核兵器
2000.7

核軍縮とNMD

2000年7月発行 原水禁大会パンフレットより
絵: 橋本勝
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  はじめに

  1. ◎ABM制限条約
  2. ◎NMD
  3. ◎TMD
  4. ◎BMD
  5. ◎START
  6. ◎NPT
  7. 第一部 核兵器の現状
  8. 核兵器は減っているか
  9. 核兵器は今後減りそうか
  10. START2はなぜ発効しないか
  11. START3ではどこまで下がるか
  12. CTBTは早期に発効しそうか
  13. 核兵器の役割は低下しているか
  14. 核兵器の運用状態のレベルは下がっているか
  15. 「核廃絶への明確な約束」で核廃絶は近くなったか
  16. 第二部 NMD
  17. NMDの前史
  18. NMDの歴史
  19. 年内決定に固執するクリントン政権
  20. NMDシステムの仕組み
  21. NMDの問題点
  22. TMDとNMDの関係
 

 ベルリンの壁が崩壊してから一〇年以上が経過した。冷戦の一方の主役だったソ連自体がなくなってしまってからさえ、八年になるいま、核軍縮はどれほど進んでいるのだろうか。この間、元軍人や政治家などが核廃絶を訴える声明を出したり、国際司法裁判所(ICJ)が核兵器の使用や使用の威嚇を一般的には違法とする勧告意見を出したりする中で、核廃絶の考えは広まってきている。今年四月から五月にかけて開かれた核拡散防止条約(NPT)再検討会議では、核保有国が、新アジェンダ連合と呼ばれる国々を初めとする非核国の要求を呑んで、核廃絶を明確に約束する文言に同意した。いよいよ、核廃絶の日が近づいたかのように見えるかもしれない。だが現実は、それほど楽観視できるものではない。世界にはまだ三万二〇〇〇発ほどもの核兵器が存在している。そして、新たな軍拡競争を招きかねない要因もある。戦略的安定性の要といわれる弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約を大幅変更あるいは破棄してでも米本土ミサイル防衛(NMD)システムを配備しようとする米国の動きである。核廃絶の可能性を現実のものにするためには、米国を始めてとする核保有国の行動を注意深く追いかけ、具体的な措置を迫るような運動を展開しなければならない。でなければ、せっかく出てきた可能性も消え失せてしまう。そして、私たち日本の反核運動は、日本政府の核政策を具体的に検証することも忘れてはならない。

 まず最初にいくつかの用語の整理をしながら、問題点を要約した後で、第一部で核を巡る状況について概観し、第二部でNMD計画の中身と問題点を検討することとしたい。

◎ABM制限条約

 1972年に米ソの間で署名され発効し、74年に改正された弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約は、全土防衛のために弾道弾迎撃ミサイル(ABM)を配備することを禁止している。弾道弾迎撃ミサイルというのは、要するに飛んでくるミサイルを打ち落とすミサイルである。配備が認められているのは、首都又は大陸間弾道弾(ICBM)のサイロ(地下発射台)周辺のどちらか一ヶ所の半径150キロメートル以内の地域で、迎撃ミサイルの数は100基以下に制限されている。これは、迎撃ミサイルを増やせば、相手国がそれを上回る数の攻撃ミサイルを増やそうとして、果てしない軍拡競争が続くことを恐れてのことである。

◎NMD

 米国は、今年一〇月にも、全土防衛のための弾道弾迎撃ミサイルのシステムを二〇〇五年から配備し始めるかどうかを決めようとしている。米国に飛んでくるミサイルをミサイルで撃ち落として守ろうという構想である。NMD(全土ミサイル防衛あるいは本土ミサイル防衛)システムと呼ばれるものである。現在の計画では、まず一〇〇基をアラスカに配備して、その後二〇一〇年代にノースダコタにもう一つ基地を設け、最終的にこれら二個所に一二五基ずつ配備することになっている。これは、ABM制限条約に違反する。それで現在米国はロシアに条約の改正を要求している。

◎TMD

 一方、米国は、海外に出た米軍や同盟国を守るシステムも開発しようとしている。こちらは、TMD(戦域ミサイル防衛)システムと呼ばれる。射程三〇〇〇〜三五〇〇キロメートル程度までのものを対象とする。これは、上層の大気圏外で打ち落とすものと下層の大気圏内で打ち落とすものとに分かれる。両者にはさらに陸上配備と海上配備のものがある。陸上配備のものがそれぞれ、戦域高高度地域防衛(THAAD)、パトリオット能力発展型第三段階(PAC3)、海上配備のものが海軍戦域広域(NTW)、海軍地域防衛(NAD)と呼ばれる。日本は海上配備の上層用のTMDのNTWついて、米国との共同技術開発に入っている。一九九五年から六回続けて迎撃実験に失敗して大きく報道され、九九年になってやっと二回「成功」したことになっているのは、THAAD(サード)である。NTWの方はまだ迎撃実験に入っていない。

◎BMD

 米軍が出て行っている先の国の側からすれば、TMDもその国全体を守ろうというものだから、本土ミサイル防衛である。それで、日本政府は、TMDを単に弾道ミサイル防衛(BMD)と呼んでいる。米国では、NMDとTMDを合わせたものを指す用語としてBMDという言葉が使われており、これら両者の開発に当たっている機関は弾道ミサイル防衛局(BMDO)である。

◎START

 一九九三年に米ロの間で調印された第二次戦略核兵器削減条約(START2)が発効すると九七年末には、戦略核兵器が三〇〇〇〜三五〇〇に削減されることになっている。戦略核兵器というのは、米ソの交渉の中で射程五五〇〇キロメートル以上の大陸間弾道弾及び潜水艦搭載の弾道弾、それに大陸間を飛べる爆撃機に搭載される核爆弾を意味する。要するに、遠く離れたところに配備しておいて敵を攻撃できる核兵器である。ただし、印パのような国境を接した状況では、すべての核兵器が戦略的意味を持ってしまう。九一年に米ソ間で調印された第一次戦略削減条約(START1)は、米ソそれぞれ一万発以上だった戦略核を七年間で約六〇〇〇発に減らすことを決めた。こちらは九四年に発効したが、START2の方はまだ発効していない。発効の条件となるSTART2の修正文書を米国がまだ批准していないからである。さらに、ロシアの批准文書は、ABM制限条約の遵守を発効・実施の条件としており、米国がNMD計画をABM制限条約を無視する形で強行すればSTART1とSTART2がともに効力を失ってしまう。そしてABM制限条約を骨抜きにするような形で条約修正が行われれば、それも世界的な核軍縮の流れを極めて困難なものにする。

