爆者が亡くなりました。

集団訴訟の早期全面解決を求める集会

flickrサイト集団訴訟の早期全面解決を求める集会

被団協を中心に、札幌地裁判決の控訴断念を求め、各地で闘われている集団訴訟の早期全面解決、新審査基準の抜本的改定を求めて9月29日から10月3日まで座り込み、10月2日には、参議院議員会館で自民、民主、公明、共産の各議員を交えての集会を開催、原水禁も参加しました。

不当にも、10月3日に厚生労働省は控訴しました。さらに高齢化する被爆者の救済がまた延びました。被爆者に残された時間は限られています。控訴撤回を強く求めます。

Posted by kano at 16:50

2008年10月02日

JCO臨界事故9周年集会開催

JCO臨界事故9周年集会

flickrサイトJCO臨界事故9周年集会

9月28日、茨城県東海村の石神コミュニティセンターで「あれから9年わすれられないJCO事故!-JCO臨界事故9周年集会」が全国から300名の参加で開催されました。

地元を代表して、茨城県平和擁護県民会議会長の川口玉留さんから、「JCO臨界事故から9周年を迎えて、あらためて反原発の思いを新たにしたい」とのあいさつに続いて、福山真劫原水禁事務局長からは「日本を崩壊しかねない原発プルトニウム政策を推進している自公政権を終わらせよう」との提起がなされました。

続いて原子力資料情報室共同代表の西尾漠さんによる「原発は地球温暖化の切り札じゃない!」の講演。原発が二酸化炭素出さないと宣伝されているが、ウラン採掘から廃炉そして長期に渡る管理などの過程で様々な形で二酸化炭素を出しており、さらに放射性廃棄物というやっかいなゴミを出し、人類にとっても大きな脅威であることが訴えられました。

各地の運動報告では、JCO健康被害裁判を支援する会の相沢一正さんより、「10月2日の東京地裁での第3回公判では、傍聴席をたくさんの人で埋めて裁判長に思いを伝えたい」との提起がありました。それを受けて、原告の大泉昭一さんが「9年といえば、赤ん坊が小学生になる長い年月。日本で初めて臨界事故の被害を受けた立場から、絶対風化させたくない。最後まで温かいご支援を」と訴えました。

柏崎刈羽原発を抱える新潟平和運動センターの中村進さんからは、中越沖地震後の最近の東電の動きについて報告がり、特に7号機の再開にむけての動きが進んでいるとの報告がなされました。さらに神奈川平和運動センターの加藤泉さんからは、9月25日に原子力空母ジョージワシントンが、横須賀市民の7割が不安の声を上げている中で強行入港したころが報告され、「空母の火災事故(5月)もJCOの事故も違法な手順で起こった事故だ」と今後も母港化撤回の運動を続けていくとの決意が語られました。

JCO臨界事故を忘れない─デモ

flickrサイトJCO臨界事故を忘れない─デモ

福井県平和環境人権センターの水上賢市さんからは、来年2月に運転再開延期となったもんじゅについて、「東海から福井まで再度核燃料輸送が今年11月ごろにもあり、さらに本格加稼働すれば、年に4.5回輸送が行われ、沿線住民を危険にさらすことになる。12月6日に廃炉に向けた全国集会を行い、多くの人に結集してもらい、思いを持ち帰ってほしい」と提起されました。

東海駅までデモ行進

flickrサイト東海駅までデモ行進

集会アピール採択に続いて、原子力資料情報室の伴英幸さんが閉会あいさつを行い、JR東海駅西口を目指してデモ行進に出発しました



集会アピール

 1999年9月、忘れられないJCO臨界事故。あれから9年が過ぎた。

こんにちの原子力をめぐる状況を見ると、JCO事故後、相次いだ電力会社のデータ改ざんや事故隠しなど、安全をゆるがす問題が発覚し、モラルハザードが露わとなった。今年のG8サミットでは、時の総理が無邪気に「地球温暖化の切り札」として、原子力推進をぶちあげたが、原子力の巨大なエネルギーはまた、巨大な破壊力をともなっていることを忘れてしまったと思われる。現に、柏崎刈羽原発は、地震という自然災害による被害で「原発震災」となることを現実の脅威を目の当たりに示した。

08年の今年、9月25日、アメリカ原子力空母ジョージ・ワシントンが横須賀に入港し、首都の眼前に日本の主権の及ばない危険な区域を出現させた。日米軍事同盟関係が深まり、軍事的、政治的緊密度も、危険も深まった。この空母には、2基の原子炉(熱出力120万Kw)を搭載しており、通常でも低レベルの廃液を放出しているし、万一の事故の際の危険は、神奈川は勿論、関東一円にまで放射能の影響が及ぶのである。

また、日本原燃の六ヶ所再処理工場は試運転中だが、ガラス固化装置のトラブルが相次ぎ、中断している。本工場の試運転もまた再三延期されており、再処理施設の真下に活断層が確認され、これが動けば大変な災害を生じる恐れがあると指摘された。このような状況のもとで運転はすべきではない。これ以上の税金の無駄遣いは止め、このまま停止すべきである。

JCO事故健康被害裁判は、東京高裁で控訴審が戦われているが、被告JCOは、一刻も早く切り捨てたいという態度を露わにして、住民に対する謝罪を認めようともしない。住民に対する支援とJCOへのさらなる糾弾を必要としている。いま、東海村の地域にある日本原電・東海2号炉が老朽化しつつあるにもかかわらず、プルサーマルを実施しようと計画中であるが、これは危険を倍加させるなにものでもない。断じて許してはならない。

このようななか、日本のプルトニウムの保有量が、31トンを超えたと伝えられた。余剰プルトニウムを持つという国際的に孤立した方向にすすんでいるとき、さらに、プルトニウム路線を取り続ける、時代錯誤のような政策は直ちに止めるべきである。

9年後のJCO臨界事故を糾弾し、安全を高め、安心をもたらすために集まった私たちは、各地からの闘いの報告と反原子力の行動課題について議論をし、下記のような確認をおこなった。

  • 原発は地球温暖化の切り札なんかじゃない!
  • 六ヶ所再処理工場はそのまま全ての運転を停止せよ!
  • 地震による災害を防げ!柏崎刈羽原発は運転を再開するな!
  • 原子力空母の横須賀母港化 NO!
  • 「もんじゅ」は運転再開するな!MOX燃料の輸送を止めよ!
  • JCOは臨界事故の非を認め住民に謝罪せよ!
  • JCO事故健康被害裁判・控訴審を勝利しよう!

2008年9月28日
JCO臨界事故9周年集会 参加者一同

Posted by kano at 13:24

2008年09月12日

日韓被爆二世交流会が開催される

日韓被爆二世交流会

flickrサイト日韓被爆二世交流会

9月7日、福岡市内の福岡県教育会館において、日本と韓国の被爆二世を中心に「日韓被爆二世交流会」が開かれ、両国の被爆二世が置かれている現状を報告し、今後の運動の連携を確認し合いました。両国から約70名が参加し、そのうち韓国からは、韓国人被爆者の許万貞さん、金文成さんをはじめ、二世の李太宰さん、李鉱出さんら9人が参加しました。

この日韓被爆二世の交流は、全国被爆二世団体連絡協議会の主催で、1989年から始まり、今年で8回目となりました。原水禁は、毎回この交流集会に協力しています。

交流会では、それぞれの代表あいさつや参加者(韓国側)の紹介の後、韓国の被爆者・金文成さん(広島被爆)の被爆体験が語られました。

金文成さんは、広島で生まれ7才で被爆し、左側に大きな火傷を負い、特に足が曲がってしまいその後の生活に大きな影響が残りました。1945年9月に韓国に戻り、苦労したといいます。特に長男が結婚しようとした時、相手の女性の親から私が原爆被爆者だからと言って破談になったことや、99年ごろから左足が悪化し(ガン)、長崎友愛病院で治療し、原爆症認定を求めたが却下される経験をしてきました。04年には、甲状腺ガンを発症し日本で手術を受け、そのとき初めて原爆症に認定されたとのことです。現在韓国では、認定被爆者はほんの数名といいます。金さんはそのうちの一人です。

日本の被爆二世を代表して、副会長の崎山昇さんが、日本における被爆二世運動の現状と課題と題して報告。崎山さんは、当面、全国被爆二世団連絡協議会として、(1) 被爆二世健康診断にガン検診の追加 (2) 検診結果に応じた医療措置 (3) 被爆二世の実態調査、被爆二世健康手帳の発行を求め、最終的には国家補償と被爆二世・三世への適用を明記した援護法の改正を目指したいと報告しました。

韓国の被爆二世の李太宰さんからは、韓日の被爆二世のこれまでの交流の経過が、映像を使いながら報告されました。李さん自身は、2000年の第2回韓日被爆二世交流会から参加し、今年の原水禁世界大会への参加や昨年の高校生平和大使とともにジュネーブの国連軍縮委員会へも訪問したことが報告されました。

その他、鹿児島の被爆二世の会からは、会員が100名を超し、県への要請や会報の発行をしていることが報告がなされました。

Posted by kano at 11:21

2008年09月01日

舛添厚生労働大臣に在朝被爆者問題で要請

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flickrサイト在朝被爆者問題で厚労相に要請

9月1日、厚生労働省において李実根・在日本朝鮮人被爆者連絡協議会会長と原水爆禁止日本国民会議は、舛添要一・厚生労働大臣を訪ね、在行被爆者被爆者の実情を伝え、いまもって何らの救済も進んでいない現状の改善を求め要請を行いました。

李会長からは、現在、382人の生存が確認されている在朝被爆者は、事実上日本に入国して手帳取得することは難しく、韓国の例にならって一括、政治解決が必要ではないかと投げかけ、病院建設や医療支援を訴えました。また、国としても在朝被爆者の実態把握を行う事を要請しました。

舛添大臣からは、国交の回復がまず必要で、実態調査も国交がないとなかなか難しいが、外務省と検討したいと述べました。特に実態把握の重要性は、十分認識していました。

現在、六ヵ国協議の行方も「テロ国家指定」解除が停滞する中、微妙な時期ですが、高齢化する在朝被爆者の援護は、人道的な面からも急がれるものです。このまま「国交回復」がなければ「何もしない」のでは、在朝被爆者は何も援護を受けぬまま死に絶えてしまいます。将来の日朝関係に大きな禍根を残すことになります。一刻も早い人道的な対応が求められています。「被爆者はどこにいても被爆者」です。

Posted by kano at 16:44

2008年07月16日

新コーナー:「世界のヒバクシャはいま」

世界のヒバクシャ、核兵器と原子力による被爆者・被曝者の権利回復運動についての情報を提供する新コーナー「世界のヒバクシャはいま」に先月から記事掲載が始まっています。現在世界でもほとんど知られていないアルジェリアのヒバクシャ問題の現状を、現場に詳しい人から直接聞ける機会が、来月の原水禁大会で実現。これを機にトップページからリンクして紹介します。

2002年の原水禁大会でフランス核実験被害者国際会議が開かれ、フランス核実験による核被害者が、広島ではじめて一堂に会しました。その会議の議長を務め、また、それを契機にアルジェリアでも被害者が本国で声をあげて、07年2月にアルジェリア政府主催で国際会議の開催に至った時にも参加された、真下俊樹さんの編集・執筆による提供です。

Posted by kano at 17:58

2008年07月08日

JCO臨界事故住民健康被害控訴審

東海村JCO臨界事故は、1999年旧動燃が発注した「常陽」高速増殖炉用の燃料加工中に発生、住宅地にある工場から500m以内の住民への避難勧告、10km以内の住民への屋内退避の呼びかけ、周辺県道、国道の閉鎖など、空前の事態が続きました。9年近くがたち、道一つ隔てたところで作業をしていた大泉さんの被曝による健康被害裁判ではこの2月、原告の訴えを全面的に退ける水戸地裁の判決が出ました。

控訴審の初公判を前に、7月2日総評会館で、「JCO健康被害裁判を勝ち抜こう東京集会」が開催され、支援者を中心に約60名が集まりました。

 集会は、まずはじめに弁護士の海渡雄一さんから、原告の大泉恵子さんの状況について説明がなされ、同じく弁護士の伊東良徳さんからは、これまでヒロシマ・ナガサキの原爆被害に関する多くの原爆症認定裁判で、裁判所は因果関係を認めていながらも、JCO臨界事故については因果関係を否定するといった矛盾した姿勢について訴えました。

その後、リレートークとして、原水禁をはじめ各支援団体や市民グループからの発言が相次ぎました。最後に原告の大泉昭一さんと大泉恵子さんからは、明日から始まる裁判に対して原告の率直な気持ちが表明されました。 

3日には、東京高裁822号法廷でJCO臨界事故健康被害裁判の第1回公判が行われました。裁判では、JCOだけでなく親会社の住友金属鉱山に対しても訴えてています。第1回目の公判では、訴訟理由、準備書面等の確認がなされ、その中でJCO側が、これまで大泉恵子さんのPTSDに対して、これまで3人の専門家が認定しているにもかかわらず放射線起因の精神的被害がないとすることは暴論であることが明らかにされました。また、大泉昭一さんの皮膚症状も悪化している事なども訴えられました。

これに対して被告弁護側は、先の原審(水戸地裁)で十分審議し、原告は反原発派の影響を受けているなどと、本筋と違ったことを言い、この裁判にレッテルを貼ろうとする見苦しいものでした。被害に苦しむ人が現にいるにもかかわらず、頭から否定してくる態度に憤りを覚えるものでした。

 次回の公判日程は9月16日(火)午後3時30分東京高裁822号法廷にて行われます。多くの支援をお願いします。

参考

Posted by kano at 16:10

2008年06月04日

原爆症認定訴訟の早期解決を求め、全国から被爆者・原告が結集

原爆症認定訴訟の早期解決を求め、6月3日、冷たい雨が降る中で、厚生労働省前(日比谷公園)に被爆者が日本被団協を中心に約30名、座り込みを開始しました。座り込みは、5日まで行われます。初日には、与野党の国会議員をはじめ、支援者からの激励がありました。原水禁からも連帯のあいさつをおこないました。

4日午後には、日比谷公園から国会にむけて「にんげんをかえせ・おりづるパレード」が約200人の結集で行われました。国会請願では与野党議員が揃い、原爆症認定訴訟の解決に向けて被爆者と固い握手を交わしました。その後、星陵会館において「原告全員救済を求める総決起集会」が行われ、全国の原告の紹介とともに、訴訟の現状報告、与野党国会議員の激励と、集団訴訟の全面解決への決意が語られました。原告は、上告の断念と集団訴訟の全面解決、審査基準を被爆者の実態に即した改定をすることを求めています。

今後も早期全面解決に向けて全国からのご支援をお願いします。

Posted by kano at 19:55

2008年06月02日

原爆症認定訴訟、高裁控訴審判決について

原爆症認定訴訟の控訴審で、5月28日の仙台高裁判決・勝訴に続き、5月30日には大阪高裁でも全員の不認定処分取り消しを命じた1審判決を支持し、国の控訴を棄却しました。これで集団訴訟関連の裁判は、06年5月の大阪地裁判決以降、全て国側の8連続敗訴となりました。国側の頑なな被爆者への対応に対して、司法の判断が続いています。

今回の大阪高裁の判決では、この4月から実施された新基準が示す5つの疾病以外にも、貧血、白内障などを患う被爆者にも救済の手を差し伸べました。原爆症認定に対しては「被爆の状況から発症の経緯、健康状態までを全体的・総合的に把握し、個別に判定すべきだ」として、新基準の基でも被爆者認定が不十分だとする司法判断が下されたものです。国は真摯にこれを受け止め、上告を断念し、現行の基準の抜本的改正を行うべきものです。

