原発
2004.4.25

2004年4月11日(日)               「4・9反核燃の日」集会

核燃料サイクルの問題点と日本の原子力政策

京都大学・原子炉実験所  小出 裕章  

講演資料(スライド)

T.核と原子力は同じもの・・・世界は差別に満ちている

現在、米国と日本は朝鮮民主主義人民共和国(以下、「朝鮮」と表記)が「核開発」をしようとしているとして非難し、「国際社会」なるものを騙って、朝鮮に核の放棄を迫っている。朝鮮は韓国・中国・ロシアを含めた6者協議の場で軍事用の核開発を放棄する用意はあるが、「平和」利用は放棄しないと応じた。それに対して、日本と米国は「検証可能で後戻りできない形で、すべての核を放棄する」ことが必要で、「平和」利用も含めあらゆる核(=原子力)を放棄するよう圧力をかけている。

朝鮮は日本による植民地支配の挙句に、大陸から来る共産主義への防波堤として米国によって分断された。1950年から始まった朝鮮戦争は1954年に米国と朝鮮の間で停戦協定が結ばれただけで、ちょうど半世紀たった現在も米国と朝鮮は戦争状態にある。その一方の米国は巨大な核を持ち、いつでもそれを行使すると脅して来た国である。また、自分が気に入らない国があれば先制攻撃して転覆させると公言し、そして実行して来た国でもある。私自身は一切の核=原子力開発に反対してきた。朝鮮にも核に手を染めて欲しくない。しかし、米国と戦争状態にある国が核を放棄すると宣言できないことは当然だし、戦争の一方の当事国に対してだけ一切の核を放棄せよと迫ることがそもそもおかしい。もし、朝鮮に核の放棄を迫るのであれば、米国もまた核を放棄しなければならない。

また日本も「核」は軍事利用、「原子力」は平和利用というように言葉を使い分けてきて、日本が行っているものは「平和」利用である「原子力」開発であり、文明国として必須のものだと主張してきた。ところが同じことを朝鮮がしようとすれば、それは「軍事」利用である「核」開発としてしまう。「原子力」の平和利用などと言いながら着々と核開発を進めて来た日本もまた、「検証可能で後戻りできない形で、すべての核を放棄する」ことが必要である。

長年、核兵器廃絶に努力し、1985年にノーベル平和賞を受けた核戦争防止国際医師会議(IPPNW)の創始者バーナード・ラウン元会長は言う、 「核保有国が一貫して言ってきたことは『我々がしている通りではなく、我々が言う通りにせよ。我々は核兵器を持って良いが、君たちはいけない。』」

U.原子力の資源は貧弱

1945年8月6日、9日と日本は広島・長崎の原爆の洗礼を受けた。その被害があまりにも巨大であったため、核分裂エネルギーを「平和」的に使えば、人類にとって貴重なエネルギー資源になるとの期待が生まれた。私自身も、その夢に自分の一生をかけるつもりで原子力の場に進んだ。ところが枯渇が心配された化石燃料は、それを使い放題使おうとすれば、人類自身の生存可能環境を奪うほどに豊富な資源であった。一方、原子力の資源であるウランは期待に反して貧弱で、石油に比べても数分の1、石炭に比べれば100分の1しか存在しない資源であった。


原子力を推進しようとする人たちは、燃えないウラン(ウラン238)をプルトニウムに転換して使うことができれば、原子力の資源は60倍に増えるという。しかし、それでもようやく石炭に匹敵する程度になるだけであって、化石燃料が枯渇した後のエネルギーを原子力が供給することなどもともとできない。