◎NPT

 一九六八年に調印され、七〇年に発効したNPTは、非核保有国が核兵器を持たないことを約束する一方で、核保有国は、非核保有国に核兵器を委譲したり核保有に手を貸したりしないと約束するとともに、その六条において核軍縮に努力することを誓っている。条約は、また、非核保有国は、原子力が平和的利用から核兵器に転用されないようにするための「保障措置」を受入れると定めると同時に、それが平和利用についての奪い得ない権利に影響を及ぼしてはならないとしている。
 一九九五年に無期限延長が決まって以来、九カ国が新たに加盟し、現在の加盟国数は、一八七カ国になった。未加盟国はインド、パキスタン、イスラエル、キューバである。ただし、キューバは、ラテン・アメリカ非核地帯条約(トラテロルコ条約)の加盟国となっており、核保有を禁止されている。

第一部 核兵器の現状

核兵器は減っているか

 前述の通り、世界の核兵器の数は、いまでも、約三万二〇〇〇発に上る。確かにピーク時の一九八六年の約七万発と比べると減ってはいるが大変な数である。内訳は、米国一万五〇〇、ロシア二万、英国一八五、フランス四五〇、中国四〇〇である。これにイスラエル、印パのものが加わる。現在配備されている戦略核の数は、米国が七二〇〇、ロシアが五四〇〇程度と見られている。(これは、米国の「自然資源防護協議会(NRDC)」の数字である。異なる数字もあるので目安程度に考えておくとよい。)
 米ロの数字には、スペアの他、配備からはずされているものも含まれている。ロシアの場合には詳細ははっきりしないが、合計二万発のうち、半分が予備あるいは解体待ちと見られている。米国の場合には、予定の解体作業がほぼ完了しており、解体待ちというのはほとんどない。一七〇〇発ほどの戦術核が維持されており、このうち一五〇発ほどが、NATO加盟のうちの七カ国に実際に配備されている。残りが予備などとしておかれているものである。総数の約一万発というのは、START2、START3の下でも維持されることになっている。削減された分は予備の方に回されるだけである。米国はさらに、核兵器の解体で出てくるプルトニウムでできた芯の部分を五〇〇〇発分そのまま保存することにしている。合わせて一万五〇〇〇発分を長期に維持しようという計画である。

核兵器は今後減りそうか

 一九八〇年代の末から九〇年代はじめにかけて、とくに米ソ(米ロ)の間で、核兵器の削減に向けた大きな動きがあった。米ソの中距離核戦力全廃条約(INF条約:八七年一二月調印、八八年六月発効)、第一次戦略兵器削減条約(START1:九一年七月調印、九四年一二月発効)、九一年のブッシュ・ゴルバチョフ大統領による戦術核の一方的削減措置などによって、核兵器の数は減ってきている。そして、第二次戦略兵器削減条約(START2:九三年一月調印)が発効すれば、戦略核は、二〇〇七年末までに三〇〇〇〜三五〇〇発に減らされる予定である。だが、九三年以降新しい削減条約は結ばれていない。START2は、前年の大統領選挙が終わってまさにクリントン政権が登場する前夜に署名されたものである。だから、クリントン政権下では何も新しい削減条約が成立していないことになる。
 しかも、START2の発効のめどは立っていない。米国は九六年に批准をすませており、ロシア下院が今年のNPT再検討会議直前の四月一四日に批准し、プーチン大統領が五月四日に批准文書に署名したから、それで発効となりそうなものだが、問題が残っている。米国が批准した後の九七年に合意された一連の文書を米国がまだ批准していないからである。ロシアの方は、九三年の条約自体と、これらの合意文書をまとめて批准しているが、その批准文書で、九七年の合意文書の米国での批准を条約発効の条件として明記している。
 START2が発効しないと米国の戦略核の弾頭数は、START1で定めた上限の約六〇〇〇発以下には下がらない。九五年以来、国防歳出権限法案の修正案の形でつけられた条項が、START2の発効までSTART1レベル以下に下げることを禁止しているからである。議会でこの制限を撤廃しようとする動きがあったが、NPT再検討会議の終了から一カ月もたっていない六月七日、二〇〇一年末に終了予定の四年毎の戦略見直しで弾頭数を下げても安全保障が保たれるとの結論が出るまではSTART1レベル以下に下げてはならないとする修正案の方が可決されてしまった。下院ではこれまでと同じ制限案が通過している。上下両院の調整が行われるが、いずれにしても二〇〇一年末までは状況は変わらないことになる。

START2はなぜ発効しないか

 START2の批准がロシアで遅れた理由の一つは、条約がロシアにとって不利だとの認識があったからである。ロシアの核戦力は、多数の弾頭を載せられる大型ミサイル(重ICBM)への依存度が高く、これを廃棄することを義務づけたSTART2は、ロシアにとって経済的負担が大きい。これを実施した上で、条約で認められる戦略核の上限の3500発まで核戦力を引き揚げようと思えば、新しい単弾頭のミサイルを多量に作らなければならないからである。カネがかかる。米国の方は、重ICBMを廃棄するとともに、三弾頭のものを単弾頭にするというだけですむようになっている。
 米ロ両国は、この問題を解決するために、九七年三月にヘルシンキで開かれた両大統領の会談で、START2の実施期限を、二〇〇三年一月から二〇〇七年末に遅らせること、START2の発効と同時に戦略核の配備数の上限を二〇〇〇〜二五〇〇発とするSTART3の交渉を開始し、その実施期限をSTART2と同じ二〇〇七年とすることで合意した。二〇〇七年までには、いずれにしても、ロシアの重ICBMの寿命が来る。そして、START2とSTART3の実施期限を合わせることによって、新しいミサイルを作ってから廃棄するという無駄がなくなる。(ロシアでは、経済的困難から二〇〇〇発のレベルさえ維持することが難しいため、START3では一五〇〇発とするよう提案しているが、米国はこれを拒否している。)
 九七年合意の中には、ABM制限条約に関連したものも含まれている。その一つは、旧ソ連が崩壊したことを受けて、ABM条約の継承国を、ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、ウクライナとするものである。もう一つは、NMDシステムと戦域ミサイル防衛(TMD)システムの境界を定めるものである。
 後者はABM制限条約の制限の対象になる弾道弾迎撃ミサイル(ABM)と、対象外のTMDについて定義を試みたもので、速度の速い迎撃ミサイルと遅い迎撃ミサイルに分けて文書を作っている。秒速三キロメートル以下の迎撃ミサイルについては、秒速五キロメートルを越える速度あるいは三五〇〇キロメートルを越える射程を持つミサイルを標的にした実験をしない限り、制限の対象とならないとしている。秒速三キロメートルを越える速度の迎撃ミサイルについては、秒速五キロメートルを越える速度あるいは三五〇〇キロメートルを越える射程を持つミサイルを標的にした実験を禁止すると同時に、「別の当事国の戦略核戦力に現実的脅威を与えず、そのような能力を与えるような実験をしないとの原則」を確認した。(この合意に則れば、射程三五〇〇キロメートル以下のミサイルの迎撃を対象としたものがTMDということになる。)米国側は、これで米国のTMDが計画通り配備できるとした。ただし、ロシアのプリマコフ外相(当時)は、このとき、これで境界問題が解決されたわけではなく検討を続けなければならないと述べている。TMDは衛星からの情報などを与えることによってNMDの一環とすることが可能だからでる。このこと自体は、米国政府自身認めている。とくに問題となったのは、秒速四・五キロメートルに達する海軍戦域広域(NTW)である。戦域高高度地域防衛(THAAD)の方は、秒速約二・六キロメートルとされている。
 まとめてヘルシンキ合意と呼ばれるこれらの合意は、一九九七年ニューヨークで正式文書に署名して確認された。

