核兵器
2004.4.23

米国最後の核砲弾の解体

昨年12月12日、米国エネルギー省は、すでに最後の核砲弾を解体し終えており、この日、テキサス州アマリロのパンテックス工場(核兵器組み立て・解体用)で記念儀式を行うと発表しました。これは、旧ソ連におけるクーデター事件を見て、旧ソ連の核兵器の管理・保安体制に不安を持ったブッシュ(父)大統領が1991年9月27日に発表した一方的核削減措置(原文)の一つの主要項目の完了を意味します。核砲弾のデータと一方的核削減措置の戦術核に関する部分を簡単にまとめました。


最後に解体された核砲弾とは? 

 W79型8インチ(203mm)砲弾。
 ─模型写真
核砲弾 
 1957年から導入
 全部で6種類

○ブッシュ大統領の一方的核削減措置演説─1991年9月27日

  戦術核に関する部分の抜粋

1)地上発射の戦術核の全面的撤去及び破壊

「世界各地における米国の地上発射短射程(つまり戦域)核兵器を無くすことを命じる。われわれは、核砲弾と短射程弾道ミサイルの核弾頭を米国に持ち帰り破壊する。」
  *地対空用の核弾頭及び核地雷はすでに配備から外されていた。

「もちろんわれわれは、ヨーロッパにおける空中発射の効果的な能力[核爆弾]は維持する。これは、NATOの安全保障にとって不可欠である。」

2)海軍の戦術核兵器の撤去

「米国は、水上艦艇及び攻撃型潜水艦の戦術核兵器、それに、地上配備の海軍航空機に関連した核兵器をすべて引き揚げる。」

「これは、米国の水上艦艇及び潜水艦の核弾頭型トマホーク巡航ミサイル、それに、空母搭載の核爆弾をすべて撤去することを意味する。」

「要するに、通常の状況においては、米国の艦艇は、戦術核を積まないということだ。」
*「これらの地上配備及び海上配備の核弾頭の多くは、解体され、破壊される。残りの核弾頭は、主要地点(複数)に安全に保管し、将来の危機において必要となれば使えるようにしておく。」


核砲弾の撤去のアイデアははじめてでてきたのか?

コリン・パウエル統合参謀本部議長(当時)が提唱していた。彼は、旧ソ連のクーデター事件から数ヶ月前のことをつぎのように回想している。

その数ヶ月前のこと、湾岸を訪問した帰りの機上で、隣の席のディック・チェイニー国防長官に、日頃から関心を持っていた話題をぶつけてみた。統合参謀本部の部下に命じて、戦術核兵器の有用性について調べさせておいたのだ。その結果、大砲から発射する小型の核兵器については廃止したほうがよいという答えが出されていた。トラブルが発生しやすいうえ、改良するには多額の費用がかかる。通常兵器の精度が高まっている現在、その存在価値がないというのだ。軍部全体の方針にもかかわる内容だったので、私は、この報告書を四軍の参謀長に配布した。カール・ヴォノは私の古くからの友人で、よき理解者として多くの問題で私を支持してくれたのだが、今回は自分の部隊への愛着のほうが勝ったようだった。砲兵隊にとって核兵器の有無は威信にかかわる問題であったにもかかわらず、私はヴォノの部隊に一部の核兵器の配備を取りやめるよう要請したのである。砲兵出身者として、陸軍の頂点に立つヴォノにしてみれば、自分の部隊が核兵器を取り上げられるのは見るにしのびなかった。そこで彼は、他の軍の参謀長の支持を集めて、この提案に反対しようとした。この報告書は、国防省内の政策立案スタッフのところにもまわされた。ここはレーガン時代の強硬派の牙城となっており、ポール・ウルフォウィッツ以下、全員が猛反対した。そういう経緯を承知していたにもかかわらず、私は機上でチェイニー長官にこの提案を突きつけたのである。すでに超遺憾の特別補佐役を務めるデービッド・アディントンが数々の問題点を指摘し、賛同できないとこき下ろした文書である。チェイニー長官は困ったようにぶつぶつ言いながら、読み始めた。

「参謀長たちの意見が賛成1,反対4なのは承知していますから、却下するのは簡単でしょう。でも、ご心配なく。来年、また提案します。この一件では私の言い分が正しいのですから」
 ディックは困ったように私を見ると、「文民の顧問にも君を支持する人間は一人もいないんだ。」と言った。
 私はちょっと茶化してみた。「連中がみなあなたと同じように、筋金入りの右翼だからですよ。」私の冗談に声を上げて笑うと、チェイニー長官は再び読んでいた本に目を落とした。ワシントンに戻ると、私の提案は予想通り却下された。


湾岸戦争が終わって数カ月経った九月五日に、国家安全保障会議が行われた。・・・「核軍縮に関する新しいプランを作成して欲しい。議論ではなく、きちんとした提言をしてくれ」という大統領からの要請があった。
 数日のうちに統合本部の参謀とチェイニー国防長官が協力して作り上げた提案には、私が打ち出した砲兵隊の核兵器廃止案とはくらべものにならないほど、多くの廃止事項が盛り込まれていた。

「マイ・アメリカン・ジャーニー」 角川書店刊 639−641ページ
文庫版

1991年に米国が保有していた核砲弾は?


核弾頭/兵器
 (核砲弾)
最初の生産年月 威力(キロトン) 使用者 弾頭数 状態
W33/8-inch* 57年1月 <1 〜 12 陸軍,海兵隊,NATO 500 一部W79/8-inchに代替された
W48/155mm* 63年10月 0.1 陸軍,海兵隊,NATO 900 W82の代替は1990年5月にキャンセル
W79/8-inch ER
 放射線強化型
81年9月 0.8 陸軍 40 (非放射線強化型に転換されたかトリチウムガス除去の可能性)
W79/8-inch 84年10月 1.1 陸軍,海兵隊,NATO 300 1986年に生産完了

出典:『ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ』誌より (R.S.ノリスとW.アーキンによる)


参考
グローバル・セキュリティーのサイトから同その2
デイビー・クロケット