2008年6月2日
日本労働組総連合会
原水爆禁止日本国民会議
核兵器禁止平和建設国民会議

原爆症認定訴訟、仙台・大阪高裁 控訴審判決についての3団体アピール

  1. 5月30日、大阪高等裁判所は、原爆症認定訴訟控訴審において、被爆者9人(内3人死亡)全員の不認定処分取り消しを命じた1審・大阪地裁判決を支持し、国の控訴を棄却した。これは、高裁段階で初の判決だった28日の仙台高裁判決での被爆者全員(2人)勝訴に続くものであり、集団訴訟では2006年5月の大阪地裁判決以降、国の8連続敗訴となった。
  2. 原爆症認定訴訟では、原爆症認定を受ける要件とされている (1)被爆と疾病の関連を判断する「放射線起因性」と、(2)現に治療の必要性を判断する「要医療性」について争われているが、大阪高裁では特に「放射線起因性」を、仙台高裁では「要医療性」がそれぞれ最大の争点となった。
  3. 大阪高裁では、4月から運用開始された新認定基準における放射線起因性が推認される5疾病(がん、白血病、副甲状腺機能亢進症、放射線白内障、放射線に起因する心筋梗塞)から外れた「甲状腺機能低下症」や「脳梗塞後遺症」などを発症した原告5人も原爆症と認定した。
    また、「要医療性」を争った仙台高裁は、胃ガン手術後の「後遺症」や膀胱ガン治療後における「再発の可能性による定期検査」なども、国が認めなかった「要医療性」として認める判決を下した。
  4. 現在、集団認定訴訟は全国6高裁、15地裁で行われている中、国は原告305人の内、3分の1を新基準運用から2ヶ月で原爆症と認めてきたが、控訴審判決は、国の認定基準を緩和しながら一方で、原告に対する厳しく譲らない姿勢を厳しく批判したものとなった。
    国は控訴審判決を真摯に受け止め、今次裁判の上告を断念するとともに、他の控訴審での控訴も取り下げ、認定基準の再改定を直ちに行うべきである。
  5. 連合・原水禁・核禁会議は、原告、関係者のご努力に敬意を表し、被爆者援護施策の強化とともに、世界の核兵器廃絶をめざし、力を合わせて取り組むことを決意しアピールとする。

以上

Posted by kano at 23:24

2008年05月25日

原発被曝訴訟の長尾さんに不当判決

判決後の記者会見

判決後の記者会見

5月23日、福島第一原発で作業中の被曝で多発性骨髄腫を発症し東京電力に損害賠償を求めた、長尾さんの東京地裁判決が出ました。きわめて異例ずくめの政治的とも言える判決です。

地裁は因果関係を認めず請求を棄却しましたが、その論拠が不可解。多発性骨髄腫と診断され、厚労省も2004年1月、労働災害として認定しました。白血病以外では初めてのことです。一方、今回地裁は多発性骨髄腫の診断要件として、複数ある骨病変で形質細胞のクローナルな増加として認められたものが、実際の組織検査をした昨年10月のものだけだったことで、認められないなどとしています。患者の負担を考えて当然の結果しか出ない組織検査の回数を控えたのは医療として当たり前のことでしょう。長尾さんは昨年十二月に、判決を聞くこと無く亡くなられました。

被害者の保護を図るため、故意・過失が無くとも賠償責任を負わせる無過失責任主義を採用した原賠法の趣旨からも、すみやかに損害を賠償するべきもので、今回の判決は到底理解し難い不当判決と言わざるを得ません。

Posted by kano at 18:43

2008年04月26日

朝鮮民主主義人民共和国の被爆者の実情

日本政府は敗戦後60余年が過ぎるまでも在朝被爆者については何の援護措置も取っていません。被害者問題を一日も早く解決しなければならない在朝被爆者問題に関して原水禁は昨年の10月の訪朝をはじめ、取り組みを続けてきましたが、4月25日、在朝被爆者の実情を明らかにする資料として、朝鮮民主主義人民共和国の被爆者の実情について (pdf, 200kb)を記者会見で発表しました。

Posted by kano at 18:59

2008年03月27日

原爆症認定に関する「新しい審査方針」決定に対して

厚生労働省の諮問機関「原子爆弾被爆者医療分科会」は、原爆症認定基準見直しに関して、厚生労働省が3月17日に示した「新しい審査方針」を了承しました。これまでの認定基準の柱であった放射線量と疾病の因果関係を表す「原因確率」が廃止され、認定者も増えると言われていますが、これまでの裁判で認定された被爆者が、新基準によっても切り捨てられる可能性があります。司法の判断にはまだ行政が追いついておらず、被爆者の願いからもかけ離れています。

原水禁・連合・核禁会議の3団体は、厚生労働省や政党、国会議員などへの働きかけを行ってきました。この4月から「新しい審査方針」で運用されますが、その問題点を指摘し、被爆者行政の改善に向けて働きかけていくことを3団体で確認して、アピールを出しました。



2008年3月26日

日本労働組総連合会
原水爆禁止日本国民会議
核兵器禁止平和建設国民会議

原爆症認定に関する「新しい審査方針」決定に対する連合・原水禁・核禁会議3団体アピール

  1. 原爆症認定基準の見直しに関して、厚生労働省の原爆被爆者医療分科会(分科会長・佐々木康人国際医療福祉大放射線医学センター長)は、3月17日、原爆の放射線の影響と病気との因果関係を数値で表す「原因確率」を実質的に廃止した「新しい審査方針」を決定した。4月から適用し新基準に沿って認定の可否を判断することになった。
  2. 新しい基準では、(1) 爆心地から約3.5㎞以内で被爆した、(2) 原爆投下後100時間以内に爆心地から約2㎞以内に立ち入った、(3) 原爆投下後約2週間以内に爆心地から約2㎞以内に約1週間以上滞在したことを前提に、(1) がん、(2) 白血病、(3) 副甲状腺機能亢進症、(4) 放射線白内障、(5) 放射線起因性が認められる心筋梗塞を積極的に認定するとしている。さらに、これらに該当しない場合でも、被爆線量、既往歴、環境因子、生活歴等を総合的に判断し幅広く認定するとしている。
  3. しかし、この「新しい審査方針」は、その前文で「審査に当たっては、被爆者援護法の精神に則り、より被爆者救済の立場に立ち、原因確率を改め、被爆の実態に一層即したものとする」ことを明記したものの、裁判で原爆症と認められた疾病(甲状腺機能低下症や肝機能障害など)が積極的認定の対象とされないなど、6度に亘る司法判断による認定範囲が狭められる結果となりかねず、不十分と言わざるを得ない。
  4. とくに、裁判所が原爆症と認定した被爆者をも排除する可能性がある新基準は、司法の軽視に他ならず、今後、年間認定者数が増加するとしても「切り捨て行政」との批判は避けられず、新基準でも却下されるケースが係争中の訴訟で認定されれば、「二重基準」による混乱が起きることは必至である。
  5. 今後、新しい基準の適用に厳しく注目していくとともに、真に「被爆者救済の立場に立つ」措置を強く求めるものである。

連合・原水禁・核禁会議の平和3団体は、被爆者の実情に併せた認定制度の実現を求めてきたところであり、在外被爆者の援護法の完全適用、被爆二世、被爆体験者に対する課題も含め被爆者援護施策の抜本強化を引き続き求めていく。

以上

Posted by kano at 15:05

2008年03月03日

被災54周年ビキニデー集会

被災54周年ビキニデー

被災54周年ビキニデー

全国から静岡市勤労者総合会館に300人が集まり、原水禁、東海ブロック、静岡県民会議共同で、被災54周年3・1ビキニ・デー全国集会を開催しました。鈴井孝雄 静岡県平和・国民運動センター会長、福山真劫 原水禁事務局長のあいさつにつづき、海渡雄一弁護士が「原発列島を襲う大規模地震−中越沖地震、浜岡、六ヶ所」と題する講演と提起。新潟原水禁の中村進事務局長、青森県反核実行委員会の逢坂重良事務局長、原子力空母横須賀母港化問題で三浦半島地区労の小原慎一事務局長からの報告が行われ、集会参加者で、被災54周年ビキニデー アピール緊急特別決議を採択しました。

特別決議を読み上げる川野副議長

特別決議を読み上げる
川野副議長

3月1日の焼津弘徳院で行われた久保山愛吉さん墓前祭は、静岡市からのバスで向かった集会参加者と地元からの参加含めて50人ほどで行われました。


焼津弘徳院

焼津弘徳院

久保山さん墓前

久保山さん墓前で




被災54周年ビキニデー アピール

2008年02月29日 被災54周年ビキニデー集会参加者一同

 ビキニ被災から54年。私たちは被災した第五福竜丸の母港のあった静岡に集い、あらためて核の被害について認識を新たにし、核廃絶・脱原発について確認しました。

 ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下やビキニでの核実験以降にも核兵器は増え続け、いまでも2万7000発に及ぶ核兵器が米ロをはじめ核大国を中心に存在し、いまだ人類は核の脅威から解放されていません。さらに世界は、米印原子力協力によって核不拡散体制そのものが核保有国の横暴によって崩壊されようとしています。あらためて、2000年のNPT再検討会議で核兵器国が約束した「核兵器廃絶にむけた明確な約束」を具体的に履行させることが必要です。核不拡散と具体的な核軍縮を迫る運動が私たちにも求められています。2010年に開催されるNPT再検討会議に向かって、停滞している核軍縮の動きに拍車をかけることが求められており、国内外でのあらたなる核兵器廃絶にむけた運動を強化していかなければなりません。

 また、核被害の問題にも目を向けなければなりません。ヒロシマ・ナガサキ、ビキニでは多くのヒバクシャが生み出されましたが、さらに世界は核実験や原発事故など様々な核開発の過程によって多くのヒバクシャが生み出されました。チェルノブイリ原発事故、JCO臨界事故など忘れてはなりません。核被害者を二度と再びつくってはならないことは、ビキニで被災し・亡くなった久保山愛吉さんの想いではなかったでしょうか。

 昨年7月に発生した中越沖地震は、柏崎刈羽原発を直撃し、幸い大事故にはいたりませんでしたが、震災と原発災害がかさなる「原発震災」の可能性が現実的なものであることがわかりました。この静岡の浜岡原発は、巨大地震が予想される東海地震の想定震源域の真ん中に建ち、原発震災が心配されています。原子炉の事故や破壊から多くの核被害が生み出されることは、なんとしても避けなければなりません。地震の直撃を受ける可能性の高い原発の運転停止は、命を守るために喫緊の課題です。

 核被害者をつくらないことともに、核被害者への援護も重要な課題です。ヒロシマ・ナガサキの原爆被爆者の原爆症認定問題や在外被爆者問題、被爆二世・三世問題など残された課題の解決は、年々高齢化する被爆者であるからこそ、緊急の課題です。さらに核実験、原発事故などさまざまな核開発過程で生み出された核被害者への援護と連帯は、被爆国の私たちにとっての責務でもあります。核兵器廃絶ともに再びヒバクシャをつくらない決意をあらためて確認しましょう。

 戦後63年が過ぎ、自衛隊の海外派兵、有事法制の制定、教育基本法の改悪、憲法9条の改憲への動きなど、平和と民主主義が危機に瀕していますが、昨年の参議院での与野党逆転など、あらたな動きがでてきました。好戦的な姿勢を転換させていくべきときでもあります。ビキニ被災54周年にあたり、反戦平和をあらためて確認し、具体的な行動をそれぞれの地域・職場からつくりあげていきましょう。




沖縄少女暴行事件、イージス艦による漁船衝突事件に抗議し、住民の生命と安全を守るための特別決議

2008年02月29日 被災54周年ビキニデー集会参加者一同

 2月11日、沖縄本島において、またも米兵による少女暴行事件が発生した。米兵による凶悪事件は、米軍基地のある全ての地域で絶えることがない。特に、全国の米軍基地の75%を抱える沖縄では、米兵の犯罪は日常と育っても過言ではない。いまや米軍基地は、爆音などの騒音被害や米兵による日常的な交通事故や凶悪犯罪と、周辺住民の安全をそして生命と人権を脅かす存在以外の何者でもないといえる。犯罪が起きるたびに繰り返される「綱紀粛正」「再発防止」の声を、私たちは聞き飽きている。繰り返される事件は、米軍組織の体質的な問題ではないのか。沖縄県民の、そして日本国民の多くが「問題の解決は、基地の撤去しかない」と考えている。平和フォーラム・原水禁は、日米地位協定の改正は当然のこととして、米軍基地の「縮小・撤去」を求めてきた。口先だけの「再発防止」では、決して許されない。

 2月19日早朝、イージス艦「あたご」が千葉県新勝浦市漁協所属の漁船「清徳丸」と衝突する事件が発生した。船体を二分された「清徳丸」の乗組員2人は、未だ発見されていない。イージス艦「あたご」の回避義務は明らかであり、船舶がひしめく海域にあって自動操舵であったことは常識では考えられず、「避けるべきは漁船側」との倣慢な姿勢が見て取れる。防衛省は守屋事務次官の汚職事件で国民の信頼を大きく裏切った。信頼の回復が直近の課題ではなかったか。しかし、事件後も、捜査当局である海上保安庁に何ら了解を得ず、「あたご」の航海士をヘリコプターで防衛省に呼び寄せて事情聴取を行うなど、証拠隠滅、捜査妨害ともいえる行為を、防衛大臣の同席のもとで行っていた。言語道断である。また、発表される情報も二転三転し、都合の悪い情報は隠蔽しようとする防衛省・自衛隊の組織的体質が現れている。またも国民の信頼を大きく裏切るこのような行為は決して許されない。

 連続して起きた米軍そして自衛隊による事件は、偶然ではない。日本を守る責務を担うとされる両組織が、実は日本に住む私たちの生命を脅かす存在であるいうことを明確に証明した。少女暴行事件が起きた沖縄は、63年前住民を巻き込んだ戦争を経験した。「軍隊は沖縄県民の命を守らない!」このことは、沖縄の戦火から学んだ事実である。

 平和フォーラム、原水禁は、「武力で平和はつくれない」を基本に、恒久平和の実現を掲げる日本国憲法の理念を追求し、全国の仲間と取り組みを進めてきた。平和を求める真摯な思いを踏みにじり、憲法の理念をないがしろにするこのような事件を、私たちは決して許さない。武力を行使して自らの安全を求めようとする「軍隊」の本質が、このような事件を引き起こしている。このことの本質的な解決は、憲法理念を基本に、シビリアン・コントロールの強化、自衛隊の縮小、米軍基地の縮小・撤去、日米安保条約の平和条約化を実現することにしかない。

 私たちは、平和を希求する世界の仲間とともに、このような事件の再発を許さず、平和で心豊かな社会の実現に向けてさらに取り組みを強化することを確認する。

Posted by kano at 14:10

2008年02月27日

被爆者援護施策の充実・強化を三団体で民主党・社民党に要請

直嶋正行議員に要請

直嶋正行議員に要請

2月26日、民主党政策調査会長の直嶋正行参議院議員と社会民主党平和市民委員会の近藤正道・参議院議員に、原水禁・連合・核禁会議の三団体として「原爆症認定」、「在外被爆者」、「被爆体験者」、「被爆二世」の各課題の施策の充実・強化を求める要請を行いました。

近藤正道参議院議員に要請

近藤正道参議院議員に要請

被爆者援護法の改正や制度の改正などの議論が高まっていることを踏まえ、さらなる施策充実・強化を求めました。要請文は以下の通りです。


2007年2月26日

民主党
 代表 小沢 一郎 様
 政調会長 直嶋 正行 様

日本労働組総連合会
 会長 高木 剛
原水爆禁止日本国民会議
 議長 市川 定夫
核兵器禁止平和建設国民会議
 議長 丸尾 直美

被爆者援護施策の充実・強化に関する要請について

 謹啓 日夜、生活第一の取り組みに邁進されていることに敬意を表します。

 さて、被爆者援護施策につきまして、すでに、国・厚生労働省は6度に亘る認定訴訟敗訴により設置した「原爆症認定制度のあり方に関する検討会」において、昨年12月に最終報告をとりまとめました。しかし、審査の在り方や認定基準の見直しが再度医療分科会に付されることなどから実質的に従前の基準が踏襲される懸念があります。

