核兵器北朝鮮
2004.3.26

米国の非政府代表北朝鮮訪問団の報告

── ヘッカー元ロスアラモス研究所長 

米国の非政府代表訪問団の一員として1月6ー9日に北朝鮮を訪れたシーグフリード・ヘッカー元ロスアラモス研究所長(紹介ページ・英文)シーグフリード・ヘッカー:ロスアラモス研究所のページよりが上院外交委員会で行った証言(1月21日)が、カーネギー財団のホームページにでています(原文・pdf)。北朝鮮の核開発状況について決定的なことを言うのに足りるような証拠は得られなかったとの結論ですが、訪問で明らかになった点を中心に証言内容を要約しておきます。

 証言は、基本的には、「北朝鮮の核開発データ─プルトニウム関係」の項の出典である「科学・国際安全保障研究所(ISIS)」発行の『北朝鮮の核パズルを解く(Solving the North Korean Nuclear Puzzle)』(デイビッド・オルブライト及びケビン・オニール編著:2000年)の内容に照らして北側の説明を検証するという形になっている。使用済み燃料を再処理した場合に得られるプルトニウムの量などについての推定は、同書のデータを使っている。



北側の意図は?

1994年に5MWe実験用原子炉(電気出力5000kw)から取り出した使用済み燃料からプルトニウムを分離して「抑止力」を持っていることを示すことと説明。
 ただし、北朝鮮側は、訪問団に「レッド・ラインを超えたと北朝鮮が宣言した場合に、[それを口実に]米国は行動を慎むと考えることはできるか」とも聞いている。

北側の説明を要約すると?

1)原子炉
  5MWe原子炉 2003年2月運転開始 100%で運転中
  50MWe原子炉及び200MWe原子炉 工事中断のまま。今後の措置を検討中
2)再処理
  1994年に5MWe原子炉から取り出した8000本の使用済み燃料棒を、プールから運び出し、2003年1月半ば〜2003年6月の間に、すべて再処理して金属プルトニウムを作った。─ プール内の使用済み核燃料─カーネギー国際平和財団のサイトよりカーネギー国際平和財団のサイトにあるプール内の使用済み核燃料の写真。(1996年撮影、米国の技術者らが缶詰にする前の状態)
 最初は、プールに入れたままでは燃料の安全性が確保できないので再処理することにした*(酸化プルトニウムとして保存予定)が、米国の敵対政策のため、兵器用として、全量を金属プルトニウムにすることにした。
 (取り出した「プルトニウム」を瓶に入れて訪問団に提示)
 1992年のIAEAの査察が入る前には、実験をして、60グラムのプルトニウムを取り出しただけ。(1993−94年の危機は主としてこの主張をめぐるもの) *参考
3)核兵器
 「さらに時間が過ぎていけば、われわれの核兵器は、質と数において増える可能性がある。」
4)ウラン濃縮計画 
  存在しない。
*この燃料は、長期保存に向いていない。米国の技術者が現地に行って、アルゴンガスを注入した缶詰状態にしたが、長くはもたない。2003年の軽水炉の完成とともに国外に運び出して再処理する予定だった。

訪問団が確認できたことは?

1)原子炉 
 ・5MWe原子炉
  現在:制御室の様子などからいって現在順調に運転中。過去1年間の運転経歴については不明。
 ・50MWe原子炉 傷みが激しく、すぐに完成できる状況ではない。
 ・200MWe原子炉 見に行っていない。
2)再処理
 工業規模のものであり、再処理に必要な施設・機器、技術的専門知識が存在。
 示された「プルトニウム」は、本物の特徴と符合するが、細かい検査ができていないので確認できない。
 たとえ本物でも、最近の再処理からのものかどうか、検査しないと確認できない。
3)核兵器
 核爆発装置の製造能力、その装置を運搬手段に搭載できるように兵器化する能力を北朝鮮が持っていることを説得力を持って説明できる人には会えなかった。
4)ウラン濃縮
 確認できない。米国は、2002年10月4日に北朝鮮がウラン濃縮計画の存在を認めたと主張しているが、北朝鮮はこれを否定。姜錫柱(カン・ソクジュ)第1外務次官が語った内容について朝鮮語バージョンを訪問団に提供。

訪問団メンバーは?

ジョン・W・ルイス・スタンフォード大教授(アジア専門)
シーグフリード・ヘッカー元ロスアラモ ス研究所長(86−97年:現在シニア・フェロー)
チャールズ・L・プリチャード元朝鮮半島和平担当特使(現在ブルッキングズ研究所客員研究員)
W・キース・ルース上院外交委員会共和党スタッフ(アジア担当)
フランク・S・ジャヌージ上院外交委員会民主党スタッフ(アジア担当)

訪問の経緯は?