 米国の上院外交委員会のジェシー・ヘルムズ委員長を初めとする一部の共和党議員たちは、ABMの関連文書を批准しないと明言している。CTBTの批准拒否の先頭に立った議員たちである。彼らは旧ソ連が崩壊した時点で、条約は効力を失ったとの立場に立っているのである。米国の上院が97年9月の文書を批准しなければ、ロシアの批准が終わっていても、START2は中に浮いたままとなる。さらに、ロシアのSTART1の批准文書もABMの遵守を条件にしているから、こちらも危うくなる。

START3ではどこまで下がるか

 ABM制限条約の修正と引き替えに米国は一五〇〇発という数字を受け入れるのではとの観測が流れているが、上院軍事委員会のジョン・ウォーナー委員長は、この動きを阻止しようとして、五月二三日軍部関係者を呼んで公聴会を開いた。証言に立ったヘンリー・シェルトン統合参謀本部議長は、ヘルシンキ合意を支持すると述べた。ジェイ・ジョンソン海軍作戦部長は、「ヘルシンキ合意の枠組みなら問題ない。それから離れるのなら、立ち止まって、必要な分析をしてみなければならない。」二〇〇〇〜二五〇〇発を維持するべきだと言うことである。
 この数字は、クリントンが一九九七年に出した大統領令に従って国防省が定めた核兵器の攻撃目標の数からきているのだと、ワシントンのシンクタンク「防衛情報センター(CDI)」のブルース・ブレアはいう。戦略空軍にいた経歴を持つブレアは、つぎのように説明する。(五月一八日に「核の危険を減らすための連合(CRND)」が出した声明の中でブレアが触れているこれらの数字は、ロバート・ケリー上院情報特別委員会副委員長が六月上旬に上院で挙げており、事実上公式のものになったに等しい。)
 核戦争計画を記した秘密文書「単一統合作戦計画(SIOP)」に載っている攻撃目標の数は、レーガン時代の一万六〇〇〇をピークに、一九九五年には二五〇〇にまで減っていたのが現在では三〇〇〇になっている。最近の増加の原因の一つは、九七年の大統領令の結果、それまでSIOPからはずれていた中国が二〇年ぶりに復活したことだろうと見る。ロシアには、SIOPが最重要の範疇に入れている攻撃目標が二二六〇ある。内訳は、核兵器システムが一一〇〇、通常兵器が五〇〇、指導部が一六〇、戦争支援産業が五〇〇である。戦略計画担当者らは最重要目標の八〇%を破壊することを目指すから、二二六〇の八〇%、つまり、約一八〇〇発がロシアに間違いなく到達する計画となる。これに余裕を見た分と中国を加え、さらにSIOPには入っていないロシア、中国の目標、それにイラン、イラク、北朝鮮などを加えると戦略核が最低限二五〇〇発必要との数字が出る。

CTBTは早期に発効しそうか

 一九九六年九月に締結された包括的核実験禁止条約(CTBT)は、署名国が一五五、批准国が五六(英・仏・ロを含む)に達している。ロシアは再検討会議の直前に批准したが、米国上院は昨年一〇月批准を拒否している。イスラエルは署名しているが未批准。一九九八年に相次いで核実験を行った印パや北朝鮮は署名もしていない。これらの国々を含む原子力技術国四四カ国の批准が条約の発効条件になっており早期発効の見通しは暗い。
 米国上院が批准を拒否する結果になってしまったのは、一つには民主党側が議会戦術で共和党に出し抜かれる形になったからである。クリントンは、一九九六年九月二四日のCTBT署名式で最初に署名をし、翌年九月に上院にCTBTを送って批准を求めたが、批准を勝ち取るための作業を精力的に進めなかった。条約の審議を最初に行う上院外交委員会のジェシー・ヘルムズ委員長は、九七年の合意や京都会議の議定書の方が先だと言い続けた。先にこれらをつぶしてしまおうという考えである。九九年一〇月に予定されていた批准国による批准促進会議を前にした六月ころになると民主党の議員らが会議前に批准をすませようとヘルムズ委員長や上院の共和党院内総務のロット議員に批准のための審議を強く要求し始めた。だが、上院議員の理解を高めるための作業を怠っていた。一方、共和党CTBT反対派の方は、批准拒否に必要な票(上院の三分の一以上=三四票)を獲得する作業を水面下進めていた。準備万端整ったところで、ロット議員らは民主党側の意表をついて、短時間での審議で投票に入るという条件でなら審議をしてもいいと最後通告を突きつけた。引くに引けなくなった民主党は、これを呑んでしまった。その結果、上院は、一〇月八日からわずか一四時間の審議を行っただけで一〇月一三日、批准を拒否したのである。
 もう一つの原因は、クリントン政権が当初から、核実験が禁止された後は科学的研究・実験によって信頼性・安全性を維持するとの政策をとっていたことにあるとNRDCのクリス・ペインは指摘する。ペインは、核兵器の開発に関わってきたリチャード・ガーウィンやレイ・キダーなどの科学者らとともに、核兵器を維持するつもりなら、古くなったものは解体し、プルトニウムを取り出して製錬したうえで、すべて元の設計通り作りなおすという方式をとるべきだと主張してきている。
 クリントン大統領は、一九九五年に核実験禁止条約発効後の米国の安全を保障する措置として、科学的核兵器管理プログラムの維持を維持すること、核抑止にとって重要な核兵器システムの安全性及び信頼性が維持できないと判断される場合には「至高の国益」条項の下でCTBTから脱退できるとの解釈をとることなどを発表した。
 要するに、核実験をしないでも、核兵器の安全性・信頼性を保ち、また、いざとなったら核兵器開発・核実験が再開できるようにその能力を持つ科学者・技術者を雇っておき、そのために必要な各種施設及び核実験場を増設あるいは維持するという計画である。建設予定の巨大なレーザー核融合施設(NIF)を使った実験やいわゆる未臨界実験などさまざまな実験とコンピューター・シミュレーションを組み合わせて「科学的兵器管理」能力を得るというもので、二〇〇五〜二〇一五年のどこかの時点で、目指す能力が得られるという。
 この安全保障措置は米国の保守派のCTBT反対の声を封じるという側面を持っていた。また、大きな政治的力を持つようになってきている核兵器開発研究所との取り引きだったとも考えられる。つまり膨大な資金を各種新施設の建設に注ぎ込み、雇用も確保するからCTBTに反対しないようにという取り引きである。(保守派を満足させるため、また、予算を獲得するため、これらの施設の能力についての説明が誇大広告になっている面もある。)
 だが、これは、研究所の力を増す結果をももたらした。核実験の再開の決定を左右する核兵器システムの安全性及び信頼性については、エネルギー省と国防省の長官が判断することになっているが、その基礎になるのは研究所の所長の判断である。少なくとも、米国議会でのCTBT批准までは、クリントン政権は研究所を満足させておかなければならないという関係になってしまっているのである。悪くするとこの関係は将来もずっと続くことになる。CTBT脱退という事態を招かないためには、研究所に資金や施設を与え続けなければならないというわけである。カネをつぎ込んでも、最後は研究所の所長らの気分次第で物事が決まりかねない。
 実際、一〇月の公聴会では、政府の方針を支持してくれるはずの研究所の所長らが、まだ、核実験に代わる技術は確立していないと証言して、共和党のCTBT反対派に力を与えることとなってしまった。ペインらの主張する作りなおし方式で十分だとの論理でことを進めていれば、核兵器を維持する能力は確立されていると主張できたはずなのである。核兵器を長期に維持するべきかどうかというのはまた別の議論である。