 また、前臨時国会で廃案となった在外被爆者支援に関する課題が残されており、早急な対応が必要です。

 さらに、長崎でのいわゆる「被爆体験者」の課題や、被爆二世に対する健康実態調査や対策など強化が求められいるところです。

 つきましては、民主党におかれては、ぜひとも今次国会で被爆者援護施策の充実・強化に向けて法案改正も含め、一層の取り組みを促進されたく、下記内容について要請させて頂きます。

  1. 新しい認定基準の創設
     被爆者救済を旨とする被爆者援護法の趣旨の則り、認定訴訟の各地裁判決を十分に踏まえ、被爆実態に応じた新しい認定基準による制度を創設すべきである。
    • (1)一般に放射線起因性が肯定されるがんや白血病等の負傷または疾病で、現に医療を要する状態にある場合は、審査を経ることなく原爆症と認定すること。
    • (2)前項の対象となる負傷または疾病は政令で定めるものとし、医学的知見の進展に伴い随時付加すること。
    • (3)被爆者が政令指定の有無にかかわらず、放射線に起因することを否定できない疾病に罹患し、現に医療を要する状態にある場合には、審査を経て厚生労働省が原爆症と認定すること。
  2. 在外被爆者への援護法完全適用
     在外被爆者については、「被爆者はどこにいても被爆者」との視点から、国内と同様に被爆者援護法の完全適用をはかり、とくに国内に居住地及び現在地を有しない在外被爆者が、被爆者健康手帳の申請手続きを日本国内で行わなければならない「渡日要件」を廃止し、国外の居住地で申請できるようにすること。
  3. 被爆体験者対策の充実
     いわゆる「被爆体験者」については、被爆者と選別されることなく、被爆者同様の援護対策が受けられるよう対策を講じること。
  4. 被爆二世対策の充実
     被爆二世については、その実態調査とともに、がん検診等を加えるなど健康診断の充実など、十分な対策を講じること。

以上




2008年2月26日

社民党
 党首 福島 みずほ 様
 政審会長 阿部 知子 様

日本労働組総連合会
 会長 高木 剛
原水爆禁止日本国民会議
 議長 市川 定夫
核兵器禁止平和建設国民会議
 議長 丸尾 直美

被爆者援護施策の充実・強化に関する要請について

 謹啓 日夜、生活第一の取り組みに邁進されていることに敬意を表します。

 さて、被爆者援護施策につきまして、すでに、国・厚生労働省は6度に亘る認定訴訟敗訴により設置した「原爆症認定制度のあり方に関する検討会」において、昨年12月に最終報告をとりまとめました。しかし、審査の在り方や認定基準の見直しが再度医療分科会に付されることなどから実質的に従前の基準が踏襲される懸念があります。

 また、前臨時国会で廃案となった在外被爆者支援に関する課題が残されており、早急な対応が必要です。

 さらに、長崎でのいわゆる「被爆体験者」の課題や、被爆二世に対する健康実態調査や対策など強化が求められいるところです。

 つきましては、民主党におかれては、ぜひとも今次国会で被爆者援護施策の充実・強化に向けて法案改正も含め、一層の取り組みを促進されたく、下記内容について要請させて頂きます。

  1. 新しい認定基準の創設
     被爆者救済を旨とする被爆者援護法の趣旨の則り、認定訴訟の各地裁判決を十分に踏まえ、被爆実態に応じた新しい認定基準による制度を創設すべきである。
    • (1)一般に放射線起因性が肯定されるがんや白血病等の負傷または疾病で、現に医療を要する状態にある場合は、審査を経ることなく原爆症と認定すること。
    • (2)前項の対象となる負傷または疾病は政令で定めるものとし、医学的知見の進展に伴い随時付加すること。
    • (3)被爆者が政令指定の有無にかかわらず、放射線に起因することを否定できない疾病に罹患し、現に医療を要する状態にある場合には、審査を経て厚生労働省が原爆症と認定すること。
  2. 在外被爆者への援護法完全適用
     在外被爆者については、「被爆者はどこにいても被爆者」との視点から、国内と同様に被爆者援護法の完全適用をはかり、とくに国内に居住地及び現在地を有しない在外被爆者が、被爆者健康手帳の申請手続きを日本国内で行わなければならない「渡日要件」を廃止し、国外の居住地で申請できるようにすること。
  3. 被爆体験者対策の充実
     いわゆる「被爆体験者」については、被爆者と選別されることなく、被爆者同様の援護対策が受けられるよう対策を講じること。
  4. 被爆二世対策の充実
     被爆二世については、その実態調査とともに、がん検診等を加えるなど健康診断の充実など、十分な対策を講じること。

以上

Posted by kano at 13:36

2007年12月18日

厚労省の原爆症認定のあり方検討に対して

厚生労働省の「原爆症認定のあり方に関する検討会」が12月17日に原爆症認定基準の見直しについての報告をまとめ、厚生労働省に提出しました。

内容は、これまでの原因確率論に固執し、被爆者の切り捨てを追認するものとなっており、これに対して、連合・核禁会議とともに原水禁としてアピールを発しました。

2007年12月18日
日本労働組総連合会
原水爆禁止日本国民会議
核兵器禁止平和建設国民会議

厚生労働省「原爆症認定の在り方に関する検討会」報告に対する
連合・原水禁・核禁会議3団体アピール

1.昨17日、原爆症認定基準を議論してきた厚生労働省「原爆症認定のあり方に関する検討会」は、最終的な「報告」をとりまとめた。しかし、その内容は、科学的知見に偏重した現行審査方針を一部手直ししたもので、抜本的な見直しとはならず、真に被爆者救済策としてはほど遠いもので遺憾である。

2.今回の検討会は、そもそも国が集団認定訴訟で審査方法が否定され続けた状況を打開するために設置されたが、現行認定制度での運用を見直しただけの報告ではこれまでの司法判断を軽視するものと言わざるをえない。

3.とくに原爆症認定に「原因確率」を従来通り採用したが、「機械的な判定方法」として被爆者から廃止が求められているものである。今回、原因確率が50%を超えたら原則無審査としたが、これまでも50%超の場合はほぼ認定されてきたものであり、代わり映えはしないとの指摘が強い。また、10%未満も急性症状などを考慮して認定の道を開くとしているが、第三者の証言など厳格な提示を求めるなど、実際には困難な条件をつけることで、被爆者救済に繋がるものではない。

4.これまで、被爆者は「被爆者の疾病から判断」することを求めてきた。今回の報告は、その願いを無視するものであり、被爆者「切り捨て」行政を追認するものである。

5.今後、厚生労働省は、与党プロジェクトの結論を踏まえ新たな認定基準を策定するとしているが、連合・原水禁・核禁会議の平和3団体は、被爆者への国家補償を求めて、民主党など野党と連携し被爆者援護法の抜本的見直しに取り組んでいく。

以上

Posted by kano at 12:02

2007年12月13日

在朝被爆者支援連絡会結成

12月12日、東京において戦後報償の枠からも、被爆者援護法のわくからも放置されている在朝被爆者を支援するための組織が立ち上がりました。この組織は、原水禁国民会議をはじめ、広島原水禁、長崎原水禁、在日朝鮮人被爆者連絡協議会、ピースボートなどが集まり結成されました。

役員体制は以下の通りです。

代表
向井高志(原水禁広島)
副代表
川野浩一(原水禁長崎)
    
李実根(在日朝鮮人被爆者連絡協議会)
事務局長
福山真劫(原水禁国民会議)

今後、反核平和のための朝鮮被爆者協会が進めている在朝被爆者の実態調査の結果を見て、政府・各省庁、政党への働きかけを強化することが確認されました。さらに実態調査の結果を見て、訪朝すること。また、支援団体の拡大が確認されました。

Posted by kano at 16:31

2007年11月15日

イランで核兵器反対を訴える

Letter from Nagasaki

テヘラン市長に長崎市長からの
親書を手渡す

原水禁の川野浩一副議長は、5日からイランを訪問、エブテカール前副大統領が代表のNGOが主催するセミナーで講演、反戦・反核を訴えました。テヘラン市内の高校で話しをしたり、テヘラン市長に長崎市長からの親書を手渡すなどの交流を通じて、核開発計画で揺れるイランで核兵器反対をアピールしました。(報告)

「戦争及び武力紛争の環境にもたらす結果セミナー」は国連総会決議(56/4)で定められた11月6日の「戦争と武力紛争における環境破壊防止のための国際デー」を期して開催されたもので、昨年に続き2回目。環境庁長官でもあるエブテカールさんは、UNEPの地球大賞を受賞しています(2006)。

川野さんは5歳の時に爆心地から約3.1キロの地点で被爆した体験や、放射線ヒバクによる後遺症の実態を説明。セミナー会場での写真展、エブテカールさんや近く開館予定の平和ミュージアムへの資料寄贈の際や、テレビ局のインタビューでもヒバクシャへの関心が高く、写真に注目が集まりました。



イラン訪問の報告
原水禁国民会議 副議長 川野 浩一

2007年11月14日(水)記者会見

11月5日(ドバイ経由でテヘランに少し遅れて午前9時50分着)

「戦争及び武力紛争の環境にもたらす結果第2回セミナー」

主催…平和と環境のためのセンター(代表・エブテカール前副大統領兼環境庁長官)に出席、スピーチ及びレセプション、会場でミニ写真展。他国の出席者(イラン、シリア、スーダン、ベトナム、クロアチア、イラク、オーストラリア、オーストリア、パレスチナ、クエート他)。

  1. 内容…各国から現況及び考え方が提起され、意見交換がなされた。日本からは、川野が被爆体験及び長崎原爆の概要と被害の状況について説明した。ただ、当初の時間(発言)設定が30分の予定(通訳込み)であったが、変更になっていたのか? 20分で司会から時間オーバーを告げられ、イランの核兵器製造反対について十分に訴えることができなかったことは残念であった。
  2. 写真展…テヘラン到着後直ちに、写真展の準備をするため、日本大使館に連絡を取ったが、NGOとの連絡がとれず、また、その後の会場での準備体制も不十分で、当初の計画通りには運ばなかった。しかし、マスコミ対策としては十分な効果はあった。
  3. マスコミ…会場での取材の他、現地のアフターブ報道通信のインタビューは事前に別途小会議室が準備されており、1時間程度に及んだ。

11月6日

日本大使館への表敬訪問、城田安紀夫特命全権大使及び八幡登美雄公使参事官と1時間ほど意見交換。

11月7日

  1. ソブハーン高等学校(私立、生徒数約150人程度)を訪問。プストチー教頭先生(元兵士、イラン・イラク戦争での化学兵器の犠牲者)と意見交換の後、校長先生、15人ほどの生徒を交え懇談。
    最初に川野より被爆体験、長崎原爆の概要及び被害状況を説明。校長先生や生徒からの質問あり。「アフガニスタン、イラクへの攻撃が終了するとアメリカは必ずイランを攻撃してくることは間違いない。そのためには対抗上核兵器の開発は必要だと思うが?」等。
  2. 特別疾病センター(イランの大富豪篤志家の娘さんが運営、他に建設中及び予定の病院が3ヵ所あり、エブテカールさんの支持者)で講演。対象は病院の職員であったが、マスコミの取材多数あり。(入れ替わりもあったが常時30~40人の医療従事者)。後、質問あり。
  3. テヘラン市長表敬訪問(ムハンマド・バクル・カリバフ、有力な次期大統領候補)
     田上市長の親書を手渡し、意見交換。「原子力発電所はつくるが核兵器の製造はしない」との田上市長の発言に対し、私は「市長を信頼しています」と答えた。
  4. 昼食会…市長の出席はなかったが、代理として環境対策の責任者の方が主催され、昼食会が行われた。我々が多人数と思われていたみたいで、このような広い場所で申し訳ないと言われたが、大人数の料理を用意されていたようである。
  5. 平和の記念碑…市庁舎の裏にあるテヘラン市でもっとも古い公園を案内していただいた。当地区の区長さんに次ぐ方が同道された。公園の中央のところに記念碑があったが、日本語のメッセージもあった。そこで若い親子連れにあった。母親はイラン・イラク戦争時の化学兵器の犠牲者で、目に障害があると区の人が話された。わが国で言えば被爆者だ。
  6. 市立平和ミュージアム…公園の裏手に建設中で2~3ヵ月後に完成予定とのこと。館長も両大腿部を切断された車いすの戦争犠牲者である。ここで原爆資料の展示をお願いしたら気持ちよく賛同いただいた。早速、NGOに連絡し、持ち込みの資料の半分を館に提供することの了解をもらった。思わぬところに原爆展示場ができた。退館しようとしたときテーブルの上の写真が目にとまった。母親とおぼしき女性と幼き姉妹3人の写真である。この写真の妹が先ほど記念碑のところであった女性で、母親と姉はまもなく亡くなったという。化学兵器の犠牲者の写真であった。被爆者の悲劇と重なり合う。

11月8日

イラン国営テレビジョンの取材…在イラン日本大使館の金田氏の仲介で私たちのホテルで行われた。国営テレビの話によると国営テレビの役割は2つある。1つは国民に情報を配信すること、もう1つは大統領及び側近に直接政策提言を含め情報を配信することだそうです。「川野さんはIAEAの査察と濃縮ウランの製造について話をされているが(そんな話はした記憶はないが)改めて詳しく伺いたい」から始まり、最後は「大統領、及び側近に提言を」となり、1時間に及ぶ取材を受ける。

IAEA査察…「イランが核兵器はつくらない、平和利用に徹するというなら査察を拒むべきではない。洗いざらい情報を提供し、世界各国の信頼を得るべきである。」

濃縮ウラン…「この問題に関しては必ずしも各国の理解を得られているとは思わない。今どうして濃縮ウランが必要なのか? 将来の問題だとするなら、今急ぐ必要はない。」

国連決議…「確かに国連がアメリカ寄りであることは否定しないが、アメリカと闘うとするなら、日本を含め国際世論を勝ち取らなければ闘えない。制裁を課せられないよう誠意を持って対応すべきだ。」

21時20分テヘラン発ドバイ経由で関西空港へ

振り返って

ビザの発給が遅れ最後までドタバタしましたが、出発したものの、テヘランに着くまでホテルが決まっておらず、また、写真展の準備も同様、セミナーで話し始めると、途中で時間を切られる。初日はどうなることかと思いましたが、大使館の金田さんの「ここはイランです…」で焦らないことにしました。写真(ポスター)は特にマスコミには効果的でした。各国みんな写真の前でインタビューしていました。マスコミの皆さんは日本の被爆者に関心が強く、到るところにテレビカメラが来ていました。テヘラン市長は次期大統領候補と目される人です。彼と談笑できたことに大使館の金田さんは驚いていました。市長の対応は後の昼食会の準備を見ても、いかに我々の訪問を重視していたかがわかります。国営テレビの取材が極めつけでした。大統領に政策の進言とは驚きました。ウラン濃縮とか国連決議などそんなことには、どこでも触れていないつもりでしたが…。情報が一人歩きしたようです。NGO代表のエブテカールさんは前副大統領です。日本からわざわざ来たこともあり、ずいぶん気を遣われ、ご配慮いただきました。

在イラン日本大使館、特に金田さんには本当にお世話になりました。今回のイラン訪問が成功に終わったのは大使館をはじめ、エブテカールさんなど大勢の方々によるご協力の賜物と感謝致します。

Posted by kano at 16:22

2007年10月15日

北朝鮮の被爆者支援で現地調査

被爆者協会との話合い

被爆者協会との話合い・調査
(10月8日・平壌)

10月6日〜10日、原水爆禁止日本国民会議は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)在住の被爆者の実態把握と今後の対応についての協議をするため、向井高志原水禁副議長を団長に9名が訪朝しました。被爆62年を過ぎてもなお日朝関係が不正常な状態の中で、在朝被爆者に対していまだ援護の手が差し伸べられていない現状を少しでも打開しようとするための訪朝でした。

詳しくは...

