核兵器
1999

先制不使用問題背景説明

 日本の反核運動が日本政府に対して、「唯一の被爆国の政府として核廃絶のためにもっと真剣に取りくめ」と要求すると、「お説ごもっともだが、日本は、日米安保の下で米国に守られており、その米国が核兵器を持っているから、余り強いことは言えない」というような返事が返って来る。このような要求の仕方では、政府は、運動の側と同じ立場に立っているが、現実の政治の下では余り強いことは言えない、との幻想を生み出すことができる。だが、先制不使用の議論を押し進めると、日本政府は、実は運動の立場よりも、米国の核戦略家らの立場に近いところにいることが明らかになってくる。

 1995年、NPT再検討・延長会議に関連した催しに参加するためにニューヨークを訪れた原水禁の代表らが日本代表部を訪れた際、日本はなぜ先制不使用宣言をするよう米国に呼びかけられないのかとの質問をしたのに対し、「安全保障とういうのは、核の問題だけでなく、いろいろあるから、そのようなことはできない」との答えが返ってきた。その際は、時間がなく、「いろいろある」ということの意味を聞けないで終わってしまったが、要するに核攻撃以外の攻撃の可能性に対しても、核による報復のオプションを残しておくことが日本の安全保障にとって必要だということのようだ。

 元大統領特別代表(軍縮担当)のトーマス・グレアムは、米国が先制不使用宣言をすると、自らの安全が保障されなくなったと感じた日独が核武装するのではとの懸念がワシントンにあり、それが米国の先制不使用宣言に向けた動きの障害になっていると述べている。彼は、1997年8月末に日本を訪れた際、同年に原水禁大会に参加したアラン・クランストン元上院議員の薦めで、原水禁に接触してきた。(原水禁では、外務省や議員との連絡に協力した。)

 グレアムと彼が代表を務めるグループ「世界の安全保障のための法律家同盟(LAWS)」は、9月にドイツにも先制不使用の話をするために行く予定だというので、われわれは、原水禁国際会議に出席したドイツのオリバー・マイヤーのグループ「ベルリン大西洋安全保障情報センター(BITS)」に連絡して会合を設定してもらうことを勧めた。(今年ドイツから来るオットフリート・ナサウアーは、このグループの代表である。)
 1998年4月末から5月にかけてジュネーブでNPTの再検討会議が開かれた際、米国の「環境・エネルギー研究所(IEER)」のアージュン・マキジャニ(インド人)およびオリバー・マイヤーと原水禁の代表は、『NPT第六条の軍縮の目標を達成するためのいくつかの短期的措置』という文書を起草し、各国の大使らに配布した。その第一項は次のようになっている。「締約国である各非核兵器国(以下非核兵器国)は、締約国である核兵器国(以下核兵器国)が先制不使用政策を採用しても、それは自国の安全保障に反するものではなく、それによって自国の安全保障が脅かされることはないと、一方的宣言を行うべきである。とくに、私たちは、核兵器国と同盟関係にある日本、ドイツその他の非核兵器国がこのような宣言を一九九九年準備委員会までに行うよう求める。」米国が先制不使用宣言をするよう迫ることを日本政府に要求するのではなく、米国の宣言に反対せず、また、米国の宣言によって不安を感じることはないと宣言するようにとの内容だ。
 ジュネーブの日本代表部を訪れて、この文書についての見解を聞くと、このような宣言はとてもできないの返答だった。核戦略は核兵器国が考えることであって、非核保有国がイニシアチブをとるような問題ではないとの主張だった。
 1998年夏、「英米安全保障情報評議会(BASIC)」のスティーブン・ヤングが原水禁大会にきた際、彼は、8月5日に広島で開かれたパネル討論において、事前に外務省筋から得ていた情報を下に、日本が宣言に参加しなかったのは、つぎの3つの理由によると理解しているがどうかと、外務省の軍備管理軍縮課の森野泰成主席事務官に問いかけた。

  1. 日本には検討する時間的余裕がなかった。(新アジェンダ連合は、意図的にぎりぎりまで日本に宣言の話を伝えなかった。日本から米国に話が筒抜けになることを恐れたからだ。)
  2. 印パの実験の直後だから、印パに焦点を当てるべきで、核保有国5カ国の非難をすべきではないと考えた。(宣言では、印パも批判の対象となっていた。)
  3. 先制不使用を要求する項目が気に入らなかった。