核兵器の役割は低下しているか

 昨年四月にワシントンで発表された北大西洋条約機構(NATO)新戦略概念の策定に当たって、ドイツやカナダが先制不使用政策の採用を主張した。核兵器で攻撃されない限り、核兵器の使用はしないとの政策である。だが、この政策は、結局取り入れられなかった。妥協策として、現在、軍縮・信頼醸成のためのオプションが作成されており、年末にはそれらのオプションがNATOの外相会議に提出されることになっている。いまのところ画期的な政策が出てくるとの情報はない。
 一方、昨年採択された新戦略概念に基づく軍事的再編成のルールを定めるMC四〇〇/二が化学兵器・生物兵器に対して核兵器を使用することを明確に示すものになるのではないかと心配されていた。五月一六日にNATO理事会によって承認されたこの秘密文書について、NATOの高官は、『ディフェンス・ニューズ』誌(六月一二日)に対し、核兵器に新しい役割を与えるものではないと説明している。だが、同時に、核兵器は「われわれの唯一の大量破壊兵器だ。NATOあるいはそのメンバーに対し[生物・化学兵器も含めた大量破壊兵器による]脅威が生じた際、われわれが持っている唯一の抑止力となる。」ともいう。
 日本の外務省も、北朝鮮の生物・化学兵器の攻撃に対して核兵器で米国が報復するオプションを持っておいて欲しいということで、先制不使用政策を米国がとることに反対している。
 ロシアも一九九三年に先制使用のオプションを残す政策を表明しており、最近もその立場を繰り返し明らかにしている。

核兵器の運用状態のレベルは下がっているか

 前述の防衛情報センター(CDI)のブレアによると、米国の二二〇〇発の戦略核が高い警戒態勢(アラート)状態に置かれている。陸上配備の大陸間弾道ミサイル全体の九八%が二分で、四隻の潜水艦のミサイルが一五分で発射できる状態にある。地上配備のものは敵のミサイルが発射された場合、それが到達するまでに発射しなければ破壊されてしまうということで、準備時間が短くなっている。ロシア側でも、ほぼ同数の陸上配備のミサイルが警戒態勢状態におかれて、にらみ合うという冷戦時代の態勢が続いている。大陸間弾道ミサイルが発射されてから攻撃目標に到達する時間は約三〇分。ミサイル発射の探知を知らされてからしてから、報復発射の決定までに大統領に与えられる時間は数分しかない。誤認による核戦争が起きる危険がここにある。
 ABM条約の修正の交渉過程で米国側がロシアに対し、警戒態勢の維持を奨励するような発言をしていることが、再検討会議の第一週の四月二八日、『ニューヨーク・タイムズ』紙の報道で明らかになった。(最初に文書を入手したのは『ブリティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ』誌。)最悪の場合でも、向こう一〇年、そしてその後も、一〇〇〇発は戦略核を維持し、それを警戒態勢におくだろうから、たとえ米国が奇襲の先制攻撃をかけても少なくとも数百発のミサイルが発射できる。米国のNMDシステムを破るのに十分だという主張である。つまりNMDが配備されれば、ロシアは核兵器の数も警戒態勢も下げられないということを意味する。