Posted by kano at 18:00

2007年10月03日

JCO臨界事故8周年集会が開催される

9月30日、茨城県東海村の石神コミュニティーセンターで、原水禁民会議、原子力資料情報室、茨城平和擁護県民会議、反原発茨城共同行動の4団体主催の「JCO臨界事故8周年集会」が開かれ、全国から約400人が集まりました。

1999年9月30日に起こったJCO臨界事故では、作業中に大量の放射線を浴びた3人の労働者のうち2人が壮絶な死を迎え、さらに600人を超す人々が被曝し、30万人もの屋内退避を招いた事故から8年が過ぎて、事故の風化をさせてはいけないと開催したものです。

集会では、元九州大学理学部教授の白鳥紀一さから、「科学にだまされない方法─原子力の現場におけるモラルの崩壊」と題して講演されました。この間電力業界の1万件を超えるデータ改ざん、事故隠しが相次いで発覚し、志賀原発、福島原発ではJCO事故以前に臨界事故が起きていたことも明らかになっています。このような重大な事故が起き、長いあいだ隠されていたことは、JCO事故の教訓がまったく活かされていないことを物語るもので、今の大きな問題であり、原子力の安全について推進側の科学にだまされないことが重要であると訴えられました。

さらに東海村の大泉昭一さんからは、現在、JCOに対して健康被害賠償訴訟を起こしている裁判への決意と、事故を風化させてはいけないことを訴えられました。

今年7月に起きた中越沖地震で、柏崎刈羽原発が重大な被害を受けたことについて、地元・柏崎地区労の斉藤昭浩さんから、映像を交えて原発や周辺の被害の状況を紹介されました。

最後に集会アピールを採択し、雨の降りしきる中を、東海駅まで、「JCO臨界事故を風化させないぞ」、「東海第2のプルサーマル計画を中止しろ」と、村内をデモ行進しました。

Posted by kano at 11:14

2007年09月20日

JCO臨界事故8周年集会

 8年前のJCO臨界事故では、3名の労働者が大量の放射線を浴び、2名が壮絶な死を迎えました。さらに600名を超す人々のヒバク、30万人もの屋内退避を招きました。この臨界事故の記憶を風化させてはなりません。

 9月30日の集会では、現場のモラルハザードに焦点を当てながら、事故の現実と教訓を考えていきます。ぜひ、この8周年の集会に参加をお願いします。

 JCO臨界事故の後も、東電に端を発した02年の事故隠しや関電のMOXデータ改ざん、六ヶ所再処理工場の一連の手抜き工事、美浜原発事故そして昨年10月以降に発覚したデータ改ざん、事故隠しなど原子力をめぐる問題が頻発しています。この事がなんらの教訓となっていないことは、原子力業界の構造的・本質的な問題です。さらに今年7月の中越沖地震では、想定を超える揺れや事故・異常の頻発など、あらためて原子力施設と地震の問題もクローズアップされています。原発震災の危険性を訴え、プルトニウム利用路線の破綻を明らかにし、脱原発の流れをより強固にしていきます。

JCO臨界事故8周年集会

日時: 9月30日(日)13:30~16:15
13:00開場/13:30開会/15:30村内デモ

会場: 東海村・石神コミュニティセンター
茨城県那珂郡東海村石神内宿1609 / TEL. 029-283-2868(地図) * JR東海駅から徒歩25分。車では5分。

主催:  原水爆禁止日本国民会議、茨城平和擁護県民会議、原子力資料情報室、反原子力茨城共同行動

内容:

  1. 講演「科学にだまされない方法~原子力の現場におけるモラルの崩壊」
    講師/白鳥紀一さん(元九州大学理学部教授、「科学・社会・人間」編集者)
  2. JCO事故健康被害裁判の勝利にむけての訴え
    相沢一正さん・支援の会
  3. 柏崎刈羽現地からの報告~原発と中越沖地震について
  4. 集会アピール
  5. 村内デモ(2.4キロ)
    石神コミュニティセンター~村内~東海駅前西口(解散・予定)

資料代: 500円

Posted by kano at 03:34

2007年07月30日

熊本地裁の原爆症認定訴訟判決

熊本地裁で、国の原爆症認定申請の却下処分を取り消す判決が出ました。「国の審査方法には問題の余地がある」とし、原告の病状と被爆の因果関係を認め、19人の却下処分を取り消しました。大阪、広島の判決にはじまり、この熊本地裁判決で6度目、原爆症認定を巡る集団訴訟で国の認定基準が批判されたことになります。

この判決を受け、原水禁・連合・核禁会議の三団体では、共同アピールを出しました。

現在、被爆者健康管理手帳取得者は約26万人。原爆症に認定されれば医療費特別手当が支給されますが、被爆者のうち原爆症と認定されるのは、全体の被爆者の1%にも満たないわずか約2000人となっています。多くの被爆者が、被爆者個々の実態をみない機械的な現行の認定制度の壁に阻まれてきました。

これまでの判決で原告勝訴が続き、国の違法性が明らかであるにもかかわらず、国は先の5つの判決全てに対して控訴し、争う姿勢を示しています。高齢化する被爆者をますます苦しめ、裁判の途中で亡くなる原告が何人もいます。生きているうちに自分の病気が原爆によるものであることを認めて欲しいという願いは、切実なものです。国に控訴をさせず、被爆者援護行政の抜本的見直しを行い、原爆症認定制度の改善を求めていくことが必要となっています。

2007年7月30日

日本労働組総連合会
原水爆禁止日本国民会議
核兵器禁止平和建設国民会議

原爆症認定訴訟、熊本地裁判決についての3団体アピール

 本30日、熊本地方裁判所は、原爆症認定訴訟において、原告21人のうち、ほぼ全員の19人の請求を認め、原爆症不認定処分を取り消す判決を言い渡した。

 熊本地裁判決は、昨年5月の大阪、8月の広島、本年1月の名古屋、3月の仙台・東京の各地裁判決に続く6度目の被爆者勝利の判決であり、いずれも認定基準を機械的に適用する現行認定制度の過ちを厳しく批判したものである。

国・厚生労働省は、原爆症認定を認めた熊本地裁判決をはじめ、これまでの度重なる国側敗訴の判決を厳粛に受け止めなければならない。その上で、被爆者との協議を行い現行の認定制度を抜本的に改め、本訴訟原告をはじめ原爆症認定申請者に対して、原爆症認定を早急に行うことを求める。

 あわせて、国・厚生労働省はこれまでの各地裁判決における控訴を取り下げるとともに、熊本地裁判決に対しても控訴しないことを強く要請します。

 私たち連合・原水禁・核禁会議の3団体は、原告、関係者のご努力に敬意を表し、被爆者援護施策の充実・強化とともに世界の核兵器廃絶と恒久平和の実現をめざし、力を合わせて取り組むことをあらためて決意し、アピールとする。

以上

Posted by kano at 16:59

2007年07月29日

豊崎博光写真展 : 核時代の光景

─世界各地に生みだされるヒバクシャ─

原水禁の活動にも長らく協力いただいているフォト・ジャーナリスト豊崎博光さんの写真展が、下記のように京都で開催されます。4日には講演会もあります。

豊﨑博光写真展

放射能は目に見えず、味も臭いもしません。放射能はあびていることを感じることはできません。同じように、放射能、放射線にむしばまれる大地の汚染もヒバクシャが心の中に負った傷も目には見えません。放射能、放射線による大地の破壊、ヒバクシャの心の被害は深刻です。

主な著書

  • 『アメリカ・インディアン』(自費出版)
  • 『核よ驕るなかれ』(講談社)
  • 『核に蝕まれる星・地球』(平和のアトリエ)
  • 『グッバイ・ロンゲラップ』(築地書館)
  • 『アトミック・エイジ』(築地書館)1995年「第一回平和・協同ジャーナリスト基金賞」受賞
  • 『マーシャル諸島 核の世紀(上下巻)』(日本図書センター)2005年「日本ジャーナリスト会議賞」を受賞

豊崎博光さんと語ろう 〜“しょうがない”じゃ、済まされない〜

  • 8月4日(土)2時〜 日本キリスト教洛陽教会 地階ホール(先着70人)
  • 申し込み・問い合わせ:アジアボランティアセンター 06-6376-3545
Posted by kano at 12:29

2007年06月28日

被爆者援護施策の強化を要請

6月27日、連合・原水禁・核禁会議3団体は、被爆者援護施策の充実強化を求めて厚労省に要請。要請文書を外口健康局長に手渡し、趣旨を説明、岡部総務課長から主要項目について回答を受けた後、健康管理手当などの給付や健診も在外公館を通して受けられることになったのだから、手帳申請交付も在外公館で実施することができないか、などの意見交換を行った。

2007年6月27日

厚生労働大臣
 柳 沢 伯 夫 様

日本労働組総連合会
 会長 高木 剛
原水爆禁止日本国民会議
 議長 市川 定夫
核兵器禁止平和建設国民会議
議長 大谷 恵教

被爆者援護施策の充実・強化に関する要請について

 謹啓 日夜厚生労働行政に邁進されていることに敬意を表します。

 さて、被爆者援護施策につきまして、とりわけ、原爆症認定における集団認定訴訟判決が、昨年5月の大阪地裁をかわぎりに8月の広島地裁、今年に入り、名古屋、東京、仙台で相次ぎ概ね原告側の請求を認める判決が出され、国の認定制度が大きく揺らぐ結果となっております。

そうした中、民主党はじめ各党で議員連盟が立ち上がり、自民党も広く原爆症を認める解決案を打ち出している状況です。

私ども連合・原水禁・核禁会議の3団体は共同で、被爆者援護の強化充実を求めているところですが、各党、各団体からの要望はもとより新聞各紙社説を含め国民世論は、大きく被爆者救済を求める情勢にあると思われます。

 厚生労働行政が国民からの要望に応えられるよう更なる努力をお願いしたく、この度あらためて原爆症認定制度の改革をはじめとする下記内容について要請させて頂きたく存じます。

  1. 保健医療福祉の充実をはかること
    • (1)被爆者の置かれている実情にあわせ、原爆症認定基準及び認定作業の見直しをすること。同時に集団認定訴訟における昨年5月の大阪地裁判決以降、広島地裁(8月)、名古屋地裁(07年1月)、仙台地裁(3月)、東京地裁(3月)と5回連続して敗訴した国はその結果を重く受け止め、控訴を取り下げ、すみやかに原爆症と認めること。
    • (2)被爆者が社会的・医学的・精神的に特別な状態に置かれている実状にあわせて、介護手当等諸手当の充実と、広島・長崎の各自治体が推進している独自の援護事業の助成措置を講じること。
    • (3)高齢化、病弱化にともなう在宅被爆者等援護対策を拡充すること。
    • (4)高齢化とともに、被爆の影響によりがんなどの疾病の発症率が高くなっているため、被爆者健康診断内容をさらに充実させること。
    • (5)被爆者関係施設の整備充実を図るとともに、国際的な被爆医療等への協力・支援や受け入れ機能等の拡充を図ること。
    • (6)被爆者援護法に国家補償を明記すること。
    • (7)長崎県・長崎市などが要望している「被爆体験者医療受給者証の居住条件の撤廃」をただちに行うこと。
  2. 被爆二世・三世への援護の推進をはかること
    • (1)被爆二世以降および在外被爆者とその後代への適用を明記した「被爆者援護法」に改正し、「被爆二世健康手帳」を発行するなど被爆二世に対する援護を実施すること。
    • (2)「被爆二世健康診断」にはガン検診も加えるとともに、健診結果に応じ、医療措置を行うこと。
    • (3)今回実施された放射線影響研究所「被爆二世健康影響調査」の結果と解析に対して、国としての責任ある対応を行い、被爆二世の援護策に生かすこと。
    •  さらに同研究所での被爆者・被爆二世の健康調査の継続ならびに内容の充実を図り、その施設環境を整えるとともに同研究所を存続すること。また被爆三世についての健康調査とともに援護施策を検討すること。
    • (4)在外被爆二世に対する「被爆二世健診」については、居住国の医療機関で受診できるような措置を講じる。
  3. 在外被爆者の援護の充実をはかること
    • (1)全ての在外被爆者に居住国、居住地域に関わりなく被爆者援護法を適用し、被爆者の平等な援護を行うこと。
    • (2)被爆者手帳交付申請については、渡日条件を無くし、在外公館での申請・交付も認めること。併せて、在外被爆者の実態把握に努めること。

以上

Posted by kano at 13:10

2007年06月04日

日韓被爆二世交流会

日韓被爆二世シンポジウムが韓国・釜山で6月2日〜3日、市川定夫原水禁新議長も参加して開催されました。

日本の被爆二世が韓国各地を訪れ、在韓被爆者や被爆二世と交流したことがきっかけで1987年にはじまった韓国の被爆二世との交流は今年で20年になります。

日韓被爆二世交流会

活動の交流は広がり、年1度開催されはじめてから今年で7回目、日本側13人韓国側40人が集まりました。李承徳韓国被爆二世の会会長、丸尾育朗長崎県被爆二世の会会長、朴榮杓韓国原爆被害者協会会長と許万貞釜山支部長の在韓被爆者の現状についての訴えではじまり、平野伸人前全国二世協会長(写真右端)の報告「日本における在韓被爆者支援活動の到達点」、崎山昇全国二世協副会長の放射線影響研究所の被爆二世健康影響調査の問題点の報告「日本における被爆二世の運動の現状と課題」、李太宰韓国被爆二世の会釜山支部長の「韓国の被爆二世の活動の報告」などが行われました。

市川議長(写真右から2人目)からは「被爆二世問題とわたしの研究」の講演。最後に寺中正樹全国二世協副会長が今後の運動の前進を誓って閉会しました。日韓の被爆二世同士が信頼関係を築きながら、被爆二世問題や在韓被爆者問題に取り組んでいることを確認することができました。

Posted by kano at 11:12

2007年04月05日

被爆者認定制度の抜本改善を迫る連続座り込み

厚生労働省前座り込みテント4月2日から4日、霞ヶ関の厚生労働省前で「原爆症認定訴訟」勝利へ向けて、19年ぶりの座り込み行動がありました。生憎の曇り空で冷える2日には、原告団の皆さん、被爆者の皆さん、そして訴訟の支援者や弁護団の皆さんなど、全国から約100人が座り込みテント前に集まりました。広島から来られた、被団協の坪井理事の、最後まで頑張り続けるという力強いメッセージでセレモニーは始まりました。

その後、広島や長崎、熊本、静岡、愛知、北海道など全国各地の原告の皆さんがそれぞれ、厚生労働省はこれまでの司法判断を受け止め、控訴することなく原爆症認定制度を改善せよ、という強い思いを込めて厚労省へ向かってメッセージを述べられました。

3月30日、仙台地裁、東京地裁と続いた原爆症認定申請却下処分の取り消し命令に対し、日本政府は控訴を決定。被爆者の高齢化が進む中、一日も早い認定制度の改善が求められています。3日にも、ピースボートなどの若い人々がキャンドル集会に参加、悪天候にめげず、座り込み行動が続けられました。

「原爆症認定集団訴訟・勝利を呼ぶすわりこみ」

写真スライドショウ

Posted by kano at 17:37

2007年03月28日

今明かされる40年目の真実

映像が語るサハラ核実験被害の現実
アルジェリア核実験被害者国際会議 参加報告会

  • 日時:3月29日(木)18:30〜20:30
  • 場所:総評会館501会議室

今年2 月、1960 年代にフランスが核実験を行なったアルジェリアで、初めての核実験被害者の国際会議が開かれました。会議に参加された振津さん、真下さんのお二人をお招きし、現地で撮影したビデオを観ながら、会議の模様やアルジェリアの現状などを報告して頂きます。

詳しい内容はこのチラシ(pdf, 21KB)を参照ください。

Posted by kano at 20:42

2007年01月31日

原爆症認定を求めるアピール

昨2006年5月の大阪地裁、8月の広島地裁に続いて、原爆症認定訴訟で1月31日、名古屋地方裁判所が政府の認定制度の問題を認める判決を下しました。原水禁は連合、核禁会議とともにヒバクシャに対し原爆症認定を早急に行うことを求めるアピール文を発表しました。