その上、プルトニウムをエネルギー源として利用するためには高速増殖炉と核燃料サイクルが必要となるが、それらは技術的な課題が多すぎて決して実現しない。日本の原子力開発長期計画(以下、長計)による高速増殖炉実現の見通しを次頁の図に示す。高速増殖炉の開発計画が初めて言及されたのは1967年の第3回長計であった。その時の見通しによれば、高速増殖炉は1980年代前半には実用化されることになっていた。この見通しが当たっていれば、今から20年も前に高速増殖炉が実用化されていたことになる。ところが実際には高速増殖炉の開発ははるかに難しく、その後、長計が改定されるたびに実用化の年度はどんどん先に逃げていった。1987年の第7回長計では実用化ではなく、技術体系の確立とされ、さらに2000年の第9回長計では、ついに数値をあげての年度を示すことすらできなくなった。10年経つと目標が10年先あるいはもっと先に逃げていくような計画は決して実現しない。

高速増殖炉開発は日本の「もんじゅ」だけでなく世界中で行き詰っている上、仮に高速増殖炉が実現したとしても、エネルギー問題の解決には役に立たない。高速増殖炉の燃料は、天然には存在しないプルトニウムであり、それは自分自身で作り出す以外にない。1基の高速増殖炉が動き出したとし、それが次の高速増殖炉を動かし始めるのに足りるだけのプルトニウムを生み出すのに必要な時間の長さを「倍増時間」とよぶが、電力会社の試算でも、それは90年である。日本では過去120年以上にわたって、平均で年率4.5%の割でエネルギー消費を拡大させてきた。それは約15年で倍になるスピードであり、「倍増時間」が90年というようなエネルギー源では到底役に立たない。そんなものに、日本はすでに1兆円を超える投資をしてきたし、今後更なる投資をしようとしている。

V.再処理工場の放棄が急務の課題

原子炉を動かすと、その使用済み燃料中には(1)燃え残りのウラン、(2)核分裂生成物、(3)新たに生まれたプルトニウムが混然一体となって含まれるようになる。再処理とは使用済み燃料中に存在するそれら3者を化学的に分離する作業である。これら3者は原子炉の段階では曲がりなりにも燃料棒の中に閉じこめられているが、再処理では、それらを分離するためにどうしても燃料棒を切断してその閉じこめを破らなければならない。その上、例えば六ヶ所村に計画されている再処理工場では1年間に800トン分の使用済み燃料の再処理をする計画だが、それは約30基の原子力発電所が1年間に生み出す量に相当する。その放射能の閉じこめをわざわざ破って取り扱うのであるから、再処理工場から放出される放射能の量は圧倒的に多い。

もともと再処理の目的は原爆材料であるプルトニウムを取り出すことであり、高度な軍事技術であった。先の第2次世界戦争で負けた日本は原子力に関連する一切の研究を禁じられ、ごく基礎的な研究装置すら米軍に破壊された。そのため、日本の原子力技術は欧米に比べて何十年も遅れており、日本は再処理技術も持っていなかった。そのため、これまで日本の原子力発電所の使用済燃料は、英国・フランスに委託して再処理を行ってきた。

その英国ではウィンズケール(最近では、セラフィールドと呼ばれる)に再処理工場があるが、これまでに120万キュリー(広島原爆の400倍)を超えるセシウム137が内海であるアイリッシュ海に流された。すでにアイリッシュ海は世界一放射能で汚れた海になってしまっており、対岸のアイルランド国会、政府は度々再処理工場の停止を求めてきた。


日本が英・仏に再処理を委託して軽水炉の使用済み燃料から取り出してしまったプルトニウムは、使い道のないまますでに40トンに達しようとしている。使い道のないプルトニウムの蓄積は核兵器への転用の危惧を生むため、日本はやむなく軽水炉でプルトニウムを燃やしてしまう「プル・サーマル」路線を選択しようとした。しかし、「プル・サーマル」で燃やせるプルトニウムの量など知れているし、「プル・サーマル」すらが燃料製造データの偽造、住民や地方自治体の抵抗で頓挫した上、東京電力をはじめとする電力各社のトラブル隠しで一層の苦境に陥っている。こうなれば、プルトニウムを使用済み燃料から取り出すことは犯罪行為とも言うべきもので、現在六ヶ所村で建設中の再処理工場は決して運転してはならない。