「核廃絶への明確な約束」で核廃絶は近くなったか

 四月二四日から四週間に渡ってニューヨークで開催された核不拡散条約(NPT)の再検討会議は、核保有国が「核廃絶への明確な約束」をし、これからとるべきいくつかの具体的な措置に合意する形で幕を閉じた。一九九五年にNPTの無期限延長が決まってから初めてのこの再検討会議を成功と見るか失敗と見るかは、どれほどのものを期待していたかによって異なるだろう。
 米ロ、米中関係が悪化していたことなどからすると無事最終文書を採択できただけでもまずまずの成功といえる。しかも、核保有国がいやがっていた「明確な約束」も勝ち取れた。だが、核廃絶への道筋がはっきり見えてくることを期待していたなら会議は失敗だったといわざるを得ない。
 また、日本政府が核軍縮のために活躍する姿を期待していた人々も失望しただろう。会議で活躍したのは一九九八年六月に『核のない世界に向けて−−新しいアジェンダの必要』という宣言を出した国々(ブラジル、エジプト、アイルランド、メキシコ、ニュージーランド、南アフリカ、スウェーデンで、「新アジェンダ連合(NAC)」と呼ばれる[当初入っていたスロベニアは米国の圧力で脱落])や、このところ北大西洋条約機構(NATO)の中で比較的柔軟な動きを見せているヨーロッパの国々(ドイツ、オランダ、ノルウェー、イタリア、ベルギーでNATO5と呼ばれる)である。新アジェンダ連合が核軍縮を強く要求しNATO5が核保有国との仲介に回るという図式ができあがった。
 外交官やニューヨークで会議の動きをずっと見ていた各国のNGO関係者から、日本が重要な役割を果たしたという話は聞こえてこない。オランダの外務大臣は、六月二日、同国下院でつぎのように述べている。「NATO5は、内容面でも貢献をし、核保有国とNACとの間ではっきりとした仲介的役割を果たした。オランダは、NATO5内での協議の中で指導的な役割を果たした。さらに、ノルウェー、オランダ、それにドイツは、核保有国とNACとの間でのさまざまな非公式な交渉の中で仲介者として同席するように要請された。」自己宣伝を差し引いても日本が登場しないことには変わりない。
 日本は、この会議にどのような姿勢で臨んだのだろうか。新アジェンダ連合が一昨年に続いて昨年の国連総会に提出した「核兵器のない世界に向けた新アジェンダの必要性」という決議案の投票で日本は棄権した。その理由の説明から日本の姿勢がうかがえる。
 決議文の本文第一パラグラフは、「速やかかつ全面的な核廃絶」の実現を約束するよう核保有国に求めるものとなっている。外務省は、これは核抑止の有用性を否定して、速やかに核廃絶をしようというもので、問題だという。この場合の核抑止とは、核兵器に対するものだけでなく、生物・化学兵器及び大量の通常兵器に対するものも含まれるとの説明である。つまり、米国の核兵器が単に核攻撃から日本(及び他の同盟国)を守っているだけでなく、他の兵器による攻撃からも守っており、それを速やかになくしてしまうのは困るという意味である。反核運動の側は、単に日本政府に対し、米国にもっと強くものをいえと迫るのではなく、安全保障の考え方そのものを議論していく必要がある。
 「核廃絶の明確な約束」はどれほどの意味を持つものだろうか。一九九四年に日本が国連で「究極的核廃絶」を唱った決議案を出した際、米国側は激怒したと『ワシントン・ポスト』紙が報じている。たとえ究極的でも、廃絶の約束を迫られるのが気にいらなかったのである。このような米国の拒否症は、新アジェンダ連合からスロベニアが脱落した経緯を見ても分かる。「核廃絶の明確な約束」を唱った決議案を新アジェンダ連合が九八年の国連総会に提出したときにはスロベニアの名前はなかった。米国の圧力について新アジェンダ連合の仲間に語ったスロベニアの外交官は涙を流していたという。このことを考えると今回の文言は画期的といえる。
 だが廃絶への道筋の困難さはこれまで見てきたとおりである。「核廃絶の明確な約束」を空約束に終わらせないようにできるかどうかは、これからの努力にかかっている。

第二部 NMD

 第一部で見たとおり、米国の本土ミサイル防衛(NMD)計画は、さまざまな形で核軍縮を阻む要因になっている。ここでは、NMD計画の歴史、計画されているシステムの構成を概観した後、その問題点を検討し、最後に日本が参加している戦域ミサイル防衛(TMD)計画との関連を見ておきたい。

 NMDは、スターウオーズとあだ名されたレーガン時代の戦略防衛構想(SDI)が宇宙や地上に配備したさまざまな手段で米国全土を完全に防衛する計画だったのと比べるとだいぶ縮小している。「開発中のNMDシステムの主たる役割は、米国(五〇州すべて)を、ならず者国家によるような限定的弾道ミサイル攻撃から守ることにある。このようなシステムは、また、もっと核能力の高い国からの戦略弾道ミサイルの小規模の偶発的な、あるいは、許可されていない発射に対処するある程度の機能も提供するだろう。」と、ウイリアム・コーエン国防長官は説明している(一九九九年二月二日。)また、敵のミサイルを破壊する方法も、一九七〇年代まであった核弾頭の爆発力を使う構想や、SDIのレーザーや粒子ビームなどを駆使するものと異なり、金属の塊をぶつけた衝撃で壊すだけのものに変わっている。(ただし、レーザー兵器の開発は現在も続けられている。)

NMDの前史

 ここでミサイル防衛計画の歴史を簡単に見ておこう。
 一九五七年には米国の最初のミサイル防衛計画ナイキ・ゼウス・システムの作業が開始されている。いくつかの変更を経た末、一九七五年一〇月一日には、ノースダコタ州のグランド・フォークスのミサイル発射基地の近くでセーフガードという名のミサイル防衛システム運用が始まった。七四年のABM制限条約の改正で、首都防衛かICBM基地の防衛かどちらかを選ばなければならないことになった際、米国はミサイル基地の方を選んだのである。ところが、運用開始の翌日の一〇月二日には米国下院がセーフガードシステムの閉鎖案を可決してしまった。そして翌年の一月二七日に上院でも閉鎖案が可決されシステムの放棄が確定した。使いものにならなかったのである。この時期までのシステムは、核弾頭を搭載することを前提としており、敵のミサイルの近くまで行って核爆発で破壊してしまおうというものである。
 一九八三年三月二三日、レーガン大統領が「核兵器を無力化し、時代遅れにする手段を開発して欲しい」と米国の科学者に呼びかけたことで、ミサイル防衛計画が大規模な形で復活することになった。計画は、翌年、「戦略ミサイル防衛構想(SDI)」として公式にスタートを切ることになった。
 宇宙に配備した衛星を利用し、レーザー・ビーム、粒子ビーム、レールガン、など耳慣れないシステムで飛んでくるミサイルを次々と打ち落とすという構想は、有名な映画の題をとって皮肉混じりにスターウォーズ計画と呼ばれることになった。このSF的計画は、多額の資金が投入されたにも関わらず実現の見通しが立たないまま、ブッシュ政権になって大幅に縮小される。九一年に発表された「限定的攻撃に対する地球的防衛(GPALS)」計画の目的は、国の許可を得ないで、あるいは誤って発射されたミサイルや、意図的だが限定的な攻撃(一〇〇発から二〇〇発程度)に対処するものとされた。そして、ブリリアント・ペブルズ(輝く小石)と呼ばれる宇宙配備の迎撃体と衛星に搭載されたセンサーとを除いては、地上配備となった。この計画はブッシュ大統領の就任以来練られていたものだが、湾岸戦争でパトリオットシステムが、イラクのスカッドミサイルの打ち落とす「活躍」をした直後に発表された。このパトリオットは、進入してくるミサイルとすれ違いざま爆発して相手を破壊することになっていたが、実際は、「命中」していたわけではなく、進入を防ぐ役目をほとんど果たしていなかったことが後に判明した。当たっているように見えたのは実は自爆しているだけだったのである。

