原水禁・世界の動き
2003.10

年表

開かれた「パンドラの箱」と核廃絶へのたたかい」より 

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1895年
 
ウィルヘルム・レントゲン(オーストリア)、X線を発見
1896年
 
アントワーヌ・H・ベクレル(仏)、ウランの放射能を発見
1899年
 
マリーとピエールのキュリー夫妻、ウラン鉱物の中から強い放射能を出すポロニウムとラジウムを抽出。初めて「放射能」という言葉がつくられる
1905年
 
アルバート・アインシュタイン、相対性理論を発表
1932年
 
ジェームス・チャドウィック(英)、中性子を発見
8・27
アムステルダムでロマン・ローラン、アンリ・バビュルスなどの呼びかけで国際反戦大会が開かれる(アムステルダム・プレイエル運動)
1933年
1・3
ナチスが政権を獲得(連立内閣)。ヒトラー首相に就任
1934年
 
仏のイレーヌ・ジョリオ=キュリーとフレデリック・ジョリオ=キュリーとによって、中性子をぶつけると放射性物質になること(人工放射能)を発見
1937年
7・7
蘆溝橋で日本軍、中国軍を攻撃。日中戦争始まる
1938年
12・22
独のオットー・ハーン、ウランに中性子を当て、核分裂させる。リーゼ・マイトナーが核分裂であることを理論付ける
1939年
3・15
イレーヌ・ジョリオ=キュリーとフレデリック・ジョリオ=キュリー夫妻、ウランの原子核が分裂すると、いくつかの中性子が放出されることを明らかにする
8・2
アインシュタイン、ルーズベルト米大統領に「原爆の製造」を勧告する書簡を送る
9・1
ドイツがポーランドに侵攻。第二次世界大戦始まる
10・21
米、大統領命令で「ウラン委員会」設置
1940年
3・7
アインシュタイン、米大統領に、ウラン研究をもっと強力に進めるよう、また研究成果を公表せず秘密にするようにと二度目の手紙を書く
4月
米・コロンビア大学グループ、核分裂を起こすのはウラン235であることを突き止める
6・27
米国、バンネバー・ブッシュを委員長とする「国防研究委員会」(NDRC)を創設。その下に「ウラン委員会」を置く
1941年
3月
米・カリフォルニア大学のシーボーグ、プルトニウム239の核分裂を確認
4月
日本の陸軍航空技術研究所が理化学研究所に原爆の研究を依頼。ニ号研究と呼ぶ
7・29
英国の原爆研究を進める「モード委員会」ウラン爆弾をつくることは可能との報告書を提出するも、九月に解散。報告は米国に送られる
10月
米・ルーズベルト大統領が科学研究開発局に原爆の開発を命じる
11月
米国で「ウラン委員会」をNDRCから独立させ、科学研究開発局の直属とする
12・8
日本軍ハワイを急襲。太平洋戦争始まる
12月
米国、動力源としての原子力の開発研究を中止し、研究を原爆開発にしぼる
1942年
1月
米、シカゴ大学の物理学者、アーサー・コンプトンを原爆開発計画の最高科学者とする原爆製造の作業始まる。この計画は最初コンプトンによって「金属学研究所」と名付けられた
6月
米・陸軍技術本部に原爆製造を目的とする新管区誕生。マンハッタン管区と呼称
6・25
米国と英国が合同で原爆を研究開発することに合意(第二次ワシントン会談)
8月
マンハッタン管区、原爆事業を引き継ぐ
9・17
マンハッタン計画の総指揮官に、陸軍工兵隊将校、レスリー・グローブズ大佐を任命(23日准将に昇格)
9月
英国と仏で原子力協定締結
11月
ニューメキシコ州ロスアラモスに原爆生産の研究所設置を決定。ロスアラモス研究所と呼称
12・2
シカゴ大学・コンプトンチームのエンリコ・フェルミ、初めて核分裂連鎖反応実験に成功
12月
米国のオークリッジ(クリントン工場)でウラン235の分離工場の建設始まる
1943年
1月
米国のハンフォードでプルトニウム生産工場の建設始まる
2・11
日本の理化学研究所で二〇〇トンの大サイクロトロンの組み立て完了
2月
ソ連、閣僚会議決議で原爆開発計画発足。ウクライナのハリコフに「ソビエト連邦共和国アカデミー1号実験所」(NO.1)とモスクワ南西のオブニンスクに2号実験所(NO.2)建設される
3・15
ロスアラモスの研究所長に、ロバート・オッペンハイマーが就任
5・5
米・軍事政策委員会、原爆の攻撃目標を協議、トラック島の日本艦隊が候補に上がる
5月
日本海軍、京都大学・荒勝文策教授に原爆研究を委託
8・14
ルーズベルト米大統領とチャーチル英首相によるケベック会談始まる(第三国への原爆使用に際しては相互の同意を必要とすることと、フランス上陸作戦を決定)
8月
英の核物理学者米に移住し、原爆生産のための米・英共同研究を開始
11月
クリントンのウラン分離工場が運転開始
11月
英国、ノルウェー重水工場を爆撃、破壊。同年末までに重水の生産停止させる
1944年
3月
最初の濃縮ウランがクリントン工場からロスアラモスに到着
3月
米・英共同研究にカナダが加わり、原爆生産のための米・英・カナダ三国の共同研究開始される
5・16
デンマークのニールズ・ボーア博士、英・チャーチル首相に原爆の国際管理のためソ連と協定を結ぶよう進言
5月
日本の理化学研究所が濃縮ウラン分離のための分離筒を完成
9・18
英・チャーチル首相と米・ルーズベルト大統領、原爆の対日使用と戦後の原子力協定について秘密合意
9月
米国、第509混成部隊(原爆隊)を編成、秘密訓練を開始
12月
原爆完成のために、それまで分散して研究していた科学者がロス・アラモスに集結
12・3
米・英両国、原爆問題で仏を除外することを確認
1945年
2月
ヤルタ会談
3・23
米軍、沖縄慶良間諸島に上陸。沖縄戦始まる
3・25
アインシュタイン、大統領に原爆の使用を思いとどまるようにとの手紙を書く
4・12
ルーズベルト米大統領死去。ハリー・トルーマン副大統領が大統領に就任
4・13
理研のウラン分離筒、空襲で焼失
5・7
ドイツ降伏
6・1
アメリカ政府、原爆の日本使用を決める
6・23
日本軍壊滅し、沖縄戦終わる。沖縄の日本軍司令官・牛島中将自殺(沖縄の日本軍の組織的抵抗ほぼ終了)
7・16
米、ニューメキシコ州・アラモゴードで世界初の原爆実験
8・6
広島にウラニウム爆弾投下
8・8
ソ連日本に宣戦布告
8・9
長崎にプルトニウム爆弾投下
8・1
日本政府、スイス政府を通じて米政府に新型爆弾使用抗議
8・15
日本敗戦
9・8
米、原爆災害調査団、広島で調査開始。ついで長崎へ
9月
日本映画社、原爆記録映画撮影班、広島で撮影開始
9・19
GHQ(連合軍総司令部)プレスコード指令。言論、報道、出版など規制
10・3
世界労働組合連盟(世界労連・五六カ国、六五労組、六六〇〇万名)結成
10・24
国際連合(国連)発足
11月
仏・婦人同盟の提唱で、国際民主婦人同盟(国際民婦連)結成
11月
日本映画社、長崎で撮影開始
12月
日本映画社原爆記録映画撮影班、連合軍より撮影中止を命令される
12月
モスクワで米・英・ソ三国外相会議(国連原子力委員会設置について意見一致)