 森野氏は、これを確認した上で、つぎのように述べた。「先制不使用を約束してしまった場合、核の抑止力の効果がかなり薄れてしまう。日本の安全を守れるのだろうかという懸念を強く持っている。・・アメリカと日本が先制不使用を約束したとしても、ほかの国が本当に先制不使用を守ってくれるのだろうかという問題がある。」

(残念ながら、この討論では、他の国が先制不使用の約束を守らなかった場合には、先制不使用宣言の下でも、米国による核報復の可能性は残されているということは指摘されなかった。そもそも、核抑止の議論を信じるなら、これで十分なはずである。1998年秋に国連で採択された新アジェンダ連合の決議案には、当初、先制不使用の文言が入っていたが、日本の強い反対もあって、最終的にははずされた。日本はNATOの多数の国々とともに棄権票を投じた。棄権の理由は先制使用問題ではなくなっている。)

 外務省筋からは、先制不使用問題で日本が主に念頭に置いているのは北朝鮮だとの声が聞こえてくる。北朝鮮が、ミサイル(通常の弾頭であれ、化学兵器・生物兵器の弾頭であれ)で日本に攻撃をかければ、米国が核報復をするかもしれないと、思わせておきたいということだ。だが、北朝鮮からたとえミサイル攻撃があっとしても、実際に米国がピョンヤンなどに核攻撃をかけると信じているかとなると、それは抑止が機能しなかった後のことで、その際は別の話になるということのようだ。

 前述のとおり、日本が新アジェンダ連合に加わらなかった主な理由の一つは、先制不使用に関する項目だった。日本がいつから先制使用のオプションをとり始めたかははっきりしない。1995年に決定された防衛計画の大綱には、「核兵器の脅威に対しては、核兵器のない世界を目指した現実的かつ着実な核軍縮の国際的努力の中で積極的な役割を果たしつつ、米国の核抑止力に依存するものとする」とあるだけである。
 先制使用のオプションを支持する方針を決めたのはいつかという質問に対して外務省は、1975年8月6日の三木・フォード会談の日米共同新聞発表が先制使用のオプション支持の公式なものだしている。ところが、その第4項には日米両首脳は、「米国の核抑止力は、日本の安全に対し重要な寄与を行うものであることを認識した。これに関連して、大統領は、総理大臣に対し核兵力であれ通常兵力であれ、日本への武力攻撃があった場合、米国は日本を防衛するという相互協力及び安全保障条約に基づく誓約を引き続き守る旨確言した。」とあるだけで、米国が先制使用のオプション維持を日本に約束したとはとれない。だが、政府は、82年6月25日の予算委員会において、この下りに関し、「核の抑止力がわが国に対する核攻撃に局限されるものではないという趣旨と私どもは理解しております」と述べている。83年、84年にも、同様の説明を国会で行っている。
 また、外務省は、日本の立場は、公式な発言としては上記の共同新聞発表からだが、考え方としては1952年の日米講和の時からあり、60年安保の時も、そうだったと答えている。そして「いまだに核などの大量破壊兵器を含む多大な軍事力が存在している現実の国際社会では、なんら検証方途のない先制不使用の考え方に依存して、わが国の安全保障に十全を期すことは困難であると考える」という。ところが、61年に国連総会が核兵器使用禁止宣言を採択した際、日本は賛成票を投じている。63年からは同様の決議に反対票を投じるようになったが、85年11月27日、西堀政弘前国連大使は、核不使用決議に「日本が妙な投票態度をとる」ことについて、「対米考慮ということがなければもっとすっきりとした投票態度がとれる」と述べている。これは米国の方針に無理に合わせて投票しているとするもので、米国の先制使用のオプション維持に日本の安全保障が依存するとの考えが日本の側に52年からあったとする主張と矛盾する。

 北朝鮮は、単に口実に使われているだけという可能性もある。中国の先制使用を抑止するために、米国の先制使用のオプションの維持が必要という説明がされているとも聞く。
 日本が先制不使用宣言を支持するか、あるいは少なくともそれを真剣に考えるようにならなければ、日本が核廃絶に向けて積極的な行動をとることは期待できないだろう。非核地帯についても同じことが言える。北朝鮮の核以外の攻撃を防ぐのに核使用のオプションを残すことを望んでいる限り、朝鮮半島(+日本)に核保有国が核攻撃をかけないことを条約(議定書)によって約束する非核地帯の設置に日本が賛成するはずがない。
 今年の会議で、先制不使用のセッションを設けるのは、NATOでの議論を参考にして、これらの問題についての議論を深め、運動内部やマスコミ、一般国民、政治家(保守を含む)の間での関心を高めるためである。

(1999年原水禁世界大会資料より)