2004年1月末現在での工事進捗率は95%となっており、4月(今!)にはウランを用いての試験に入る計画となっている。もし、それを実施してしまえば、施設全体が放射能で汚染され、その解体・処分に途方もない費用と労働者の被曝を含めたリスクを背負い込むことになる。最近になって電事連が公表した数値では、原子力利用の後始末には19兆円の費用がかかり、そのうち再処理工場の運転とその後始末のためだけで11兆円の費用がかかるという。そのため、原子力推進派内部が分裂、従来から頑迷に原子力を進めてきた中心勢力は未だに再処理を含めた核燃料サイクルの実現に固執しているが、冷静に原子力の利害得失を評価しようという人々が六カ所再処理工場の運転凍結を働きかける情勢になっている。

W.核燃料サイクルは核の「軍事」利用の核心

今日日本で原子力といえば、ほとんど人は原子力発電を思い浮かべる。しかし、もともと核燃料サイクルと呼ばれるすべての技術は核兵器開発のために開発された。第2次世界戦争のさなか、米国はマンハッタン計画と呼ばれる原爆製造計画を立ち上げた。砂漠に秘密都市を建設し、5万人の科学者、技術者を動員、総額20億ドル(1940年の為替レートで換算して、86億円。1941年の日本の一般会計歳入も86億円であった)の資金を投入して原爆の開発に当たった。

結局、1945年の終戦の時点までに米国は3発の原爆を生み出したが、うち1発が広島に落とされたウラン原爆であり、2発はプルトニウム原爆であった。そのうちの1発は人類初の原爆となってニューメキシコ州の砂漠で炸裂したトリニティ原爆であり、最後の1発が長崎原爆となった。燃えるウランの濃度を高める「濃縮」という作業は、広島型のウラン原爆を作るための技術であった。また、原子炉の中で燃えるウラン(ウラン235)を燃やすと、そばにある燃えないウランが自然にプルトニウムに姿を変える。それを「再処理」によって取り出すことで長崎原爆は作られた。現在、米国がイラク・イラン・朝鮮などを「悪の枢軸」と呼んで非難しているのは、それらの国が「濃縮」や「再処理」技術を開発しようとしているとの理由からである。

日本国憲法

第二章 戦争の放棄

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

憲法で軍隊を禁じたはずの日本はすでに世界第2位の軍事大国となり、「自衛」隊が重装備で海外に出かけていく国となった。また、日本がやるのは「平和」利用だから問題ないと言いながら、着々と核開発の実績も積み上げてきた。そして、現在の日本政府の公式見解は「自衛のための必要最小限度を越えない戦力を保持することは憲法によっても禁止されておらない。したがって、右の限度にとどまるものである限り、核兵器であろうと通常兵器であるとを問わずこれを保持することは禁ずるところではない」(1982年4月5日の参議院における政府答弁)というものである。特に、「個人としての見解だが、日本の外交力の裏付けとして、核武装の選択の可能性を捨ててしまわない方がいい。保有能力はもつが、当面、政策として持たない、という形でいく。そのためにも、プルトニウムの蓄積と、ミサイルに転用できるロケット技術は開発しておかなければならない」という外務省幹部の談話は、日本が原子力から足を洗えない本当の理由を教えてくれる。

プルトニウムは人類のエネルギー資源になるかのように言われたが、そのプルトニウムは100万分の1グラムの微粒子を吸い込んだだけで肺がんを誘発するという超危険物である。そして数kgあれば、原爆が作れる。そのため、核戦争防止国際医師会議はいみじくもプルトニムを「核時代の死の黄金」と名付けた。高速増殖炉は、そのプルトニウムを数十トンの単位で内包し、核燃料サイクルはそのプルトニウムを社会の中に循環させる仕組みである。

かつて、ドイツの哲学者ロベルト・ユンクは原子力を利用するかぎり、国家による規制の強化は必然であり、国は必然的に「原子力帝国」と化して庶民の自由が奪われると警告した。高速増殖炉、核燃料サイクルを含め、原子力を利用することそのこと自体が自由な社会を破壊する。