参考記事

2007年1月31日

日本労働組総連合会
原水爆禁止日本国民会議
核兵器禁止平和建設国民会議

原爆症認定訴訟・名古屋地裁判決についての3団体アピール

 1月31日、名古屋地方裁判所は、原爆症認定訴訟において、原告4人のうち、2人の請求を認め2人を却下する判決を言い渡しました。

 本判決は、昨年5月の大阪地裁、8月の広島地裁に次いで、機械的に進められている現行の認定制度の問題をあらためて認めたものです。

私たち連合・原水禁・核禁会議の3団体は、国・厚生労働省が原爆症認定を認めた2人に対する判決を厳粛に受け止め、現行の認定制度を抜本的に改め、本訴訟原告をはじめ原爆症認定申請者に対して、原爆症認定を早急に行うことを求めます。

 あわせて、国・厚生労働省は大阪・広島両地裁判決の控訴を取り下げることも、ここにあらためて要請します。

 我々3団体は、原告、関係者のご努力に敬意を表し、今後も被爆者援護施策の強化とともに核兵器廃絶と世界平和の実現をめざし、力を合わせて取り組むことを決意し、アピールとします。

以上

Posted by kano at 17:59

2007年01月12日

原爆症集団認定訴訟支援全国集会

原爆症認定を求め、被爆者が各地で裁判を起こしています。昨年、大阪・広島の裁判所で完全勝利の判決を得ました。しかし国・厚生労働省は不当にも控訴をおこなっています。

1月31日、名古屋地裁において集団訴訟で3回目となる判決が言い渡されます。私たちは、国の無策によりこれ以上、事態を放置させておくわけにはいきません。被爆者や支援する市民の方々と力を合わせて、原水禁としても、あらゆるヒバクシャとの連帯と集団訴訟勝利にむけて協力していきます。是非 1月31日の原爆症集団認定訴訟支援全国集会への参加をお願いいたします。

いまこそ解決を! 原爆被爆者の切実な願いを実現しよう

  1. 日 時 : 1月31日(水)18:30〜20:30(開場18:00)
  2. 会 場 : 日比谷公会堂(地下鉄日比谷・内幸町・霞ヶ関駅下車─地図
  3. 主 催 : 日本原水爆被害者団体協議会、原爆症認定集団訴訟弁護団全国連絡会、原爆症認定集団訴訟を支援する全国ネットワーク
  4. 連絡先 : 原爆症認定集団訴訟を支援する全国ネットワーク
    東京都港区芝大門1-3-5-902 日本被団協気付
    TEL03-3438-1897
  5. 内 容 :
    • 18:30〜オープニング
    • 千葉の支援から生れた歌を紹介&この間の裁判の歩み
    • 開会のことば 日本被団協代表委員
    • 名古屋地裁判決報告 愛知(原告・弁護団)
    • 私たちの求めていること (各地の原告・全国弁連)
    • ミニライブ ARIGATO
    • 愛知の支援の中から生れた歌の紹介
    • 政党・会派からのご挨拶(1会派5分)
    • 自民党・民主党・公明党・共産党・社民党・国民新党(予定)
    • 著名人からのメッセージ
    • 斉藤ともこさん(女優)、その他著名人からのビデオメッセージ
    • 各界からのメッセージ紹介
    • 集会アピール採択
    • クロージングライブ 横井久美子さん、他
Posted by kano at 15:19

2006年09月25日

JCO臨界事故7周年集会

東海村真崎コミュニティセンターで24日行なわれたJCO臨界事故7周年集会「老巧化した東海第二原発にプルサーマルはいらない!」は、全国から300人が参加して開催された。

JCO臨界事故7周年集会 集会後デモ出発 原研道路を行くデモ隊 東海駅前までデモ

多くの住民を被曝させ、犠牲者を出した大事故から7年が経ち、事故を起こした沈殿槽は解体・撤去され、また一方、ガスを抜く安全装置の流量をごまかすなど長年にわたる不正を続けながら30年近く動かした地元の老巧原子炉──東海第二原発にあえて危険で矛盾だらけのプルサーマルを押しつけるなど、辻褄合わせの日本の「原子力立国」政策は末期的症状を示している。

このような原子力利用の是非を根本から問い直す意味からもたれた集会では、「東海原発とプルサーマル」と題して元京都大学原子炉研究所の小林圭二さんが、日本のプルトニウム利用政策の欺瞞と危険性を分かりやすく解説しながら基調講演を行なった。

また、7年目の地元の状況報告を脱原発とうかい塾の相沢一正さんが、JCO臨界事故の被曝による健康被害賠償裁判の現状を当事者の大泉昭一さんが話された。

また当日朝に日本原電に対して行われた、東海原発プルサーマル計画に反対する申し入れの報告、六ヶ所村でアクティブ「試験」の名で始まった核燃料再処理と引き続いて起こった被曝事故や放射能漏れトラブルなどの青森県からの参加者による報告と、集会アピール採択など盛りだくさんの内容。

会場にあふれた約300人の参加者は、集会終了後、東海市内を2.6kmほど歩き、「東海原発にプルサーマルはいらない」、「臨界事故を忘れない」、「被曝による健康被害を認めよ」などとアピールしながらデモンストレーションを行なった。

参考

Posted by kano at 18:12

2006年05月13日

大阪地裁「原爆症不認定取り消し、原告全員勝訴」判決について

12日、大阪地裁において、「原爆症認定集団訴訟」の画期的な判決が下されました。

被爆者の被害認定は、これまで爆心から2キロ以内で直接被爆した人にしか認めず、原爆の放射線の影響を評価した基準には、死の灰や黒い雨などの放射性降下物は対象となっていませんでした。判決では「全員の疾病について原爆の放射線によって引き起こされた可能性がある」とし、入市被曝者にも原爆による健康被害はあると認定、画期的と言えます。

原水禁国民会議として、判決に対して以下のコメントを発表しました。今後もヒバクシャの権利の確立・拡大に向けて、引き続き努力していきます。

原爆症認定集団訴訟・大阪地裁判決についてのコメント

本日(5月12日)、大阪地裁で原爆症認定訴訟の原告全員が勝訴したことを心から喜びたい。この中で2人の入市被爆者が含まれていたことを高く評価したい。この勝訴は、現在進められている各地の訴訟だけでなく、多くの被爆者を勇気づけるものである。しかし多くの被爆者の原爆症認定が、裁判によらなければ得られないということは、老齢化した被爆者には極めて残酷である。国は控訴せず、これまでの認定のありかたを根本的にあらためることを強く求める。

2006年5月12日 
原水爆禁止日本国民会議 
議長 岩松 繁俊 

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2006年03月02日

ビキニデー全国集会

多くの犠牲者を出したビキニ環礁の水爆実験「ブラボー」から52周年の3月1日、静岡市で被災52周年ビキニデー全国集会を開催しました。

ビキニデー集会
静岡市あざれあで
500人近くが参加
ビキニデー集会
講演する
広瀬隆さん
ビキニデー集会
第5福竜丸展示館長の
川崎昭一郎さん
ビキニデー集会
浜岡原発プルサーマルの危険を
訴える塚本千代子さん


被災52周年ビキニデー アピール

 1954年3月1日、アメリカは太平洋中西部のマーシャル諸島・ビキニ環礁で、広島原爆の約1000倍に当たる15メガトンの水爆実験(ブラボー実験)を行い、大量の死の灰をまき散らしました。第五福竜丸をはじめ多くの漁船が被災し、第五福竜丸無線長・久保山愛吉さんが放射能症で亡くなりました。さらに死の灰が降り注がれたマーシャルの島々でも多くのヒバクシャを生み出し、52年経った現在も、多くの人々が放射能の被害で苦しみつづけています。ビキニの悲劇は現在も終わることなく続いているのです。

 私たちはビキニ事件を契機に、改めて広島・長崎の被害をみつめ直し、新たなヒバクシャをつくりださず、原水爆の禁止を訴えて運動を進めてきました。しかしいま世界には約3万発もの核兵器が存在し、核兵器の使用と核拡散の危険も増大しています。とくに超核大国・アメリカのブッシュ政権は、新型核兵器の研究・開発に取り組み、ミサイル防衛(MD)を推進するなど新たな核軍拡の流れをつくりだしつつあります。さらにブッシュ政権は、国際法を無視してイラクへ侵攻・占拠した結果、イラクを収束の見通しのない暴力と破壊の混乱のなかに投げ込んでしまいました。

 日本の小泉政権は、積極的にアメリカの戦争政策を支え、イラク派兵を強行するとともに、ミサイル防衛に参加することによって、アメリカの核戦略体制に一層強く組み込まれました。靖国参拝を強行するなかで排外主義を助長し、日米軍事同盟体制の強化をめざす米軍再編成の推進や有事体制強化、憲法9条改憲、六ヶ所再処理工場の稼働などの反動的な政策をすすめようとしています。その口実の一つに朝鮮民主主義人民共和国の核問題を利用しています。日本はいまや東アジアで緊張をつくりだす存在になりつつあるのです。

このような平和に対する脅威が進行する中で、あらためてビキニ水爆被災の意味と今後の反核・平和の運動のあり方が問われています。

 私たちは、あらためて核を頂点とする武力で平和は作れないことを確認しなければなりません。武力ではなく対話と連帯の中で平和と安全が生みだされることを確認しましょう。その上で、これまで原水爆禁止運動が取り組み、成果を上げてきた核兵器廃絶、ヒバクシャ援護、脱原発などの課題を新たな決意で前進させなければなりません。

 今年はチェルノブイリ原発事故から20年目にあたります。私たちはこれまで営々と原水禁運動を続けてきましたが、「核と人類は共存できない」ことを、反戦・反核・平和の課題とともに、内外に発信していくことがますます重要になっています。これは広島・長崎、ビキニ、JCO臨界事故でのヒバク体験を持つヒバク国市民の責務です。

 ビキニのヒバクシャをはじめ世界中のあらゆるヒバクシャや平和を求める人々と連帯し、あらゆる国の、あらゆる核実験・核兵器に反対し、そしてヒバクシャを生み出す全ての核開発を止めていきましょう。

2006年3月1日
被災52周年3・1ビキニ・デー全国集会


マーシャル諸島共和国
3.1.核の記憶メモリアル・デーに際し

 マーシャル諸島共和国議会では、1940〜1950年代にビキニ環礁ならびに少ないながらもエニウェトク環礁で行なわれた米国による水爆「ブラボー」爆発とその他66の核実験による被害者および生存者への敬意を込めて、3月1日を「核の記憶メモリアル・デー」とする公法1995-134が採決・通過しました。3月1日は、人々が核実験による被害者と生存者を記憶し祈祷を捧げ、またいかなる地域においても人類の破滅となる核兵器の使用を否定し非難する、マーシャル諸島共和国中の厳粛な国の祭日です。

 1954年3月1日に米国は(TNT爆薬にして)15メガトンにあたる威力の初の水爆実験を行い、マーシャル諸島のこの小さな環礁や他の地域の多くの人々の生活を永久に変容させました。またこの事故は国際的な非難を受けました。

 第5福竜丸の事故は、核に付随する無制限かつ極度に破壊的な力による、もうひとつの厳しい記憶としてよく知られています。日本の漁船である第5福竜丸は水爆が爆発した時、実験地域の付近で漁業をしていました。約1時間半後、放射性降下物が第5福竜丸と23人の乗組員に何の警告もなしに降り落ちました。母港に戻った時組員は重病であり、彼らの話は日本の主要新聞紙と国際タブロイド紙のトップ記事となりました。

 1946年に米国は「オペレーション・クロスロード」を開始し、ビキニ環礁と、のちにエニウェトク環礁で連続的な核実験を開始しました。「オペレーション・クロスロード」のすぐ後には、原爆および水爆の両方を含めた連続的な核実験を行なう「オペレーション・キャッスル」が行なわれました。現在公式記録では67回の核実験爆発が1940〜1950年代にほとんどマーシャル諸島のビキニ環礁とエニウェトク環礁において行なわれたとされています。

 当時、米国による最初のもっとも強力な水爆爆発のコードネームであった「ブラボー」の実験は、1954年3月1日にビキニ環礁で行なわれました。風向きのために他の環礁も「ブラボー」実験により被害を受けました。風向きの方向にあった他の近くの環礁も何の警告もないまま、放射性降下物によって汚染されました。その結果、ロンゲラップ環礁とウトリック環礁も被害を受け、当時放射性降下物によって汚染された「4大環礁」としてビキニ環礁とエネウィック環礁とともにその名が挙げられるようになりました。最近独立研究者が行なった科学調査では「ブラボー」を含む67回の実験による汚染の程度は、これまで考えられていたよりもさらに甚大であり、マーシャル諸島の他の環礁や小島にも影響を及ぼしていることが指摘されています。

 核実験プログラムは不必要な遺産です。ビキニ環礁とロンゲラップ環礁は、一度は人々の生活や活動に満ちていましたが、今や人が住める状態ではないほど放射能で汚染されています。この島の住民はマーシャル諸島や他の別の場所に移住しました。エニウェトク環礁とウトリック環礁ではいまだ頑張って住んでいる人々がいます。こうした環礁の中で、ビキニ自体は「ブラボー」実験や他の多くの実験を生き抜いてきた部類にあります。ビキニの人々は実験や長年のあてどない放浪によって困難や苦難を生き抜いてきました。ビキニの人々は2006年3月7日に出郷土60周年を記念します。

 生存者によって核被害者の不幸な話は何度も何度も語り継がれ、悲しいエピソードは生き続けています。核実験の時代という亡霊が二度と起きあがってはならないことを確実にし、人々が核の使用をよりよい建設的なものへと適用させ、さらにいかなる人々および国家も核兵器の苦悩を体験し生き延びることがないようにするため、マーシャル諸島共和国は核兵器の継続使用と拡散に反対する地域および国際条約、協定、議定書を批准する国々に参加します。

2月27日
マーシャル諸島大使館からのメッセージ

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2006年01月27日

全国被爆二世団体全国連絡協議会総会広島で開催

2006全国被爆二世団体連絡協議会 1月21〜22日にかけて、広島市内の自治労会館で、全国被爆二世団体連絡協議会の2006年度の全国総会が開催されました。広島や長崎をはじめ全国各地から約70名の被爆二世が集まり、04年〜05年の活動報告や06年〜07年の活動方針の討論を行い、新役員体制を決め、総会宣言を採択しました。

活動方針では、8つの組織方針が出され、その中でも被爆二世への被爆者援護法の適用を求める厚生労働省交渉の取り組みを強化するとして、現在単年度で実施されている被爆二世健康診断の法制化や「被爆二世問題議員懇談会」の結成などを目指すことが上がられました。また、放影研が実施している「被爆二世健康影響調査」は、放影研や厚生労働省との交渉を通して被爆二世の人権と利益を守る立場で対応していくことが確認されました。さらに在外被爆者支援と在外被爆者との交流を継続して強化することととして、06年6月に「日韓被爆二世シンポジウム」を韓国・ソウルで行うことなども確認されました。

 総会では、新役員体制が確立され、会長に平野伸人さん(長崎)から山崎幸治さん(広島)へバトンタッチされました。

 翌22日には、野村大成・大阪大学名誉教授から「放射線の次世代への影響」と題して記念講演が行われ、その後、各地の二世協の活動報告がなされ、総会宣言を採択しました。

総会宣言

イラク戦争の根拠となったイラクの大量破壊兵器の保有が嘘だったことがアメリカ議会でも明白になりました。しかし、ブッシュ大統領も小泉首相もイラク戦争が侵略戦争だったことを認めることもイラクの民衆に謝罪することもなく、今も軍隊を駐留し続けています。それどころが、日米両政府は日米軍事同盟の再編を行い、東アジアから中東にかけた地域を「不安定の弧」と位置つけ、恒常的に軍隊を派兵する体制を作ろうとしています。

 また、日本政府は危険な原子力政策を改めることなく、核燃料サイクルのための再処理施設「もんじゅ」の再稼働を認め、プルサーマル計画を推進し、新規原発立地を行おうとしています。私たちは被爆労働者をはじめとする新たなヒバクシャを生み出す社会を許しません。