1987年以来北朝鮮との対話に取り組んできたルイスが北朝鮮からヨンビョンの核施設を訪問するよう招かれ、ルイスがヘッカーを専門家として誘った。プリチャードもこれに参加。北朝鮮訪問の計画が元々あった議会スタッフの二人も、訪問団に加わることになった。

ヨンビョン核科学研究センター訪問の日程は?

ヨンビョン核科学研究センター(ヨンビョンの町の近く)訪問
2004年1月8日 午前10時30分−午後5時15分

訪問した施設は?

1)5MWe原子炉
 制御室
 原子炉ホール観察区域 
2)50MWe原子炉 
 そばを車で通り過ぎる(2回)
3)使用済み燃料貯蔵プール
4)放射化学研究所 
 3階の廊下 遮蔽ガラスを通してホットセル・オペレーションが見られる
 会議室
5)ゲストハウス 
 事前説明と、まとめの話し合いのため

北朝鮮側の全般的状況説明は?

2003年9月核活動を凍結することを提案したが、米国から反応がなかった。
同じ提案を再度したら今回は、パウエル国務長官が好意的な反応を示した。
2004年1月7日の報道(共同─yahoo)
2002年11月の米国の行動により、枠組み合意は北の利益にならないと判断
5MWe原子炉の運転再開、再処理決定
「使用済み燃料を安全に保つ唯一の方法だ。」
「同時に、米国の敵対的政策が強化された。それでわれわれは、目的を変え、米国に対し、平和目的に使われてきたプルトニウムを、今や、兵器のために使うと告げた。最初は、プルトニウム再処理の形態を、プルトニウムを安全に保存できるような形に留めることを望んだ。その後、われわれの抑止を強化するために、この目的を変えた。」
[われわれに対応しないままで]失われた時間は、米国側の利益になっていないことを指摘しておかなければならない。さらに時間が過ぎていけば、われわれの核兵器は、質と数において増える可能性がある。結果は、米国にとって成功ではない。」
 ─ 朝鮮中央通信の6日の論評─朝鮮日報に掲載された全訳

5MWe原子炉についての北朝鮮の説明は?

2003年2月運転再開
現在 100%の熱出力で運転中
 目的 電力供給
    熱供給 ヨンビョン 
 枠組み合意で供給されていた重油50万トン/年 中、10万トンがヨンビョン用だった
今後 現在装荷中の燃料でどのくらい運転するかは米国との関係次第。
 いつでも再処理する用意
 新しく装荷する燃料が、もう1回分ある
燃料製造工場 一部運転可、一部保守点検中。建設中の原子炉の運転開始までは、時間があるので問題ない。
◎ヘッカー評価
 現在 運転中 
  制御室の表示がスムースな運転を示唆 
  冷却塔から蒸気
 過去1年間の運転状況 確認のしようがない
 

50MWe原子炉についての北朝鮮の説明は?

94年の建設凍結時は、後1年で完成という状態
現在、どうするかを検討中
◎ヘッカー評価
 車で近くを通り過ぎた際に見た感じでは傷みがひどく、1年で完成という状態からはほど遠い。

200MWe原子炉についての北朝鮮の説明は?

94年に建設凍結。現在どうするか検討中。

使用済み燃料のプールからの運び出しついての北朝鮮の説明は?

8000本の使用済み燃料をすべてヨンビョンの再処理施設に移動
 燃料はプールから、朝鮮製の容器(メタル・バスケット)で取り出し、特別遮蔽を施した輸送キャスクに入れた。
 米国のキャニスターの約半分が漏れていた
 それでも、問題なく、燃料棒をプールから取り出し、特別製キャスクに入れてトラックで毎日再処理施設に運んだ
◎ヘッカー評価
1995年(枠組み合意後数ヶ月の時点)、燃料の缶詰作業の準備始まる
2000年6月 缶詰作業終了
 キャニスター 400
 使用済み燃料20本/キャニスター
燃料はすべて運び出されたとの結論
 なくなっているキャニスター、蓋が開けられているキャニスターが多くあったので、燃料棒がすべてプールにある状態でないことは直ちに明らか。プールの表面には薄い氷の膜。
 蓋が閉まった状態のままのものについては、中にまだ燃料があるかもしれないとの懸念を表明すると、北側は、ランダムに選んだいくつかのキャニスターの蓋を開けて中になにもないことを示して見せた。
別の貯蔵所に動かした可能性はあるが、その場合、深刻な健康・安全性問題が伴う。
本当に再処理施設に入れたとするとまず「乾式貯蔵建て屋」に入れられるはず。これを見せて欲しいとの要求は聞き入れられなかった。現在なにも起きておらず、建物に労働者もいないからというのが理由。

再処理終了についての北朝鮮の説明は?