NMDの歴史

 九三年に登場したクリントン政権のアスピン国防長官は、五月一三日、スターウォーズ時代の終焉を告げ、焦点をTMDに当てると発表した。戦略防衛構想局(SDIO)は、弾道ミサイル防衛局(BMDO)に改組された。そして、小規模で残されたNMD計画からは、宇宙配備の迎撃体が完全に姿を消した。(ただし、BMDOにはTMDとNMDを扱うセクションとともに後継技術研究?を扱うところがあり、SDI的要素がまったくなくなったわけではない。)同月末に能登半島沖に向けて行われた北朝鮮のミサイル実験(ノドンを含む)は、TMDの脅威を確認し、日本にTMDの共同研究を働きかける「好材料」となった。このとき一〇〇〇キロの射程を持つノドンをなぜ五〇〇キロだけとばしたのかは明らかでない。もっとも、もう三〇〇キロほど延ばせば能登半島に着弾してしまうので、同じ方角で一〇〇〇キロの射程いっぱいの実験をするわけにはいかない。実はこのミサイルは太平洋側まで飛んでいたとの情報もある。

 NMDを推進する共和党の支配する議会は、九五年に、二〇〇三年までに限定的全土ミサイル防衛システムを配備することを義務づける法案を通過させた。このときには拒否権を行使したクリントン大統領も、九六年には、議会の圧力に押されて、いわゆる「三プラス三」計画を発表した。三年間で全土防衛システムの開発を行い、その時点で脅威が現実のものと判断されれば、その三年後に配備を実施する体制をとる。脅威が現実のものでないとなれば、その後も開発を進め、常に三年後には配備が実施できる状態をとり続ける、というものである。
 九八年夏に、政権の「慎重な」方針の変更をもたらす二つのできごとがあった。まず、七月一五日に、北朝鮮、イラン、イラクなどのミサイルの脅威が大きいとする報告書が出た。これは、「米国に対する弾道ミサイルの脅威を評価する委員会」(通称ラムスフェルド委員会)によるものである。それからまもない八月三一日には、報告書にタイミングを合わせたかのように、北朝鮮がテポドンの発射実験を行った。これが二〇〇〇年の選挙をにらんで世論の動向を気にするクリントン政権に大きな影響を与えたようである。
 ラムスフェルド委員会は、共和党が勢力を握る議会が通過させた一九九七年度国防歳出権限法で設置したもので、NMDを推進する根拠を得るのが目的だった。同法は、同時に一九九五年一一月の国家情報評価(NIE)の結論を再検討する委員会も設置している。九五年NIEは、「主要な核保有宣言国以外の国で、向こう一五年の間に、本土の四八州およびカナダを脅かす弾道ミサイルを開発その他の方法で獲得できる国はない」との結論を下していた。元CIA長官ロバート・ゲイツを長とする再検討委員会は、NIE報告の一部は批判したが、二〇一〇年までに米国を脅かすICBMを開発する「ならず者国家」はなさそうだとの結論は支持した。一方、ラムズフェルド委員会の結論は次のようなものだった。

  1. 北朝鮮、イランは五年で、イラクは一〇年で能力達成可能。
  2. 事態はこれまでの推定より、早く展開している。
  3. ミサイルの脅威についての諜報機関の情報提供能力は減衰している。
  4. ほとんど予告なく開発が進んでしまうかもしれない。

 ただし、これはICBMの可能性について論じたもので、これが実際に起きそうかどうかは別問題である。実際ラムスフェルド報告は、ミサイルを開発している国にとって、ICBMを開発するより、既存のもっと短い射程のミサイルを船に配備する方が簡単だし早いと述べている。米国が現在開発しているNMDシステムは、大気圏外でミサイルを打ち落とそうとするもので、低いところを飛ぶ短射程のミサイルや巡航ミサイル相手には役に立たない。
 一九九九年一月、コーエン国防長官は、ラムスフェルド委員会の報告に触れ、弾道ミサイルの脅威が現実のものだとして、二〇〇〇年夏に、技術の成熟状況を主要な判断基準にして配備の決定を行うと発表した。クリントン政権は、国防長官の発表の直後、若干の修正をして、配備に関する決定は、次の四つの規準に照らして行うと発表している。

  1. NMD技術の有効性、
  2. いわゆる「ならずもの国家」のミサイルの脅威の程度、
  3. NMD配備のコスト、
  4. 配備が軍備管理・安全保障に与える影響である。

 そして、一九九九年七月、クリントンは、共和党の推進した「一九九九年全土ミサイル防衛法」に署名した。同法は、「技術的に実行可能な限り早期に」限定的NMDシステムを配備するのが米国の政策だと述べている。署名に当たってクリントンは、「交渉によるロシアの核戦力の削減の継続を追及する」ことも米国の政策とする修正が加えられたこと、さらに、NMDは毎年の予算過程の対象となるものであり、NMD配備についてはなんらの決定も下されていないことを強調した。

年内決定に固執するクリントン政権

 その決定をクリントンは、一〇月にも下そうとしている。当初の予定では、四月二七日に第三回目の迎撃実験を行い、国防省による配備準備態勢検討(DRR)を六月に終え、七月に大統領が配備についての決定を下すことになっていた。ところが、米国国防省は、三月二一日、全土ミサイル防衛(NMD)計画の三回目の迎撃実験の予定を四月二七日から六月二六日に延期することを発表した。一月一八日の第二回迎撃実験の失敗を招いた問題に対処するためである。七月に予定されていた大統領による配備決定は一〇月にずれ込むこととなった。そして、五月一八日、国防省は、実験がさらに一週間あるいはそれ以上延期される可能性があることを明らかにした。実験の舞台となるマーシャル諸島では、七月一二日以後は漁業の安全のため一時実験ができなくなる。この日を逃すと実験は、八月以後にずれ込むことになる。それでも、クリントン政権は、秋に決定を行おうとしている。大統領選挙の選挙戦のまっただ中での決定をさけ、次期大統領にゆだねるべきだとの声が高まっている。
 クリントンが決定を急いでいる理由は、二〇〇五年までに北朝鮮(あるいはイラン)が米国を攻撃できるミサイルを開発・配備する可能性があると判断して、それまでに迎撃態勢を整えたいとしているからである。現在の計画だと、配備決定となった場合、二〇〇五年にアラスカに第一段階の迎撃ミサイルを配備することになっており、それまでにアリューシャン列島西端のシェミャ島にNMD用の新しいレーダー施設を完成させなければならない。このためには、二〇〇一年五月頃には建設を開始する必要がある。ABM制限条約は、ABMで守るICBM基地の周辺一五〇キロメートルの地域以外にABM用レーダーを設けることを禁止している。ロシアとの間で条約修正の合意が成立しなければ、計画を中止するか、ABM制限条約から脱退しなければならなくなる。条約では、脱退は六カ月前に通告しなければならないことになっている。シェミャ島でコンクリートの注入を開始する五月から六カ月前の一一月には、ロシアにはその決定を伝える必要がある。それで、第三回実験とDRR完了までの期間を当初予定の二カ月から一カ月以下に減らしてでも、決定を急ごうとしているのである。ただ、最近になってコンクリートの注入は条約違反を意味しないとの解釈が政権内部で浮上している。なんとかしてクリントン大統領の選択肢を増やそうという苦肉の策である。コンクリートを注入しながら、ロシアに見てみない不利をしておいてくれというわけだが、そううまくいくかどうか。