 このような中で、全国被爆二世団体連絡協議会は、全国総会を開催し、「もうこれ以上侵略戦争を起こさせない」、「再びヒバクシャを作らせない」という決意を確認しました。

 そして同時に、核の被害者としての被爆二世の命と健康を守るために、「国家補償と被爆二世への適用を明記した『被爆者援護法』の改正」を求める全国署名を開始します。

 これまで、日本政府は政府の責任で一度も被爆二世・三世の実態調査を行うこともなく、30万人とも50万人とも言われる被爆二世を「援護なき差別」の状況の中に放置してきました。今や被爆61年目に入り、多くの被爆二世が健康不安を抱え、中には原爆症と同じ症状で亡くなっていく者もいます。また被爆三世も成人世代を迎え健康不安を抱えています。私たちは、すべての被爆二世・三世が安心して「私は被爆二世(被爆三世)だ」と言える社会を作り出していかなければなりません。

 2007年3月、現在放射線影響研究所が行っている「被爆二世健康影響調査」の解析結果が出されますが、その結果の如何によらず、被爆二世の立場にたった被爆者援護法の適用を含めた援護対策の充実を強く求めます。

 また、私たちは、これまでの在外被爆者・被爆二世との連帯の歴史、とりわけ韓国被爆二世の会との連帯を通じ、アジア規模の歴史認識の共有を痛感しました。私たちは、日本政府がアジア・太平洋戦争を侵略戦争として認め、二度と侵略戦争も原爆の使用も許さない歴史認識を確立し、在外被爆者・被爆二世へ被爆者援護法を完全適用することを求めます。

 最後に多くの被爆二世(三世)が孤立し、不安を抱えて生きている状況が全国に散在しています。私たちは、各地の被爆二世の会と共闘し、全国被爆二世団体連絡協議会を被爆二世(三世)の生きる希望を与える組織として確立させます。

 以上宣言します。

2006年1月21日

全国被爆二世団体連絡協議会2006年全国総会参加者一同

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2005年12月08日

被爆二世問題院内学習会開かれる

被爆二世問題院内学習会 被爆二世の現状と課題について理解を深めていただくため、12月6日(火)、参議院議員会館第5会議室で、全国被爆二世団体連絡協議会の主催で「被爆二世問題院内学習会」を開催しました。民主・社民両党、広島・長崎の選出議員や秘書の方々が参加。

特に被爆二世は、健康不安や社会的な差別、遺伝的影響への心配など、被爆者と同じような課題があるにもかかわらず、これまで具体的な施策がほとんどなされていないのが現状です。さらにいまだ国による実態把握もなされていません。被爆二世協議会としては、国が現在単年度措置で実施している健康診断の法制化やガン検診を検査項目への追加、被爆二世の健康管理手帳の発行、健康影響調査の継続調査などの要望を訴えました。

学習会に先立ち、午前中に厚生労働省に、以下の要請書を渡しました。

なお、今後06年1月21日〜22日に広島で全国総会を開催する予定です。

要請書

厚生労働大臣
川崎 二郎 様

2005年12月6日
全国被爆二世団体連絡協議会
会長 平野 伸人(印省略)

 1945年8月6日、9日の原爆は20万人以上の人々を殺傷したばかりか、生き残った被爆者にも放射能による後遺症という苦しみを背負わすことになりました。しかも、原爆の恐怖は被爆者のみに止まらず、それらの被爆者を父や母・祖父母として生まれた「被爆者の子ども・孫」すなわち「被爆二世・三世」の問題として引き継がれていきました。

 原爆被爆の放射能の影響という観点からは「第5の被爆者」であるといえるわたしたち原爆被爆二世は、今、全国に30万人とも50万人ともいわれています。被爆者と同じような苦しみ、悩みはそのまま未来世代へと引き継がれていきます。

 被爆者が放射線障害に苦しんだように、被爆二世・三世も同様の苦しみを持ち、あるいは健康に対する不安を持ち続けています。特に、親・祖父母と同様の疾病に冒されたときの不安は図り知れません。

 また、原爆被害者の受けた放射線は、原爆投下後に生を受けた被爆者の子どもすなわち被爆二世、さらにはその被爆二世の子どもの被爆三世の未来世代に何らかの遺伝的影響を与えるのではないかと考えられます。さらに、被爆二世は、親の被爆者の健康状態や社会的な厳しい状況に置かれている中で差別と貧困の中で生きてきました。社会生活上、十分な環境を与えられなかったといえるのです。

 これまで、政府・厚生労働省は被爆二世・三世の健康実態調査を実施することは「不安を増大させ、差別を助長する」としその実施を拒み、対策をおろそかにしてきました。しかし、差別はこのような調査の結果生じるものではありません。調査の非科学性やあいまいさによって誤解と偏見が生まれ、さらに、問題を闇の中に放置することによって不安の増大や差別の助長を招くのです。現状の根本的な改善こそ差別を克服する道なのです。

 このような深刻な事態があるにもかかわらず、政府・厚生労働省はほとんど何の被爆二世に対する政策を行ってきませんでした。さらに、被爆後半世紀を過ぎた今日では、被爆二世のみならず被爆三世が成人に達するようになり、被爆四世の誕生も迎えるに至っています。被爆二世・三世、そして、それ以後の世代の遺伝的影響の問題と健康不安も存在しています。また、そうした「不安」を背景にした社会的差別や偏見も根強いものがあります。

 全国被爆二世団体連絡協議会は、このような被爆二世問題の解決のために、全国、広島・長崎・大阪・福岡・神奈川・山口の6府県にある被爆二世団体の連合体として、1988年に結成されました。

 全国二世協は、全国の被爆二世の代表として被爆二世に被爆者援護法の適用を求める運動や1979年度から実施されている唯一の被爆二世に対する施策として行われている被爆二世検診の法制化や検診の充実を中心とした働きかけを行ってきました。また、各地の二世組織により健康管理表の発行や被爆二世相談窓口の開設などがなされてきました。

 そういった中、1997年8月に放射能影響研究所による被爆二世健康影響調査の計画が明らかにされました。わたしたちは、この調査によって原爆放射能の遺伝的な影響や被爆二世の健康実体が科学的に解明され、それが国の被爆二世・三世の援護政策の実現につながる大きな契機となり被爆二世問題の解決につながることを期待しています。

 今、被爆二世問題は『援護なき差別の状況』といわれています。国の施策もわずかに年1度の健康診断がなされているにすぎず、この予算は被爆者援護法の1000分の1にすぎません。私たちは原爆放射能の影響を受けた第5の被爆者です。国はわたしたち被爆二世に対する援護を進め、被爆者援護法を適用すべきではないでしょうか。『援護なき差別の状況』を『差別なき援護の状況』に変えていかなければなりません。

 以上の見解をふまえて、全国被爆二世団体連絡協議会は以下の要請を行うものです。ご検討いただきますようお願い申し上げます。

原爆被爆二世の実態調査を実施し、被爆二世の現状について把握すること。

現在の「被爆者援護法」を被爆二世および在外被爆者への適用を明記した「被爆者援護法」に改正すること。

単年度処置でおこなわれている被爆二世健康診断を法制化し、制度の充実を図ること。

被爆二世健康診断に基づき、医療措置をおこなうこと。また、在外被爆二世についても同様の措置を講じること。

被爆二世に対して「被爆二世健康手帳」を発行すること。

放射能影響研究所「被爆二世健康影響調査」について国としての責任ある対応をおこない、被爆二世の援護施策に生かすこと。

外国人被爆二世等の在外被爆二世に対する「被爆二世健診」については、居住国の医療機関で受診できるような措置を講じること。

在外被爆者に被爆者援護法を適用し、被爆者の平等な援護を行うこと。

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2005年06月21日

「被爆二世の問いかけ〜再びヒバクシャをつくらないために」

6月26日広島で「被爆二世の問いかけ〜再びヒバクシャをつくらないために」と題し、被爆二世のシンポジウムを開催します。

全国被爆二世団体連絡協議会(略称二世協)は、1988年の結成以来、被爆二世問題の解決のために活動を続けてきています。これまで主な活動として被爆者援護法の被爆二世への適用を求め厚生労働省交渉を毎年行い、1989年以来、韓国との被爆二世との交流も続けてきました。その中で、日韓被爆二世シンポジウムが広島や長崎そして韓国でも開催し、昨年は東京で開催しました。
 今回は、広島・長崎の原爆投下から60年が経過しようとする中で、被爆二世課題解決にむけて重要な時期を迎えています。ヒロシマ・ナガサキの運動を被爆二世として、またそれに連帯・連携していく私たちの運動として、どう継承・展開していくべきかを探るシンポジウムです。

日韓被爆二世シンポジウム 2005 in 広島

メインテーマ
『日韓被爆二世の連帯で平和な明日を創ろう』
〜再びヒバクシャをつくらないために〜

日時; 2005年6月26日(日)10:00〜16:00
場所; 広島平和記念資料館
広島市中区中島町1ー2(東館地下1階・メモリアルホール)
内容: (シンポジウム)
コーデイネーター 福山真劫(日本・原水禁)
パネリスト
日本側/寺中正樹(山口) 中谷悦子(広島) 崎山昇(長崎)
韓国側/カン・ソンホ(テグ)イ・テジェ(プサン)

(講演)
講演1  『日韓被爆二世運動に期待する』(仮題)
豊永恵三郎さん
(韓国の原爆被害者を救援する市民の会広島支部長)
講演2  『被爆二世健康影響調査の現状と課題』
山田美智子さん
(広島放射線影響研究所・臨床研究部副部長)
陶山昭彦さん
(長崎放射線影響研究所・疫学部部長)

(特別報告)
特別報告1 『三菱徴用工裁判・控訴審判決の意味と意義』
三菱徴用工裁判を支援する会
特別報告2 『韓国における被爆二世の実態調査について』
韓国被爆二世の会
主催;全国被爆二世団体連絡協議会 韓国被爆二世の会 原水爆禁止国民会議
共催;広島県被爆二世団体連絡協議会 長崎県被爆二世の会
協賛:韓国原爆被害者協会

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2004年12月16日

原水禁、核禁会議、連合三者で、厚生労働省に要請行動

2005年は、被曝60周年であり、NPT再検討会議の年です。現状は、被爆者の権利課題では、多くの課題が残されたままであり、核軍縮めざすNPTの枠組みもアメリカの「核政策」や核拡散の中で大きく揺らいでいます。そうした中、原水禁、核禁会議、連合の3者は、従来の取り組み経過を踏まえて、核軍縮と被爆者の権利拡大運動をさらに前進させるため、(1)核軍縮をめざして1000万人署名運動を行うこと、(2)厚生労働省に対して、要請書を提出し、被爆者の権利拡大に取り組むこと等を確認し、取り組みを開始しました。

12月16日、原水禁福山真劫事務局長、核禁会議佐分利一昭常任理事、連合草野忠義事務局長の3者で、厚生労働省に対して、「被爆者援護施策充実についての要請」を提出し、被爆者権利課題の前進のため、さらなる努力を要請し、交渉の継続を求めた。
厚生労働省側は、辻哲夫厚生労働審議官、田中慶司健康局長が出席し、要請された課題の前進めざして努力表明を行うと同時に協議の継続を確認した。
 原水禁、核禁会議、連合は運動の輪を拡大しながら要請事項について、具体の前進をめざす決意です。

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2004年10月04日

国・長崎市に崔季澈裁判への控訴断念を求める

9月28日、長崎で入市被爆した在韓被爆者の崔季澈(チェ・ゲチョル)さんが、長崎市に対して、被爆者援護法に基づく健康管理手当支給の申請却下処分取り消しを求めた訴訟の判決が長崎地裁で出されました。
判決では崔さんの訴えが全面的に認められ、「来日の困難な在外被爆者に国内での申請手続きを求めることは、援護法の立法目的に反する」としてこれまでの「来日要件」という条件を否定し、申請却下処分の取り消しを命じました。

病弱なことや高齢で来日が難しい在外被爆者にも、手当支給の申請を可能にできる司法判断で、国外に住む被爆者の援護に一歩進んだ判決です。
崔さんは被爆治療で来日し、80年5月旧原爆医療法に基づく被爆者健康手帳交付。今年一月、韓国から健康管理手当の支給を申請し、却下されていました。残念なことに、ご自身は判決を聞くことなく7月25日に他界されました。
この判決と崔さんの死を無駄にしてはなりません。同じように苦しんでいる国外に住む被爆者の救済のために、これ以上遅らせることなく判決を生かすことが重要です。被告の国と長崎市に控訴を断念させるよう、下記の宛先に意見を送って下さい。

  • 内閣総理大臣小泉純一郎 東京都千代田区永田町2-3-1首相官邸 FAX03-3581-3883
  • 厚生労働大臣尾辻秀久 東京都千代田区霞ヶ関1-2-2厚生労働省 FAX03-3595-9392
  • 法務大臣南野知恵子 東京都千代田区霞ヶ関1-1-1法務省 FAX03-3592-7393
  • 長崎市長伊藤一長 長崎市桜町2-22 長崎市原爆対策部 FAX095-829-1148

国や長崎市は、長崎地裁判決を真摯に受け止め、被爆者の現状を理解し控訴をしないこと、直ちに在外被爆者の救済に向けた法整備をはかることなどを明記してください。控訴期限は2週間で10月12日(火)まで。それまでにお願いいたします。


内閣総理大臣小泉純一郎様
厚生労働大臣尾辻秀久様
法務大臣南野知恵子様
長崎市長伊藤一長様

在外被爆者・崔季澈裁判の控訴断念を求めます

9月28日、長崎地裁(田川直之裁判長)において、長崎で入市被爆した在韓被爆者の崔季澈(チェ・ゲチョル)さんが、長崎市に対して「被爆者援護法に基づく健康管理手当支給の申請却下処分取消」を求めた訴訟の判決が出されました。判決では崔さんの訴えが全面的に認められ、「来日の困難な在外被爆者に国内での申請手続きを求めることは、援護法の立法目的に反する」としてこれまでの「来日要件」という条件を求めている援護法施行規則を否定し、申請却下処分の取り消しを命じました。
この司法判断は、高齢化や病弱化で来日そのものが難しい在外被爆者にも、手当申請を来日しなくてもできるという新たな司法判断で、在外被爆者の援護の格差是正がまた一歩進んだ判決です。
しかし、残念なことに健康管理手当を受給する権利を得たにもかかわらず、崔さん自身は、今年7月25日に他界してしまいました。この判決と崔さんの死を無駄にしないためにも、崔さんと同じように苦しんでいる多くの在外被爆者の完全救済のために、政府や長崎市は、今回の判決を真摯に受け止め、控訴を断念すること。そして、直ちに在外被爆者の完全救済のために法整備を早急にはかることを強く要請します。
2004年10月1日

フォーラム平和・人権・環境
原水爆禁止日本国民会議
議長岩松繁俊

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2004年07月27日

水爆ブラボー爆発の証人、ジョン・アンジャインさん亡くなる

1954年3月1日、アメリカがビキニ環礁で行った水爆ブラボー爆発実験の死の灰をあびたマーシャル諸島・ロンゲラップ環礁の元村長ジョン・アンジャインさんが、7月20日、入院先のホノルルの病院で亡くなりました。ジョン・アンジャインさんを追悼する文章を、フォト・ジャーナリストの豊崎博光さんにお書きいただきました。日本の原水禁運動にとっても、1971年12月、原水禁調査団がロンゲラップ環礁住民などマーシャル諸島の被曝者調査に訪れた時以来、ヒバク問題の目を世界にむけて開くことに永らく尽力いただきました。ご冥福を祈ります。追悼文へ