2003年1月半ば〜2003年6月 8000本の使用済み燃料をすべて再処理
処理能力 ウラン375kg/日
 6時間ずつの4シフトで24時間体制で作業をした
 通常110トン/年の能力(オルブライトの推定通り)
 従って6ヶ月以内で50トンの燃料を処理することが可能
 ホットセルのとなりの廊下を歩いて案内する。
 現在は再処理はすべて完了して、クリーンアップをしてあるので廊下には放射線の害はない。
 
 施設の建設開始 1986年
 主要部分の完成 1990年
 ホットテスト  1990年春
  80本の使用済み燃料と天然ウランを使って60グラムのプルトニウムを抽出
 今回の廃棄物は、このときの廃棄物と混ぜた
◎ヘッカー評価
 工業規模の再処理施設
 修理は行き届いている模様
 必要な施設・機器、技術的専門知識を備えていることを示して見せた。
 米国のものと同じピューレックス(溶媒抽出)法。
 再処理化学に関するわれわれの技術的質問にすべてちゃんと答えた。
 「プルトニウムの最終的精製・製造に使われたグローブボックスは見ることができなかった。」
「施設のツアーだけでは、2003年前半に施設が実際に運転されたかどうか、確認も否定もできない。」
 廃棄物施設は見ていない。

再処理工場の兵器用の運転についての北朝鮮の説明は?

 最初は、民生目的で燃料サイクルを運転するつもりだった。 
 プルトニウムを、2酸化プルトニウムとして保存するということ。
 米国の行動のため、全量を金属プルトニウムにすることに決定。
 グローブボックスを使って実施。IAEAの査察の際にはなかったもの。
 機器を設置し、金属プルトニウムの製造の準備をするのに3ヶ月かかった
◎ヘッカー評価
 最終プルトニウム行程で使うグローブボックスは見ることができなかった。
 金属プルトニウム製造用のグローブボックスの準備ができていたことを示す発言。事実とすると、1992年にIAEAの査察が始まる前にプルトニウム金属の製造を経験していたことを意味する。 

ツアーの後会議室で見せたプルトニウムについての北朝鮮の説明は?

 金属ケースの中に収められた木箱の中にガラス瓶2本
(金属の蓋をネジで留め、透明テープで固着)
  1本 150グラムの蓚酸プルトニウムの粉末
  1本 200グラムの金属プルトニウム
合金
     (合金化はプルトニウムを鋳造・成形に向いたデルタ相に留めるために実施される一般的方法)
密度 15−16g/cm3 
漏斗状
    厚さ 約1/8インチ (1インチ=2.54cm)
    直径 底部=2インチ 上部1インチ
    高さ 1.5インチ
    今回の再処理の鋳造のスクラップ
  プルトニウム240の含有率については言えない。IAEAが知っているから聞くといい。   
 
◎ヘッカー評価
 
「蓚酸プルトニウム」 
  緑色 空気中に一定期間おかれた蓚酸プルトニウムのものと一致
「金属プルトニウム」 
  表面・色 鋳造されて部分的に酸化されたプルトニウムに符合
 「遊離した粉状の酸化物があまり見えなかったことからいって、何週間も前から瓶に入れていたものではないだろう。」
手袋をした手でガラス瓶を持って「プルトニウム」の密度と熱を感じ取ろうと試みた。
瓶(非常に分厚い)は、相当重く、生暖かった。部屋のものはみんな冷たかったが、瓶は冷たくなかったことが重要。
プルトニウムであることは確認できなかったが、放射性物質ではある。
ガイガー・カウンターと見られる放射線測定器が瓶を入れた木箱の近くに置くと反応。
たとえプルトニウムであったとしても、最近の再処理からのものかどうかは別。
センターの所長はプルトニウムの「年齢を測定するにはアメリシウムとプルトニウム241の比率を測らないとできないだろう」と発言。これは正しい。
密度15−16g/cm3というのは、ガリウムかアルミニウムを1重量%混ぜた合金に符合。大まかな寸法、重さも符合。だが、不確実性は大きい。

高濃縮ウラン計画の存在についての北朝鮮の説明は?

「北には、高濃縮ウラン・プログラム専用の施設、機器、科学者は存在しない。」
 2002年10月4日に姜錫柱(カン・ソクジュ)第1外務次官が語った内容について朝鮮語バージョンを訪問団に提供。