NMDシステムの仕組み

 現在計画されている本土防衛ミサイルシステム(NMD)について見てみよう。
 射程約一万キロの大陸間弾道弾(ICBM)の場合、コースの取り方にもよるが、約三〇分で目標地点に到達する。(射程一〇〇〇キロのノドン・レベルだと、約一〇分で到達してしまう。)最高高度は一〇〇〇キロメートル余りに達する。ミサイルの燃料が燃え尽きるまでのブースト段階が約二四〇秒。この間にミサイルは、大気圏(高度一〇〇キロ余り)を抜け出す。続いて弾頭や囮(デコイ)が放出される。そして二〇分余りの中間段階を経て大気圏に再突入する。NMDは、この中間段階で大気圏外で敵のミサイルを捕らえて打ち落とそうというものである。
 その仕組みはこういうものである。まず衛星で敵のミサイル発射を探知する。その情報に基づいて、地上の早期警戒レーダーでミサイルを捕らえる。続いて、特殊なNMD用レーダーで敵のミサイルを捕獲・追尾したデータを、地上から発射された迎撃ミサイルに送り、標的に向かわせる。(NMD用の衛星が宇宙配備されれば、この衛星からの情報も迎撃ミサイルに送る。)敵の弾頭に近づいたところで、迎撃ミサイルの弾頭部分が切り放され、自身のセンサーの情報により敵の弾頭に接近し体当たりして破壊する。クリックで拡大
 これをNMDに責任を負う国防省弾道ミサイル防衛局(BMDO)のロナルド・カディッシュ局長の説明(2000年3月30日)に沿って言い換えるとつぎのようになる。
 早期警戒衛星(現用の「防衛支援プログラム(DSP)」あるいは開発中の「高軌道宇宙空間配備赤外線システム(SBIRS−high)」)が敵のミサイルの発射を探知する。この連絡を受けて地上配備の「改良型早期警戒レーダー(UEWR)」が確認。中枢の役割を果たす「戦闘管理/指揮・統制・通信(BM/C3)センター」が地上配備の「Xバンド・レーダー(XBR)」に指示を出すとともに、「地上配備迎撃ミサイル(GBI)」の発射を命令。XBRは、高解像の追尾データをBM/C3に提供。後者は、「飛翔中迎撃体コミュニケーション・システム(IFICS)」を通じて、迎撃ミサイルに最新情報を送る。迎撃ミサイルに搭載された「大気圏外迎撃体(EKV)」は、最終的には、EKV自体に備え付けられた赤外線センサーによって敵のミサイルの弾頭に向かい、体当たりしてこれを破壊する。

 迎撃の確率を上げるために、敵ミサイルの再突入体(弾頭)一つに向けて、複数の迎撃ミサイルが発射される。これは、一斉に発射することもあれば、波状的に発射することもある。後者は、時間的余裕がある限り、最初に発射した迎撃ミサイルが命中するかどうか見て、はずれた場合にはつぎのミサイルを発射するという方式である。
 配備決定を今年下した場合に二〇〇五年に配備されることになる第一段階のシステム「能力1(C−1)」では、アラスカ内陸部に二〇発の迎撃ミサイルを配備する。「単純な対抗手段」を持つ数発のミサイルに対処することを目指す。対抗手段というのは、弾頭が迎撃されないように相手側が講じる措置のことで、オトリ(デコイ)による撹乱、レーダーの妨害などがある。。一つの弾頭に向けて複数の迎撃ミサイルを発射するから、弾頭一発当たり迎撃ミサイル五基とすると、迎撃ミサイル二〇基で四基の敵ミサイルに対処できるという計算である。
 一・五段階ともいうべき「拡大C−1」では、二〇〇七年中に配備数を合計一〇〇にまで増やす。
 C−2では、迎撃ミサイルの配置場所、数はそのままで、新しいレーダー装置の設置などによってより高度な対抗手段に対処できるようにする。五基以下の単弾頭のミサイル、それぞれ、四個程度の洗練されたオトリを持つ(したがってこれらも迎撃の対象となる)と想定。
 C−3では、ノースダコタ州のグランド・フォークスにも迎撃ミサイルを配備し、アラスカとの二個所で合計二五〇基(各一二五基)とする。対応するのは、多数(約二〇基)の単弾頭ミサイルで、それぞれ五個の洗練されたオトリ(これらも迎撃の対象となる)か、もっと多数の単純なオトリを持つと想定。