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2004年06月17日

祝:オスカー・テマルが仏領ポリネシアの新大統領に

タヒチ島を中心とするフランス領ポリネシアの新大統領にオスカー・テマルさんが選ばれました。
ガストン・フロス前大統領は、フランスのシラク大統領とも親しく、モルロアやファンガタウファ環礁でおこなわれた核実験を推進し、20年にわたってポリネシアを支配してきました。95年にフランスが核実験を再開した際には、モルロア環礁で泳ぐパフォーマンスをして見せ、フランスの核実験はクリーンだ、などというプロパガンダをしてきた人物です。

新大統領のオスカー・テマルさんは、長年、核実験反対運動を続け、原水禁大会にも参加し、フランスの核実験被害を訴えて日本の反核運動がポリネシアの核実験被害問題に関わるきっかけの一つをつくりました。非核・独立・太平洋運動の立て役者の一人でもあり、ポリネシア──マオヒの人々のフランスからの独立を求めてきた政党、タビニ・フイラーティラ(ポリネシア解放戦線)の党首、タヒチ第2の都市ファアアの市長でもあります。95年には、核実験再開反対の大運動を組織し、世界の注目する中でミスター・反核実験と呼ばれていました。

ポリネシア議会の議席57の内30票の支持をえて大統領になったわけですが、先月の議会選挙でガストン・フロスの与党が過半数を割った28議席となってから、テマルをリーダーにまとまった「民主主義のための連合」への切り崩し工作があったようです。結果は逆にフロス派がへって、投票をボイコットするという結末になりました。

この間のいきさつは、ABC・オーストラリア・ラジオのニュースに、非核独立太平洋運動の事務局、PCRCで活躍していたニック・マクレランさんがジャーナリストに転身してインタビュー記事(など)を載せています。同サイトでは音声も聞けます。

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2004年03月02日

ビキニ・デー集会速報

3月1日静岡市の会場には500名があつまり、水爆実験から50年目の日、反核のおもいを新たにしました。フォト・ジャーナリストの豊崎博光さん(写真3番目・左)からは、貴重な映像をスライドで上映しながら、ヒバク後も放射能の影響を調査するための人体実験に使われ、環礁での生活自体を奪われた島民の被害状況、まだこれからも残されている問題を示した報告。昨年「ビキニ事件の真実 (amazonリンク)をみすず書房から出された、「第五福竜丸」の元乗組員、大石又七さん(同じ写真・右)からは、ご自身のヒバク証言と、ビキニ・ヒバクシャが日・米間の政治決着で切り捨てられた歴史を聞くことができました。
マーシャル現地での同じく50周年の催しには約400人が集まったということです。
ビキニ・デー集会・静岡静岡の集会参加者豊崎さん、大石さん

ビキニ事件の真実―いのちの岐路でパンフレット:ビキニ水爆被災50年水爆ブラボー―3月1日ビキニ環礁・第五福竜丸
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2004年02月28日

静岡のビキニ・デーへキャラバン出発

東京の江東区にある「第五福竜丸展示館」前で集会を開いた後、静岡のビキニ・デーへむけてキャラバンが出発しました。
「第五福竜丸展示館」前天王洲付近をゆく第1京浜を川崎へ
- 毎日新聞の記事

1954年3月1日米国がマーシャル諸島・ビキニ環礁で水爆実験を行い、静岡県焼津港のマグロ漁船「第五福竜丸」がヒバク、久保山愛吉さんが急性放射能症で亡くなられた事件のほかも、他の乗組員、ほかの多くの船、島々にいた人々がヒバクし、その後遺症に苦しめられています。
50年経った今、米国からマーシャルの人々への核実験の補償金はうち切られています。
日本の、そして世界中に広がった原水爆禁止運動の始まりとなったこの核実験「ブラボー」から半世紀の3月1日、静岡で開かれるビキニ・デーへむけて反核・平和をうったえるキャラバン。今日の参加は約80人です。
神奈川では、原子力空母の母港化計画のある横須賀で、街頭宣伝をしたあと、29日、三浦市三崎の集会・「ビキニ50周年水爆被災市民のつどいin三浦」に参加。翌3月1日静岡のビキニ・デー全国集会に参加します。

 詳しい日程

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2004年02月16日

パンフレット:ビキニ水爆被災50年

50年前ビキニ環礁で行われた水爆実験は、マーシャル諸島の人々や、付近で操業していたマグロ漁船にも大量の死の灰をあびせ、多くの人々に放射線障害を与えました。第五福竜丸乗組員の久保山愛吉さんが亡くなり、市場の多くのマグロが放射能に汚染されたことが原水禁運動の出発点ともなりました。50周年の3月1日をまえに、ビキニ問題のパンフレットを作成しました。 「ビキニ水爆被災50年-マーシャル諸島と日本」豊崎博光(フォト・ジャーナリスト)著、A5版24ページ 目次
  • 水爆ブラボー爆発とマーシャル諸島の核実験
  • 水爆ブラボー爆発と日本人
  • ビキニ水爆被災と日本の原水爆禁止運動
  • マーシャル諸島のアメリカの核兵器開発
  • ビキニ水爆被災50周年から始まる新たな原水禁運動
  • 資料 マーシャル諸島におけるアメリカの核実験
ビキニ・パンフレット 頒価: 230円(1冊/送料別) 申し込みはFAX:03-5289-8223にお名前、送り先、冊数明記でお願いします。 豊崎博光さん(フリーランス・フォト・ジャーナリスト)  1948年横浜生まれ。1978年にマーシャル諸島で核実験被害の取材をはじめたことをきっかけに、アメリカ、太平洋諸島、オーストラリア、カナダ、旧ソ連、ヨーロッパなどでウラン採掘、核実験、原子力発電所の事故などによる核被害者と非核平和運動などを取材。著書に、『核よ驕るなかれ』講談社、『グッドバイ・ロンゲラップ』築地書館、『核を撮る―あるフォト・ジャーナリストの旅日記』無明舎、『核の影を追って』NTT出版、『アトミック・エイジ』築地書館、広川隆一氏と共著で『原発・核(3巻)』日本図書センターなど。1995年、『アトミック・エイジ』で第一回平和・共同ジャーナリスト基金賞を受賞。
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2004年02月13日

長尾さんの労災認定署名提出

原発内で作業をし、退職後に多発性骨髄腫になられた長尾さんの労災認定報告集会を前に、署名を厚生労働省に提出しました。予想外に早く労災認定されたので、認定を求めた署名自体は途中の3万4116筆を集めて終わりました。しかし、長尾さんと同じように危険なリスクを負った原発労働者はたくさんいます。この状態に手をこまねいている厚生労働省と今後も粘り強く交渉していく必要があります。
多発性多発性骨髄腫と放射線ヒバクの因果関係について、今回の同省の判断基準として提示されたものに、原発の作業者の50mSv以上のヒバクのリスクを認めた文章がでました。
これらも材料にして今後の運動を進めるためにも、14日の集会にぜひご参加下さい。

厚生省に署名提出

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2004年02月06日

インド横断講演旅行を終えて

ムンバイからインドを横断してカルカッタまで、18日間の長い講演旅行を終えられて、武田さん、通訳の岩川さんが帰国されました。中部インドの各地で、被爆された自らの体験と反核の思いを語り、人々に伝えるたいへんな旅。インド・パキスタン両国の核実験後、核兵器を礼賛するような人も多い中を講演してまわった1998年から6年近くたっての再訪です。カルカッタでTIMES OF INDIA紙にのった記事を紹介。詳しくは後日。
クリックで拡大

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2004年01月30日

「ビキニ水爆被災」50周年へ向けた公開研究会

2004年3月1日「ビキニ水爆被災」から50周年を目前に控え、「ビキニ水爆被災50周年研究集会」実行委員会と明治学院大学国際平和研究所が共催をして、1月31日事前公開研究会が開催されました。

●日時: 2004年1月31日(土)15:00~18:00
●場所: 明治学院大学白金キャンパス本館9F 91会議室 
●司会/コーディネーター
  前田哲男(東京国際大学教授)
●発題者(五十音順)
  島田興生(フォト・ジャーナリスト)
  豊崎博光(フォト・ジャーナリスト)
◆「ビキニ水爆被災50周年研究集会」実行委員会
 同実行委員会は、「ビキニ水爆被災50周年研究集会」(2004年2月21日13:30~日本青年館会議室503にて開催)にむけた準備を進めるため、共催団体に前田哲男さん、豊崎博光さん等が加わって構成されています。

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2004年01月28日

長尾さんの原発労災認定署名ご協力に感謝

ご協力をお願いしています、長尾光明さんの原発内作業による「多発性骨髄腫」認定を求める署名(pdf)ですが、福島の富岡労働基準監督署は、業務上疾病として認め、休業補償給付支給を決定しました(労災認定)。
暖かいご支援、署名運動へのご協力に感謝いたします。署名集め自体は終了といたしますので、今までに集めて頂いた署名は原水禁または原子力資料情報室にお送りください。2月14日の報告討論集会は予定通り開催します。

1月19日に、休業補償給付支給決定通知書がご本人に届きました。高齢で、多発性多発性骨髄腫に苦しむ長尾さんにとっての朗報です。
原発のヒバクで労災認定は、多発性骨髄腫では初めて。白血病で過去5人が労災認定されていますが、白血病以外の多発性骨髄腫、悪性リンパ腫など関連する疾患の認定の道を開く可能性のある判断といえます。
 - 労災認定:原発で被ばくの男性に 多発性骨髄腫では初 (毎日新聞)

原子力発電所で働いて、退職後に「多発性骨髄腫」になった
長尾さんの労災認定報告討論全国集会

日時●2月14日(土)午後2:00~

会場●総評会館2F大会議室(千代田区神田駿河台3-2-11 TEL:03-3253-1771)

参加費●500円

お話●村田三郎さん(阪南中央病院医師)
樋口健二さん(フォトジャーナリスト)
石丸小四郎さん(福島県・双葉地方原発反対同盟)

その他、ビデオ上映や経過報告など充実の3時間!

 長尾光明さん(78歳)は、配管技術者として長年働いてきました。1972年からは石川島プラント建設(IPC)の社員として、各地の発電所工事現場所長などを勤め、88年に定年退職を迎えました。ところが94年頃から首が痛み始め、98年には「頚椎病的骨折」で手術を受けました。詳しい検査の結果、「多発性骨髄腫」という血液のガンであることがわかりました。現在も、厳重な医学的監視の元で療養が必要な状態です。

 長尾さんが「多発性骨髄腫」になった原因は、被ばく労働です。福島第一原発などで働いた、わずか4年余の間に、白血病の労災認定基準で定められた被ばく線量の3倍を越える被ばくを強いられたのです。2002年秋に労働基準監督署に労災申請し、調査は大体終了したようですが、厚生労働省本省で専門家による検討会が開催されています。

 長尾さんは2003年夏、よこはまシティユニオンに加入しました。ユニオンは、IPC、親会社の石川島播磨重工(IHI)、工事元請会社の東芝の三社に、当時の詳しい状況を知るために団体交渉を要求しました。ところが、東芝とIHIは「直接雇用主でないから」、IPCは「17年前に退職したから」という理由で団交を拒否しています。

長尾光明さんの労災認定をかちとる会
責任団体:原水爆禁止日本国民会議、原子力資料情報室、関西労働者安全センター、よこはまシティユニオン

事務局・連絡先:
関西労働者安全センター(大阪府大阪市中央区内本町1-2-13-602  TEL:06-6943-1527 FAX:06-6942-0278)
原子力資料情報室(東京都中野区東中野1-58-15寿ビル3F TEL:03-5330-9520 FAX03-5330-9530)

■長尾さん支援のためのカンパをお願いします。
団体1口5000円、個人1口1000円
支援カンパ振込先
中央労働金庫本店営業部 1230199
口座名 かちとる会 会計 井上年弘

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2004年01月20日

インド中部横断・ヒバクシャ講演ツアー

1998年の核実験のすぐ後から、原水禁はインド・パキスタン各地にヒバクシャを派遣、講演会、写真展を開く、また核に関するドキュメンタリーのビデオを送る、反核・平和行進に参加するなど、核の悲惨を印パ各地の人々に訴える活動を続けています。
今年はインド中部を横断するヒバクシャの講演旅行を計画、インドの世界社会フォーラム(紹介ページ)がムンバイで行われることから時期を合わせました。

 武田靖彦さん、通訳の岩川さんの予定概要:

1月19日 世界社会フォーラム参加
1月22日ー2月2日 インド中部横断ツアー 
2月3日 ムンバイ発

武田靖彦さん:
原爆投下直後に爆心に近づいて被爆
1998年6月、原水禁緊急派遣団のひとりとしてインドとパキスタンの各地を訪問、
ノー・モア・ヒロシマの思いを伝える。(資料)
- 核戦争の手前で緊迫するインド・パキスタン
- ドキュメンタリー「核の影に覆われたパキスタンとインド」
- インド・パキスタンの平和運動共同声明
- インド・パキスタン両国の科学者たちによる、広島・長崎の経験をもとにした核被害推定
- インドとパキスタンの間の核脅威削減措置─MIND
- イラクと北朝鮮からの間違った教訓─アチン・バナイク
- 被爆者含む緊急派遣団が、インド・パキスタンを訪問 (1998)
- インドFrontline紙記事(英文): 田窪さんインタビューヒロシマからポカランへ
- 印・パ核戦争

■予定詳細


1)世界社会フォーラム 分科会
 いま、核兵器の廃絶を!グローバル・ヒバクシャは語る

1月19日(月) 分科会 午前9時~12時  会場:D134

内容:核兵器被害者たちの被害と苦しみを共有し、世界に彼らの声を届けるための共
同について討論する。

発言予定者:
武田靖彦(広島の被爆者)
銀林美恵子/水野秋恵(広島の被爆者)
郭貴勲(韓国、広島で被爆)
アバッカ・アンジャイン・マディソン(マーシャル諸島上院議員、アメリカによる水
爆実験(1954年)の被害を受けたロンゲラップ島民代表)
ガンシャム・ビルレー(インド、JOAR)
ファイサル・バロチ(パキスタン、チャガイ村の被害者)
ジョゼフ・ガーソン(アメリカフレンズ奉仕委員会)
各国の反核活動家

質疑応答、討論など

主催/共催:日本原水協、ピースボート、原水禁、インド核軍縮平和連合、アメリカ・フレンズ奉仕委員会、

=====
2)世界社会フォーラム後のツアー予定
インド側責任者 イリーナ・セン 核軍縮と平和のための全国連合(NCNDP)

1月22日
ムンバイ →ナグプール 
午前6時30分発 午前7時45分着

ナグプール →ワルダ 陸路
ワルダでの予定
  医学生との話し合い(MGIMSにて)
  セワグラム・ガンディー・アシュラム訪問
夕方 市民フォーラムでのスピーチ
現地責任者:
SP・カラントリ博士 ウラハス・ジャジョー博士 
1月23日
ワルダ →ナグプール 陸路

ナグプールでの予定:
学校訪問 ディークシャブミ
マスコミ対応など

1月24日
法律家との話し合い
ダリット・仏教組織訪問・スピーチ
夕方 会合
宿泊 ホテル・センター・ポイント
現地責任者 
  プラカシュ・メゲフォン アービンド・ゴーシュ 

1月25日
ナグプール →ライプール 陸路(5時間)
ライプールでの予定:
午後6時 会合

1月26日
午前中 スラムの子供たちとの話し合い
  非公式教育センター
午後  チャティスガールの古い仏教都市シルプール(最近発掘)訪問
午前中 スラムの子供たちとの話し合い
  非公式教育センター
午後  チャティスガールの古い仏教都市シルプール(最近発掘)訪問

1月27日
ダムタリ森林(120km)訪問 
ゴンド・コミュニティー訪問
ケクラコリ村の先住民の子供たち訪問
現地責任者:
 イリーナ・セン博士、 ラリット・スルジャン、 ビラージ・パトナイク

