原発
2005.10.

JCO臨界事故6周年全国集会アピール

 1999年9月のJCO臨界事故から6年の時間が経過しました。

 JCO臨界事故では、労働者が急性放射線障害で落命したほか、一般周辺住民も中性子線を浴びるという、あってはならない事故でした。この事故は、あらためて、核災害の恐ろしさを私たちに警告しました。しかし原子力産業・原子力行政は、事故を防ぐ真剣な努力を果たしていないのみならず、いったん事故が起これば被害の切り捨てにはしることを、JCO臨界事故後の経過は雄弁に物語っています。記憶の風化をねらって、事故現場である転換試験棟も解体に着手されてしまいました。

 その後、東海村をはじめ各地域で事故・トラブルは続発し、より大きな核災害の危険はなくなっていません。無防備のまま突如として放射線を浴びせられた現地の方々と同様、いま全国の住民が核災害に対して何ら備えのない状態に置かれているといえます。原子力災害に対して異議を申し立てたり損害賠償を要求する司法制度も確立しておらず、住民は極めて弱い立場に置かれています。

 そのようななかで、原子力施設とそれがもたらしうる災害に対してどう取り組むかは、東海村の住民と全国の住民が連帯ししながら果たさねばならない大きな課題といえます。また、六ヶ所再処理工場の運転開始へ向けた動きが急を告げ、それと連動したプルサーマルの狼煙が上がるなか、「原子力政策大綱」に象徴される、強引な推進を許してはならないということこそ、「青い光」の残したメッセージではないでしょうか。臨界事故の残した傷痕と向かい合い、健康診断の継続と健康手帳の交付、率直な心のケアを続けることなどは今後も不可欠ですし、事故による健康被害の損害賠償裁判の勝利に向けた取り組みをすすめなければなりません。

 それらは根本的には原子力の村としての東海村が原子力産業のためにあるのか、住民のためにあるのかが問われていると思います。声をあげにくい住民の方々の潜在的な声をふくめ、被害者の訴えに司法・立法・行政は真摯に耳を傾けるべきです。

 私たちは「JCO臨界事故6周年全国集会」に参加した今日の日を機会として、心新たに、東海村で起きた悲劇を、二度と繰り返さないために、事故防止と最終的に脱原子力へと、ひとりひとりの取り組みを強化していきます。全国から東海村へ、東海村から全国へ運動を強めていきましょう。いまこの会場からの強い連帯のアピールとします。

2005年9月25日

水戸市・男女文化センター「びよんど」にて
「JCO臨界事故6周年全国集会」参加者一同