 レーダーの捕獲・追尾も多くのミサイルや「対抗手段」に対処できるようにするため徐々に上げていく。
 まずC1段階では、現在カリフォルニア州(ビール)、アラスカ州(クリア)、マサチューセッツ州(ケープ・コッド)、英国(ファイリングデイルズ)、デンマークのグリーンランド(テューレ)の五個所に設置されている早期警戒レーダー(EWR)システムに手を加えて「改良型早期警戒レーダー(UEWR)」にし、NMD用に使えるものとする。ここで英国と、デンマークの協力を取り付ける必要が出てくる。
 さらに、NMD用の新しいXバンド・レーダー(XBR)をアラスカ州アリューシャン列島の西端のシェミャ島に設置する。前述のようにクリントン政権が決定を急いでいるのは、C−1を二〇〇五年に配備するには、シェミャ島のXBR建設を二〇〇一年五月には始めなければならないと考えているからである。寒冷地で季節風が強いためめ工事期間が限られている。「建設契約を今年の秋に結ばなければならない」とカディッシュ局長は説明する。
 C−2では、さらにクリア、ファイリングデイルズ、テューレのUEWRの設置場所に隣接してXBRを設置する。
 さらに、C−3では、韓国に新たにUEWRを配備する可能性がある。また、グランド・フォークス、ビールの他、ハワイ、そして韓国にXBRが追加される。
 また、早期警戒衛星システムも改善される。C−1の段階で、「防衛支援プログラム(DSP)」に加えて、高軌道宇宙空間配備赤外線システム(SBIRS−high))が加わる。C−3の段階では、完全に後者が前者にとって変わる。さらに、高い追尾能力を持つ低軌道宇宙空間配備赤外線システム(SBIRS−low)がC−2段階から加わる。こちらは、二四個ほどの衛星からなる計画で、それぞれ、数種のセンサーを持ち、敵のミサイル発射から大気圏脱出までのブースト段階で探知し、追尾する。オトリその他の物体と弾頭を区別するのにも役立つ。
 C−3を二〇一〇年代に達成というのが現在の計画だが、将来もっと大規模なものになる可能性もある。「計画されている多数の探知装置は、もっとずっと広範なシステムの基礎となりうる。地上配備の迎撃体の数を増やしたり、NTWシステム[海軍戦域広域防衛]のような海上配備の迎撃体を組み入れたりすることによって比較的急速にNMDシステムを拡大することができる。」と「憂慮する科学者同盟(UCS)」のデイビッド・ライトらは指摘する。計画を拡大せよというのは、共和党の推進派が唱えていることでもある。
 もっとも、これは計画であって実際にうまく打ち落とせるかどうかは別問題である。実際、予定されている二一回の「統合飛翔実験(IFT)」のうちこれまで実施されたのは、四回だけである。しかも、最初の二回は迎撃ミサイルの弾頭部分「大気圏外迎撃体(EKV)」のセンサーが宇宙で物体を認識し追跡する能力を持つか否かを試すためのもので、迎撃そのものの実験ではない。飛んでくるミサイルの弾頭に命中させることを目指した実際の迎撃実験は二回しか行われていない。(配備までの迎撃実験の総数は、この二回も含め一九回の予定。)昨年一〇月二日に実施された最初の迎撃実験(IFT−3)は、成功したことになっているが、実際は、EKVは、一個だけ使われたオトリに向かってしまい、その後たまたまその近くにあった本物の方を捕捉できただけだということが判明した。今年一月一八日の第二回迎撃実験(IFT−4)では、EKVの赤外線追尾センサーが命中予定の数秒前に故障して失敗となった。七月に延期となった第三回の迎撃実験(IFT−5)で初めて、推進用のロケット以外の要素のすべてが実験されることになっている。二〇〇一年のIFT−7までは代用ロケットでの実験である。推進用ロケットと実戦用のEKVも含めた全システムの統合実験は、二〇〇三年度に予定されている第一一回の迎撃実験(IFTー13)が最初のものとなる。とても、配備の前提になるような情報は得られていない。

NMDの問題点

 迎撃が難しい一つの理由は、大気圏外では空気抵抗がないため弾頭の形をした風船も弾頭も同じように飛ぶということにある。ブースト段階を終えたミサイルから本物の弾頭とともに囮が放出されると迎撃システムにとって本物を見つけるのは難しい。
 最初の飛翔実験でセンサーが囮の区別ができないということが判明したために、その後の迎撃実験自体では、囮の数を予定より減らし、しかも識別しやすいものだけにしているとマサチューセッツ工科大学のテッド・ポストル教授は指摘する。ポストル教授は、この事実を説明した書簡とそれを裏付ける技術的文書を五月一一日付けでホワイトハウスに送付したが、これらの文書は後に国防省によって秘密文書に指定されてしまった。といってもインターネットを通じて世界各地に送られてしまっており後の祭りである。いまでもいくつかのホームページでとることができるはずである。
 また、ミサイルが核兵器ではなく生物・化学兵器を運んでいる場合、大気圏外で多数の小型容器が放出される可能性が高く、迎撃ミサイルでこれらすべてに対処することは不可能だとの指摘がされている。
 NMD問題の複雑さは、このようなさまざまな技術的問題があり、いざとなったら機能しない可能性が極めて高いにも関わらず、「敵」の側は、それが機能するかもしれないとの前提に立って計画を立てるということにある。米国は、「敵」がミサイルの開発そのものをあきらめることを願っているようだが、そうなるという保証はまったくない。もっとも、米国をミサイルで襲う気などもともとない可能性も高い。一九九九年九月の国家情報評価(NIE)は、ミサイルを開発している国々は、さまざまな対抗手段で応じるだろうとの結論を下している。そして、米国政府は、「敵」として想定しているのは、北朝鮮、イラン、イラクなどの「ならず者国家」だというが、ロシアや中国は、自分たちが対象となっていると警戒している。ロシアは今のところ、米国の望むような形でのABM制限条約の修正を拒否している。中国の場合、米国に届くICBMは、弾頭を一個しか搭載していないものを約二〇基配備しているだけである。NMDが実際に機能するかもしれないと考えれば、囮等の対抗手段の強化などだけですめばよいが、ミサイルの数の増大、多弾頭の導入などの道を選ぶ可能性もある。そうなると、それがインドを刺激し、インドがパキスタンを刺激するという連鎖反応に至る恐れもある。
 ヨーロッパ諸国でもNMDが戦略的安定性を脅かすものだとの批判が強い。とくにフランスのシラク大統領やドイツのフィッシャー外相は明確な批判の声を上げている。。
 米国でも配備決定を延期するようにとの声は大きくなっている。たとえば、最近では、六月七日に、ウイリアム・ペリー元国防長官、ジョン・シャリカシュビリ統合参謀本部議長を初めとする政府高官元高官、専門家らが、クリントン大統領に書簡を送って配備決定の延期を訴えている。

TMDとNMDの関係

 最後にNMDとTMDの関係について若干触れて起きたい。一つは、これまで見てきた技術的・政治的問題点は、両者に共通するところが多いという点である。もう一つは、TMD技術がNMDの一部として組み入れられる可能性である。ABM(NMD)とTMDの境界についての交渉で、ロシア側が速度の速い海軍戦域広域(NTW)についてとくに問題にしていたことは先に見たとおりである。昨年二月に日本を訪れたイワノフ外相は、日米のTMD共同研究がABM制限条約に違反する恐れがあると日本側に警告している。
 NTWシステムのような海上配備の迎撃体を組み入れたりすることによって比較的急速にNMDシステムを拡大することができるとのデイビッド・ライトの指摘についても触れた。このような考えは実はNMDの推進派や軍部自体の中にもある。たとえば、BMDOが作成した一九九八年五月一五日付けの秘密報告書の要約「海上配備システムの本土防衛システムにとっての有用性についての議会への要約報告書」(一九九九年六月一日付け)はつぎのように述べている。「NTWブロック2迎撃ミサイルは、地上配備のNMDの体系のために計画されている同じセンサーとともに使えば、洗練されていない第三世界の脅威による米国への攻撃に対して防護を提供する。」もっとも、これはNMDやTMDの考え方そのものがうまくいくとしての話である。
 これらの点も含めTMD問題については、日本の反核運動の中でももっと議論を深めなければならない。