1月28日
中学校 でスピーチ

ブバネシュワールへ出発 
出発 12時  到着 午後1時5分

夕方 市民との会合

1月29日
ダウリ訪問 アショカ王が仏教に開眼した場所
宿泊 コナラク・ホテル
現地受け入れ団体:アクション・エイド・オリッサ

1月30日
カルカッタに向けて出発
出発 午前8時5分  到着 午前9時

カルカッタでの予定
カルカッタ・ブックフェアでの会合

1月31日
午前中 市の学校で若者もの話し合い
午後  市民との会合

2月1日
ベンガル郊外で若い人との話し合い
宿泊 ゲストハウス
現地責任者  ガウタム・セン

2月2日 
カルカッタ →ムンバイ 到着 午前8時40分

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2004年01月09日

フランス核実験で訴訟

フランス核実験の二つの被害者グループ、「フランス核実験退役軍人協会(AVEN)」と仏領ポリネシアのフランス核実験被害者団体「モルロア・エ・タトゥ協会」が昨年12月19日、フランス政府を相手取って損害賠償訴訟を起こしました。

今回の訴訟では、アルジェリアの被害者グループは加わりませんでした。同グループがアルジェリア政府によって公式団体として認めてられていないためです。しかし、これら三つのグループの代表らが、2002年8月5日のフランス核実験国際会議(広島)で初めて一堂に会したこととが今回の訴訟に繋がったと西日本新聞が報じています。(バラックスさんインタビュー含む)

裁判所の決定によっては、この訴訟の過程で、軍部が機密扱いにしている環境や健康に対する核実験の影響に関する資料の提出が命じられる可能性があります。

今後新しい情報が入り次第紹介します。

フランス核実験国際会議 広島アピール本文
「モルロアと私たち」の総会へ参加
フランスが決して認めようとしなかったこと

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2003年12月11日

エノラゲイを展示するスミソニアン航空宇宙博物館へヒバクシャが訪米

広島に原爆を投下した「エノラゲイ」が15日からワシントンのダレス国際空港に作られたスミソニアン航空宇宙博物館新館で、展示されます。被害の状況について説明せず、「すばらしい技術的成功」として展示することに抗議するために、原水禁代表として被爆者の坪井直さん、被爆二世の角田拓さんが通訳者の小倉佳子さん(被爆者)とともに11日米国に向けて出発しました。米国では、被団協の代表とともに、ワシントンDCでのさまざまな抗議行動・集会などに参加します。また、ニューヨークの9/11のグラウンドゼロを、被害者家族の案内で訪れる予定です。「核の歴史と現在の政策に関する全国的議論のための委員会」原則の声明(粗訳)館長あての書簡(広島市長広島平和記念資料館長)

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2003年11月06日

ヒバクシャが米国でスピーチ・ツアー

米国最大の草の根平和グループ、ピース・アクションの学生ネットワークSPANが組織するイベントに招かれ、ヒバクシャがスピーチ・ツアーを行います。
9.11の残された家族たちの平和グループ、「ピースフル・トゥモローズ」や、退役軍人の平和グループとともに、米国東海岸の各地大学や高校で講演会をひらき、戦争やテロリズムからの生存者の経験について語り合い、国際紛争解決へのもうひとつの道を探ります。(*11.7スケジュール詳細追加)

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2003年03月05日

JCO臨界事故裁判判決に対する声明

JCO臨界事故の刑事裁判の判決が、3月3日、水戸地方裁判所で下されました。国の監督責任などには一切触れない判決に対し原水禁国民会議は声明を発表しました

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2003年02月18日

李康寧さんの判決への上告に抗議

2月4日、在韓被爆者の李康寧(イ・カンニョン)さんが被爆者援護法の適用を求めた裁判で、長崎地裁に続き、福岡高裁でも勝訴を勝ち取りました。ところが、政府は17日、支給義務者について大阪高裁判決との違い(今回は国の義務)から、不当にも控訴。
 いたずらにこれ以上被爆者の苦しみを引き延ばすことは、許されるものではありません。原水禁では首相などへの抗議声明を発表しました。

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2003年02月06日

マリ‐テレーズ・ダニエルソンさん逝く

2月7日、フランス・リヨンの紛争平和資料研究センター所長ブリュノ・バリオから「モルロア・モナムール(邦訳『モルロア』)」著者のひとりのマリ‐テレーズ・ダニエルソンさんの訃報を伝えるメールが届きました。昨年7月に、タヒチで開かれた元フランス核実験労働者のグループ「モルロア・エ・タトゥ」の集会に広島の木原省治(被爆2世)さん、長崎の奥村英二さん(被爆者)とともに参加し、彼女に再会したばかりの真下俊樹さんが、追悼文を寄せてくれました。

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2002年12月09日

郭貴勲さん再度勝訴

郭貴勲(カク・キフン)さんが被爆者援護法に基づき、国が支給を打ち切ったことは違法だとして、国と大阪府を相手に被爆者援護法に基づく手当の支給を求めた裁判で、大阪地裁判決に続き、大阪高等裁判所でも、「被爆者はどこにいても被爆者」との事実を認める妥当な判決が出ました。郭貴勲さんをはじめ、多くの高齢になられた在外被爆者に対して、被爆後57年も経ったいま、さらに非人道的な最高裁への上告を行わないよう、政府に要請文を送りました。

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2002年11月08日

日米両国でのスピーキング・ツアー

アメリカのピースアクションなどとの協力で、この秋、広島のヒバクシャの池田精子さんと9.11テロの遺族が一緒に米国東部をまわった証言ツアー、それに前後してピース・アクションの理事、レイニャ・マスリさんが日本各地で米国のイラク攻撃反対などを訴えるツアーが相次いで実現しました。(マスリさんインタビュー)

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2002年08月17日

フランス核実験国際会議 広島アピール

8月5日、フランス核実験問題に関する国際会議で採択された広島アピールです。

フランスは自国の核実験が生みだしたヒバクシャ問題を完全に無視してきており、英米などと比べても、全くひどいものです。植民地、元植民地のヒバクシャや元兵士らの声がやっと表面化してきたところです。一回公開したあと、国家機密に関わると言って引っ込めてしまった核実験関連文書(汚染・医療関係のものも含む)を公開させる運動、ヒバクシャへの補償を要求する運動など重要な段階に来ており、8月のヒロシマという舞台を提供することで、彼らの運動に弾みをつけるとともに、フランス政府や国民に彼らの声を届ける力になりたいというのが、開催の趣旨でした。また急速に発展しようとしている彼らの運動とつながりは、日本の運動にとっても大きな力を与えるものとなるでしょう。

幸い、8月17日のルモンドがかなり大きくこの会議のことを取り上げました。

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2002年07月17日

8月2日、5日、8日 原水禁国際会議のご案内

今年の原水禁国際会議は横浜、広島、長崎と三カ所で、それぞれテーマ別に行われます。アメリカの核戦略や印・パの緊張などの核兵器情況、隠されてきたフランスの核実験被害者の問題、再生可能エネルギーによる脱原子力政策、とそれぞれの議題に集中、会場は分散しての開催です。是非お誘い合わせの上ご参加くださるようお願いします。
【URL】に紹介したパンフレットもあわせてご利用下さい

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2002年07月10日

モルロアと私たち」の総会へ参加

7月20日にタヒチで開かれるフランス核実験場元労働者の協議会「モルロアと私たち」の総会に参加するため、原水禁から長崎・広島のヒバクシャ、2世を中心にした派遣団がフランス領ポリネシアに渡航します。来月広島で開かれる原水禁大会の国際会議のテーマにもつながる会議です。

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2002年01月09日

在外被爆者への援護法適用訴訟判決控訴についての厚生労働省への要請

                              2002年1月9日  
  厚生労働大臣
   坂口 力  様
                            フォーラム平和・人権・環境  
                            原水爆禁止日本国民会議  
                             議  長 岩松 繁俊  
                             事務局長 佐藤 康英  
   在外被爆者訴訟・長崎地裁判決に対する控訴の即時
   撤回を求める要請

 日頃の厚生労働行政に対するご尽力に敬意を表します。
 さて、在韓被爆者の李康寧さんが、帰国を理由に被爆者援護法に基づく「健康管理手当」の支給を打ち切られたことは違法だとして訴えた裁判で、長崎地裁は、昨年12月26日、李康寧さんの主張を全面的に認める判決を下しました。同じく昨年6月、大阪地裁に郭貴勲さんが訴えた裁判でも、在外被爆者の訴えの正当性が認められました。大阪地裁、長崎地裁と続いた司法判断は、明らかに国の施策の違法性を指摘しており、敗訴した重みを率直に受け止めるべきです。
しかし、貴省は、在外被爆者の訴えが正当にもかかわらず、あろうことか1月8日に控訴をしました。今回の控訴は、高齢・病弱化し、一刻も早い援護を待ち望んでいる在外被爆者の切なる希望をうち砕き、深い失望を与えるものです。控訴により、結論が先延ばしされ、援護を必要とする在外被爆者が亡くなるのを待つかのような対応は、一片の誠意も感じさせないし、人道にもとる暴挙といえます。
 被爆者をめぐる情勢が変わりつつある中、細かい法律論にこだわり、援護を先送りすることは、非人道的な対応と言わざるを得ません。在外被爆者だけを差別的に扱うことは、国際社会において名誉ある地位と求めようとしている日本のとるべき対応ではないはずです。事実、アジア各国を始め国際世論も、日本に批判の目を向けています。
よって、私たちは、今回の控訴に強く抗議するとともに、以下の要請を行うものです。
                   記
1.在外被爆者の切なる希望をうち砕いた控訴の即時撤回を強く要求します。併せて、郭貴勲さんの控訴も取り下げることを求めます。
2.判決の趣旨に従い、被爆者援護法を在外被爆者に適用するための環境整備に着手することを求めます。
以上

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2001年09月04日

「在外被爆者に関する検討会」のご案内

「在外被爆者に関する検討会」のご案内

 今年6月1日に出されました在外被爆者に援護法の適用求めた大阪地裁の判決は、日本政府の在外被爆者排除の論理を否定した画期的な判決でした。しかし、この判決に対し、不当にも政府は控訴をしました。ハンセン病裁判では、控訴を断念した小泉首相らの人道的英断も、在外被爆者には無縁のものでした。
 その控訴直後、坂口厚生労働大臣は、「外国に居住の被爆者のことも真剣に考えなければならない」と発言し、7月9日には、「在外被爆者に関する検討会」を発足させました。しかし、控訴と併せて設置された検討会で、在外被爆者に被爆者援護法を適用することを目的とした検討が、具体的に進められるかどうかはまだまだ予断を許しません。
 今回、下記の通り、第2回目の「在外被爆者に関する検討会」が厚生労働省で開かれます。高齢化する在外被爆者に一刻も早く、援護法の適用をさせるためにもぜひ多くの方々の傍聴の協力をお願いします。

                      記

1.日 時  2001年9月4日(火) 17:30~
2.会 場  合同庁舎第5号館9F 厚生労働省省議室
  千代田区霞が関1-2-2 中央合同庁舎5号館本館
        電話03-5253-1111(代)
3.議 題  (1)在外被爆者の関係者及び有識者からの意見聴取
          意見聴取(予定)・・・広島市長 秋葉忠利、長崎市長 伊藤一長
                     法政大学名誉教授 袖井林次郎
       (2)その他
4.定 員  30~40名程度
       *事前の申し込みはありません。傍聴が多いときには先着順となり、場合        によっては傍聴できないこともあります。
5.事務局厚生労働省健康局総務課
        電話03-5253-1111(内線2313)
        担当 課長補佐 小森、坂本
   
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2001年06月15日

「在外被爆者への援護法適用訴訟」の控訴に対する原水禁の声明

 本日(6月15日)、韓国人被爆者である郭貴勲さんが訴えていた「在外被爆者への援護法適用訴訟」に対し、国並びに大阪府は、高等裁判所に控訴することを明らかにしました。
 在外被爆者の願いを踏みにじる高等裁判所への控訴に対して、私たち原水禁・平和フォーラムは、国と大阪府に心からの怒りをもって抗議し,控訴の撤回を求めるものです。

 今回の控訴に対して、私たちの見解を以下に明らかにしました。
 なお、今後、今回の控訴に対して直接厚生労働省に申し入れを行う予定です。(別途、時間・場所等をご案内します)

                      記

          在外被爆者の援護法適用訴訟の控訴についての見解

 被爆者問題は、原水禁運動の大きな柱のひとつとして、これまで鋭意取り組みを進めてきました。運動の成果として、1995年に、原爆医療法と原爆特別措置法の旧原爆二法を引き継いで、現行の「被爆者援護法」が施行されました。しかし、同法では、「国家補償」が明記されず、内容も不十分なままでした。とりわけ、在外被爆者に対する国家補償問題が今日に至っても未解決な課題として残されてきました。
 こうした中で、大阪地裁判決が、在外被爆者に対しても法の適用を認めたことは、法の下の平等を定めた「憲法14条」や、居住地と受給資格との関係を定めていない「被爆者援護法」に照らしても当然の判決であり、「援護法が国内居住者にのみ適用される」としてきた旧厚生省公衆衛生局長通達(1974年)を明確に否定したことはまさに画期的といえます。
私たちはこの間、政府および大阪府に対し、この判決を厳粛に受け止め、被爆者の高齢化が進む中、一刻も早い援護を講ずるため、これ以上の控訴をしないよう強く求めてきました。また、在外被爆者に対して、速やかに補償がおこなわれるよう、手帳や手当の申請について、各国の日本領事館でも手続きができるようにするなどの便宜を図るよう求めてきました。
 これらの願いを踏みにじる今回の控訴は、断じて許されるものではありません。今回の控訴は、在外被爆者の援護と日本の戦争責任に対する二重の暴挙ともいえます。
 今後私たちは、控訴の白紙撤回を求めるとともに、「援護法」への「国家補償の明記」や、対象外となっている「被爆二世、三世に対する補償」等を求めて運動をより一層力強く展開していきます。
                                       以上

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2001年06月12日

在外被爆者への援護法適用訴訟判決についての厚生労働省への申し入れ

                          2001年6月12日
厚生労働大臣
 坂 口  力 様
                          フォーラム平和・人権・環境
                          原水爆禁止日本国民会議
                          議  長  岩 松 繁 俊
事務局長  佐 藤 康 英

大阪地裁の「在外被爆者への援護法適用訴訟」判決についての要請

 去る6月1日、大阪地方裁判所で、広島で被爆した韓国原爆被害者協会の元会長、郭貴勲さんが、日本に滞在中に取得した被爆者健康手帳を、帰国を理由に失効させられ、健康管理手当などの支給を打ち切られたのは違法として、国と大阪府知事に対して支給継続などを求めた訴訟の判決で、大阪地裁は、郭さんを受給資格のある被爆者と認め、手当の未払い分の支給を命ずる判決をおこないました。

 1995年に、原爆医療法と原爆特別措置法の旧原爆二法を引き継いで、現行の「被爆者援護法」が施行されましたが、同法では、「国家補償」が明記されず、内容も不十分なままでした。とりわけ、在外被爆者に対する補償問題がこれまで未解決な課題として残されてきました。
 今回の判決において、在外被爆者に対しても法の適用を認めたことは、法の下の平等を定めた「憲法14条」や、居住地と受給資格との関係を定めていない「被爆者援護法」に照らしても当然の判決であり、「援護法が国内居住者にのみ適用される」としてきた旧厚生省公衆衛生局長通達(1974年)を明確に否定したことはまさに画期的といえます。
私たちは政府に対し、被爆者の高齢化が進む中、一刻も早い援護を講ずるため、この判決を厳粛に受け止め控訴をしないことなど、下記の通り強く要請します。

                     記

1.政府は、今回の判決を真摯かつ誠実に受け入れ、控訴をしないこと。

2.1974年に旧厚生省公衆衛生局長名で出された、在外被爆者に対する差別的な取り扱いについての通達を取り消すこと。

3.在外被爆者に対して、速やかに補償がおこなわれるよう、手帳や手当の申請について、各国の日本領事館でも手続きができるようにするなどの便宜を図ること。

4.「被爆者援護法」に「国家補償」を明記し、対象外となっている「被爆二世、三世」に対しても補償をおこなうこと。

                                     以  上

Posted by 原水禁 at 00:00 | Comments (0) | TrackBack